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大学選手権7連覇。帝京大学の坂手淳史キャプテンが追い求める言葉の力とは【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
27-17で東海大学に勝利。岩出監督と握手をかわす坂手。(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

試合時間は残り4分だ。1学年後輩の飯野晃司に「やっと来たか」とからかわれると、思わず笑った。

「お待たせ」

2016年1月10日、東京は秩父宮ラグビー場。東海大学との大学選手権決勝戦にあって、帝京大学の坂手淳史キャプテンは目玉を輝かせた。それまでグラウンドで身体をぶつけていた14人の顔が、充実しているように見えた。円陣を小さくまとめ、「本当の流れを持って来よう」と言った。

最後の笛が鳴る直前に失点こそしたが、27-17で戦い終える。2012年から続くチームの連覇記録を、7に更新した。入学して間もない頃から、「前人未踏」と謳われている。

「きょう、仲間とともに、しっかりと厳しさを楽しんでいこうと、ゲームに入りました。厳しい試合で、相手の東海大学さんにはプレッシャーを与えました。それプラス、東海大学さんからプレッシャーを受けました。その2つのプレッシャーが重なって、いいゲームになったと思います…」

直後の記者会見だ。日本代表合宿への参加経験もある坂手は、メディアトレーニングの成果と生来の気質の合わせ技としてのキャプテン談話を重ねる。

身長180センチ、体重104キロ。帝京大学では1年時から主力組に加わった。シーズンを締めくくる日本選手権では、国内最高峰トップリーグのパナソニックを相手に鈍い音のタックルを放った。ラグビーを始めた中学の頃から、高校と、各カテゴリーでキャプテンを務めてきた。常勝集団の先頭に立つのも、自然な流れだった。

「考えるということは、中学の時からしていました。それほど強いチームではなかったので、練習方法やサインプレーなどを…あの、授業中などに考えていました。高校に入ってからは、ちゃんと授業を受けていました。高校の時は、ミーティングでビデオを観ながら皆の前で話したりしていました。ですから、合っているか間違っているかはともかく、自分の思っていることを話すということは、普通にやれていると思います」

以上、2年時のいたずらっぽい笑みを交えながらの発言である。このほかにもタックルに関する技術解説など、自分の思いをわかりやすく伝える技術に長けていた。しかし、大学選手権7連覇を目指すチームのキャプテンを任されると、得意だったはずの言葉に苦心することとなる。

「皆の火を付けさせる言葉を、どう自分のなかに取り込んでいくか。それを考えさせていただいた1年でした。学年を追うごとに責任感を持つようになりましたけど、主役になりきれていなかった部分はあったと思います。キャプテンになったら、その地位を持ってどんな言葉を発するかに悩んだ時期もありましたし、いまでも悩んでいます」

高校時代の仲間内で通じた言葉、大学3年時までのオブザーバーとしてチームを盛り上げる言葉では、140人超の部員を引っ張るには足りないと思えた。上級生の代のキャプテンの話しぶりを参考にしてみたが、周りからは「コピーになっている」と指摘された。

「そこに自分の気を乗せられていない、形だけの言葉になってしまっていると指摘をされたりしました。自分の言葉、自分の気を乗せた言葉ではないと、皆には入ってこない」

口からではなく、腹から出す言葉。頭に入れるのではなく、胸に響かせる言葉。どうすれば、それを手に入れられるのだろう…。

特に坂手が反省するのは、2015年11月29日の出来事だ。すでに優勝を決めて迎えた関東大学対抗戦Aの最終戦。筑波大学に17-20で敗れた。会場の八王子市上柚木陸上競技場では、ウォーミングアップの段階である異変に気づいてはいた。

「なぜだったのかは明確にはわからないのですが、少し気の抜けたような印象があって…」

ここを無難にやり過ごした先で、学生相手には4季ぶりとなる黒星が待っていたのだ。

「チームの皆がどういう状況なのか。それを察知する力が必要だと感じました」

泣くつもりはなかったが、泣いてしまった。試合後の整列の時、観客席にいる控え部員が自分たちよりも悔しそうな顔をしていたからだ。

「チームは、こうやって共有されているのだなと。申し訳ない気持ちが出てきて、それが涙に繋がって、次は…という決意に繋がりました」

ここからクラブは、得意だった肉弾戦の整備に注力する。相手が反則すれすれの働きかけをしてきても問題なく排除する、圧倒的な力。その、戦いざまを再点検した。

12月27日の秩父宮での大学選手権セカンドステージ第3戦で、坂手は左腕を脱臼してしまう。

チームから離れ、ひとりで大学併設のジムでエアロバイクを漕いだ。持久力を落としたくなかった。2016年元日は、2日からの箱根駅伝を控えた駅伝チームが最終調整のストレッチやマッサージをしている横で、汗だくになった。

決勝戦のリザーブで復帰。岩出雅之監督にそう告げられたのは、本番3日前だった。

「もし、ゲームがおかしかったらもっと早く出す。その時のために、他のリザーブの選手とは練習中からコミュニケーションを取るように」

ボスの危機管理力を感じながら、当日を迎える。会場のゴール裏でのウォーミングアップ。ベンチに入れない最上級生が見守っていた。暮れの12月28日に、慶応義塾大学との「4年生試合」で身体を張っていた同級生たちだ。直前に左ひざ前十字靭帯を断裂した主力、森谷圭介の姿もあった。

「いやぁ、もう…。心強かったですね。4年生試合ではいいものを見せてもらいましたし、気合いを感じた。その彼らが見ていてくれたのは頼もしかったです。すごくいいアップになりましたし、気持ちの準備もできました」

この時、自分の言葉の力には、絶対の自信を得ぬままだったろう。ただ、確信していることが2つ、あった。

ひとつは、リーダーは何事にも「本気」であるべきということ。「一生懸命、やる。そこに言葉が重なって信頼を生む」。過去に出会った各チームのキャプテンは、万事へ前のめりに取り組んでいたように思ったからだ。

もうひとつは、一緒に戦うチームメイトへの信頼だ。今季の直接対決で2連勝した相手との戦力差、その日のレフリングに合わせて激しさの表し方を変えられる自軍の隙のなさ…。どの項目を鑑みても、坂手は「プレーについては全く心配しない」と断言できた。

直前練習を終え、秩父宮スタンド下のロッカールームへ入る。背番号「17」の坂手は発した。

「仲間のためにやろう。全てにおいて、帝京の厳しさを出そう」

前半は5-5と同点で終えた。「前に出られていたのは、ペナルティーが原因。そこで(グラウンド上で)声を出せないもどかしさはありました」。もっともハーフタイムに呼吸を整えるや、後半開始初頭のキックオフで同学年のマルジーン・イラウアが鈍い音の鳴るクラッシュ。間もなく勝ち越し点が決まる。以後は下馬評に即したプレーが重なり、最もリスクの少ないシチュエーションでキャプテンの出番がやってきた。

「お待たせ」の先で、対する東海大学の藤田貴大の胸元へ強くぶつかる。足を掻く。「あのプレーだけですね。きょうは」。ノーサイド。相手の藤田と抱き合う。過去6人の元キャプテンと同じように、聴衆に誠実な印象を与えるヒーローインタビューに応じていた。涙を拭いて。

31日には、日本選手権に挑む。国内最高峰トップリーグの王者との一騎打ちだ。そういえば、自分の言葉の力に疑念を持つ何年も前、坂手はこんな風に言った。「どの試合でも頑張るのですが、相手が強い方が燃えるというのは、あると思います」。大事なのは、そう、本気で戦うことだ。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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