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大久保嘉人「今はみんな似た選手ばっかり」の意味を改めて問う。“個”とは何か?

元川悦子スポーツジャーナリスト
2010年南アフリカW杯から11年。去る者もいれば、現役を続ける者もいる。(写真:Action Images/アフロ)

「まだまだ動けるうちにやめたい」と大久保は決断

「自分がプロになった時、動けるうちに、『まだまだできるだろう』と言われるうちにやめたいと思っていた。それが今なのかなと思い、決断しました」

 11月22日の引退会見で、大久保嘉人(セレッソ大阪)が今シーズン限りでユニフォームを脱ぐことを断言した。決断を下したのは16日ということで、ギリギリまで揺れ動いた結果の最終結論なのだろう。

 今でも「まだ全然やれる」「もう1年続けてJ1・200ゴールを達成してほしい」という声はサポーターや関係者から聞こえてくる。国見高校時代から見続けてきた筆者も「引退を覆してくれないだろうか」という淡い願望を抱いてしまうくらいだ。

 しかしながら、本人は「200得点を取りたいという気持ちは誰よりも強かったし、自分しかいないと思っていたけど、何年かけて取れるか分からない。それだったら、この時点でやめた方がスッキリする。実際に決意を伝えた時、もう200ゴールを目指さなくていいんだとスッキリした」と自分なりに割り切れたという。であれば、最高の形で選手生活に終止符を打ってもらうしかないだろう。

個性豊かで華があった南アW杯16強戦士たち

 その大久保を筆頭に、最近はアラフォー世代の引退発表が相次いでいる。今月11日には41歳の玉田圭司(長崎)、14日には阿部勇樹(浦和)がキャリアに区切りをつけることを表明した。3人はいずれも2010年南アフリカワールドカップ(W杯)メンバー。大久保と阿部はレギュラーとして全試合にスタメン出場。凄まじいハードワークを見せ、ベスト16入りに大きく貢献した。

 玉田は岡田武史監督(現FC今治代表取締役会長)から「FW陣を引っ張っていってくれ」と注文をつけられ、最終予選途中まではエースと位置付けられたが、南ア本番はオランダ戦(ダーバン)とパラグアイ戦(プレトリア)の途中出場のみ。本人も「もっと試合に出たかったし、フルで活躍したかった」とのちに本音を漏らした。それでも2006年ドイツW杯・ブラジル戦(ドルトムント)の衝撃的先制弾に象徴される通り、左45度からのシュートの破壊力は疑いようもなかった。

 彼らがピッチを去れば、アラフォー世代の南ア戦士の現役組は、駒野友一(FC今治)、遠藤保仁・今野泰幸(ともに磐田)、中村俊輔(横浜FC)、稲本潤一(相模原)…と、ほんのわずかになってしまう。フットサルに転身した松井大輔(YSCC横浜)のような変わり種もいるが、華のある面々がJリーグの舞台から去っていくのは、やはり残念というしかない。

南アW杯直前キャンプ地・ザースフェーにEXILEが激励に訪れた時の一コマ(筆者撮影)
南アW杯直前キャンプ地・ザースフェーにEXILEが激励に訪れた時の一コマ(筆者撮影)

大久保、松井…。自分の強みを突き詰めていったアラフォー世代

 23日に磐田の取材に登場した今野も「ホント、メチャクチャ寂しい。ずっと若い頃から切磋琢磨してきましたからね」と偽らざる本音を口にした。とりわけ、U-20世代からしのぎを削ってきた大久保と阿部の引退は衝撃が大きかったという。

 彼らがプロになった20年前はまだJリーグ発足から7~8年。クラブ数も30に満たず、本当に一握りの精鋭だけが生き残れる世界だった。しかも、すぐ上には中田英寿、中村俊輔、小野伸二(札幌)といった傑出したタレントがひしめく。そこで上に這い上がるためには、よほどの努力が必要だったはずだ。

「本来、FWはディフェンスの動きを見ながら駆け引きしなきゃいけないのに、今の選手は『ここが空くから立ちなさい』と言われたところにしか立てない。違いを作れない。みんな似た選手ばっかり」と大久保は昨今のJリーグや日本代表を嘆いたが、当時は今ほど世界最先端の情報や戦術が浸透していなかったから、選手自ら考え、アクションを起こし、判断を突き詰めていくしかなかった。そういった過程の中から、野性味溢れる大久保のようなストライカーが生まれ、「10番の血を引く絶滅品種」とフランス・ルマン時代の指揮官に言わしめた稀代のテクニシャン・松井のような個性が台頭してきたのだ。

「デュエル」という言葉のない時代に球際を磨いた今野

 今野にしても、DFに抜擢された東北高校時代から「とにかくガムシャラに行ってFWにやらせないことだけを考えた」と言う。1対1を磨くことで自信がついたし、やれるという手ごたえもつかんだ。「デュエル」や「球際」といった言葉もなかった時代からそれを突き詰め、絶対的な武器として身に着けたからこそ、Jリーガーへの道が開けた。

 その後、ボランチを主戦場にするようになってからも、うまさや戦術眼に長けた選手を見ていい部分を盗み、ここまでやってきた。そして今も41歳の遠藤を追いかけ続けることで自分自身を奮い立たせているという。

「ヤットさんの凄さは沢山ある。やっぱり一番は技術と言いたいところだけど、一番欲しいのはメンタルです。マイナスなことは考えないし、サッカーに前向き。1-0の局面で入っても『やられたらどうしよう』なんて考えないし、『失点したらしたでいいでしょ』と。もう脳みそが違います」と冗談交じりでリスペクトを口にしていた。

 間もなく42歳になろうという遠藤が2022年J1に再挑戦しようとしているのだから、今野はやめられない。「僕はサッカーしかないので。サッカー引退したらホントに路頭に迷っちゃうので」と改めて現役への強いこだわりを口にした。小野伸二や駒野からも似たような発言を聞いたことがあるが、彼らのようにプレーヤーを続ける面々には、若い世代に「自分で考えてアクションを起こし、絶対的強みを作ることの重要性」を伝えてほしい。

パラグアイとの死闘は日本サッカー界にとって重要な歴史だ(筆者撮影)
パラグアイとの死闘は日本サッカー界にとって重要な歴史だ(筆者撮影)

「ストリートサッカーの典型例」玉田らに託されること

 もちろんプロキャリアを終える大久保や阿部、玉田も後進を育てることに寄与していくだろう。すでに阿部や玉田はJFA公認コーチングライセンスを取得している模様。指導者としてサッカーに携わる可能性が高そうだ。「サッカーは奥深いし、ライセンスを取った分、若い頃には見えなかったものも見えてきますからね」と玉田も今春のインタビュー時に語っていた。

 その彼にしても、習志野高校時代の恩師・本田裕一郎監督(現国士舘高校テクニカルアドバイザー)が「彼はストリートサッカーの典型例。中学生まで確固たる戦術や戦略で戦ったこともなかった分、ドリブル技術が格段に向上し、高校レベルでは群を抜いていた」と証言するように、自分で突き詰めた武器で這い上がってきた。一目見て「玉田がいる」と分かる選手だったが、彼らの世代は特徴のハッキリしたプレーヤーが本当に多かった。フィジカル重視の傾向が強まった現代サッカーでは個性が埋没しがちなのかもしれないが、圧倒的な個はいつの時代も魅力的。そこは今一度、再認識したい点だ。南ア16強戦士の大久保や阿部、玉田の引退は「サッカーの魅力とは何か」を考える好機ではないか。

 今回、ピッチを去る者には心からお疲れ様と言いたい。一方で、プレーを続ける者には納得できるまで戦い抜いてほしい。さまざまな生きざまを我々はしっかりと見守っていくべきだ。

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スポーツジャーナリスト

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から7回連続で現地へ赴いた。近年は他の競技や環境・インフラなどの取材も手掛ける。

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