90年代後半から2000年代初頭にかけて、リーグ優勝3回など黄金期を築いたジュビロ磐田。だが、2013年に初のJ2降格をしてからは、J1とJ2を行き来するエレベータークラブとなった。

 2019年に2度目のJ2降格を喫した名門クラブ復活の切り札として、2020年10月にガンバ大阪から加入したのが、MF遠藤保仁だった。

 あれから1年。今季の磐田は残り8試合で首位をキープしており、J2優勝とJ1昇格が目前に迫っている(10月21日現在)。

 41歳のフットボーラーは、この1年間でジュビロに何をもたらしたのか。今、どんな心境なのか…。ストレートに聞いた。

「移籍の決断に全く後悔はない」

――磐田に移籍して1年が経ちました。ここまでを振り返ってみていかがですか?

「純粋にプレーしたい。それが第一でした。ガンバに残ってチャレンジするのも1つの手だったとは思いますけど、出場時間が短くなる中で自分の価値をもう一度、証明したかった。マサさん(ジュビロ磐田・鈴木政一監督)が攻撃的なサッカーをしているのも分かっていたし、それならチャレンジする方がいいと。その決断に全く後悔はない。今季はJ1昇格が最大の目標なので、達成ができれば、十分満足できると思います」

――1年で結果を残せているのはなぜですか?

「ボールをしっかりとキープして、保持率を高くしながらチャンスを作って勝つという監督の示す方向性と、自分自身の特徴が合ったことが大きいと思います。

 僕もいろんな監督とやってきましたけど、近年はハードワークや球際って言葉がクローズアップされるように、プレーの強度に比重が置かれてると感じます。だけど、サッカーの本質はいかにゴールを入れて、守るのか。極端に言えば、攻めて勝つのか、守って勝つのかなので、僕はたくさんゴールを決めて勝つ方が好き。マサさんもそっちだと思うんです」

先を読んだ一瞬の判断が随所に光る(写真:長田洋平/アフロスポーツ)
先を読んだ一瞬の判断が随所に光る(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

――球際やハードワークを重視する監督が増えたのは事実です。そうなると年齢の高い選手には不利ですね。

「ハードワークだったり強度の高い選手を使う監督であれば、僕のランクは下になるかもしれない。それが悪いことだとは思いません。ただ、相手が困るプレーをしてゴールをたくさん入れるというサッカーの大前提に立ち返って考えれば、別にハードワークをしなくても点が取れればいいわけです。マサさんはそういう考えを認めてくれる監督なので、だからこそ、楽しくやれていますよね」

――今は遠藤選手のように中盤で駆け引きをする選手が減りました。世界のサッカーから何かヒントは得ているんですか?

「去年から単身赴任になって、海外サッカーを見る時間も多少増えました。時間がある時にいろいろ見てますけど、昔に比べて10番っていう存在がないに等しい。そういうプレーヤーがいると応援してます(笑)。

 フィジカル重視のサッカーも見ていて楽しいですし、戦う姿勢を示すことは必要ですけど、やっぱり一番はお客さんをワクワクさせることだと思ってます」

“策士”が理想と語る理由

――遠藤選手の同世代にはそういうタレントが多くいました。

「俊輔(中村=横浜FC)は、今でも出てくれば『何とかしてくれるんじゃないか』とみんな思うだろうし、特にFKになれば『入りそう』と期待する。伸二(小野=札幌)にしても、ひらめきだったり、一瞬の判断で流れを変えちゃうプレーは特別なものがありますよね。今はワンタッチでワクワクさせる選手はホント少ないんで、もっともっと出てきてほしいと思ってます」

長年の盟友・中村俊輔とのコンビは見るものを魅了した(写真:アフロスポーツ)
長年の盟友・中村俊輔とのコンビは見るものを魅了した(写真:アフロスポーツ)

――40代の中でも遠藤選手の輝きは今もまばゆい限りです。

「僕は後ろから人を動かすポジション。漫画の『キングダム』に出てくる趙の李牧(りぼく)、秦の昌平君(しょうへいくん)のような“策士”が理想です。自分たちが有利に働くように敵を動かすことを地上目線でやりたい。

 ピッチ上でそれができれば、サッカーはムチャクチャ楽しくなる。将棋みたいに『何手先はこうなる』っていうのを読みながら理想通りできるプレーを増やせればいいかな。誰と比較してとかじゃなくて、自分のサッカーを誰よりも上回りたい」

――遠藤選手らしい話ですね。

「言い方は悪いかもしれないけど、サッカーは騙し合いの競技ですからね(笑)。いかに相手を誘い込むかが大事。傍目からだとムダだと思われるようなパスも、その先に明確な意図があれば大事なパスになるわけです。強く蹴ったり、わざと弱く蹴ったり、浮かしたりっていうのも使い分けながらやってます。一つの言葉でいえば、“遊び心”というふうになるのかもしれないけど」

――遠藤選手は今の日本サッカー界を見渡しても稀有な存在です。

「Jリーグが始まった30年くらい前はそういう先輩が多かった。でも今はかなり少なくなったし、使う監督も減りましたね。いずれはまた時代が戻ってくると思いますけど、ここ10年くらいは今のトレンドが続くのかな。駆け引きができる選手がもっと評価されるようになってもらいたい」

「胸を張ってやめると思います」

――40代になって発見したことは?

「あんまりないですね。ピッチに立てば年齢は関係ないですし。ただ、やっぱり20代前半の頃と比べたら疲労回復力とかは間違いなく落ちてるとは思います。その落ちた部分も含めて『自分は40代なんだ』って思いながら、年相応に戦ってますよ」

――最近は髪の色も茶色にしてますね。

「気分転換です。白髪を隠そうとかじゃないです(笑)。白髪は白髪でカッコいいと思うんで。ただ、スタンドから見ると目立つので、悪いプレーをしないように気を付けたいと思ってます(笑)」

茶髪で若返った姿が目を引く(写真:長田洋平/アフロスポーツ)
茶髪で若返った姿が目を引く(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

――年齢を重ねると昔の自分とのギャップに苦しむ選手もいます。

「プライドが邪魔をするんでしょうけど、僕の場合は過去の栄光にすがることはないし、今現在の自分にできるプレーをすればいいだけ。『40代でもこれだけやってるからスゴイ』って勝手に思ってますし、『若手に走り負けないようにがんばろう』くらいがちょうどいい。実際、息子と同年代の選手とプレーしてるんで、お互いに刺激し合いながらできればいいかなという気持ちですね」

――現役はいつまで続けたいですか?

「何歳まで続けるかは決めてはないですけれど、大きなケガもなくここまで来れてますし、やれるだけやりたいです。今はプロのサッカー選手として楽しみたい。先のことは全然決めてないですけど、いずれやめる時も来ますし、その時は胸を張ってやめると思います」

――まずは磐田のJ1昇格ですね。

「はい。3位以下と勝ち点が10ポイント以上離れてますけど、自分たちが3連敗して相手が3連勝したら一挙に縮まるので、全く油断できる数字ではない。下のチームにプレッシャーをかけるためにも勝ち点をどんどん積み上げて、1試合でも早く目標を達成できるような形に持っていければいいかなとは思ってます」

何年経ってもこの雄姿を目に焼き付けたいと願うファンは少なくない(写真:長田洋平/アフロスポーツ)
何年経ってもこの雄姿を目に焼き付けたいと願うファンは少なくない(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

 サッカーは騙し合いの勝負であり、全力疾走しなくても、120%でぶつかり続けなくても、ゴールを決めて勝てばいい…。

 遠藤保仁の独特のサッカー観は、鹿児島実高の2年だった97年正月の高校サッカー選手権で初めて見た頃から25年近く経っても変わらない。つねに自然体で自分のスタイルを突き詰めてきたからこそ、41歳になった今も衰えるどころか、むしろ存在感が増すばかりなのだ。

 型にはまったサッカーをする選手やチームが増える中、ジュビロ磐田の背番号50は異彩を放ち続けている。遠藤と同じピッチに立った選手が「サッカーIQが頭抜けて高い」「緩急のつけ方は半端ない」と最大級の敬意を払う“策士”には、これからもトップを走り続け、われわれを魅了してくれることを願ってやまない。

■遠藤保仁(えんどう・やすひと)

1980年1月28日生まれ。鹿児島県出身。鹿児島実業高校卒業後の1998年に横浜フリューゲルスに入団。京都パープルサンガを経て、2001年にガンバ大阪に移籍、リーグ優勝2回、AFCチャンピオンズリーグ(ACL)優勝など数々のタイトル獲得に貢献した。2020年7月にJ1最多となる632試合出場を達成。同年10月、ジュビロ磐田に移籍した。日本代表では、ワールドカップ3大会連続(2006年、2010年、2014年)でメンバーに選ばれた。国際Aマッチ152試合出場は歴代1位。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】