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浅野拓磨が「俺はエゴイスト」と語るわけ ロシアW杯落選からはい上がった快足FWの今

元川悦子スポーツジャーナリスト
セルビア・ベオグラードからインタビューに答える浅野拓磨(筆者撮影)

 11月に日本代表に1年ぶりの復帰を果たした浅野拓磨は、セルビアの名門パルチザンで絶対的点取屋としての存在感を高めている。2シーズン目を迎えた今季は公式戦で2桁ゴールに到達。エースの地位をチーム内で確立した一方で、浅野は孤独とも戦っていた。「俺は誰よりもエゴイスト」と語る背景には何があったのか。

 2018年ロシアワールドカップ(W杯)での代表落選から2年半。屈辱からはい上がった快速ストライカーの今に迫った。

ロシアW杯メンバー落選の心境

 2018年6月19日、ロシア・サランスク。10カ月前のW杯最終予選・オーストラリア戦でロシアへの切符を引き寄せる先制弾を挙げた浅野はW杯初戦に挑む日本代表の一挙手一投足をスタンドから凝視していた。ケガで満身創痍の岡崎慎司(ウエスカ)との登録変更が前日までささやかれながら、最終メンバー23人に滑り込めなかった悔しさを押し殺して、彼はコロンビアを撃破する仲間たちの戦いぶりを脳裏に焼き付けたのだ。

――W杯に出られないと分かったときの心境は?

「最後の1日まで最終登録メンバーに入れると信じていました。実際、岡崎さんは練習に参加できない状況だったので、可能性は高かったと思います。でもコロンビア戦の直前に『日本に帰ることになった』と言われた。正直、悔しかったですけど、自分が岡崎さんの立場だったら『絶対に大丈夫』ってドクターや監督に言い続けたと思う。それに、ただメンバーに入るだけじゃなくて、試合でも戦う姿勢を出して活躍していた。その姿を見ていたら『俺ももっともっとやらんとダメだな』と強く感じました」

2017年8月のオーストラリア戦で先制弾を挙げた浅野(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)
2017年8月のオーストラリア戦で先制弾を挙げた浅野(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

――初戦のコロンビア戦はどこで見た?

「スタンドで見ていました。試合が始まってからは1ファンとして応援していたけど、国歌斉唱のときはすごく悔しかった。あの瞬間、ピッチにいるのか、ベンチにいるのか、スタンドにいるのかでは、W杯の見え方が全く違う。『俺はメンバーとして大会を肌で感じられてない』という悔しさがこみ上げてきましたね。チームを離れるときには『俺のロシアはもう終わったので、今日から一足先に4年後に向けて準備します』と挨拶しました。そこからはつねにカタールを見据えて、全力で取り組んでいます」

「1ミリも後悔はない」セルビア移籍

 雪辱を期した浅野は大胆な決断をした。2016年夏にイングランドの名門アーセナルに才能を見出され、そこからドイツのシュツットガルト、ハノーファーに移籍していた男が欧州5大リーグ以外のセルビアを選択したのは想定外だった。が、本人は「そこからはい上がることがカタールへの近道」と考えて、未知なる国での戦いを選んだという。

――移籍先としてセルビアを選択した理由は?

「正直、悩みましたけど、次のW杯に出るところから逆算したときに、より厳しい環境に身を置いてサッカーをしたいなと。セルビアがその近道かどうかは分からないですけど、ある意味、直感も信じながら1日1日頑張っていこうと決めました。今はその決断に1ミリも後悔はない。こっちに来てよかったと思いますし、やれる自信も持てた。そこは1つ成長できたところだと思います」

セルビアでイキイキとプレーする浅野(写真:REX/アフロ)
セルビアでイキイキとプレーする浅野(写真:REX/アフロ)

――今の生活は?

「本音でしゃべったら楽しくはないかな(苦笑)。もともとセルビアは日本人が少ないですし、コロナになってからは人と触れ合うことがほぼないので。三重にいる家族とは毎日テレビ電話をしてますけど、去年の年末から日本にも帰れてません。7人兄弟の大家族で育った人間なので、やっぱり孤独感はすごく感じますね」

――孤独とどう向き合った?

「孤独と向き合ったことで『もっと貪欲にならないといけない』という気持ちが強くなったのは確かです。周りに嫌われるくらいの人間になりたいとも思いました。俺は頑固なところがあって、今、誰よりもエゴイストなのかなって感じるし、自分がやりたいことに対してはトコトン行ける性格なんです」

――そうした変化は海外に来てから?

「海外に来て感じるのは、サッカーは個人競技的な側面も強いということ。個人がうまくいっているチームほど強い。日本では『チームのために』という意識が美学とされていますけど、海外に来て自分の優しさが結果につながらず、ストレスを感じていました。でも監督とケンカしてブチ切れる選手ほど重視される現実も目の当たりにして、いい意味でエゴイストになることも意識しなければいけないと思った。今はチームメートに言い返すくらいのメンタリティを身につけました。シュートを外しても『ボールよこせ』と要求するし、監督から『パスしろ』って怒られても無視してゴールに向かっていますからね(笑)」

ロシアから2年半。今の浅野には自信が感じられた(筆者撮影)
ロシアから2年半。今の浅野には自信が感じられた(筆者撮影)

カタールW杯ではエースの野望

 心身ともにスケールアップした浅野は「ここ一番で点の取れる存在」になりつつある。11月24日のセルビアカップ・メタラツ戦の決勝ゴールは、自らドリブルで持ち込んで決めたテクニカルな一撃だった。チームメートからは「ゴール決めてなかったら、おまえを殺そうと思った」と冗談半分で言われたそうだが、そうした言葉を一蹴できるメンタルの強さも備わった。

――今、目指しているのは?

「セルビアで活躍して、ステップアップすることです。1試合1試合、絶対に点を取ると思いながらこの2年半やってきましたし、もっといいチームでレベルの高いサッカーをするためだと毎試合自分に言い聞かせています。そのためにパルチザンでもっともっと結果を出していかないといけない。2桁ゴールは当然ですし、ゴールに絡む仕事はつねにやっていかないといけない。それしかカタールでエースに上り詰める道はないと思っています」

――日本代表のエース争いは混とんとしています

「今のエースの(南野)拓実は同じ年ですけど、遠慮はまったくない。やっぱり一緒にやってきた仲間が今は多くいるので、羽を伸ばしてやれる環境にはなっています」

金髪でイメチェンしていた頃もあった(写真:西村尚己/アフロスポーツ)
金髪でイメチェンしていた頃もあった(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

ジャガー浅野が追い続ける「永遠の夢」とは

――日本代表では同世代も増えましたが、本田圭佑選手(ボタフォゴ)、香川真司選手、岡崎選手といった先輩を超えるためには何が必要?

「一つのサッカーの歴史を作った人たちだから、超えることはなかなかできない。結果を出して実力を証明してきた人たちじゃないですか。1人1人がいい意味でエゴイストの集まりだったから時代を作り上げた。だから俺らが彼らを超えるのも結果しかない。周りからは『もう本田たちのような時代は来ない』、『サッカー熱が下がった』と見られているかもしれないけど、そんな評価は関係ない。俺らが日本代表として勝つことが全てなんです」

――浅野選手にとっての日本代表とは?

「サッカーをやっている以上、消えることのない目標であり、永遠の夢でもあります。前回のロシアW杯ではいろんな人に絶対に行くと言われながら、自分自身が一番危機感を感じていた。3年前のオーストラリア戦でゴールを決めた日も、W杯に行けるなんて1ミリも一瞬たりとも思っていなかった。それぐらいの危機感を感じさせられるのが日本代表という場所です。だからこそ、100%で取り組むだけですし、『自分はW杯に行ける』と信じてやるしかないです」

 手が届かなかった夢の大舞台を必死に追いかけ続けている浅野。2年後のカタールのピッチで華々しい一撃を決めて、歓喜のジャガーポーズをする快足FWの姿をぜひとも見てみたい。日本中のサッカーファンがそうなることを願っている。

インタビューの最後はジャガーポーズで決めてくれた(筆者撮影)
インタビューの最後はジャガーポーズで決めてくれた(筆者撮影)

■浅野拓磨(あさの・たくま)

1994年11月10日生まれ。三重県菰野町出身。2013年に四日市中央工業高校を卒業後にサンフレッチェ広島に入団。2015年4月にJリーグ初ゴールを挙げる。同年8月にA代表デビュー。2016年1月のU-23アジア選手権では決勝ゴールを決めて、日本をアジア王者に導いた。同年8月のリオデジャネイロ五輪に出場。一方で、イングランドの名門アーセナルに完全移籍したが、イギリスの労働許可証が下りず、ドイツ2部のシュツットガルトに期限付き移籍。2018年にはドイツ1部のハノーファーに期限付き移籍。翌年にはセルビア1部のパルチザンに移籍することが発表された。

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スポーツジャーナリスト

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から7回連続で現地へ赴いた。近年は他の競技や環境・インフラなどの取材も手掛ける。

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