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「諦めたら終わり」バレー女子・中田久美監督は日本代表をどう強化するのか?

元川悦子スポーツジャーナリスト
7月31日にオンライン取材に応じた中田久美監督(著者撮影)

1年後に向けてリスタート

 本来ならば7月24日に開幕していたはずだった東京五輪。新型コロナウイルスの感染拡大によって大会が1年延期されたのは周知の事実だ。昨今のコロナ再拡大もあって、本当に五輪開催が叶うかどうかは定かではないが、アスリートたちは1年後に向かって本格的に動き出している。

 メダル獲得を狙っているバレーボール女子日本代表も7月6日から東京・西が丘のナショナルトレーニングセンターで強化合宿に突入。ここまで4週間が経過した。

 31日にオンライン取材に応じた中田久美監督は「新型コロナウイルスの世界的な感染拡大により、シニア女子代表チームは年内全ての国際試合が延期になってしまいましたが、延期されたことを不安視するよりも現在できること、目標に向かって進むことに集中しています。今回は3月14日にアメリカ遠征に行く予定だった17名に2名をプラスして、19人で段階的に強化を進めています」と説明。現時点ではまだ男性練習パートナーとのゲーム形式までは強度を上げられていないというが、選手・チームともに徐々に調子が上がってきているという。

「バレーは同じ時間を共有して信頼関係を築く競技」とあえて合宿実施

 東京で感染者が最大460人も出た今、代表合宿を行うことを不安視する向きもあるだろう。だが、中田監督は「バレーボールという競技性を考えると、やはりつなぐ競技。それに女子の場合、同じ時間を共有して意思疎通を図り、一緒に生活して信頼関係、人間関係を築いていくものだと考えている」と強調。安心安全を第一に考えながら合宿を続けていくつもりだ。いきなり集まって一体感や結束力を出せるほどバレーボールという競技は甘くないとかつて名セッターだった彼女自身はよく分かっているはず。だからこそ、あえてこの時期に招集をかけ、地道な練習を続けているのだ。

新鍋引退も、黒後、石川ら若手が成長中

 4カ月間に及んだ代表活動自粛期間には、重要戦力だった新鍋理沙の現役引退というショッキングな出来事に見舞われた。それでも、中田監督が絶大な信頼を寄せる長岡望悠(久光)が2年ぶりに復帰し、期待の若手である黒後愛(東レ)、石川真佑(東レ)、山田二千華(NEC)らが急成長するなど、明るい兆しも見えつつある。

 今夏でバレーボールに一区切りつけるつもりだった35歳のキャプテン・荒木絵里香(トヨタ車体)も覚悟を持って練習に参加。「荒木は大きな覚悟を持ってまた挑戦するということを決めてきた。それは日々の練習を見てもすごく感じますし、子育てをしながらコンディションを整えてきたところはさすがだな」と偉大なリーダーに敬意を表していた。

年内国際試合中止。力試しの場を失う中、どう飛躍する?

 このようにポジティブな気運も感じられるバレー女子代表だが、問題はここからの強化。8月2日には紅白リモートマッチが実施されることになっているが、それ以降の試合予定は白紙の状態と言っていい。例年ならば、すでにネーションズリーグを消化し、ここから複数のテストマッチを経て、ワールドカップで真剣勝負に挑むタイミングなのだが、少なくとも年内の国際試合が中止になってしまった。

「今回の合宿で特に取り組んでいることは、世界の強烈なサーブに対しての対応とバックアタックを含めたコンビとスピードと正確性。あとは相手ライトやオポジット(セッター対角)のポジションにポイントゲッターを置いているイタリア、セルビアといった国に対してのレシーブの強化。それをしっかりやる時間が増えたのはよかったと思います」と中田監督は強国対策を入念に講じる時間が生まれたことをプラスに捉えているが、その成果を試す場がないというのは、非常に難しい点だろう。

対外試合中止の影響を受けるのはバレーだけではない

 代表活動や海外遠征が思うようにできない悩みは、ソフトボールの宇津木麗華監督も吐露していたことだ。ソフトボールも日本リーグが終わった11月から活動再開を目指しているが、年内は海外遠征には行かずに国内でトレーニングをすることにしている。2021年に入ってからオーストラリア・台湾遠征を計画しているが、それもどうなるか分からない。「1年延びることによって若い選手がより成長する時間を得られた」と前向きに発言していたものの、五輪でメダルを争うアメリカなどライバル国と力試しをしなければ、本当に進化しているかを測ることはできない。

五輪アスリートのためにもPCR検査体制強化を!

 今回のコロナ禍では、長距離移動の伴う国際試合をいつ設定できるようになるか分からない。もちろん選手たちはPCR検査を経て合宿入りしているため、陰性なのはハッキリしているが、遠征に出向く、あるいは対戦相手を呼ぶというのはまた別のハードルになる。日本のPCR検査体制の厳しさはすでに大きな社会問題になっているが、1年延期というショックを乗り越え、五輪に向かおうとしている選手や競技団体の足かせになりかねない。そこは改めて再認識し、改善に向けて動いていくべきではないか。

 このように全てが前例にないことばかりで、指揮官も難易度の高いマネージメントを強いられる。1年先の本番までいかにモチベーションを維持していくのかも難しいところだが、「五輪の可能性がある限り、強化を継続していくのは当然のこと。メダルという目標を達成するためにも諦めたら終わり。もう1回、自分たちがどこを目指しているかを選手たちには伝えるようにしています」と中田監督は神妙な面持ちで言う。

メダル獲得のためにも、困難を乗り越えタフなチームを作る!

 2012年ロンドン五輪以来のメダル奪回を果たそうと思うなら、あらゆる弱点を克服し、劣勢に耐えながら、勝ち星を手にできるタフなチームにならなければいけない。その事実をつねに選手たちに突きつけ、鼓舞していくのが、彼女の大きな仕事になってくる。

「理想とするのは、日本独自のつなぐバレー、粘るバレーだと思います。五輪の全ての試合をフルセットで勝ち切る粘り、つなぎ、賢さを追求していきたい」

 こう語気を強めた中田久美監督がこの先、どんなアプローチを見せるのか。「メダルは厳しい」という前評判を覆すような強い集団を作れるのか。本当の戦いはここからだ。

スポーツジャーナリスト

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から7回連続で現地へ赴いた。近年は他の競技や環境・インフラなどの取材も手掛ける。

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