三宅洋平フェスに見る「感動させてくれた人が、正しいとは限らない問題」

感動させればいいってもんじゃない(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

三宅洋平選挙フェスの様子を見て、その支持者たちの意見を読んで思ったのが、

彼は感動させてくれた → だから彼が国会議員になることを支持する。

という流れで支持していた人が多いということです。

しかし、これは、完全に間違っています。

そこで、私は、選挙の前日にこんな記事を書きました。

三宅洋平のコミュニケーション力はスゴイと素直に思った

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彼の動画をみてすごいと思ったのは、彼の「感動させる力」がスゴいと思ったのです。

さすがミュージシャン。そのバイブスとパッションで、たくさんの若者を感動させ、感動した若者(およびおっさん)は彼を支持するようになったのだなと納得させられました。

■感動させてくれる人なら、国会議員を任せてもいいのか?

ただ、感動をさせてくれたから、彼が日本を良い方向に変えてくれるとは限りません。

少なくとも「地震兵器が」「非オーガニックのシャンプーを使った母親から生まれた胎児からシャンプーの匂いが」ということを、きちんとした検証もなしに発言してしまう人に、国の税金の使い道を任せるのは問題です。

先ほどの記事もひとつの実験でした。

三宅洋平のコミュニケーション力はスゴイと素直に思った

というタイトルだけをみて、どれくらいの三宅洋平の支持者がRTするのかというのを見たかったのです。

自分が共感できるタイトルだから、文章を読まないでRTするというのは、

自分を感動させてくれたから、話している内容を吟味しないで支持するというのに非常に似た行為だからです。

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残念ながら、それほどヒットした記事ではなかったので、RT数はさほど多くありませんが、20人以上の三宅洋平支持者の方にリツイートはしていただきました。

それなりの数、検証なき共感で人は動きました。

■感動や共感は、間違いなく支持を呼ぶ。主張する内容に間違いがあっても

感動や共感が支持を呼ぶというのはよく分かります。

我々がやっている研修プログラムも、トップページをプチリニューアルしました。

動画を復活させ、写真も増やしました。

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それは、動画や音楽、写真の方が、見た人が感動してくれるからです。

そして、閲覧者が感動してくれたものの方が、いいモノだと判断してくれるからです。

現実問題として、実行可能な施策を考えるのって結構退屈です。

カンボジアのカレー屋で、カレーの値段を決めるにしても、カンボジア人にアンケートを取り、試作を作り、試験販売をして、その結果を踏まえてまた値段を変え、量を変えと、結構地味な作業を繰り返すことになります。

ましてや、国の方針として、複雑に絡み合った利害関係を調整し、実行可能な政策を考えるのには非常に地味な研究と思案が必要になります。それを作るのには長い時間がかかりますし、有権者側も、きちんとその成果物を読まないと理解ができません。地味です。

理想論だけでは、何も実行できません。

感動を呼ぶのも、もちろん、簡単ではありません。

本人のカリスマ性、楽曲の素晴らしさなど、様々な要因が必要になります。

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しかし、その才能を持った人が、ある程度のノウハウを持ってすれば、実行可能な政策を作るよりは簡単にできます。

我々の動画だって、講師が怒鳴ったり、研修生が泣いたり、売上上げるために走ったり、達成して抱き合いながら泣いたりすれば、かなり感動的なものになります。

例え中身がない研修プログラムでも、それで、申込者も増えるかもしれません。

ただし、感動する動画をもっている研修プログラムが、いいものかはわかりません。

事前に判断するためには、地味にいろんな情報を集めてもらう必要があります。それには、文字による情報が必要だと思い、我々は結構な分量の文字情報をWebサイトに出すようにしてます。

■感情の動物に、一時的でも理性と冷静を伝えるためには

人間は、感情の動物です。

だから、感情が揺さぶられたときには、思いっきりその方向に動いてしまいます。それは生物として抗えないことです。

でも、明らかに間違ったことは、その感情を排して、なんとか理性で理解し、判断しなくてはいけません。

三宅洋平にヒットラーやポルポトのような思想も実行力もないことはわかります。しかし、感情だけで判断し、ちょっとの理性的検証もせずに、涙を流しながら支持してしまうことは、独裁者たちが間違った思想で大きな悲劇を生み出してしまったのと同じ構造なんです。

映画や音楽、小説、スポーツなどで感動するのは素晴らしいことです。

しかし、選挙やビジネスなど、感動だけで突っ走ってはいけないものもたくさんあります。

だから、感動したときに、一定期間だけその感動の波を止めて、冷静に検証する時間を作れるようになるのが理想だと思います。

その検証のあと、やはりこの人は素晴らしいということになれば、再度感動の波に乗って支持をしていけばいいのですから。

ただ、繰り返しになりますが、人間は感情の生き物なので、それに抗える人の方が少ないです。

そして、テクノロジーの進化により、感情を揺さぶれる動画や音楽が、誰でも、簡単に大量の人に届けられるようになりました。

そんななか、感動した人たちに、地味な検証をしてもらうために、どのようにメッセージを打ち出していけばいいのか。それが今の課題なのだと思います。