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子どもがeスポーツに興味を持つのは危険? ゲーム依存との関連についての研究まとめ

森山沙耶ネット・ゲーム依存予防回復支援MIRA-i 臨床心理士
(写真:アフロ)

オリンピック種目に加わる可能性が話題となり、中高生の将来なりたい職業の上位にも挙げられるなど、今「eスポーツ」が大きな注目を集めています。

海外ゲーム市場調査会社Newzooが2020年に発表した「Global Esports Market Report 2020」という調査結果によると、競技人口は世界で約1億人に上ります。日本の競技人口は現在390万人ほどで、eスポーツ先進国であるアメリカ、韓国、中国と比べれば少ないものの、2018年には一般社団法人日本eスポーツ連合が発足し、各地で大会が開催されるなど盛り上がりを見せています。

一方で、eスポーツの流行については「ゲーム依存を助長してしまうのでは」といった懸念の声も挙がっています。子どもがeスポーツに興味を持つことについて、不安や戸惑いを覚えるという方も少なくないでしょう。そこで今回は、eスポーツの健康面への影響やゲーム依存との違いなどに関する海外の研究事例を紹介し、現時点で明らかになっていることを整理しながら、解説をしたいと思います。

eスポーツと健康面の関係は?

eスポーツと心身の健康との関連について、『Influence of Esports on stress: A systematic review(2020)』による報告を紹介します(1)。

身体的な影響についての報告

アメリカとカナダの9つの大学に所属する65人のeスポーツ選手を対象に、ゲームやライフスタイルの習慣、及びeスポーツ競技による身体の不調について調査を行ったところ、1日に3時間から10時間の練習をしている選手は目の疲れ(56%)、次いで首と背中の痛み(42%)、そして手首の痛み(36%)と手の痛み(32%)を持ちやすいとのことでした。これらは、ゲーム中に姿勢が悪いことやゲーム中の手や手首を使った素早い反復動作、座ったままの姿勢の維持によって生じるものと考えられています。

心理的な影響についての報告

長時間のプレイが、うつ病や攻撃性などの社会的、感情的、精神的な問題につながる可能性があるとの報告も、いくつかの研究から挙げられています。

165人のマルチプレイヤーオンラインバトルアリーナ(MOBA)のゲーマーを対象とした調査では、「プレイ時間の長さ」が「心理的な幸福度の低さ」と関連していることが明らかになっています。ゲームと攻撃性との関係については、暴力的なゲームをプレイすることによって攻撃的な認知、攻撃的な感情、生理的覚醒、攻撃的な行動が高いレベルで生じることが示されています。

ただし心理的な影響に関する報告は、eスポーツに限らず、ゲームをしている人全体を対象にした調査においても同様の報告が見られます。したがって、eスポーツによる影響というよりはゲームの種類や長時間のプレイによる影響と考えることもできそうです。

ゲーム依存症患者とeスポーツ選手の脳の構造と機能の違い

ゲーム依存症患者とeスポーツ選手を対象に脳を比較した研究では、脳の構造と機能の違いが明らかになりました(2)。

まずゲーム依存症患者の脳は、視床という場所における灰白質体積が増加していました。視床は、脳において条件反射をつかさどる場所であり、ゲームをプレイすると視床がより活発になると考えられます。また、視床の灰白質体積が増えるほど、ゲームへの依存度が高いという関係性も見られました。

一方eスポーツ選手の脳は、ゲーム依存症患者の脳に比べ、依存的な行動をコントロールする役割を持つ前帯状回の灰白質体積が増加していました。

この研究では、こうした脳の構造や機能の違いについて、ゲームに取り組む姿勢の違いによるものではないかと推察しています。eスポーツ選手は、一般的なスポーツ選手と同じように、ゲームをプレイすることをトレーニングとして捉え、さまざまな戦略を学ぶための練習する場としています。さらにeスポーツ選手の制限されたライフスタイル、行動コントロール、厳しいトレーニングに耐えること、勝利へのプレッシャーが脳の構造や機能の違いに影響しているのではないかとも推察しています。

eスポーツ選手とゲーム依存症者における動機の違い

以上のようにeスポーツ選手は、長時間ゲームをプレイしているにもかかわらず、ゲーム依存症者と異なる脳の構造や機能を持っていることが分かりました。他方で、そもそもゲームをする動機や目的が遊び目的でゲームをする人と異なることも研究で示されています(3)。

研究によるとeスポーツ選手は、競争のため、社会との繋がりを得たいという社会的な動機のため、そしてスキル向上のためといった特定の動機を持っていることを明らかにしています。eスポーツで成功するには、負けてもゲームを続けること、チームメンバーとして役立つこと、チーム内で友好的な関係を築くこと、ゲームに関する高度なスキル開発などが必要であると考えられています。

なお、eスポーツ選手においても、遊び目的でゲームをしている人においても、「逃避」という動機がゲーム依存症のリスク要因となることが報告されています。逃避するということは、ゲームをプレイすることで現実の問題を回避し、現実の困難について考えることを避けることを意味します。

ただし過去の研究では、高レベルのストレスを経験していても、ウェルビーイングや自尊心が安定しているeスポーツ選手は、逃避行動が多かったとしても、ゲームを問題なく使用するという報告もあります。このことから、eスポーツ選手の精神的な健康状態にも注目し、安定した自尊心と良好なウェルビーイングを維持するためのサポートを考えていくことも重要ではないかと指摘されていました。

「eスポーツ」から考えるゲーム依存の予防

以上から、eスポーツへの参加そのものが直接的に健康を害したり、依存症を引き起こしたりするわけではない、ということがここまでの研究結果からは言えそうです。

ゲーム依存を防ぐためには、eスポーツに参加するか否かにかかわらず、心身の健康を考慮すると長時間のゲームを避けることがまずは第一と言えそうです。また、現実のストレスや問題が生じている場合には本人のストレスを軽減し、それに対処できるよう周囲がサポートすること、ゲーム中の感情コントロールや生活習慣のコントロールができるよう支援することなどが大切ではないかと考えます。

eスポーツの心理的観点からの研究はまだ発展途上であるため、今後さらに研究が必要な分野とみなされています。eスポーツ選手の心理的特徴を明らかにすることで、健康的なゲームとの付き合い方を考えるヒントが見えてくるかもしれません。

〈引用・参考文献〉

(1) Palanichamy, T., Sharma, M., Sahu, M., & Kanchana, D. (2020). Influence of Esports on stress: A systematic review. Industrial Psychiatry Journal, 29(2), 191-199

(2) Han, D., Lyoo, I., & Renshaw, P. (2012). Differential regional gray matter volumes in patients with on-line game addiction and professional gamers. Journal of Psychiatric Research, 46(4), 507-515

(3) Bányai, F., Griffiths, M., Demetrovics, Z., Király, O. (2019). The mediating effect of motivations between psychiatric distress and gaming disorder among esport gamers and recreational gamers. Comprehensive Psychiatry, 94

ネット・ゲーム依存予防回復支援MIRA-i 臨床心理士

臨床心理士、公認心理師、社会福祉士。一般社団法人日本デジタルウェルビーイング協会代表理事。東京学芸大学大学院教育学研究科修了後、家庭裁判所調査官を経て、病院・福祉施設にて臨床心理士として勤務。2019年 独立行政法人国立病院機構 久里浜医療センターにて「インターネット/ゲーム依存の診断・治療等に関する研修(医療関係者向け)」を修了後、同年 ネット・ゲーム依存予防回復支援MIRA-i(ミライ)を立ち上げ。現在はネット・ゲーム依存専門のカウンセリングや予防啓発のための講演・セミナー活動を行う。2021年から特定非営利活動法人ASK認定 依存症予防教育アドバイザー。

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