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シメオネの刻印。アトレティコ・マドリーに漂う庶民性と不屈の精神。

森田泰史スポーツライター
アトレティコの選手たち(写真:ロイター/アフロ)

「精神、感情、社会性の面で、我々はまだ庶民のチームだ」

ディエゴ・シメオネ監督は、リーガエスパニョーラ第2節レガネス戦後、そう語った。敵地ブタルケで苦戦を強いられ、ビトロの決勝ゴールでアトレティコは辛くも勝ち点3を得ていた。

アトレティコは庶民のチームなのだろうか。アトレティコには、虐げられてきた、ぞんざいに扱われてきた過去がある。同都市にレアル・マドリーという絶対的な存在がいるおかげで、常に2番手、3番手であるという劣等感を突き付けられてきた。

■庶民のチーム

シメオネ監督の就任以降、アトレティコはまさに「庶民のチーム」の戦い方を貫いてきた。

言い換えると、それは弱者の兵法であり、スモールチームの戦略だ。自陣に引き、守備を固め、カウンターとセットプレーで勝利を得る。「1-0」の美学である。

だが資金面において、現在のアトレティコは庶民のチームではない。今夏の移籍市場で、レアル・マドリー、バルセロナに次いで、2億4300万ユーロ(約284億円)という補強資金を投じている。ユヴェントス、マンチェスター・シティを抜いて、欧州5大リーグで3位の数字だ。

その資金で、フィリペ・モンテイロ、マリオ・エルモソ、キリアン・トリッピアー、レナン・ロディ、エクトル・エレーラ、マルコス・ジョレンテ、ジョアン・フェリックスらを獲得。若返りが図られた。

リーガエスパニョーラ開幕節ヘタフェ戦では、更新され、機知に富んだアトレティコ・マドリーがそこにいた。アトレティコのスタメンの平均年齢は23.8歳だった。ヘタフェのスタメンの平均年齢は28歳で、非常に対照的だった。

なにより、ディエゴ・シメオネ監督のチームは、昨季まで主力の高齢化が懸念されていた。リーガ最終節レバンテ戦のスタメンの平均年齢は27.3歳だった。なお一層、開幕節でコントラストが浮かび上がった。

■基本布陣と3バックの導入

刷新したメンバーを率いることになったシメオネ監督だが、これを好機だとばかりにシステム変更に挑戦している。

シメオネ政権のアトレティコでは、4-4-2が基盤となってきた。しかし、シメオネ監督が今季公式戦初戦のヘタフェ戦で採用したのは4-3-1-2だった。トマ・レマルをトップ下に組み込み、前線にアルバロ・モラタとジョアン・フェリックスが並ぶ。トーマス・パーティー、サウール・ニゲス、コケと生粋のカンテラーノが彼らを中盤で支えた。

重要なのは「アンクル」になる部分だ。この夏にマンチェスター・シティへと移籍したロドリゴ・エルナンデスが担ってきた役割である。

そのポジションをトーマス、ジョレンテ、H・エレーラが争う。現時点で、シメオネ監督が最も信頼しているのはトーマスだ。

また、シメオネ監督は3バックを導入し始めている。昨季終盤から、ゴディン、ヒメネス、F・ルイスの「2CB+SB」の3枚でビルドアップする形は採られていた。今季に入り、レガネス戦では3-5-2(3-1-4-2)が施行された。エルモソ、ホセ・ヒメネス、ステファン・サビッチの3バック。アンカーにトーマス、その前列にロディ、サウール、コケ、トリッピアーが並んだ。

鍵を握るのはサイドバック、サイドハーフ、サイドの選手の働きだ。彼らに要求されるのは高い位置のポジション取りではない。ミドルゾーンからアタッキングゾーンでポゼッション率を高めるのを、シメオネ監督は望んでいない。そうではなく、スペースが空いた瞬間に矢のように飛び出していく。コケ、サウール、トーマス、あるいは最終ラインのエルモソからサイドチェンジのボールが出される。相手の守備陣形を崩して、一気にフィニッシュに持ち込むという戦法だ。

■フィニッシュの精度

ただ、フィニッシュの精度に関しては課題が残されている。

ジョアン・フェリックスは素晴らしいプレーを見せているが、シーズンを通じてコンスタントに得点を奪えるかどうかは未知数である。2018-19シーズン、冬の移籍市場で加入したモラタは公式戦17試合に出場して6得点を記録したものの、時に精神的な脆さと不安定なパフォーマンスを露呈する。

コスタに関しては、度重なる負傷に苦しめられてきた。2017年夏に復帰したが、アトレティコがFIFAの処分を受けていたため、公式戦出場が可能になったのは2018年1月だ。2017-18シーズン(23試合7得点)、2018-19シーズン(21試合5得点)と得点力に陰りが見え始めている。

だが、庶民のチームであるアトレティコとしては、1-0で勝てばいい。そのためのチーム作りが進められており、シメオネ監督の信念は揺らがない。守備の重要性、高いプレー強度、トランジション、ショートカウンター。「シメオネの刻印」が押されたスタイルである。

接戦を制して、勝利の確実性を高める。シメオネ監督が来てから、アトレティコはそうして成長してきた。ぎりぎりの勝利を手にすればするほど、シメオネ・アトレティコは自信を得る。自信が確信に変わった時、そこは栄光の一歩手前だ。

スポーツライター

執筆業、通訳、解説。東京生まれ。スペイン在住歴10年。2007年に21歳で単身で渡西して、バルセロナを拠点に現地のフットボールを堪能。2011年から執筆業を開始すると同時に活動場所をスペイン北部に移す。2018年に完全帰国。日本有数のラ・リーガ分析と解説に定評。過去・現在の投稿媒体/出演メディアは『DAZN』『U-NEXT』『WOWOW』『J SPORTS』『エルゴラッソ』『Goal.com』『ワールドサッカーキング』『サッカー批評』『フットボリスタ』『J-WAVE』『Foot! MARTES』等。2020年ラ・リーガのセミナー司会。

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