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ネイマールの移籍は実現せず。バルセロナが抱えた総年俸額というジレンマ。

森田泰史スポーツライター
パリSGに残留したネイマール(写真:なかしまだいすけ/アフロ)

パリ・サンジェルマンからの移籍を希望していたネイマールだが、それは叶わなかった。

ネイマールは7月8日に始まったパリSGのプレシーズンに合流せず、クラブ側が法的措置検討を発表する事態に発展した。対して、代理人を務める父親のネイマール・シニアは1週間遅れの合流をクラブに通達していたと主張した。

それでも、ネイマールが退団に向けて動いていたのは明らかだった。

■総年俸額

ただ、移籍は簡単ではなかった。

大きな障壁になったのは、サラリーの問題だ。UEFAの規定により、所属選手とスタッフの総年俸は予算の70%以下に抑えられなければならない。2018-19シーズン、バルセロナの選手とスタッフの総年俸額は6億3300万ユーロ(約740億円)だった。それは予算の66%を占めていた。

リオネル・メッシ(年俸4000万ユーロ/約46億円)を筆頭に、主力の高齢化が進むバルセロナで選手の総年俸額をコントロールするのは容易ではない。アントワーヌ・グリーズマンは、アトレティコ・マドリー在籍時受け取っていた年俸2300万ユーロ(約26億円)を、1700万ユーロ(約19億円)まで下げてバルセロナへの移籍を決めている。

ネイマールはパリ・サンジェルマンで受け取る年俸3600万ユーロ(約43億円)を2200万ユーロ(約26億円)まで下げる覚悟をしていたようだ。だがバルセロナの最後のオファーは断られた。

最後のオファーでは、移籍金1億3000万ユーロ(約152億円)+イバン・ラキティッチとジャン=クレール・トディボの譲渡+ウスマン・デンベレのレンタルが条件として提示されたという。移籍金の引き下げと、総年俸額の調整が意図されていた。しかし、パリSGが要求していたのは、獲得資金2億2200万ユーロ(約257億円)相当の移籍金のみだった。

■華やかな挑戦の始まり

2年前の夏、燦然と輝くエッフェル塔をバックにネイマールのお披露目が行われた。花の都で、華やかに、挑戦は始まった。キリアン・ムバッペ、エディンソン・カバーニと3トップを形成すると、ネイマールは移籍一年目で公式戦30試合28得点を記録。だが、突如、闇に襲われた。

2018年2月25日に行われたリーグアン第27節のマルセイユ戦で、ネイマールは右足の第5中足骨を骨折。チャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦セカンドレグのレアル・マドリー戦欠場が決まり、パリSGは敗退に追い込まれた。

負の連鎖は続く。2019年1月23日に行なわれたクープ・ドゥ・フランスのベスト32のストラスブール戦で、彼は再び右足の第5中足骨を骨折した。公式戦23試合で20得点11アシストを記録していたが、チャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦セカンドレグのマンチェスター・ユナイテッド戦に欠場。パリSGは逆転負けを喫している。

さらに、2019年6月5日の国際親善試合カタール戦で右足首の靱帯を断裂し、コパ・アメリカの欠場が決定した。この2シーズン、ネイマールは度重なる負傷に苦しめられてきた。レアル・マドリーは、これを理由にネイマールの獲得競争から撤退したという。

■負傷の遠因

負傷の遠因と考えられるのが、ネイマールの習慣だ。サントス時代から変わらない、夜遊びである。サントスのオリベイラ・リベイロ会長は当時、「ネイマールはナイトクラブに行くのが好きなんだ。友人と遊んで、睡眠時間が1時間や2時間になることもあるだろう。練習時間の寸前まで遊んでいる時もあるかもしれない。だが、彼が練習に遅刻した過去はない。だからまったく問題はない」と語っていた。

ネイマールはサントス時代にアメリカ人ミュージシャン、クリス・ブラウンのコンサートに行くため、遠征先のホテルから抜け出したことがある。ドリバル・ジュニオール監督は翌日の試合でネイマールをPKのキッカーから外した。これに激怒したネイマールは試合中チームメートにパスを出さず、個人プレーに走った。ベンチに引き上げる際には、ペットボトルを投げつけた。

その後、オリベイラ会長はジュニオール監督を解任している。ネイマールとジュニオール監督の「諍い」を目の当たりにしていたレネ・シモンエス(当時アトレチコ・ゴイアニエンセ監督)は「ネイマールは過信していた。彼に地に足を着けるように諭す者はいなかった。我々は共犯になって、モンスターを作り上げてしまったんだ」とその頃を振り返っている。

バルセロナ移籍、パリ・サンジェルマン移籍を経ても、彼の習慣は変わらなかった。だが、誰しも必ず年を重ねる。メッシがキャリアの終盤に差し掛かったところで食事管理を徹底してフィジカルコンディションを整えるようになったのは有名な話だ。25歳を超えて、ネイマールの負傷は増加した。

■取引不成立

バルセロナはこの夏、ジョルディ・メストレ副会長が辞任した。2015年に再選を果たしたジョゼップ・マリア・バルトメウ会長だが、その際に据えた5人の副会長のうち、4人が理事会を離れる決断を下している。また、バルトメウ会長は昨年夏にペップ・セグラ、エリック・アビダル、ラモン・プラネスをスポーツ部門に据えて体制を整えた。しかしながら今夏、ペップ・セグラと契約解除を行っている。

一方、パリSGではスポーツディレクターの交代があった。トーマス・トゥヘル監督と意見が対立したアンテロ・エンリケがクラブを去り、レオナルドが復帰する形で要職に就いた。

そもそも、バルセロナとパリ・サンジェルマンの関係は良好ではない。その上、どちらのクラブも一枚岩ではなかったのである。

2017年夏のネイマールのパリSG移籍で市場は破壊され、それは移籍金高騰の引き金となった。2011年にカタール投資庁の子会社であるカタール・スポーツ・インベストメンツ(QSI)に買収されたパリSGは文字通りの「国家クラブ」となっており、すなわちネイマールはカタールの国家プロジェクトの一部になったと言える。

フットボールの世界において、20歳までに公式戦で100得点を記録した選手は4人しかいない。ディエゴ・マラドーナ、ロナウド、ペレ、そしてネイマールだ。現役選手では、ネイマールだけだ。メッシやC・ロナウドでさえ、そこに名を連ねていない。

ペレの再来と称される、キングダムの至宝。今回、彼の我儘(わがまま)は通らなかった。2019-20シーズン、ネイマールは与えられた場所で輝き、自らの価値を証明しなければいけない。

スポーツライター

執筆業、通訳、解説。東京生まれ。スペイン在住歴10年。2007年に21歳で単身で渡西して、バルセロナを拠点に現地のフットボールを堪能。2011年から執筆業を開始すると同時に活動場所をスペイン北部に移す。2018年に完全帰国。日本有数のラ・リーガ分析と解説に定評。過去・現在の投稿媒体/出演メディアは『DAZN』『U-NEXT』『WOWOW』『J SPORTS』『エルゴラッソ』『Goal.com』『ワールドサッカーキング』『サッカー批評』『フットボリスタ』『J-WAVE』『Foot! MARTES』等。2020年ラ・リーガのセミナー司会。

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