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スペインとCFの関係性。「ファルソ・ヌエベ」に隠された、試合を決する男たちが背負う十字架。

森田泰史スポーツライター
ドルトムントで復活したパコ・アルカセル(写真:ロイター/アフロ)

決定力不足だーー。スコアレスドローに終わった試合は、多くの場合その一言で片付けられてしまう。

だが、実のところ、CFの育成は難しい。世界有数のカンテラを誇る、バルセロナやレアル・マドリーでさえ、苦しんでいる。

リオネル・メッシ、シャビ・エルナンデス、アンドレス・イニエスタ、セルヒオ・ブスケッツ、セルジ・ロベルト、ジェラール・ピケ、ジョルディ・アルバ...。バルセロナのカンテラで純粋培養された選手たちに、生粋のストライカーは存在しない。

例外と言えるのはメッシだ。ただ、メッシに関しては、類まれな決定力を発揮しているが、それはジョゼップ・グアルディオラ監督の功績が大きい。メッシをファルソ・ヌエベ(偽背番号9)で起用して、得点能力を開花させたのは、他ならぬグアルディオラ監督だ。

■カンテラの受難

メッシを除けば、近年のバルセロナはサミュエル・エトー、ズラタン・イブラヒモビッチ、ルイス・スアレス、ダビド・ビジャ、アレクシス・サンチェスなど、自クラブ以外の選手にストライカーのポジションを与えてきた。

代表的なカンテラーノのCFを挙げるとすれば、ボージャン・クルキッチだ。2007年9月19日にトップデビューを飾ったボージャンは、同年10月20日にリーガエスパニョーラで初得点を挙げた。17歳51日の記録はリーガにおけるクラブ史上最年少得点を更新するものだった。だがバルセロナはボージャンを育てきれなかった。

つまり、逆説的に、ファルソ・ヌエベに置かれたメッシだけが「カンテラ出身」で「得点を量産する選手」になり得た。それは戦術と才能の融合のみが「育成」の枠を超えることを意味する。

では、レアル・マドリーはどうだろうか。近年、マドリーが育成した最高のストライカーと言えば、アルバロ・モラタだろう。だがモラタは、トップクラスのCFになるため、あとひとつかふたつ、ステップを上る必要がある。彼に不足しているのは継続性であり、年間2桁得点、可能であれば20得点以上、それを4年から5年続けて欲しいところである。

事実、長く両クラブでエースとして攻撃を牽引してきたメッシとクリスティアーノ・ロナウドは、勢いを持続してまさに「得点製造機」と化している。

C・ロナウドがレアル・マドリーに在籍した9年間で、彼らはリーガの得点数において2009-10シーズン(メッシ34得点/C・ロナウド26得点)、10-11シーズン(31得点/41得点)、11-12シーズン(50得点/46得点)12-13シーズン(46得点/34得点)、13-14シーズン(28得点/31得点)、14-15シーズン(43得点/48得点)、15-16シーズン(26得点/35得点)、16-17シーズン(37得点/25得点)、17-18シーズン(34得点/26得点)という数字を残している。

そのC・ロナウドに追いやられる形で、マドリーのカンテラーノであるモラタが2016年夏に退団を選択したというのは皮肉な話だ。その一年後にC・ロナウドがユヴェントスへの移籍を決めたとあれば、なおさらである。

■一個の個体

その問題は、クラブ単位にとどまらず、代表レベルでも議論されている。

ヨーロッパで、スペイン代表ほど、センターフォワードの発掘に腐心している国はないだろう。EURO2008優勝以降、スペインは常にこのテーマと向き合ってきた。ルイス・エンリケ監督が就任して、パコ・アルカセルというストライカーが復活した。しかしながら、パコ・アルカセルのポピュラリズムに踊らされてはいけない。この謎を解くために、必要な鍵は未だ見つかっていない。

スペインの最後のストライカーは、ビジャである。ビジャはまさに「シングルプレーヤー」だった。一個の個体として、そこに存在していた。ビジャはチームを完璧に理解していた。そして、チームはビジャを完璧に理解していたのだ。彼が全盛期を迎えていた頃、バルセロナでも、スペイン代表でも、それは同じだった。ビジャは、その「ずる賢さ」をもってして、得点を量産した。まさに、エリア内で強さを発揮する選手であった。

ビジャは、左ウィングに据えられ、ゴールを量産した。EURO2008では、フェルナンド・トーレスという、ストライカーがいた。その大会におけるビジャの役割は、どちらかと言えば、2番手のFWだった。セカンドストライカー、セカンドトップとして、ゴールを狙う。故ルイス・アラゴネスが率いたチームは、F・トーレスにボールを集めていた。F・トーレスもまた、そのスピードとゴールセンスで、指揮官の期待に応えていた。だがスペインは、徐々に、ビジャにゴールを取らせるスタイルに傾倒していった。その背景には、イニエスタとシャビの存在がある。当時、グアルディオラ監督のバルセロナでチームメートだった彼らは、左でトライアングルを形成した。その三角形から織りなされるコンビネーションと決定機への道筋が、そのまま代表に持ち込まれたのだ。

スペインの特殊なスタイルに適応するのは簡単ではない。「チキ・タカ」と呼ばれる、パスを繋ぐフットボール。スペインに、国際級のストライカーがいないのかと言えば、そうではない。F・トーレス、モラタ、フェルナンド・ジョレンテ、ジエゴ・コスタ、パコ・アルカセルと、異なる国で、異なるプレースタイルで、活躍した選手は多く存在する。だが彼らは代表に招集されるとチキ・タカへの順応を前に困難に直面する。

EURO2008、南アフリカ・ワールドカップ、EURO2012と、主要大会で3連覇を達成した頃は、CFの議論が波立たなかった。忍び寄る問題に、誰も気付いていなかったのだ。

育成が困難であり、チームスタイルへの適応と結果が同時に期待されるポジション、それがCFだ。元来、センターフォワードはチームが機能していない時に必要とされる。なぜか、得点を奪ってしまう。そういうプレーが、そういう選手が、いつも求められてきた。

そして、ストライカーは、チームのバロメーターである。好不調の波や運が結果に多大な影響を及ぼすフットボールというスポーツで、「得点」という確実性を要求されるのだ。その明らかな矛盾を、彼らは十字架として背負っている。

スポーツライター

執筆業、通訳、解説。東京生まれ。スペイン在住歴10年。2007年に21歳で単身で渡西して、バルセロナを拠点に現地のフットボールを堪能。2011年から執筆業を開始すると同時に活動場所をスペイン北部に移す。2018年に完全帰国。日本有数のラ・リーガ分析と解説に定評。過去・現在の投稿媒体/出演メディアは『DAZN』『U-NEXT』『WOWOW』『J SPORTS』『エルゴラッソ』『Goal.com』『ワールドサッカーキング』『サッカー批評』『フットボリスタ』『J-WAVE』『Foot! MARTES』等。2020年ラ・リーガのセミナー司会。

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