今季初アシストは観客の溜息を誘った直後に。乾貴士が見せた勝負強さと「地道な駆け引き」
エイバルの本拠地イプルーアを、一瞬にして覚醒させた。乾貴士の今季初アシストは、連敗をストップさせる貴重なゴールを導いている。
開幕節でマラガに勝利したエイバルだが、第2節アスレティック・ビルバオとのダービーを落とすと、第3節では30度を超える猛暑となった敵地サンチェス・ピスファンでセビージャに屈した。
シーズン序盤とは言え、連敗する状況を早めに立て直せなければ、ズルズルと順位を下げて残留争いに巻き込まれる可能性もある。加えて、今季はGKジョエル・ロドリゲス、MFペドロ・レオンら複数の主力選手が相次いで負傷離脱を強いられ、ホセ・ルイス・メンディリバル監督も頭を悩ませている。
■そんな大事な試合を前にスタジアムの雰囲気は...
この日は昼間、強い雨がエイバル地方を襲った。その影響もあってか、試合開始30分前になってもイプルーアの入りは疎らだった。
対戦相手のレガネスがウォーミングアップのためにピッチ上に現れても、浴びせられるブーイングは虚しく響く。唯一、ゴール裏に陣取った熱烈なサポーターの太鼓の音だけが、遅れて出てきたエイバルイレブンを励ました。
イプルーアが活気付いたのは、試合開始10分前から5分前のことだった。9月中旬にして、スタンドにはダウンジャケットを羽織る人が多く見られた。選手とサポーターにとって、寒さもまた敵になっていた。
■乾の相手SBとの駆け引き
前半の両チームの出来は、お世辞にも「素晴らしい試合」と称せるものではなかった。
レガネスは守ってカウンターの一辺倒。エイバルは蹴ってばかりの2人のセンターバックをはじめ、チーム全体としてボールを落ち着かせることができない。縦に急ぐあまり、前線でコンビネーションを駆使して崩していく形はほとんど見られなかった。
ただ、ひとつだけ目を引いた部分がある。それはサイドバックのホセ・アンヘル・“コテ”がボールを保持する度に、乾が対面するウナイ・ブスティンサと「地道な駆け引き」を行っていたことだった。
乾はコテがボールを持つと、必ず一度逆に動くアクションをしてブスティンサのレスポンスを見ていた。ブスティンサが前に出てくれば裏、後ろに下がれば足元で受ける動作を繰り返していた。コテとの呼吸が合わず、ミスパスを誘発してしまう場面もあったが、乾が積極的に「オフの動き」をしていたのは確かだ。
■ここぞというところでの勝負強さ
悪い流れを象徴するように、後半開始と同時に猛烈な雨が降り、風が吹き荒れる。乾もその流れに抗うことができない。後半6分、左サイドに展開されたチャンスで、足を滑らせてボールを失ってしまう。
「あぁ...」。イプルーアの観衆は、前半からの苛立ちを隠さず、溜め息を漏らした。だがその2分後に歓喜の瞬間が訪れると、誰が予想しただろうか。
後半8分、同じような形で乾にボールが渡る。ブスティンサをワンフェイントで外した乾は右足でインスイングのクロス。これがアレハンドロ・ガルベスの頭にピタリと合って、エイバルに待望の先制点がもたらされた。ジョアン・ジョルダン、セルジ・エンリクはすぐに乾に駆け寄った。乾の完璧なクロスが、ゴールを呼び込んだ。それを象徴するシーンだった。
ミスをした後のプレーというのは、とかく安全な選択をしがちだ。しかし乾は果敢に「前へ」と向かう方を選び、ゴールをお膳立てした。ここぞというところで、勝負強さを示したのである。
乾のアシストの直後、図ったように近くにいた観客が「あれだよ、俺たちはイヌイのあれが見たいんだ!」と話しかけてきた。いや、“叫びかけてきた”と表現した方がいいかもしれない。「今年のイヌイはマジでいいぞ!」。そんな歓喜の声も上がっていた。
■スペインで闘える選手に
試合後、友人に聞いたところ、レガネス戦(1-0)の乾をテレビの実況と解説は絶賛していたようだ。
「Lucharisimo」※1つ目のiにアクセント
「El mejor jugador de hoy」
「本当に闘う選手」「今日の試合でベストプレーヤー」という意味である。これまで、日本人選手はフィジカル的な強度が高いリーガで闘えない選手として認知されてきていた節がある。
だが乾は闘い、走り、そしてアシストまで決めてしまうのだから、メンディリバル監督が彼を重宝するのも無理はないかもしれない。