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ロシア巡洋艦「モスクワ」沈没 黒海は本当に嵐だったのか

森田正光気象解説者/気象予報士/ウェザーマップ会長
巡洋艦「モスクワ」(写真:ロイター/アフロ)

 ロシアのウクライナ侵攻が続く中、日本時間の4月15日(金)、ロシアのミサイル巡洋艦「モスクワ」が沈没したとのニュースが入ってきました。

 外電によるとウクライナのミサイルがヒットしたというものですが、問題はそのあとです。ロシアの発表では、「火災が起きて弾薬に火が付いたので港まで曳航中だったが、悪天候のために沈没した」というのです。

 果たして火災炎上中とはいえ、本当にロシアの主張通り巡洋艦を沈めるほどの嵐があったのか?疑問に思い、当時の天候を調べてみました。

司令塔だった巡洋艦「モスクワ」

 そもそも「モスクワ」とは、ウクライナ侵攻に参加していた黒海艦隊旗艦です。長さは約186メートル、排水量が約1万2500トンといわゆる「戦艦」よりは小ぶりながら、航続距離は1万海里(1万8500キロ)と、長時間にわたって海上で軍事行動を続けることが特徴で、高度なレーダーやミサイルを搭載していました。

「旗艦(きかん)」とは、艦隊の司令官が乗り、指揮・命令機能を持つ艦船のことを言いますから、艦隊の中でも最も重要な艦船であったことは間違いないでしょう。

当時の天候

4月14日00時(世界標準時)におけるヨーロッパの天気図(出典 イギリス気象庁 スタッフ加工)
4月14日00時(世界標準時)におけるヨーロッパの天気図(出典 イギリス気象庁 スタッフ加工)

 巡洋艦モスクワ沈没の経緯をツイッターやニュースなどから時系列に並べると、第一報はウクライナ時間の4月13日21時30分、日本時間14日03時30分です。

 そこで、当日の天気図をみると、たしかに黒海北東方向に低気圧があり、黒海に閉塞前線があることが確かめられます。しかしこの低気圧や前線が、艦船を沈めるほどの暴風雨を伴ったかは疑問です。等圧線の間隔もそれほど狭くないことから、「気圧傾度」もたいして大きくなかったと思われます。

航空気象データから読み解く

アナパ空港の航空気象データより一部抜粋(出典 NOAA AVIATION WEATHER CENTER スタッフ加工)
アナパ空港の航空気象データより一部抜粋(出典 NOAA AVIATION WEATHER CENTER スタッフ加工)

 そこで、沈没当日の具体的な気象データを見てみましょう。残念ながら戦時下で、黒海やウクライナ沿岸の気象データは入手できなかったため、ロシア国内の空港データを確認することにしました。上記の図は入電されたままの航空気象通報電文ですので、右側の注釈をごらんください。

 まず、「URKA」というのは、ロシアのアナパ空港のコード(4文字で表示)です。アナパ空港というのはクリミア半島の東側対岸にあり、今回の巡洋艦モスクワ沈没場所から直線距離でおよそ500キロ離れた地点です。

 500キロというのは、日本でいうと東京から岡山の手前くらいの距離です。今回の嵐は低気圧の周辺によるもので、局地的なものではありませんから、500キロくらいの距離の差は、気象状況を知る上では誤差として考えていいでしょう。

 電文はそれぞれの観測時間、風向・風速、気温、視程、雲の量、現在天気など、こまかな気象データが30分おきに送られてきています。そしてこれを読み解くと、14日は低気圧や前線の影響で、風向が変わったり視程が落ちたりしていますが、平均風速は3~5m/sで瞬間風速でも11m/s程度でした。さらに視界内に積乱雲が認められますが、これも大規模なものではありません。

ロシアによるウクライナ侵略の状況「ウ」はウクライナ 出典 防衛省
ロシアによるウクライナ侵略の状況「ウ」はウクライナ 出典 防衛省

 防衛省などの発表によると巡洋艦モスクワが沈没したのはオデーサの南、およそ110キロの海上と推測されています。海上に陸上のデータをそのまま当てはめることは出来ませんが、一般的にいえば陸上の2倍程度の悪天と考えられますので、黒海の海上状態は瞬間でもせいぜい20m/sくらいでしょう。

 この程度の風速なら海上では普通にあることで、軍艦沈没の原因にするのは無理があると思われます。

 実際に、海軍に関するニュース報道では、

~「嵐のために」沈んだという主張は疑わしいようです。現地時間の17時の黒海の状況は風速14ノット、波高約1メートルの「嵐」にはほど遠いものでした。~(Twitter Naval Newsより)

とあります。

現代の主力軍艦の沈没

 私が小学生の頃、少年マガジンやサンデーで、よく太平洋戦争時の兵器や軍艦などの特集がありました。戦艦大和は世界最大の軍艦で、長さが約260メートル、これは東京駅の長さとほぼ同じ。排水量は7万トン、主砲の直径は46センチで、この砲弾は東京から大船付近まで、42キロの射程を持っていた・・・などの知識は、いまでも覚えています。

 そして現代、ウクライナ戦争のニュースに接して、この時代に世界には戦艦が無いことを改めて知りました。

 軍艦には、大きな大砲を持つ戦艦と航続距離の長い巡洋艦、さらに小回りの利く駆逐艦などがあります。戦闘機の発達で、第二次世界大戦後、艦船同士が砲弾で撃ち合うという形態がほぼ無くなりましたので、巨砲を持った戦艦も消えていきました。そして代わりに軍艦の中で力を持ったのが、今回のモスクワのような高度なレーダーやミサイルを搭載したミサイル巡洋艦なのです。

 ウクライナ侵攻作戦の司令塔であった巡洋艦が、突如として沈没したとなったのですから、いずれにしてもロシアからしたら青天の霹靂だったことでしょう。

参考

イギリス気象庁

防衛省

NOAA 航空気象センター

気象解説者/気象予報士/ウェザーマップ会長

1950年名古屋市生まれ。日本気象協会に入り、東海本部、東京本部勤務を経て41歳で独立、フリーのお天気キャスターとなる。1992年、民間気象会社ウェザーマップを設立。テレビやラジオでの気象解説のほか講演活動、執筆などを行っている。天気と社会現象の関わりについて、見聞きしたこと、思うことを述べていきたい。2017年8月『天気のしくみ ―雲のでき方からオーロラの正体まで― 』(共立出版)という本を出版しました。

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