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生物季節観測、廃止・縮小から一転存続へ 気象庁と環境省、国立環境研究所がタッグを組む

森田正光気象解説者/気象予報士/ウェザーマップ会長
観測項目だったツバメ 撮影 高橋和也氏

 今日(3月30日)は、東京で10年ぶりに黄砂が観測されるなど北日本から西日本の各地で黄砂が話題になっていますが、その裏で気象庁と環境省からたいへん重要な報道発表がありました。内容は「生物季節観測の発展的な活用に向けた試行調査の開始について」というもの。

 私自身はこのニュースを聞いて、たいへん嬉しく感じました。というのも、70年近くに及ぶ貴重な観測データが、廃止されることなく今後も存続することが、ほぼ確実になったからです。

生物季節観測とは何か

 昨年11月10日、気象庁はこれまでの生物季節観測を見直すとして、2021年(今年)から動物の観測を完全に廃止し、また植物の観測も大幅に縮小するとの発表をしました。このニュースは新聞やテレビなどでも大きく取り上げられ、気象関係者のみならず、多くの方の関心を呼びました。(参照記事)

 簡単に生物季節観測について補足すると、気象庁は1953年から季節の進み具合を、植物や動物の変化によって記録しています。これによって、気温や天気では推し量れない季節変化をとらえることができ、例えばサクラの開花や満開を観測することで季節感が昔と違ってきていることなども分かるのです。

 ところが近年、都市化などの影響もあって観測対象とする動・植物が少なくなってきました。そこで気象庁が出したひとつの答えが「生物季節観測の縮小」でした。そして今年からその方針に沿って、ツバメやウグイスの初鳴きなど、動植物に関して多くの観測がなされないこととなったのです。

 しかしその一方、観測は継続することによって価値を持ち、観測が途中で途絶えることを「観測の切断」と言って、観測に携わる者は絶対に避けなければならないとも言われています。もちろん意味の無い観測を続けることはありませんし、項目の見直しは必要ですが、動物季節観測がこのまま今年で終わってしまったら、それは観測の切断になるのではないかと、多くの気象関係者は危惧したのです。

無くなったはずの観測種目が観測されていた?

ヤブツバキ 内々に観測が続いていた
ヤブツバキ 内々に観測が続いていた写真:アフロ

 ところが、今年2月1日のことです。気象事業者が閲覧できる気象庁発表資料に、「東京でツバキ(ヤブツバキ)開花」との記載がありました。記事はすぐに訂正され、発表そのものが無かったこととされましたが、気象関係者にとっては、これはかなり違和感のある訂正でした。というのも昨年11月に発表された「生物季節観測の見直し」には、植物のツバキも観測対象から外すとされていたからです。

 今年からツバキの開花は観測されないはずなのに、実際には「観測」されていた。となると、これはただ単に間違えただけなのか、ひょっとしたら観測の切断を忍びないとした観測員が自己判断で観測したものなのか、2月の段階では分かりませんでした。

 その後、3月になって気象庁と環境省の方とお話しする機会があり、今後の生物季節観測についてお訊ねすると、「実は現在、生物季節観測の方法についてさらなる見直しを行なっている最中で、動物観測も含めて、その試行調査をしている」とのことでした。

 くだんのツバキ開花の報告も、その試行調査の一環だったと考えれば、つじつまが合います。つまり、昨年11月に心配された「観測の切断」は起こっておらず、正式発表こそありませんが、今年もウグイスの初鳴きやこれからの季節ですとモンシロチョウの初見が「試行調査」として記録されているはずです。

いまだかつてない、新しい仕組みに

3月30日気象庁・環境省報道発表資料と聞き取り結果をもとに、スタッフ作成
3月30日気象庁・環境省報道発表資料と聞き取り結果をもとに、スタッフ作成

 この図は発表資料の内容を簡単に模式図にしたものです。気象庁と環境省と国立環境研究所の三つの公的機関が、生物季節観測という目標のために協力しあうということを示しています。

 「縦割り行政」という言葉があるくらいで、ともすれば行政は相互横断的な協力が苦手とされています。生物季節観測についても、それぞれの機関によって観測の目的が違うので、これまでは独自の手法で個別に行われてきました。

【各機関の目的】

◆気象庁 動・植物の変化によって季節や気候のずれを知ること

◆環境省 地球環境や我々の環境や生態系がどうなっているのかを動・植物の分布や生育範囲で推定すること

◆国立環境研究所 個別の動・植物の研究から生態系の変化を把握すること

 ところが今回の発表資料をみると、その観測目的の違いを超えて、三者が共通のシステムの中で協力し合うという中身になっています。これは、省庁の垣根を取り払って、地球温暖化対策などを視野に入れた、大規模な生物季節観測調査に発展していくことを示唆し、いままでにない非常に画期的なことと言えます。

 そして今回の発表で、もっとも注目する点は市民参加型調査を取り入れることでしょう。これまでは気象庁が主体でしたが、そこに環境省が加わることによって、より広範囲な観測網が作られることになります。ただ、「市民参加型」といっても、観測の質が重要ですから当面の観測者は専門的な知識を持った人ということになります。資料では「調査員調査」となっていますが、この部分は気象庁職員の他に、国立環境研究所も担うようです。

 今回の発表資料タイトルは「生物季節観測の発展的活用に向けた試行調査の開始について」となっています。この資料どおりに進めば、まさに”発展的に”生物季節観測が広がっていくと期待できるでしょう。

我々の発信が行政の決断を変えた

 昨年(11月10日)、動物季節観測が廃止との発表を受けて記事を掲載しましたが、その後、多くのメディアから取材や問い合わせをいただきました。その中に小泉進次郎環境大臣がいらっしゃいます。大臣は、私が書いた記事やニュースをご覧になり、話を聞かせて欲しいとご連絡をくださいました。きっと同じように環境の変化を見守ってこられたお立場として、看過できない事案だったのでしょう。会談のなかで、私はとにかく「観測を切断させてはならない」ということをお話させていただきました。(参照記事)

 その数日後、気象庁から「市民参加による四季の生物観察の支援について」という発表がありましたが、後日伺った話によると、気象庁関係者は、生物季節観測廃止・縮小の発表でこんなに多くの反響があるとは思わなかったそうです。これらの反響を受けて、当初は完全に廃止にする予定だったものをどうにかして継続しようと環境省と調整を重ね、その間も各気象台で観測を続けていたのです。

 今回の事例は言わば「我々の発信が行政の決断を変えた」と言えるでしょう。今後も私たちが関心を持ち声を上げることが、更なる生物季節観測の発展に繋がっていくと思います。

参考

ウェザーマップYouTubeチャンネル「生物季節観測」の発展的な活用について解説」(お天気キャスター・森田正光)

3月30日 気象庁・環境省 報道発表資料 「生物季節観測の発展的な活用に向けた試行調査の開始について」

11月10日 気象庁発表「生物季節観測の種目・現象の変更について」

12月25日 気象庁報道発表資料「市民参加による四季の生物観察の支援について」

11月10日掲載記事 「気象庁に問いたい。動物季節観測の完全廃止は、気象業務法の精神に反するのではないだろうか」

12月22日掲載記事 「小泉進次郎環境大臣を訪問 形を変えた動物季節観測の継続を」

気象解説者/気象予報士/ウェザーマップ会長

1950年名古屋市生まれ。日本気象協会に入り、東海本部、東京本部勤務を経て41歳で独立、フリーのお天気キャスターとなる。1992年、民間気象会社ウェザーマップを設立。テレビやラジオでの気象解説のほか講演活動、執筆などを行っている。天気と社会現象の関わりについて、見聞きしたこと、思うことを述べていきたい。2017年8月『天気のしくみ ―雲のでき方からオーロラの正体まで― 』(共立出版)という本を出版しました。

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