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トラックドライバーへの「コロハラ」の実態 消毒スプレーをかけられるケースも

森田富士夫物流ジャーナリスト
トラックドライバーへのコロナハラスメント(提供:koni/イメージマート)

 コロナの終息はまだ見えない。日本では一時より新規感染者数が減少しているがまだまだ予断を許さない。さらに、感染力が強いといわれるオミクロン株の感染拡大が懸念される。

 約2年にわたるコロナ禍で「エッセンシャルワーカー」という言葉を耳にするようになった。国民生活に密着した職業に従事している人たちを表す言葉だ。医療機関、介護などの社会福祉、公共交通機関、食品や日用品の小売業などで働いている人たちである。トラックドライバーなど物流分野の従事者もエッセンシャルワーカーである。

 これらの人たちに共通しているのは、在宅勤務ができないことだ。そのため感染リスクが高い条件下でも、感染防止策を施しながら現場の第1線で働かなければならない。

 ところが、感染リスクの高い労働環境で働いているために、いわれなき偏見や差別に基づく暴言や嫌がらせなど、いわば「コロナハラスメント(コロハラ)」が一部ではみられる。もちろん、コロハラの加害者はごく少数の人たちだが、トラックドライバーをはじめ交通運輸や観光・サービス業で働いているコロハラ体験者の中には、不安な気持ちや寝不足が続き心療内科などで受診したという人もいる。

 しかも、新型コロナ感染拡大が始まった初期の時点ならまだしも、一部では今でもトラックドライバーなどに対するコロハラがある。

交通運輸産業の従事者はエッセンシャルワーカーと呼ばれてはいるものの、コロナ下で増加しているカスタマーハラスメント(カスハラ)

 実は、交通運輸や観光・サービス産業に従事している人たちは、コロナ以前から「カスタマーハラスメント(カスハラ)」に遭っている。カスタマーすなわち利用者(顧客)からのハラスメントだ。これらの職業で働いている人たちは、利用者から理不尽な扱いを受けても、たいていは低姿勢で受容するしかない。客に対しては相対的に弱い立場にあるからだ。客の側からすると、口答えや反抗できない相手と分かっているから、強い態度でも大丈夫という優位性がある。中には憂さ晴らしのような「クレーム」もあるだろうと思われる。

 鉄道、トラック、バス、タクシー、航空、海事・港湾、観光・サービス産業の労働組合の全国協議会である全日本交通運輸産業労働組合協議会(交運労協)が所属組合員を対象に2021年5月20日~8月31日に行ったアンケート調査では、直近2年以内にカスハラに遭った人は46.6%(n=20,908)にも上る。 

 鉄道の駅構内や列車内で、藤岡弘、さんが鉄道員に扮して暴力防止を呼び掛けるポスターを見たことがあると思う。これは日本民営鉄道協会や鉄道会社が共同で作成した暴力行為防止ポスターだが、いかにカスハラが多いかを表してもいる。

 とりわけトラックドライバーに対するカスハラは多く、同調査では73.7%(n=4,248)と比率が高い。以下はトラックドライバーの調査結果をみるが、利用者からのハラスメントで多いのは「暴言」41.9%、「威嚇・脅迫」17.9%、「何回も同じ内容を繰り返すクレーム」12.6%、「威嚇的(説教)態度」11.8%などである。「土下座の強要」という回答も4件あった。

 ハラスメントは「対面」が54.0%で半数以上を占め、次が「電話による」の35.7%である。対面でのハラスメントの33.9%は他の人がいる面前で行われており、一方的に大声をあげて攻撃的で威圧感のある話し方をされているようだ。それにとどまらず「暴力行為を受けた」という回答が46件もあった。

 このようなハラスメントに対して「謝り続けた」が29.7%で一番多い。その結果、「心療内科などに行った」という回答が7件もある。

 さらに、これらのカスハラが直近2年間では、それ以前よりも増加している(56.5%)。カスハラ増加の背景には、カスタマーにコロナ禍による精神的な不安や抑制的な生活による不満などがあるものと思われる。そこで、トラックドライバーに対する、これまでのコロハラの状況を振り返ることにしよう。

コロナハラスメント(コロハラ)で「自分のやっている仕事は何なのだろう」と虚しさを感じる若いドライバーも

 愛媛県新居浜市の小学校で、長距離トラックドライバーの子供に登校しないよう要請していたというニュースが全国的に報道されたのは2020年4月だった。長距離ドライバーは感染拡大地域に行くからというのが理由だが、感染予防対策をとり子供たちも健康上の問題はなかったにも拘わらず、である。ドライバーが勤務する運送会社の抗議で学校側は謝罪し、子供たちも登校できるようになった。

 だが、新居浜市のケースは氷山の一角に過ぎない。たとえば山形県トラック協会は同年4月23日に、ドライバーとその子供たちに対する差別的な扱いをなくすように県教育長に申し入れた。同協会には会員から電話などが入っていたこともあり4月13日から15日の間、会員にアンケート調査を実施した。僅か3日間なのに電話、FAX、メールの回答を合わせると約7%という高い回答率である。

 それによると「子供が入学式への出席自粛を求められた」、「奥さんや娘さんが会社から出社しないように言われた」、「近所に住んでいる甥まで登校を自粛させられた」、「家族がデイサービスの受け入れを拒否された」などの実態が記されている。中には自宅に帰れないドライバーもいた。家族への感染防止だけでなく、「子供の登校自粛や家族が会社への出社を禁止される」からだ。

 そこで同協会では、県教育長への申し入れの他に、新聞への意見広告、テレビのスポットCMなどで事態の改善に努めた。地元紙や全国紙(地元版)に出稿した意見広告では、「我々は新型コロナウイルスを運んでいるのではありません。皆様の日々の生活を命がけで守っています」(広告文より)と訴えている。

 それから約4カ月後の8月中旬にコロハラ証言を目の当たりにした。東京都下の取材先でのことである。同社の仕事には東京~大阪間の定期便がある。たまたま取材に行った日に大阪から帰ってきた若いドライバーが、納品先に予定時間より少し早く着いたので近くのコンビニで買い物をしてトイレに入ろうとしたら、店員から「多摩ナンバーは東京でしょう」と聞かれたので「そうです」と答えたら、「トイレを使わないで下さいと言われた」というのだ。そのドライバーは「自分のしている仕事はいったい何だろうと虚しさを感じた」と運行管理者に話していた。

今でもまだ続いているトラックドライバーへの「コロハラ」と、「相手を思いやる気持ち」の必要性

 先の交運労協の調査は、それからさらに約1年も経った2021年5月~8月に行ったものだ。同調査ではカスハラだけでなく、トラックドライバーであることを理由にした新型コロナウイルス感染症に関する差別、偏見、誹謗・中傷などコロハラについても調べている。

 それによるとコロハラを受けたトラックドライバーは16.6%だった。内容は「暴言」が一番多く27.2%、続いて「消毒スプレー等をかけられた」20.5%、「威嚇・脅迫」12.6%となっている。また、SNSやインターネット上での誹謗・中傷などもある。さらに暴力行為を受けたという回答が14件もあった。

 消毒スプレーをかけられたドライバーの1人は、「宅配で訪ねた先でいきなり噴射されて消毒液が目に入ったので痛みを訴えたところ、逆にそれは利用者へのクレーム(口答え)だといって会社に抗議の電話を入れられた」(関係者)という。

 このようなコロハラで「軽いストレス」と「強いストレス」を合わせると82.5%ものトラックドライバーがストレスを感じている。その結果、1.0%の人は「精神疾患になった」。さらに離職や転職を考える人もいる。

 だが、そのような中にあっても、Aさんは「コロナ禍で世の中が不安定な状態のなか、心が荒んでいる人が多く、言われなき暴言を吐く人もいます」(アンケートの自由記入より)と相手の心理にも心を配る。また、Bさんは「どのような仕事もそうだと思うんですが、相手を思いやる気持ちをもって人と接して欲しいと願います」(同)と寛容さも忘れない。このようにトラックドライバーはエッセンシャルワーカーとしての自覚や社会的責任を持って仕事に取り組んでいる。

物流ジャーナリスト

茨城県常総市(旧水海道市)生まれ 物流分野を専門に取材・執筆・講演などを行う。会員制情報誌『M Report』を1997年から毎月発行。物流業界向け各種媒体(新聞・雑誌・Web)に連載し、著書も多数。日本物流学会会員。

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