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スペイン音楽フェスを襲った突風「ヒートバースト」の正体

森さやかNHK WORLD 気象アンカー、気象予報士
AEMET_C. Valenciana出典の12~13日の気温のグラフに筆者加筆

13日(土)未明、スペイン東部クリェラで開かれていた音楽フェスティバルを、突然の悲劇が襲いました。

午前4時ごろ、突風により仮設ステージの一部が壊れ、男性1人が死亡、その他40名がケガを負ったのです。当時、会場は数万人の観客でにぎわっていたそうです。

上の動画が、その時撮影されたものです。暗闇の中で、煌々と明かりのついたステージの一部が壊れているのが分かります。

この時付近では、台風並みの秒速25メートルの暴風が観測されていました。

実はこの時、夜間にもかかわらず、奇妙なことが起きていました。強風と共にいきなり気温が急上昇し、たった1時間ほどで29度から40度まで上がったのです。しかも、湿度は急激に下がっていました。

強風の原因は

一体、強風の正体は何だったのでしょうか。

どうやら「ヒートバースト(Heat burst)」と呼ばれる現象だったようです。空から乾いた熱い空気が吹き下ろしてくる現象で、世界的にも非常に珍しいものです。

ヒートバーストのメカニズムは、完全には解明されていませんが、次の2つの条件が重なった時に発生すると考えられています。

1. 衰弱中の積乱雲

2. 大気の中層に、乾いた暖かな空気層

アメリカ気象局による、ヒートバーストのメカニズムはこうです。

日中、強い日差しで上昇気流が起き、背の高い積乱雲が発生します。やがて日が暮れ、上昇気流が弱まり、積乱雲が衰弱し始めます。雲の中では下降気流ができて、雨が落下。その雨が、乾いた高温の空気層を通るときに蒸発、周りの空気を冷やします。重くなった空気は、さらに急速に落下して、空気が圧縮され、温度が上昇します。そうして、乾いた熱い風が、空から降ってくるというわけです。

晩春から夏にかけて、夜から明け方にかけて発生することが多いようです。

ヒートバーストのメカニズムの概要 (出典: NWS Sioux Falls)
ヒートバーストのメカニズムの概要 (出典: NWS Sioux Falls)

記録的なヒートバースト

ヒートバーストは世界的にも非常に稀な現象とされますが、アメリカ南西部や中西部などでは時々起こります。今月初旬にはノースダコタ州でも発生しました。またカナダ、オーストラリア、アルゼンチンやフランスなどでも発生することがあるようです。

世界最大級のヒートバーストの1つが、南アフリカ・キンバリーで発生したもので、この時はたった5分で、気温が19度から43度まで一気に上がったそうです。

また気象史学者のクリストファー・バート氏によれば、1967年にイラン・アバダンで摂氏86.7度の高温が記録されたことがあるといいます。さすがに計器の故障なのでしょうが、この時は多くの犠牲者が出て、アスファルトの道路も溶けてしまったそうです。

恐ろしい強熱風、ヒートバースト。世界には目を丸くするような気象現象がいろいろ存在します。

NHK WORLD 気象アンカー、気象予報士

NHK WORLD気象アンカー。南米アルゼンチン・ブエノスアイレスに生まれ、横浜で育つ。2011年より現職。英語で世界の天気を伝える気象予報士。日本気象学会、日本気象予報士会、日本航空機操縦士協会・航空気象委員会会員。著書に新刊『お天気ハンター、異常気象を追う』(文春新書)、『いま、この惑星で起きていること』(岩波ジュニア新書)、『竜巻のふしぎ』『天気のしくみ』(共立出版)がある。

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