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温暖化の「勝ち組」ロシア、史上初めて2月に北極海航路の航行に成功

森さやかNHK WORLD 気象アンカー、気象予報士
北極海航路。白と黄の縞々が北東航路 (Arctic Council-AMSA)

温暖化といえば、とかく負の面が強調されがちですが、北の強国にとってはその限りではありません。先日ロシアが成し遂げた前代未聞の快挙は、それを如実に表しています。

北極海で史上初の快挙

この時期ロシアの北に位置する北極海は厚い氷に閉ざされ、そこを航行することは不可能とされてきました。しかし今年2月、その前提が覆される事態が起こりました。なんとロシアのタンカーが北極海航路(ロシア側の北東航路)を片道どころから一往復もしてしまったのです。

このタンカーは、ロシア国有の船会社ソヴコムフロトが所有する「クリストフ・ドマルジェリー号」。長さ299メートルの巨大な船体を持つ、砕氷液化天然ガス(LNG)運搬船です。

クリストフ・ドマルジェリー号は、今年1月5日ロシア中部のサベッタ港を出発。それから11日と10時間後、ロシア北東部のドジェネフ岬に到着しました。この間、タンカーは砕氷船の護衛なしに4,600キロ航行したことになります。

その後南に舵を取り、26日に中国・江蘇省に到着、ここで液化天然ガス天然ガスを荷揚げします。翌27日には早々と中国を出発し、2月7日にドジェネフ岬に到着して、原子力砕氷船と合流しました。そして19日に出発地のサベッタ港に帰港したということです。

クリストフ・ドマルジェリー号の航路。筆者作成
クリストフ・ドマルジェリー号の航路。筆者作成

同タンカーは、2.1メートル以下の氷であれば砕くことができるようですが、道中は最大でも厚さ1.5メートルほどの氷しかなかったといいます。

クリストフ・ドマルジェリー号は、昨年の2020年5月にも「史上もっとも早い時期」に北極海での航行を成功させています。立て続けに記録が達成できたのも、北極海の海水温が上昇し、氷の融解が進んでいることが要因です。薄くなった海氷は、タンカーが通ればすぐ割れてしまいます。

下の動画が実際の航行時の様子ですが、船が氷を割って進む姿を見ると、何となく心が痛みます。

北極海の氷が解けると…

このように、北極海の氷が解けることで、冬の間も船の航行が可能になり、遠回りして南を周る必要がなくなって、時間と費用を大幅に削減できます。

そのうえ、氷の海に閉ざされていた豊富な資源が開拓できます。北極圏には4,120億バレルの石油に相当する石油とガスの埋蔵量があって、これは世界の未発見の石油とガスの約22%に相当するともいわれています。

得する70か国、損する130か国

昨年、温暖化に関する物議を醸した調査が発表されました。欧州の大手会計事務所が、「温暖化で得をする国」と「損をする国」の数を数えたのです。

それによれば、温暖化が経済を後押しすると考えられる国が世界には約70か国ある一方で、逆に経済に負の影響が出る国が約30か国あるといいます。具体的にはどのような国かというと、ロシア、カナダ、モンゴル、北欧諸国、アイスランド、韓国などといった寒い国々が前者、カタールやクエートなどの中東、さらにスーダンやマリなどのアフリカ諸国といった暑い国々が後者です。

この調査が発表されるや、多くの人々から集中砲火を受けました。「まるで温暖化を後押しするようだ」など批判が続出したのです。

温暖化の利点は、公言してはならない不文律ということなのでしょう。温暖化が負の面ばかり取り沙汰されるのも、こういったことが関係しているかもしれません。しかしそんな倫理観を横目に、虎視眈々と温暖化の利益を狙っている国があることは、紛れもない事実です。

NHK WORLD 気象アンカー、気象予報士

NHK WORLD気象アンカー。南米アルゼンチン・ブエノスアイレスに生まれ、横浜で育つ。2011年より現職。英語で世界の天気を伝える気象予報士。日本気象学会、日本気象予報士会、日本航空機操縦士協会・航空気象委員会会員。著書に新刊『お天気ハンター、異常気象を追う』(文春新書)、『いま、この惑星で起きていること』(岩波ジュニア新書)、『竜巻のふしぎ』『天気のしくみ』(共立出版)がある。

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