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インド「氷河決壊」でいまだ行方不明者多く 一体何が原因だったのか

森さやかNHK WORLD 気象アンカー、気象予報士
(写真:ロイター/アフロ)

7日(日)朝、ヒマラヤ氷河の崩壊によって、インド北部ウッタラカンド州で洪水が発生しました。地元紙によると、水力発電の建設現場にいた作業員など34名が死亡したほか、170人以上が行方不明になっているとのことです。

事故が起きた時の映像には、茶色く濁った大量の水が土砂とともに川に流れ込んで、猛スピードで駆け抜けている様子が映されています。濁流はダム水力発電所、橋や住宅を次々と壊していきました。

事故を目撃した人は「まるでボリウッド映画(インドの映画)の様だった」と、その時の様子を話しています。

事故のいきさつ

事故が起きた現場は、元から土砂災害が多い場所でもありました。2013年には「ヒマラヤ津波」と呼ばれる大洪水が発生し、6,000人が亡くなるという大きな被害が起きています。しかしこれは夏の記録的な大雨が原因でした。

こうした地形で起きた今回の洪水ですが、その原因は何だったのでしょうか。

事故現場に派遣された専門家による分析は次のようなものでした。

  1. ・解けたのはヒマラヤ山脈西部で標高5,600メートルのRaunthi峰の氷河
  2. ・斜面にぶら下がり、岩に支えられていた氷が解け、岩とともに崩落した
  3. ・土砂を含んだ濁流が一度は堰き止められたものの、再び勢いを増して流れ落ちた

氷河融解の原因

では何が氷河を融解させたのでしょう。

まずこのところの気温を見てみましょう。事故が起きた場所から約100キロ程度離れた場所にある2地点の気温を調べてみると、例年よりもかなり暖かかったことが分かります。たとえば、シムラのこの時期の最高気温の平均は10度ほどですが、15度を超えるような暖かい日が連続していました。またデーラデューンでも例年よりも暖かい日が続いていたようです。

しかし暖冬とはいえ、今は冬です。夏よりはずっと寒いわけですから、このところの気温だけが原因ではなさそうです。

インド2地点の1月1日から2月までの気温
インド2地点の1月1日から2月までの気温

消えゆくヒマラヤ氷河

どうやらこの氷河は恒常的に解けたり凍ったりを繰り替えしていたようです。そしてその背景として様々な研究者が指摘しているのが温暖化の影響です。

ヒマラヤ山脈一帯は「第三の極」とも呼ばれます。それは北極や南極に次いで氷が多いためです。近年は世界の氷河の融解が懸念されていますが、とりわけヒマラヤ氷河は崩壊の危機が叫ばれてきました。

2019年にコロンビア大学のマウアー氏が発表した論文によると、

・2000年以降に1年間で解けた氷河の量は83億トン

2000年以降は毎年1%の割合で消失

・その量はオリンピックサイズのプール300万個の水量に匹敵

・2000年以降の年間融解量は、1975年から2000年の年平均の2倍

ちなみにこの論文は別の意味では興味深いのですが、それは冷戦時代にアメリカのスパイ衛星が捉えた機密映像を元に、ヒマラヤ氷河の後退スピードを計算したことです。1975年に撮られた画像と、2000年、2016年の画像とを比較したことで、上記のような分析結果が得られたといいます。

マウアー氏によると、ヒマラヤ氷河の融解の最大の原因は気温上昇である。これは、以前から指摘されてきた降水量の低下による雪量の減少や、化石燃料の燃焼から出る煤煙が雪上に積もったことによる熱吸収効果などの要因よりも大きいといいます。

氷河融解による危険性

ヒマラヤの氷河は、2100年までには3分の1が消えてしまうともいわれています。

そうなれば水力発電やダムなどが決壊するおそれが増し、結果的に下流の居住地が壊滅する危険性も高まります。さらに最終的には世界中で海面を上昇させる可能性を指摘する研究者もいるほどです。

今回の事故は未来に警鐘を鳴らすような出来事であったといえます。

NHK WORLD 気象アンカー、気象予報士

NHK WORLD気象アンカー。南米アルゼンチン・ブエノスアイレスに生まれ、横浜で育つ。2011年より現職。英語で世界の天気を伝える気象予報士。日本気象学会、日本気象予報士会、日本航空機操縦士協会・航空気象委員会会員。著書に新刊『お天気ハンター、異常気象を追う』(文春新書)、『いま、この惑星で起きていること』(岩波ジュニア新書)、『竜巻のふしぎ』『天気のしくみ』(共立出版)がある。

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