岸田総理の「新しい資本主義」は、当初の認識から大きく変質している。政権発足当初は「これまでわが国では、株主目線の配当増加が賃金引き上げを抑えてきたが、従業員への分配を引上げる方向転換が必要」という問題意識だったが、今回は「企業が配当や株式譲渡益の増加につながる経営を行い、個人が貯蓄を株式投資に振り向ければ、個人の資産所得は倍増する」というように変化した。企業目線で見れば、従業員優先・賃上げを志向するのか、株主を優先し配当を引上げるのか、どちらか迷うことにもなる。

加えて大きな変化は、当初、格差への問題意識から見直しを示唆していた金融所得税制の問題がすっぽり抜け落ちてしまったという点である。総理就任早々の株式相場の下落が「岸田ショック」と称され、市場から「社会主義的な政策に戻るのでは」と疑念を持たれたことが大きく影響したと思われる。しかし金融所得課税見直しの目的は、配当や譲渡益への税率(国税・地方税20%)を一律引き上げることではない。所得1億円を超えると所得税実行負担が低下していくという点が問題で、それを見直すことにある。つまり多額の金融所得を得る者に限定して、より高い税率を課すということで、それは決して大衆課税ではないし株式市場を沈滞化させることでもない。

見直しの最大理由は、アベノミクスで拡大した資産・所得格差に対処する必要があるということである。つまり一般投資家には影響は及ばない、及ばせないということではないか。より深い理由としては、「金融所得を分離して(高所得者の)勤労所得より低い税率で課税することが効率的」という税制の根拠・前提が変化してきたことである。金融所得を分離して低率で課税する最大の理由は、国内から資本が逃避してしまうことへの懸念であった。しかし今日、OECDの情報交換が進み、タックスヘイブンに逃げてもわが国の課税当局に情報が入ってくる。また財産債務調書などが完備し、高所得者の資産情報が入手できるようになった。高所得者に、20%という勤労所得より低い税率を提供する正当性・必要がなくなったのである。

野村総合研究所が行った「NRI富裕層アンケート調査」によると、純金融資産保有額が1億円以上5億円未満の富裕層は124万世帯、5億円以上の超富裕層は8万7000世帯になるという。格差は教育を通じて後世代に受け継がれ、社会の固定化・分断をもたらす。この点への問題意識が「新しい資本主義」には欠落している。

フランスの経済学者ピケティは『21世紀の資本』の中で、世界20カ国以上の200年に及ぶデータを集計した上で、株や不動産投資など資本ストックの収益率(r)は常に経済成長率(g)より大きかったことを実証した。その状態が続けば、資本を多く持つ富裕層は、再投資によって富を雪だるま式に増やす一方で、経済成長並みの所得の伸びしか期待できない勤労者との格差は継続的に拡大する。

米国では、バイデン大統領が本年3月に公表した2023年度予算教書の中で、資産を時価評価してその増加分を譲渡益として追加的に課税する「超富裕層課税」( New Minimum Tax on Billionaires.)を提言した。所得1億ドル以上の世帯(米国のTop 0.01%程度)を対象に、彼らの未実現資産を時価評価したうえで実効税率が20%になるまで課税する。

これは、金融所得への課税では格差税制につながらないことを前提とした税制である。例えば、毎年3%の収益を生み出す資産があるとして、そこに40%の所得税をかけても、彼らの富は毎年1.8%増え続ける(3%×(1-0.4))ことになり、資産所得課税の強化では資産格差の是正にはつながらない。より劇薬の資産への課税が必要というのは米国特有の事情だろうが、こうなる前にわが国でも手を打つ必要があることを示唆しているともいえよう。

参考

「新しい資本主義」と再分配、r>g時代の税制とは――連載コラム「税の交差点」第96回

https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3971

自民党総裁選挙と格差問題―金融所得課税の見直し-連載コラム「税の交差点」第90回 

https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3797

6回目以降(予定)

・AIとBI(ベーシックインカム) 、そしてロボット・タックス 

・賃上げと資産所得(配当)増加の二兎を追う政策、株式報酬

・Web3.0の世界と税制

・税のDX―電子インボイスの活用