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子ども10万円給付、なぜデジタルを活用しない? 「事後清算方式」は現実的でない。

森信茂樹東京財団政策研究所研究主幹 
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

18歳以下の子供1人あたり10万円の現金給付をすることについて、所得制限を付けるのか(困窮家庭に絞るのか)どうか、公明党と自民党との間で調整が続いている。

常識的に考えて、将来世代の負担となる赤字公債を増発してまで、高所得者の子供にまで現金給付するという政策の意義は何か、筆者には全く理解できない。コロナ対策の特別定額給付金の7割が貯蓄されていることからもわかる通り、経済効果も疑わしい。矢野財務次官が言及した「バラマキ合戦」が本当に実現しようとしている。

ここで取り上げるのは、「困窮世帯を把握するには時間がかかる」という公明党の見解だ。

昨年の春、10万円の特別定額給付金に所得制限を付けるかどうかが問題になった。その際、「所得制限を付けるには時間がかかる」ので、国民全員に一律ということになった。

さらに特別定額給付金が円滑に支給されず大問題となった。給付金の事務がマイナンバー法に記載されたマイナンバー利用事務に該当しないのでマイナンバーの利用ができなかったことや本人の受取口座の確認に手間取ったのである。

その反省を踏まえて昨年6月、内閣官房に「マイナンバー制度及び国と地方のデジタル基盤抜本改善ワーキンググループ」が設置され、筆者も参加し、昨年12月17日に「報告書」が公表されそれに基づき法律改正も行われた。

その結果、コロナ対策の給付金について、「個別の法律の規定によらない公的給付のうち、国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼすおそれがある災害又は感染症が発生した場合に支給されるもの等として内閣総理大臣が指定するもの」として番号の活用が可能となった。

このような対応がなされた結果、今では地方自治体が保有している住民の所得情報を「給付」に時間をかけずつなげることが可能になった。現に、児童手当は生計の担い手の所得で給付が制限されているし、大学生への修学支援制度は、世帯年収を3つに区分して支給しており、番号で情報連携され実施されている。

つまり一定の所得で「困窮者」を把握することは可能になっているのである。さらには「特定公的給付」を、本人の申請なく国・自治体で要件を把握してプッシュ型で行うことも可能なのだ。

この1年半の進展・成果を活用しない理由はない。所得制限は、時間をかけることなく対応可能なのである。

もう一つ、10万円給付して事後的に所得として処理し、申告で取り返せば、中低所得者だけに恩恵がいきわたるという「事後精算方式」や「所得連動型現金給付」を唱える識者がいる。筆者は、それは非現実的な話だと考えている。

わが国の総人口1億2千万人のうち納税している者は5000万人程度で、さらに納税者の8割強の適用税率(所得税)は10%以下である。申告して40%の税率で課税される者は、わずか40万人程度だ。

このような所得税の負担構造から見ると、事後的に「取り返す」ことができる金額は極めて少額で、「事後清算」とはならないのである。

またサラリーマンは基本的に年末調整・申告不要となっているが、子ども一人当たり10万円をどう申告させるのか。会社の年末調整でということになると、民間の会社は追加的事務に奔走されることになる。加えて上述したように取り返せる税収は極めて少額だ。

必要なことは、デジタルガバメントに向けて進む中、いつまでも「全員」「所得制限なし」という考え方を排除することで、それが「無駄のない効率的な社会」の建設につながる。

東京財団政策研究所研究主幹 

1950年生まれ。法学博士。1973年京都大学卒業後大蔵省入省。主に税制分野を経験。その間ソ連、米国、英国に勤務。大阪大学、東京大学、プリンストン大学で教鞭をとり、財務総合政策研究所長を経て退官。東京財団政策研究所で「税・社会保障調査会」を主宰。(https://www.tkfd.or.jp/search/?freeword=%E4%BA%A4%E5%B7%AE%E7%82%B9)。(一社)ジャパン・タックス・インスティチュートを運営。著書『日本の税制 どこが問題か』(岩波書店)、『税で日本はよみがえる』(日経新聞出版)、『デジタル経済と税』(同)。デジタル庁、経産省等の有識者会議に参加

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