秋の王者に中京大中京!  伝統ユニ復活の名門がセンバツに弾み

神宮大会は名門の中京大中京が優勝。来春のセンバツに弾みをつけた(筆者撮影)

 明治神宮大会は、中京大中京(愛知=東海代表)が、健大高崎(群馬=関東)を4-3で破り、秋の王者に輝いた(タイトル写真=筆者撮影)。甲子園歴代最多の133勝、春夏11回の優勝を誇る名門が、意外にも神宮大会は初優勝。世代屈指の速球を持つ好投手を、堅守で支える名門らしい試合運びが目を引いた。

中京エース登板でムード一変

 試合は両校ともエースを温存し、序盤から点を取り合って、シーソーゲームの展開になった。

中京は3回、中山が右中間に適時三塁打を放つ。中山は守備でも美技を連発し、エースを力強く援護した(筆者撮影)
中京は3回、中山が右中間に適時三塁打を放つ。中山は守備でも美技を連発し、エースを力強く援護した(筆者撮影)

 中京が3回裏、3番・中山礼都(らいと=2年)の適時三塁打で勝ち越すと、好調の4番・印出太一(2年=主将)も続き、先発左腕の松島元希(2年)を援護する。健大もすかさず1点差に詰め寄り、期待通りの熱戦となった。中京のブルペンでは、エースの150キロ右腕・高橋宏斗(2年)が、臨戦態勢で出番を待つが、高橋源一郎監督(40)は我慢した。「高橋宏が騒がれているが、ウチは2枚看板。松島の成長が今大会の課題」と話し、5回まで投げ切らせた。準決勝の天理(奈良=近畿)戦では痛打を浴び、5回で6失点(自責5)したが、この日は粘り強く投げ、同じ5回を3点で切り抜けた。そして1点リードの6回、満を持して高橋宏が登板すると、試合のムードが一変。先頭に四球を与えたが、後続を簡単に打ち取ると、7回以降は走者すら許さず、結局4-3で逃げ切った。1点差ではあったが、試合後、健大の青柳博文監督(47)が、「点差以上に力の差を感じた」と話したように、追いつかれそうな雰囲気は全くなかった。

エースの投球術を堅守で盛り立て

 この日の高橋宏は140キロ台後半の速球は影を潜め、奪三振もなかったが、「低めに丁寧に投げられた」と納得の表情で話した。

中京の高橋宏は、単なる本格派ではない。その日の調子や相手チームによってモデルチェンジできる。センバツでは、「大阪2強」の強力なライバルになりそうだ(筆者撮影)
中京の高橋宏は、単なる本格派ではない。その日の調子や相手チームによってモデルチェンジできる。センバツでは、「大阪2強」の強力なライバルになりそうだ(筆者撮影)

 10三振を奪われ完封負け(7回で0-8のコールド)を喫した明徳義塾(高知=四国)の馬淵史郎監督(63)が、「まっすぐは松坂(大輔)以上じゃないか」と評した速球は言うまでもなく、スライダーと大きく変化するツーシームを意のままに投げられる。速球が走らずとも、低めの変化球でゴロを打たせる投球術があり、それを引き出すのは伝統の堅守だ。捕手の印出を始め、遊撃の中山や中堅の西村友哉(2年)らが前チームからの主力で、美技を連発。「センターラインが揃っていて、経験もある」と、印出は決勝戦無失策に胸を張った。筆者が高橋を見るのは今大会が初めてだったが、印象としては、速球よりも変化球の精度の高さに目を奪われた。センバツでは、「大阪2強」の大阪桐蔭と履正社、東海大相模(神奈川)などの強力なライバルになりそうだ。

中京 伝統のユニフォーム復活

 もうひとつ、筆者が目を奪われたのが、中京のユニフォームだ。若いファンには、中京のそれと言えば、胸の文字が筆記体で、派手な袖の縁取りというイメージだと察するが、筆者のようなオールドファンは、立ち襟の付いた伝統のユニフォーム(タイトル写真参照)の方ががしっくりくる。今夏、23年ぶりに復活という記事を読んだが、そんなに経っていたのかというのが率直な感想だ。22年前の1997(平成9)年春に主将として準優勝した高橋監督は筆記体ユニフォームを着用していた。筆者は明徳との試合の日、「今日は中京のユニフォームを見に来た」と言う龍谷大平安(京都)の原田英彦監督(59)に、バッタリ会った。「袖も長くなって落ち着くわ。本当によかった」とユニフォーム復活を我が事のように喜び、高橋監督をねぎらっていた。かつて平安が龍谷大の付属校となってユニフォームを新調する際、涙を流して変更を拒んでいた原田監督らしいこだわりで、他校の大先輩にまで喜ばれた高橋監督も、伝統の重みを再認識していたのではないか。筆者も質問したが、「今の選手たちは、この伝統ユニフォームに誇りを持ってやってくれている」と話し、来春の甲子園へ思いを馳せていた。

神宮枠は静岡勢の争いに

 これで「神宮枠」は、東海地区にもたらされた。静岡勢2校が準決勝で敗退していて、いずれかがその恩恵にあずかることになる。静岡大会では、藤枝明誠が5-4で加藤学園にサヨナラ勝ちした。東海大会準決勝では、藤枝明誠が中京にコールド負けしたのに対し、加藤学園は、県岐阜商と大熱戦を演じ、9回に追いつかれての延長サヨナラ負け。東海大会の試合内容だけなら加藤学園に分があるが、両校の比較で最もわかりやすいのは直接対決の結果。選考委員がどう判断するか。また、東京との抱き合わせになる関東の5校目も、花咲徳栄と西武台の埼玉勢による争いになりそうで、直接対決で勝っている徳栄か、関東大会で優勝校の健大にサヨナラ惜敗の西武台か。いずれの地区も、難航は必至の情勢だ。

白樺・亀田部長と15年ぶり再会

 最後に、筆者にとって懐かしい再会があった。秋の北海道大会を初制覇し、センバツ初出場が確実な白樺学園で責任教師を務める亀田直紀部長(32)と、15年ぶりに会ったのだ。

筆者が15年ぶりに再会した白樺学園の亀田部長。試合中も選手に声を掛け、ベンチを盛り上げていた(筆者撮影)
筆者が15年ぶりに再会した白樺学園の亀田部長。試合中も選手に声を掛け、ベンチを盛り上げていた(筆者撮影)

 04(平成16)年センバツに鵡川(北海道)の主将として出場し、筆者が司会をした「キャプテントーク」でも、実にしっかりしていたのでよく覚えている。

高校時代の亀田君。甲子園では八幡浜(愛媛)に勝ち、社(兵庫)に惜敗した。彼も全然、変わっていませんね!(04年3月20日 筆者撮影)
高校時代の亀田君。甲子園では八幡浜(愛媛)に勝ち、社(兵庫)に惜敗した。彼も全然、変わっていませんね!(04年3月20日 筆者撮影)

 今夏、逝去した佐藤茂富・元監督(享年79)の厳しい人間教育で鍛えられただけのことはある。東都リーグの強豪・立正大でも主将だった。母校・鵡川のコーチを経て、12(平成24)年、白樺学園に赴任し、来春、16年ぶりにセンバツの舞台へ戻る。試合後の短時間ではあったが、言葉も交わした。彼もよく覚えていてくれ、「全然、変わっておられませんね」と言われて握手すると、胸が熱くなった。社会人として、指導者として、立派に成長した姿を目にし、同じ高校野球のステージで再会できることは無上の喜びであり、冥利に尽きるとはこのことを言うのだろう。今からセンバツが待ち遠しい。