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キャピタルストラクチャの最下位の株式が投資価値をもつために

森本紀行HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長
すべての画像:123RF

 投資対象として株式を選択してから、投資先企業を選択するのは、順序がおかしくないか。投資すべき事業を選択し、その事業領域の企業を選択し、最後に株式や社債などの手段を選択すべきではないのか。

サブプライム問題

 2008年の世界的金融危機の原因となったサブプライム問題は、住宅ローン債権として価値のないものを原資産にする限り、いかに高度な数学を用いて工夫を凝らしても、価値のない原資産から創出される社債等に投資価値は生まれ得ないことを証明しました。要は、酒粕からは、粕取り焼酎という別物はできても、吟醸酒ができないのは自明であり、自明とは証明不要のことですから、自明の理が再確認されたわけです。しかし、実際には、自明の理に反した投資行動があったので、金融危機は起きたのです。

 社債の格付は、事前に定義された諸基準に従って付与されるもので、サブプライム関連の社債を大量に創造した人たちは、その格付手法を逆手にとって、格付が高くなるように技巧を凝らしたのであり、更には、投資家の行動様式をも逆手にとって、高格付でありさえすれば、社債価値を裏付ける原資産の分析を省略するであろうことを予見していたわけです。

 サブプライム問題における投資家の行動は、表層的には、格付を信じる点において、合理的に見えても、本質的には、表面の格付に欺かれて、投資対象の実質的価値を見失った点において、著しく非合理的であったわけです。むしろ、常識ある投資家として、格付を無視し、原資産に着目しさえすれば、サブプライム問題は起き得なかったのですが、形式に準拠することで常識に反した帰結を招くことは、世の常なのです。

投資の本質とキャピタルストラクチャ

 自明のこととして、株式投資は株式を発行している企業の事業への投資であって、株式への投資という形態をとるのは、技術的な手段の問題にすぎないわけです。現在の投資運用業においては、大規模化して分業化が進んだ結果として、株式投資や社債投資などが先にあって、次に銘柄の選択がきていますが、投資の本来のあり方としては、投資すべき事業の選択が先にあり、株式、社債、融資等の投資手段の選択は、その次にくるべきものです。

 事業とは、現金を創造することであり、事業への投資とは、その創造された現金の分配に参画することです。投資、あるいは、より広く金融の世界では、この分配の契約上の構造を資本構成と呼んでいますが、片仮名が氾濫する金融界では、英語でキャピタルストラクチャというほうが普通かもしれません。

 キャピタルストラクチャとは、何のことはなく、企業の貸借対照表の右側、即ち、資本債務側の構成のことにすぎません。貸借対照表の左側には、企業の現金創出の基盤となる資産が計上されていますが、キャピタルストラクチャは、その資産の保有を金融的に支えると同時に、資産が生み出す現金の分配優先順位を定める仕組みなのです。

 この分配の優先順位については、貸借対照表の上から順番に優先度の高いものが記載される決まりです。例えば、資本、即ち、株式が一番下にあるのは、優先度が一番低いからです。つまり、事業によって創造された現金は、上位にある融資や社債等の負債に対して、利息等の形態で分配され、その残余が株式配当の原資になるということです。

投資の基本としてのリスク管理

 投資の基本がリスク管理だとして、リスクとは、事業が創造する現金に関する不確実性であって、当然に、事業の性質によって、あるいは、経営の技法によって、不確実性の程度は大きく異なるわけです。投資とは、現金創造の期待値が大きく、その不確実性の小さな事業の選択に帰着しますが、一般的には、現金創造の期待値と不確実性との関係においては、現金創造の期待値の高い事業は、不確実性も高いと考えられています。

 そこで、キャピタルストラクチャが重要な意味をもちます。つまり、優先順位の高いものほど、安全性も高いはずですから、リスクの大きな事業に投資するときは、キャピタルストラクチャの上位、即ち、融資や社債を選択することにより、リスクを抑制できるわけです。そして、キャピタルストラクチャ上の安全性と期待収益率との関係においては、安全性が高いほど、期待収益率は低いと考えられています。

最適資本構成の理論

 事業リスクの大きな企業の場合には、負債比率を高くしておくと、債務を履行できない状況に容易に転落する、平たくいえば破綻してしまうので、大きな事業リスクを吸収するに足る自己資本の厚みが必要になります。逆に、事業リスクが小さいときは、過大な自己資本は資本利潤率を低下させます。そこで、様々な事業リスクの違いに応じて、リスク調整後の期待資本利潤率を最大化する最適な自己資本比率が存在するはずです。これがキャピタルストラクチャの最適性、即ち、最適資本構成の問題です。

 融資や社債の信用リスクは、自己資本の厚みの関数となります。極端に過小な自己資本のもとでは、投機的といえるほどに信用リスクが高まりますが、ふつうは、自己資本が薄ければ金利が高くなり、自己資本が厚ければ金利が低くなるだけのことで、信用リスクに応じた金利が得られる限り、最適資本構成とは無関係に、融資や社債には投資価値があるわけです。

 こうした背景のもとで、融資や社債投資においては、事業を見ずして、資本構成の安全性を見る傾向を生じて、投資本来のあり方からの逸脱を生じるのです。サブプライム問題が社債投資において発生したことは、偶然ではありません。

 それに対して、株式投資においては、投資価値を規定するのは、キャピタルストラクチャの最適性になり、更に、キャピタルストラクチャの最適性は、事業リスクとの関連において規定されるので、投資本来のあり方に忠実に、事業の現金創出力、その不確実性、資本構成の順に分析が進められます。株式投資が投資の王道である所以は、ここにあるわけです。

投資家の対話とキャピタルストラクチャ

 投資とは、現金を創造する事業の選択であり、分散投資とは、現金が創造される源泉の分散です。投資の哲学とは、この分散手法にあるわけで、例えば、平均的な人間の消費生活を基礎にして、消費された現金が企業に還流していく比率から、適切な分散のあり方を考えるのは投資の古典的技法です。

 他方で、企業からすれば、多くの場合、事業は与件であって、企業経営にできること、即ち、株式投資の立場からいえば、企業経営者に期待することは、与えられた事業のなかで、現金創造の不確実性を適切に管理すること、およびキャピタルストラクチャの最適性を維持すること、この二点に収斂するわけです。故に、投資家と経営者との対話とは、この二点に関することになります。

 株式投資の原則においては、投資家は、現金創出の源泉を自らの意思で選択し、信頼に足る経営者が経営する企業を自らの意思で選択し、現金創出を経営者に委任しているわけですから、投資家の意思による選択に関する事項が対話の論点になるはずはありませんし、投資家には、経営者にとって、価値のある情報を提供する義務があります。

 さて、投資家が貢献できることといえば、キャピタルストラクチャの最適性に関すること以外に、何があるというのでしょうか。投資家による経営者に対する提案は、本来は、非中核資産の売却、過剰な手元流動性の配当や自社株買いによる処分など、最終的にはキャピタルストラクチャの最適化になることに限られるべきなのです。

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長。三井生命(現大樹生命)のファンドマネジャーを経て、1990 年1 月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。 2002 年11 月、HC アセットマネジメントを設立、全世界の投資機会を発掘し、専門家に運用委託するという、新しいタイプの資産運用事業を始める。東京大学文学部哲学科卒。

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