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みずほの業務改善計画と経営陣刷新が機能しないわけ

森本紀行HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長
すべての画像:123RF

 みずほ銀行は、一連のシステム障害に関し、業務改善計画を金融庁に提出しましたが、事象の背後にある真因が何であるかについて明らかにしておらず、単なる作文にすぎないようにみえます。

業務改善計画の提出

 みずほ銀行、および持株会社のみずほフィナンシャルグループは、1月17日に、金融庁に業務改善計画を提出したと発表し、同時に、その概要を公表しました。これは、一連のシステム障害に関して昨年の11月26日に受けた業務改善命令に対する回答なのですが、提出文書本体にある重要事項のうち、特別な理由から公開されなかった部分があるとは想像されるにしても、少なくとも、公表された概要をみる限り、金融庁の命令に答えたものになっていません。

金融庁のいうシステム障害の真因

 金融庁は、近時、行政手法を高度化させていて、問題事象の根本原因への遡求を徹底させています。みずほに対する業務改善命令においても、一連のシステム障害の直接的な原因を除去するように命じるのは最低限のことにすぎず、その背後にある問題の真因を具体的に特定したうえで、そこへの対応を強く求めているのです。金融庁の文書から引用すれば、以下の通りです。

 「当庁としては、これらのシステム上、ガバナンス上の問題の真因は、以下の通りであると考えている。

 (1)システムに係るリスクと専門性の軽視

 (2)IT現場の実態軽視

 (3)顧客影響に対する感度の欠如、営業現場の実態軽視

 (4)言うべきことを言わない、言われたことだけしかしない姿勢

 これらの真因の多くは、当行において発生させた平成14年及び平成23年のシステム障害においても通底する問題である。そのことからすれば、当行及び当社においては、システム障害が発生する度に対策を講じたとしても、過去の教訓を踏まえた取組みの中には継続されていないものがあるという点、あるいは環境変化への適切な対応が図られていないものがあるという点において、自浄作用が十分に機能しているとは認められない。」

 金融庁としては、「自浄作用が十分に機能しているとは認められない」ので、監督権限を行使して、外部から変革させるというわけですが、「銀行法」第26条の業務改善命令は、そう簡単には発動され得ないもので、実際に発動されたからには、改善命令の対象は、システム障害という技術的なことではなく、システム障害の頻発を防ぎ得ない経営統治上の重大な欠陥という極めて高い次元にあると考えるほかありません。つまり、経営統治態勢を抜本的に改めない限り、システム障害は必ず再発するというのが金融庁の判断だということです。

真因に関する自己認識の欠落

 統治不全の原因の徹底した究明なくしては、有効な統治改革案は作れないはずですが、公表された概要には、原因についての自己認識に関する言及が全くないので、改善策は単なる作文としてしか読めません。金融庁に提出されたものには詳細な記載があるとしたら、なぜ、その部分が非公開にされるのか理解に苦しみます。失った社会的信用を回復するためには、金融庁よりも、むしろ社会に対して、説得力のある改善計画を発表すべきだからです。

 あるいは、金融庁が問題の真因を既に特定していて、みずほとしては、それに完全に同意しているので、公表した概要のなかで改めて言及する必要はないという判断だとしたら、読者に対して、自分で金融庁の文書を探し出してきて、それと対照して読めと要求するようなもので、著しく不親切で不誠実な態度だといわざるを得ません。

読者への配慮の欠如

 「顧客影響に対する感度の欠如」は、この対外発表の場合には、読者の反応に対する感度の欠如として発現していると考えられます。社会常識の問題として、みずほがとるべき本来の対応は、金融庁の指摘している真因、即ち、統治不全に起因する四つの事象について、内部調査に基づく自らの見解を述べ、その見解に対応させて改善計画の主旨を説明することだったはずです。

 しかし、実際には、例えば企業風土の改革について、一方では、「お客さま・社会に向き合う〈みずほ〉の価値観の共有、腹落ち感の醸成等」のような極めて抽象性の高いことが掲げられ、他方では、「トップメッセージ発信等も可能な社内SNS導入」のような具体的とはいえ細かい小さな施策が羅列されているだけで、そもそも、「〈みずほ〉の価値観」についてすら、何の説明もなされていません。

金融庁の異例な指摘

 「言うべきことを言わない、言われたことだけしかしない姿勢」という金融庁の指摘は、異例なもので、業務改善命令のなかで、全体との連関が明らかにされずに唐突に登場します。故に、本来ならば、みずほとして、この指摘に関する自己認識を表明したうえで、改善策の説明を行うべきなのですが、それもなされていないので、読者が主旨を想像するほかありません。

 最初に考えられるのは、取締役の能動的な情報収集に基づく発言がなされていなかったという事態です。実際、改善計画には、「社外取締役の情報収集力を強化する観点より、取締役会室・監査等委員会室から情報共有の充実、社外取締役間の意見交換や職場訪問を含めたグループ役職員との直接・間接のコミュニケーション機会の充実」が掲げられています。

 しかし、より重要なことは、「IT現場の実態軽視」、「営業現場の実態軽視」という指摘との関連です。この軽視について、現場は問題点を指摘しているのに経営陣は耳を貸さなかったとの意味に解するのならば、「言うべきことを言わない」の意味が不明となり、現場には「言われたことだけしかしない姿勢」があったのだとしたら、軽視という表現が理解できなくなりますが、この点について、改善計画には説明がありません。

現場の実態軽視の本質

 改善計画は、原因を特定して、原因に応じた対策を述べる体裁になっていませんが、記載されている対策から原因を想像できなくもありません。例えば、「社員が自由に行動・発言できる環境や雰囲気の醸成」と対策にあるのは、原因として、社員が自由に発言できる状況になかったことを推定させます。

 また、対策として、「社員の力を引き出しその声を確りと受け止める姿勢、各所掌を超える経営陣の闊達な議論、過度な内部作業を強いられる社員への目配り等」や、「上意下達に止まらない対話」を掲げるからには、原因として、経営陣が社員の声に耳を傾けず、一方的な上意下達を行い、不適切な人員配置で社員に過大な負荷をかけたうえに、部門間の連携すら行っていなかった事態を推測させます。

 故に、システム障害の真因と考えられるのは、経営陣は、強圧的な姿勢のもとで、社員に発言の機会を与えず、しかも、部門間の調整すらしなかったために、ITと営業の双方の現場の実情を理解することなく、システムが安定稼働しているとの事実誤認のもとで、不適切な経費削減を行うなどの誤った経営判断を繰り返したことです。

社会的責務に対する経営陣の自覚の欠如

 「銀行法」第26条が発動されたからには、金融庁の究極の論点は、みずほが社会的責任を果たせなかったこと、そして、更に、その根本原因として、経営陣の社会的責任に関する自覚が欠如していることにあるはずであって、金融庁が不適切な人員配置と経費削減を問題視しているのは、この論点に関連していると考えられます。

 即ち、問題の根源は、みずほの経営陣にとって、システム部門は、銀行の事務部門として、経費削減の対象になっており、資金決済基盤の提供という社会的価値の創造部門として、機能高度化のための積極的な投資対象になっていないことなのです。

 要は、みずほの経営陣は、依然として、古い銀行の枠内にあるわけです。金融庁が金融と非金融の境目の流動化に着目している時勢において、みずほの持株会社の経営陣は、さすがに資金決済機能が非金融部門として分離していくことの認識はあるにしても、それが銀行業の解体につながるとの認識に到達しておらず、銀行子会社の経営陣と同じ視野において、経営判断していたこと、これが問題の究極の真因です。しかし、業務改善計画と経営陣の刷新は、その答えになっていません。

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長。三井生命(現大樹生命)のファンドマネジャーを経て、1990 年1 月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。 2002 年11 月、HC アセットマネジメントを設立、全世界の投資機会を発掘し、専門家に運用委託するという、新しいタイプの資産運用事業を始める。東京大学文学部哲学科卒。

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