お金の運用を金融機関に任せ得るためには

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 生きるとは、経済の問題として単純化すれば、お金を稼いで消費することなので、お金に関することは人生と密接不可分であり、自分で決めるべきなのに、お金の運用だけは他人に任せ得るのはなぜか、また、それには、どういう条件が必要か。 

企業年金の資産運用

 投資運用業者は、法律上、顧客の一任を得て、預かった資産を運用しています。しかし、一任とはいっても、投資運用業者が顧客の意向と無関係に好き勝手に運用するのではなく、むしろ、顧客の意向に基づいて、それを具体化するのが投資運用業者の使命だといえます。

 例えば、企業年金の資産運用においては、一方で、投資運用業者に委託することが原則として義務付けられているのですが、他方で、自分自身で基本方針を策定するように求められていて、投資運用業者は、企業年金が自分で定めた基本計画を実現することについて、いわば下請けとしての役割を演じているわけです。

 下請けとはいっても、一般に基本方針は資産配分という形式で表現されますから、企業年金として、グローバル株式、即ち、日本を含む全世界の株式という資産分類を設け、その運用を投資運用業者に委任するとき、その貢献期待は、銘柄選択による付加価値の創造であって、そこに専門性のあることは間違いありません。

 しかし、資産全体の収益率に与える影響度からすれば、企業年金自身の意思決定による資産配分が決定的なのであって、投資運用業者の創造する付加価値は補助的なものでしかなく、それすら、意図的な銘柄選択を放棄したインデクス運用の委託となれば、なくなってしまうのです。 

専門家を使う意味

 そもそも、資産運用に限らず、全ての種類の専門家の利用について、専門家に決めてもらうことはあり得ず、重要な意思決定は顧客自身が行うのであって、専門家は、その決定に基づいて、実行を支援するだけです。そして、支援の方法には、単に専門的知見を提供するものから、指導や教育を行うトレーニングやコーチング、更には実行を代行するアウトソーシングまであり、企業年金が投資運用業者を採用し、個人が投資信託を利用するのは、銘柄選択のアウトソーシングに該当します。

 要は、専門家の利用は社会的分業なのであって、一方で、顧客は、自分でやるよりも便利で、品質もよいから専門家に任せ、他方で、専門家は、多数の顧客から任せられ、特定の領域で多様な経験を積むことで、高度な専門的能力を身につけ、集中による効率化を実現していくので、顧客にとっての利便性が更によくなるという好循環が働いて、社会全体の生産性が上昇していくわけです。

コンサルティングの意味

 顧客の意思決定を支援する専門家もあります。企業年金の多くは、資産運用の基本方針の策定において、外部の専門家の知見を利用しています。こうした意思決定に関する専門家の利用は、コンサルティングと呼ばれていて、企業年金の資産運用だけではなく、社会の多様な領域において、幅広く行われています。

 しかし、コンサルティングの機能は、意思決定の代行ではなく、意思決定の合理的妥当性が確保されるように、前提となる情報を収集し、整理し、試案を提供することにすぎず、自分で決められない人がコンサルティングの結果に従って決めるという構図はあり得ないのです。

 実際、多くの場合、コンサルティングの利用は、既に意思決定している人が念のために専門家の意見を聞くことであって、その理由は、自分の確信を強めるため、迷いや不安を解消するため、判断の根拠に誤認や誤解等の可能性がないかを確認するため、第三者に対する説明力を増すためなどです。

商人によるコンサルティング

 企業は組織であり、多様な領域における異なる能力と経験をもった人の集合ですが、それでも外部の専門家の利用は不可欠なのですから、ましてや、企業とは比較できないほどに知見の狭く乏しい個人の場合には、専門家の利用は必須で、実際、サービス業には、アウトソーシング的な要素をもつものが少なくありません。例えば、外食産業は、家庭内調理のアウトソーシングとみなせます。

 他方で、個人の生活において、意思決定を支援するコンサルティングの使われることは極めて稀ですが、それは、商品やサービスを提供することのうちにコンサルティングの要素が内包されている場合が多いからです。実際、商店に行く前に、どれを買うかは漠然と決まっているのでしょうが、店員と会話することで、より意思が固く明確になるのです。

 商業とは、販売ではなく、コンサルティングである、これは商業の常識です。商人が顧客の意思決定を左右できるはずもなく、買うと決めていない人に、いくら熱心に売り込んでも、上手な押し売りとして稀に成功するかもしれませんが、持続可能性はないのです。営業とは、適切な情報を提供することで、顧客の内心の決定を確定させる手続きであり、コンサルティングそのものであって、その徹底が販売につながることをもって、顧客本位というのです。

金融の非常識

 金融庁は金融機関に顧客本位の徹底を求めていますが、それは金融機関が商業の常識をわきまえないからです。金融の常識、世の非常識、これも常識なのです。

 それでも、金融が曲がりなりにも事業として成立し得たのは、住宅ローンが典型であるように、顧客の手元資金が不足していたときには、顧客の購買行動を金融的に支援することについて、金融界全体としてみれば、コンサルティングはおろか、営業自体が不要だったからです。

 ところが、現代においては、顧客の手元に十分な蓄積が生じ、その効率的な運用、即ち、金融庁のいう資産形成が最重要の金融機能となり、特に豊かな老後生活への備えが課題になったのですから、顧客自身にすら具体的に思い描き得ない将来の人生について、金融機関として、顧客とともに悩み考えない限り、適切な資産運用の提案はできないわけで、故に、金融庁は、そのための極めて高度なコンサルティングの提供、即ち、顧客本位の徹底を要求しているのです。

金融と非金融の境目

 金融庁のいうことは、現実的には、預金に滞留している顧客の資金について、顧客の真の利益の視点で、活用方法を提案しろということに帰着します。

 個人貯蓄が預金に偏在するのは、国民は賢いとの前提にたてば、第一に、物価の上昇がないなかでは、元本保証のある預金が優れた投資対象だからであり、第二に、預金は暫定的な資金滞留の場所であるにもかかわらず、将来の生活が思い描けずに、あるいは漠然とした不安のなかで、資金使途を具体化し得ないために、暫定が恒久化しているからであり、故に、第三に、将来の資金使途に応じた運用計画も立案できないからです。

 さて、こうした顧客に対して、金融機関として何ができるか、それが大問題なのです。なぜなら、そもそも、金融機能の提供は、顧客の資金不足を融資で補うにしても、顧客の資金過剰を資産形成で吸収するにしても、顧客の資金使途を前提にしたことであって、仮に、金融機関として、資金使途自体に関するコンサルティングに踏み込めば、非金融の領域に入ることになるからです。

 しかし、個人金融だけではなく、法人金融も含めて、金融全体として、もはや非金融との境界を見直さない限り、金融の真の社会的機能は発揮し得ない、あるいは、旧来の金融秩序を維持しようとすれば、かえって顧客の利益に反した事態を招く、これが金融庁の現状認識でしょう。

似非コンサルティングから真のコンサルティングへ

 現状では、資金使途を前提とした資産形成の機能は全く理解されておらず、逆に、使途のない資金に対して投資信託等を売りつけることが資産形成だとの誤った考え方が定着していますから、金融機関の利益の立場で売ろうと思えば、何でも売れることになってしまい、現に、そうした弊害は生じています。

 その際、金融機関は、コンサルティングと称して、顧客の外形的な諸属性に基づき、一般的な資産形成の目的を仮構し、販売する投資信託を形式的に適合させるわけですが、多くの場合、それは販売手続きにおける法令遵守の要件を整えるだけのことで、金融機関の身を守るための営業話法にすぎません。

 この似非コンサルティングを真のコンサルティングに高度化する、それが金融庁のいう顧客本位です。例えば、販売手数料について、金融庁の立場では、営業話法にすぎない似非コンサルティングの対価としては正当化し得ないのですが、逆に、個人の生活という非金融の次元に踏み込んだ真のコンサルティングの対価としてなら正当化し得るということです。