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憧れの金利生活者になるために

森本紀行HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長
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 投資という言葉は広義に用いられるために、一般には、産業金融の中核を担う重要な機能を思い浮かべる人よりも、投機のような危ないものを想起する人のほうが多いのかもしれません。そうしたこともあって、投資信託の普及を目指す金融庁は、投資を資産形成と呼んでいます。では資産形成の目的は何かといえば、理想的には、形成された資産が生む利息配当金収入で生活することではないでしょうか。

商業的な金利生活

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 金利生活というのは、誰しもが憧れる理想ではないでしょうか。例えば、金利5%の長期国債を2億円もっていれば、毎年1000万円の利息収入を得ることができ、遊んで暮らせるわけです。金利概念を財産所得一般、即ち債券、株式、不動産等の資産が生み出す利息配当金収入等の果実に拡大すれば、自分は働かず、自分が保有する資産に働かせて、その果実で生活すること、いわゆる資産家の生活こそ憧れの理想といえるでしょう。

 ところで、野球をすることで生活資金を稼得する人を職業的野球選手というのならば、そして職業的野球選手にとって野球をすることが仕事ならば、資産家は資産の管理運用で生活資金を得ている以上、職業的な資産管理運用者であり、資産の管理運用という仕事に従事するものだといっていいでしょう。

 しかし、資産家の場合、資産家であることが職業だとしても、野球選手などと違って、その職務を第三者に代行せしめて、自分は遊んで暮らすことも可能です。その第三者は、当然のことながら、資産家以上の高度な専門的知見を有するのでなければ選任され得ず、また資産を保有せずに資産の管理運用だけに特化した業務を行うという意味では、資産家よりも純粋で高度な職業人でなければなりません。それが投資運用業者です。

 つまり、資産家には、自分自身で資産の管理運用を行う職業的資産家と、資産の管理運用を投資運用業者に委任する金利生活者的資産家との二つの類型があり、職業的な資産の管理運用者には、資産を保有する資産家と、保有しない投資運用業者があるわけです。そして、資産家という概念は、個人に限らず法人も含むように拡張できます。法人の場合は、資産が生む果実を法人の設立目的に従って事業支出する点で、それを消費生活に充てる個人と異なるだけです。

 法人としての資産家は、多くの場合、資産の管理運用を専門の投資運用業者に委任します。なぜなら、確かに資産の管理運用は本業の重要な一部であるにしても、より本質的な本業は法人の設立目的である事業の運営だからです。

財団の資産運用

 法人の資産家というのは典型的に財団のことです。財団というのは、どこの国でも、現金等の資産が寄付されて創立されるもので、寄付されたものは株式会社の資本金と同じことですから、それ自体の費消は想定されておらず、費消されるのは資産が生み出す果実だけなのです。そして、財団には設立目的があって、その果実は設立目的にそって支出されるわけです。

 逆にいえば、財団の設立目的にそった支出が永続的に可能であるためには、恒久的な財源をもたねばならず、その恒久財源として資産の生む果実が位置付けられているということです。なぜなら、資産を取り崩して支出すれば、資産がなくなったところで事業を打ち切るほかなく、永続性が維持できないからです。

 この財団の構造は個人の金利生活者と全く同じであって、金利生活者にして、資産を費消してしまえば、元も子もない、即ち元本がなくなれば利息もなくなるわけで、生活できなくなってしまうように、財団にして、資産を費消してしまえば、活動ができなくなってしまうのです。

ゼロ金利の衝撃

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 元本を維持していても、金利が低下すれば収入は減ってしまい、金利低下の極、日本のようにゼロ金利になれば、収入がなくなってしまいます。

 債券等の確定金利の投資対象で金利生活をしているとき、金利が半分になれば、金利収入は半分になります。だからといって、生活上の支出を半分にすればいいというわけにはいきませんし、特に、財団の場合、事業の継続が社会的責務になっているので、事業支出を減らすことはできないのです。

 そこで、対策は二つしかないでしょう。第一は、元本を二倍にすることであり、第二は、利息配当金収入の源泉を拡大し多様化することです。いうまでもなく、投資の技術は後者の工夫から生じたのです。

 元本を増やすというのは現実的ではないようですが、実は、企業年金の場合には、金利が下がると元本を増やさなければならないように制度設計されています。日本の場合、制度が発足した当時には、金利は変動するにしても長期平均的に5~6%で推移することが予定されていましたが、超低金利が長期間継続するに至って、金利水準の期待値が大幅に引き下げられ、低い金利水準でも制度が維持できるように、新たに追加資金を拠出することで元本が大幅に増やされてきています。

金利生活者としての企業年金

 企業年金の仕組みは、制度の人員構成が安定する状態、即ち、新入社員等の新たに制度に入る人の数と定年等で制度から出ていく人の数が同じになる状態を目標にして、保有しているべき積立資産額を推計しています。

 この状態においては、毎年、新たに払い込まれる掛金額に資産が生み出す収益を足した金額は、その年の年金等の給付額に一致することが予定されています。別のいい方をすれば、給付額と掛金額の差分が資産からあがる収益と一致するように、必要資産額が逆算されているわけです。つまり、企業年金は、投資の果実を給付に充当する金利生活者なのです。

 そこで、企業年金においては、一方で、金利が下がると元本を増加させるように追加掛金が制度的に要求され、他方で、企業の掛金負担増を抑制するように、金利低下に対抗して利息配当金収入を増やすべく資産運用の工夫がなされているのです。

 故に、給付の原資になるのは、企業年金資産が生み出す投資の果実だけです。企業年金資産自体は、その果実を生み出すための装置なのですから、永続的に留保され続けます。ただし、何らかの不測の事態において、制度自体が廃されるときには、その時点で確定している制度の加入員や受給者の権利を保障できるだけの金額が留保されているようにも設計されています。

 つまり、企業年金資産とは、給付原資を生み出すための元本としての役割と、制度清算時において加入員と受給者の権利を守る担保資産としての役割を合わせ備えているものなのです。そして、企業年金制度というのは、この二つの役割が適正に果たされるように、法律によって厳格に設計され、かつ監督されているわけです。

購買力の保存

 では、金利生活というのは物価の上昇に対して脆弱なのか。実質金利が負にならない正常な状況のもとでは、物価の上昇は金利の上昇で吸収されるはずですから、物価が上昇して支出が増大しても、同時に金利収入も上昇するはずだというのが金利生活の基本的な想定でしょう。しかし、この想定には、異常な物価上昇の可能性、物価上昇と金利上昇の時間差、元本の実質的価値の下落などを考慮したとき、甘さのあることを否定できません。

 そこで、物価上昇に備えた利息配当金収入の源泉の多様化が投資の技術として求められてきます。こうして、株式や不動産など、利息配当金収入に物価連動性があるだけでなく、資産価値にも物価連動性のある資産が投資対象に組み込まれてきて、更には、日本の円からみた購買力の維持増大のために海外資産へも対象が拡大してきたのです。

 なお、企業年金の場合は、給付額が固定されていて物価上昇の影響を受けないので、株式等へ積極的に投資する理由はありません。しかし、一般に、利息配当金収入として見込まれている水準は債券等の金利よりも高いので、株式、不動産、外国債券、外国株式など非常に多様な投資対象が組み込まれているのです。こうした投資の努力に企業の掛金負担を抑制する効果のあることは、いうまでもないでしょう。

個人の憧れとしての金利生活

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 現在の金利水準においては、富裕層といえども金利生活は容易ではなく、ましてや、一般の個人の場合は元本が大きくないので、金利生活は夢のまた夢ということでしょう。しかし、投資は、元本を守りながら果実を稼得することに本質があり、より根源的には、資本を稼働させて資本利潤を得るという資本主義の原理に立脚しているのです。故に、個人においても、原理的には、金利生活が投資になるはずです。

 実際、金利の高かったときのことを考えると、例えば、退職金2000万円を6%の利息配当金利回りで運用できれば、毎月10万円の所得になったわけで、公的年金の補完として十分に機能し得たことがわかります。逆に、退職金額の水準は、そうした利回り水準を想定して、設定されていたのでしょう。しかし、原理は原理として、ゼロ金利の現状において、個人の投資はどうあるべきでしょうか。

憧れにつけ込む悪質な営業

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 まず、注意すべきは、金融機関の営業手法において、金利生活の原理が悪用されていることです。有名な事例は、2000万円の預金をもつ高齢者に対して、3%程度の毎月分配金が見込める投資信託を購入すれば毎月5万円を年金の補完として受け取れるとする販売話法が横行していたことです。

 もちろん、この分配金を真の安定的な投資の果実として実現することは極めて困難です。実際には、表面的な金利が高い外国通貨の債券や低信用格付の社債への投資により見かけ上の分配金を大きくし、裏には、元本価値が減少する大きな危険、即ち、元本価値の減少分を分配金として受け取るにすぎない事態になる危険を伏在させているわけです。しかも、高い手数料によって、確実に元本は減少していきます。

 その他、潜在的に大きな危険を伏在させることで表面的な利息配当金収入を多く見せようとする営業は、毎月分配の投資信託やアパート経営から、詐欺まがいの投資案件に至るまで、そこらに横行していますが、逆にいえば、それだけ金利生活への憧れが根強いということです。

 なお、注意すべきは、こうした金利生活への憧れは、決して投資への無理解から生じているのではなく、むしろ、投資の本質を十分に理解した人々の努力の根底にあるものであって、そこに、悪質な業者がつけ込んでいるだけなのです。

政府の施策

 では、現在の環境において、悪質な業者に打ち勝つ金利生活の方法はあり得るのでしょうか。金融庁は、勤労層に対しては、勤続期間全体にわたる超長期的な資産形成を推奨しています。つまり、老後に憧れの金利生活を実現する方法として、勤労期間中に元本を大きくするように努力すべきだとしているのです。また、高齢者層に対しては、金利生活の限界を正面から認め、計画的な資産取り崩し、即ち、少しずつ元本を費消していくことを推奨しているわけです。

 そして、政府は、働き方改革の一環として、老後に至るも自分自身が財産であるという考え方、即ち、できるだけ長く自分の能力を稼働させて生活することを推奨しているようです。なるほど、金利生活も憧れですが、生きがいをもって死ぬまで働き続けることも憧れだということでしょうか。

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長。三井生命(現大樹生命)のファンドマネジャーを経て、1990 年1 月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。 2002 年11 月、HC アセットマネジメントを設立、全世界の投資機会を発掘し、専門家に運用委託するという、新しいタイプの資産運用事業を始める。東京大学文学部哲学科卒。

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