金融庁は金融育成庁として何を育成するのか

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 金融庁は、新しい行政方針のなかで、金融育成庁への動きを加速させるとしています。加速という意味は、既に金融機関の監督を中心としてきた金融庁の行政目的が抜本的に転換されていて、金融機能の高度化によって経済の持続的成長と国民資産の安定的形成を実現することが使命とされたなかで、今後は、経済活動全体のなかに多様な形態で存在する金融機能を幅広く取り上げ、規制するよりも、育成する方向を強く打ち出したものと考えてよいでしょう。さて、何が重点的に育成されるべきなのか。

新しい金融行政方針

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 金融庁は、9月26日に、「変革期における金融サービスの向上にむけて」と題する当事務年度の金融行政方針を公表しました。昨年までのやり方だと、先に前年度の行政の総括として「金融レポート」が公表され、その後に新年度の「金融行政方針」が公表されていたのですが、今年は、二つが統合され、「金融行政のこれまでの実践と今後の方針」という副題のもとで、内容を表現する主題をつけて、公表されました。形式的なことではありますが、ここにも、毎年、必ず新奇な要素を付加してきた金融庁らしさがあります。

 しかし、内容面からみると、前年度までに打ち出された諸施策の集大成としての色彩が濃く、新味には欠けています。ただし、もはや新味を必要としないことも事実で、既に理念的に示されている変革の方向にそって、実態を動かすこと、更に動きを加速させることが喫緊の課題でなくてはならないのです。つまり、施策の立案ではなく、施策の実現こそが金融庁の課題になったということでしょう。

 しかし、金融庁は変革の実行主体になり得ないわけですから、施策の実現手段として何があり得るのか、実は、この点の検討が新しい金融行政方針の中核だといっていいでしょう。要点を凝縮した箇所を引用します。

 「金融庁は、金融行政の目標を達成していくため、「金融育成庁」として、この変革期において金融サービスの向上が着実に実現されるよう、こうした課題にしっかりと取り組んでいく。その際には、金融が様々な主体による経済取引の大宗に関連する幅広い概念であることを踏まえ、金融庁の所管にとらわれず、国全体として最適な資金フローが実現しているか、どうすればより良い均衡が実現するかといった観点から、課題の分析と政策手段の提示を行っていく。」

 ここで、「金融行政の目標」とか、「こうした課題」といわれているのは、要は、経済の持続的成長と国民資産の安定的形成を通じた国民の厚生の増大という金融行政の究極の目的と、その目的に直結した諸課題ということです。

「金融庁の所管にとらわれず」

 「金融庁の所管にとらわれず」と官庁の公式文書に書くのは異例ですが、実は、この表現、昨年の金融行政方針に初めて登場したもので、今年の目玉ではないのです。今年は、昨年の段階では必ずしも明らかでなかった金融庁の意図を、「金融が様々な主体による経済取引の大宗に関連する幅広い概念であることを踏まえ」というふうに、より具体化したところに重要な意義があるのでしょう。

 ここで注目すべきは、金融機関の視点から、金融機能、あるいは金融行政方針の表題に採用されている言葉を用いれば、金融サービスの視点への移行が明確にされたことです。別言すれば、金融機関の視点、即ち金融サービスを提供する側の視点から、金融機関の顧客の視点、即ち金融サービスを利用する側の視点への移行ということです。なお、この顧客の視点というのも、実は、金融庁にとって少しも新しいものではなく、ここ数年来、強調されてきたことです。

 要は、金融機関は金融庁の所管のなかだけれども、金融サービスの利用者は全国民だから、金融庁の所管にとらわれることはできないということですが、そこまでのことは、昨年までの金融行政方針においても、既に明らかだったのです。

 しかし、金融庁として、金融庁の所管の外で何ができるのかという点に関しては、少しも明らかではありませんでした。そして、今年の行政方針においても、そこは明らかではありませんが、「国全体として最適な資金フローが実現しているか、どうすればより良い均衡が実現するかといった観点から、課題の分析と政策手段の提示を行っていく」というふうに、方法論は示されたわけです。

資金フローの目詰まりの除去

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 行政方針の表題にある「変革期」というのは、目に見えない全体の緩やかで長い変化ではなくて、特定の変革の動因をもつ目に見える急激で断絶的な飛躍ですから、変革の本質を突いた一点に集中し、短期間に決着をつける施策が必要だと考えられます。故に、この時点で未だに「課題の分析」ということは、本当は、あり得ないのです。

 つまり、金融庁の問題認識として、現状の資金フローの不均衡を是正しなければならないとしたときには、資金が流れない要因を特定して、その目詰まりを早急に除去する施策に集中しなければならないということです。さて、かく述べたうえで改めて金融行政方針を読み直すならば、一応は、三つの論点に絞られていることがわかります。

 第一に、デジタライゼーションを急速に進展させることによって、利用者の利便性を劇的に高めて、資金の回転速度を加速的に高速化させること、第二に、銀行等の預金取扱金融機関に巨額に滞留する資金を、投資信託等を通じて資本市場に移転し、公正な市場原理に基づいて活発に回転させることで、企業のガバナンス改革を促すこと、第三に、第二の論点の特殊課題として、高齢者の生活保障に対する十分なる配慮のもとで、その保有する巨額な貯蓄を経済活動に再循環させること、この三つです。

施策とは何か

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 では、三つの課題について、具体的施策があるのか。そもそも、金融庁の施策とは何か。

 変革の主体は金融庁ではなく、民間事業者である金融サービスの担い手ですから、施策の立案は、民間事業者の事業戦略として具体化されるのでなければなりません。そして、いうまでもなく、民間事業者の事業戦略は、顧客の真の需要に裏付けられたものでなければならない以上、変革の究極の主体は、金融サービスの利用者である国民の意思なのです。この論理は、金融庁として、決して動かすことのできない絶対的な前提です。

 さて、そのうえで、改めて金融庁の施策とは何かを考えるに、事業者を通じて把握される国民の真の需要に対し、直接に国民の意思を確認する手段も工夫しながら、それに適切に応えるべく、制度面等における諸制約を除去することに尽きるでしょう。故に、金融庁の立場は受動的なものにとどまるのが原則で、事業者がなすべきことを積極的に指示することはできないはずです。

 しかし、三つの課題整理には、いずれも、金融構造改革としての金融庁の強い能動的意思が表れています。この点、経済の持続的成長と国民資産の安定的形成は、金融庁の行政目的というよりも、政府全体の行政目的であって、政府の一翼を担う金融庁の使命は、その究極目的を金融の課題に整理することですから、そこに経済政策としての強い意思がでるのは当然ではないでしょうか。

 そのうえで、金融サービスの担い手、あるいは直接に金融サービスの利用者に対して、政策の方向性にそった提言を行うこと、それが金融庁の施策の具体的な意味ではないでしょうか。そして、金融庁からの発信として、提言、助言、展望、説得、その他、何と呼ぶにしても、社会変革の方向性に対して政府が責任を負っていることについて金融庁が施策化することは、金融サービスの担い手として、あるいは国民として、実現の蓋然性が高い、もしくは総体としての国民の利益の方向にあると信ずべきものではないでしょうか。

 そうした確信を国民と共有できること、それが政治能力であり、そう信じた国民を裏切らないこと、それが政治責任だろうと考えられます。そして、その政治責任に裏付けられてこそ、金融庁の施策に傾聴すべき意味があるのです。

顧客本位

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 では、傾聴すべき意味のある金融庁の施策とは、何か。かく論じきたれば、もはや、いうまでもなく、施策とは、変革が金融サービスの利用者の利益となり、その結果として、金融サービスの担い手である事業者の利益にもなること、故に事業者は変革を断行しなければならないことを論理的に説得すること以外にはあり得ないでしょう。

 このうち、特に、金融サービスの利用者の利益が優先されるべきことは、顧客本位という名のもとで、金融庁の最重点施策として、ここ数年、徹底的に推進されてきており、当然に新しい行政方針にも踏襲されています。顧客本位というのは、顧客との共通価値の創造ともいわれるように、顧客の利益があり、社会の利益があるからこそ、商人の利益があるということであって、近江商人の「三方よし」に代表されるように古来の商業哲学で、おそらくは日本の外でも通じる普遍的理念です。

 しかし、商人は目先の利益に惑わされて、この哲学を忘れてしまうが故に、長期的に商業の基盤を喪失してしまうことがあります。金融庁は、日本の金融機関は、まさに、その罠に転落しているという認識のもとに、顧客本位を施策に掲げたわけですが、それを金融機関に強制する方法などあるはずもなく、理性に訴える説得という構図になっているのです。

信念と情熱

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 しかし、施策としてより重要なことは、三つに整理された課題について、変革を断行することの国民の利益を示し、納得させることです。

 デジタライゼーションについていえば、個人情報を事業者に提供することが金融サービスの利用者の利益になり、個人情報を顧客の利益の視点においてのみ利用することが事業者の利益になることを、それぞれに納得させることが金融庁の施策でなければなりません。

 金融の資本市場化についていえば、国民に対しては、資本市場を通じて資産の増殖を期待できることを、事業者に対しては、専らに顧客の利益のために資産管理を行うことが事業者の利益になることを、納得させることが金融庁の施策になるはずです。

 高齢者の資産保有の見直しについては、高齢者に豊かな老後を約束することは、高齢者自身の利益になるだけでなく、子や孫からの信頼を経由して顧客基盤の強化となり、事業者の中長期的な利益になることを事業者に確信させること、そこに金融庁の施策はつきるでしょう。

 ということは、金融庁は、金融育成庁として、信念を育成すべきだということです。自ら確信していないことについて、他人を説得することはできません。金融庁が国民から信頼されていないのなら、金融庁の施策に何らの実効性もありません。さて、今回の金融行政方針、どの程度まで、金融庁の確信を事業者と国民に伝え得たのか、そのことで、どの程度まで、事業者と国民からの信頼を獲得できたのか。

 緻密に施策を書いても、情熱の裏打ちがなければ国民は動かない。さて、金融庁は情熱を育成すべきではないのか。