株式がまともな投資対象になるために

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 株式は企業の資金調達手段として広く認知されているもので、それに投資することについては、玄人の機関投資家も素人の個人も全く疑問を感じていないようですが、実のところ、株式の基本特性を仔細に検討するまでもなく、株式ほど投資家の権利保護に欠けるものもないわけです。さて、そのような株式が真の投資対象として価値をもち得るための条件とは何なのか。

株主の弱い地位

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 そもそも、株主の権利とは何かといえば、たかだか三つに限られるわけです。即ち、清算時の残余財産分配権、議決権、配当受領権、この三つです。

 清算時の残余財産の分配を受ける権利については、それが意味をもつときは非常事態であって、多くの場合、投資家に不利な状況でしょうから、理屈上の権利という以外に実質的な価値を認めることはできませんし、議決権についても、影響力を行使できるためには大株主でなければならず、通常の株式投資においては現実的な意味をもち得ません。

 配当受領権については、まさに、株式投資の本来の目的をなす権利ですが、配当は約定されている金利とは全く異なって、原資がなければ配当されず、原資があっても、その処分は経営者に一任されているのですから、配当受領権は単なる受け身の権利にすぎず、能動的に行使可能な請求権ではないのです。

 要は、株式に投資すること、即ち株主になることは、投資先の企業の経営者に全てを一任することであって、単に受動的に経営の成果を得るだけの立場に身をおくことを意味しているのです。これに対して、例えば、資金の運用方法として企業に融資をするとしたら、約定金利を受け取る確定した権利があり、万が一にも利金の支払いや元金の弁済に遅延や不履行があれば、債権者としての権利を守るべく能動的な行動にでることも可能なのですから、株主としての弱い地位と比較したときには、はるかに強い立場にたてるわけです。

ガバナンスへの期待

 要は、株式投資というのは、投資先企業の経営者の能力に期待すること以上にはならないのです。この株主の受動的地位については、株式の投資対象としての根本的な性格であると同時に、重大な欠点でもあります。このことは広く認識されていて、故に、その対抗策として株式投資の王道と考えられてきたことは、経営者に期待できないのなら株式を売るということ、逆にいえば、期待できる銘柄だけを厳選して投資するということです。この銘柄選択という行為は投資家の積極的な行為なのであって、この能動性によって投資家は自己の利益を守ってきたのです。

 なお、経営者への期待ということは、普通はガバナンスという言葉で表現されていることです。なぜなら、期待とは企業の将来業績への期待であり、将来業績への期待の裏付けは現在の経営状況が最善に保たれていることにほかならず、故に、経営状況の最適性を保証するものとしての企業統治のあり方、即ちガバナンスこそが期待の根底にあるものだからです。

生存競争と市場原理

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 背景には、ガバナンスのよくない会社は銘柄選択を通じて淘汰される、もしくはガバナンス改革を強制されるという市場原理の働きがあります。

 もともと、株式の上場は、新しい株式の発行を通じて資金を調達することが目的なのです。故に、企業の利益誘因は、株式の評価を高めることで有利な資金調達を実現する方向に働くはずであり、株式の評価を高めることはガバナンスをよくすることにほかならないのですから、上場企業全体としてガバナンス改善の方向に力が働く、これこそ株式市場が有効に機能するための前提なのです。

 この市場原理を有効に機能させるためには、投資家はガバナンスを適切に評価して厳格な銘柄選択を行わなくてはなりません。そうすることで、優良な企業は有利な資金調達により成長していき、そうでない企業は資金調達が困難となって淘汰されていくか、ガバナンスを改善して生き残りを目指す、この苛烈な生存競争を通じて市場全体の進化と成長が実現する、その結果として投資家は利益を得ることになる、これが株式投資の基本原理なのです。そして、株式が投資価値をもつのは、この基本原理が貫徹する限りにおいてなのです。

エンゲイジメント

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 株主としての積極的な行為には、銘柄選択のほかに、エンゲイジメントという方法もあります。エンゲイジメントという英語の意味は、何らかの積極的な関与ですが、株式投資についていえば、株主として経営者に何らかの積極的な働きかけを行うことです。いうまでもなく、エンゲイジメントの目的はガバナンスの改善です。

 エンゲイジメントを有効に機能させるためには、大株主になることが一番簡単な方法ですが、そこには、経営者に対して敵対的な提案の受入れを強要しようとするものから、友好的な対話と協働を通じた株主と経営者の共通利益の追求を目指そうとするものまで、様々なものがあり得るわけです。しかし、大株主としての影響力の行使は、友好的であれ敵対的であれ、そもそも、大株主となること自体が一般の投資家のなし得ることではないし、なすべきことでもないので、普通の株式投資には属さないことです。

機関投資家のエンゲイジメントの責務

 実は、アセットオーナーや投資運用業者に対しては、積極的なエンゲイジメントが要求されているのです。

 アセットオーナーとは、英語の原義では、資産保有者、即ち投資家ですが、単なる投資家ではなくて、投資を業務として行う投資家、即ち社会的責任を負う投資家のことであって、代表的には年金基金や保険会社等の金融機関です。投資運用業者は、アセットオーナーの委託を受けて資産運用を行い、また、投資信託を通じて広く個人の資産運用を代行する事業者ですが、そこに重い責任が課せられるのは当然です。これらのアセットオーナーと投資運用業者を、一言でまとめて、機関投資家と呼んでおきましょう。

 さて、機関投資家の株式投資については、その社会的責任を前提として、エンゲイジメントが責務として求められているわけですが、まさか、大株主になって影響力を行使することなど、原則として、あり得ないことなので、そのエンゲイジメントは全く別の原理に基づいたものでなければなりません。

 即ち、その原理とは、個々の機関投資家は、議決権の行使において、社会的責務を自覚して合理的な判断をする限り、そこに共通の知見が暗黙に働いて、事前の合意や相談がなくとも、結果において自然な協調が実現するはずですから、そこに強いエンゲイジメントの影響力が働いて、企業価値の向上に反すると考えられるような議案は簡単には成立しなくなるなど、ガバナンスの改善が促されるはずだということです。

市場機能の補完としてのエンゲイジメント

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 投資家の判断基準は千差万別だとしても、少なくとも市場に大きな影響力のある機関投資家については、エンゲイジメントで期待されるのと全く同じように、一定の合理的判断基準の適用が求められるので、その選択行動は、集積において、株価形成に影響を与える、しかも、集積した金額が巨額なので、決定的な影響を与える、つまり、良いものを助けて成長させ、悪いものについては、淘汰させるか、改善を促す、その市場原理の力が極めて強く働くはずです。

 それが理論ですが、現実は全く逆です。機関投資家の資金の肥大化にともなって、逆に、その大きな資金量が行動制約になってしまうのです。つまり、機関投資家の運用資産の総計が株式市場全体のなかで非常に大きな比重を占めてしまうと、投資資金の多くの部分の固定化が不可避となり、全体としての巨額な集積においては、事実上、市場全体に広く分散して投資されることにならざるを得ないため、本来の銘柄選択の効果が機能しなくなるのです。

 その極端な例として、機関投資家の株式運用の大きな部分が銘柄選択を放棄したインデクス運用になってしまっている事実をあげることができます。インデクス運用については、市場参加者が明確な銘柄選択を行うことで市場全体が効率化されることから、その市場全体に投資するインデクス運用が合理的なものになるという理念に基づいているのですが、逆にインデクス運用が支配的になれば、銘柄選択による市場の効率化が機能しなくなり市場の効率性の保証が失われるという矛盾が露呈してしまいます。

 結局、こうして、機関投資家の株式投資は市場の効率化に貢献するよりも、非効率を温存してしまうという構造矛盾に陥るのです。そこで、市場機能の補完としてエンゲイジメントが必要だとする見解が支配的となるわけです。

エンゲイジメントは投資の王道に反する

 しかし、本来の市場原理が機能し得ないことを認めたうえで、その機能補完の必要性をいうのは曲論かもしれません。正論としては、市場原理が機能し得なくなった時点で、上場株式の多くは投資価値を失ったというべきなのです。

 問題の根源に遡って検討する必要があるでしょう。要点は、株主の地位は弱いものだから、投資先の企業のガバナンスの保証なくしては、投資家の利益を守れないということ、投資家の利益を守れなければ投資価値は全くないということ、ここに尽きるわけです。

 責任ある機関投資家の場合、管理の難しいリスクをとることについて慎重であることが求められているのですが、企業のガバナンスにかかわるリスクは管理困難なリスクであるにもかかわらず、それが株式投資の本質的なリスクなのですから、そのリスクを許容できる企業にのみ投資する、これが基本原則であったわけです。過去形であったというよりも、時間を超えた不変不動の原則として、それが基本原則なのです。

 この基本原則が物理的に貫徹し得ないという現実、そのような現実が本当にあるかどうかは検討を要することですけれども、とにかく、そのような現実を認識する人たちがガバナンスのリスクを管理する新たな手法としてエンゲイジメントを強調することについては、曲論と決めつけるのは気の毒ですけれども、上場株式への投資に最初から価値を認めたうえでする偏向した議論であることは間違いないでしょう。

上場企業の全てに投資価値があるはずはない

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 そもそも、上場企業の全てに投資価値を認める前提自体がおかしいのです。

 要は、ガバナンスにかかわるリスクが全てなのです。上場企業については、ガバナンスのリスクを許容できる銘柄のみに投資する、この原則は変更し得ないはずです。しかし、ガバナンスのリスクがエンゲイジメントによって管理可能だと判断されることも少なくないでしょうから、そのような銘柄までも排除する必要もなく、エンゲイジメントの意義は十分に認められるべきです。それでも、上場企業の全てに投資価値を認めることなど全く不可能です。

 むしろ、上場株式の外で、より優れて、より効果的にガバナンスのリスクを管理できる投資手法を開発すればいいことです。実は、ガバナンスのリスクについては、それが管理困難なリスクであるがゆえに、資産運用の歴史のなかで、多様な管理手法が開発されてきたのです。

 一番わかりやすいのがプライベートエクイティです。ここでは、議決権の全てを握ることで、ガバナンスのリスクを完全な管理下においています。意思をもたない実物資産に投資することも、ガバナンスのリスクを回避する投資手法です。エネルギー企業、海運企業、空運企業、不動産開発企業、物流運輸企業、こうした企業のガバナンスのリスクを回避するために、エネルギー関連施設、船舶、飛行機、不動産、物流施設という実物資産への投資が拡大しているのです。あるいは、様々な投資家保護の約定を付したローン債権や優先株等の高度化の方向性もあるでしょう。

 日本の資本市場は極めて未成熟な段階にあり、事実上、上場株式市場だけに限られるのです。故に、そこに議論が限定されていくために、エンゲイジメントが熱心に語られる、その事情は理解できますが、やはり、正論は、ガバナンスのリスクを管理可能にする市場機能の高度化に、そして、そうした新たな市場が拡大することで結果的に上場株式市場が活性化してくるという経路に向けられるべきなのです。