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みずほの資産運用改革、ここまで徹底したらどうだ

森本紀行HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長

みずほフィナンシャル・グループは、2月12日に、主要金融グループとしては初めて、「〈みずほ〉のフィデューシャリー・デューティーに関する取組方針」を公表し、資産運用関連業務の高度化へ向けて、歴史的に重要な第一歩を踏み出しました。みずほよ、どうせ改革するなら、徹底的にやって、日本の業界秩序を根底から覆し、資産運用の覇者を目指すべきではないか。今後の展開に、大いに期待していますぞ。

フィデューシャリー・デューティー

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フィデューシャリー・デューティーは、今では、金融界の最重要概念として、すっかり定着しています。これは、2014年9月に公表された「金融モニタリング基本方針」において、金融庁が重点施策として資産運用関連業務の高度化を掲げた際に、中核をなす理念として、導入されたものですから、僅か1年半で、異例の浸透をみせたことになります。

内容は、高度な忠実義務ということにつきます。要は、資産運用関連業務に携わるものは、専らに顧客、即ち最終投資家のために働け、という当然の義務を意味します。ただし、この義務は、金融庁によって強制されるものではありません。なぜなら、金融機関として、真剣に、かつ合理的に、自己の企業価値を考えたとき、顧客の利益のうえにしか自己の利益の持続可能な成長のないことは、すぐに、わかることであって、自然と、自主自律的に取り組まれるはずのものだからです。

ところが、この自明のことを、わざわざ金融庁が説くということは、巷には、理をわきまえず、顧客の真の利益に反して、短期的な自己の利益を優先させる金融機関の行為が横行しているという残念な現状があるのです。しかも、法令違反等の事実は皆無に近いのですから、表層的な法令遵守によっては、即ち、規制によっては、顧客の真の利益は守られないという困難な状況が露呈しているのです。

プリンシプル

規制によって実現できないことは、資産運用関連業務に携わるもの自身の自律として、各金融機関の経営原則(金融庁は、片仮名でプリンシプルと呼びますが)として、実現しなくてはなりません。それが「〈みずほ〉のフィデューシャリー・デューティーに関する取組方針」の背景であって、みずほは、顧客の利益を第一とする経営原則を確立し、顧客に対して確約するために、取組方針を公表したわけです。

確約したことを履行できないとしたら、みずほに未来はありませんから、この確約は、みずほの経営責任において、貫徹されるはずのものです。

実は、既に、投資運用業者のなかには、先行して、「フィデューシャリー宣言」を公表しているところがあります。2015年8月以降、HCアセットマネジメント、セゾン投信、三井住友アセットマネジメント、東京海上アセットマネジメントの4社(公表順)は、専らに顧客の利益のためにという理念を経営原則化して、「フィデューシャリー宣言」にまとめて、公表しているのです。

今回のみずほの取組方針の公表は、この一連の動きの延長にあるのですが、単なる延長を超えた本質的な飛躍であって、日本の資産運用業界の歴史を画するものとして、重要な意義をもつものです。巨大組織として、内部調整等の困難も推察されるところ、公表へ漕ぎつけたことについては、現場の努力と経営者の英断に対して、心よりの敬意を表したいと思います。

画期的なみずほの取組方針

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みずほの取組方針のどこが画期的なのか。それは、総合金融グループとして、持株会社のみずほフィナンシャル・グループの名のもとに公表されことです。

金融庁は、資産運用関連業務について、顧客の利益の視点から、幅広くフィデューシャリー・デューティーの徹底を求めているのですが、先行した4社は、いずれも投資運用業の専業者であって、その「フィデューシャリー宣言」は、対象として、投資信託の販売や資産管理の業務を含んでいないのです。

それに対して、みずほは、資産運用関連業務の総体を傘下にもつ総合金融グループとして、フィデューシャリー・デューティーの徹底へ向けた総合的な取組方針を公表したのであって、金融庁の施策の主旨を最もよく体現するものとして、極めて重要なのです。

特に、金融庁の問題意識として、早期是正が強く求められているのは投資信託の販売なのですが、これまで、なぜか、銀行や証券会社等の販売会社からの具体的な反応がなかっただけに、みずほの今回の動きは、業界を先導するものとして、決定的な影響を与えたものと考えられます。

合理的報酬

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フィデューシャリー・デューティーは、その性格上、画期的な内容を含むものではあり得ません。そうではなくて、愚直なまでに徹底して、専らに顧客の利益のために働くことに尽きるのです。敢えて、その内容を整理すれば、三つのことに集約されます。第一は合理的報酬、第二は利益相反取引の排除、第三はベストを尽くす義務です。

合理的報酬の考え方とは、専らに顧客の利益のために働くとしても、事業として行う以上、金融機関として、一定の報酬を得なくてはならないのですが、その算定においては、提供した役務との関連において、過大でも過少でもなく、まさに適当な金額が課されていることについて、合理的な説明がなされなくてはならないということです。

具体的に、特に問題となっている点は、投資信託の販売会社が課している手数料等(販売時手数料と、信託報酬のうちの販売会社取り分)です。金融庁がフィデューシャリー・デューティーを導入したとき、業界の反応としては、この手数料等が不当に高いとの金融庁の認識を示すものと受け止められたと思われますが、実は、金融庁は、水準を問題としているのではなくて、合理性を問題にしてきたのです。

つまり、高額な手数料等に対して、それを正当化するに足る役務の提供があるのか、という問題提起です。これに対して、高すぎるならば引き下げますということでは、あまりにも表層的な対応になってしまいます。

この点、みずほは、グループの理念として、「お客さまに提供する商品・サービスの内容に合致した合理的な報酬・手数料水準を設定します」としたうえで、販売については、「付加価値の高いサービスを適切なコストで提供する観点から、透明性の高い各種手数料設定とします」とし、更に、具体的なアクションプランとして、「手数料に係る考え方を明確化します」としているのです。

「合理性」、「透明性」、「明確化」となれば、役務と手数料等との関連について、明確な基準を作成して、顧客に対して開示することも予定されているのでしょう。だとすると、それは、極めて先駆的な行為として、業界に大きな影響を与えること、必至でしょう。

利益相反の排除

では、益相反についての取組みは、どうでしょうか。専らに顧客のためにということは、第三者の利益を一切考慮してはならないということですが、例えば、投資信託について、資産運用を行う部門と、販売を行う部門とは、それぞれ相互には、第三者の立場になりますので、厳格な対応が要求されます。

つまり、販売会社は、専らに顧客の利益のために、運用会社を選択しなければならず、運用会社は、専らに顧客の利益のために、販売会社を選択しなければならないわけで、最初から金融グループ内の部門間取引を想定することは不可能になるのです。金融庁も、系列重視の取引として、問題視してきたことです。

この点、みずほは、持株会社との関係、および各部門間の関係において、「適切な経営の独立性確保に向けた態勢を構築」するとし、また、「グループ内の利益相反管理の高度化に取り組みます」としていて、現状の改革を表明しています。特に、資産運用を担う部門については、「お客さまの利益を第一に考える組織体制を一層強化すべく、運用会社としての独立性を高めた業界最高水準のガバナンス態勢を構築します」とのことです。

ベストを尽くす義務

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合理的報酬や利益相反の排除は、フィデューシャリー・デューティーの本質であり、核心であると同時に、最小限の内容でもあります。資産運用の実績において、優れた成果を生んでこそ、真に顧客の利益に適うことは、いうまでもないことです。ただし、成果を保証できない以上、資産運用に携わるものとしてできることは、顧客の利益のためにベストを尽くすことしかありません。

また、資産運用は、専門的能力を備えた個人(これも、片仮名でプロフェッショナルと呼ばれます)の力量に依存するものです。故に、金融グループとして、ベストを尽くすということは、具体的には、プロフェッショナル人材の育成と登用に帰着するのです。

この点、みずほでは、資産運用を担う会社について、「次世代を担う運用専門人材の戦略的育成を行います」としたうえで、「運用専門人材の業績評価を、より実績に連動した体系となるよう構築します」としています。他方で、資産運用会社の経営の独立性も強調されているので、内部における人材の育成とあいまって、日本の金融グループのなかにも、真の運用のプロフェッショナル組織が生まれてくる可能性が開けてきました。みずほの今後の展開には、大いに期待したいところです。

今後への期待

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しかし、おそらくは、策定過程において検討されたことの全てが公表された取組方針のなかにとりこまれたのではないのでしょう。継続検討対象として、残された課題も多いはずです。ですから、今ここで、敢えて不十分な点を指摘するにしても、みずほにおいては、とうに承知のことなのだと思われます。

まずは、みずほ信託という組織の将来です。「〈みずほ〉のフィデューシャリー・デューティーに関する取組方針」公表以前の問題として、みずほでは、傘下の資産運用事業を統合した新会社の発足準備をしているのですが、その統合新会社へは、みずほ信託の資産運用業務も移管統合されるのです。ならば、なぜ、銀行業務もみずほ銀行へ統合しないのでしょうか。

もしも、みずほ銀行へ銀行業務を移管統合すると、みずほ信託に残された中核業務は、資産管理だけとなりますが、この資産管理業務こそ、みずほの取組方針において、運用、販売と並んで、三つの柱を形成するものとして、位置づけられているのですから、むしろ、みずほ信託は、資産管理の専業会社として、組織的にも明確化されるべきなのではないでしょうか。

また、投資信託の販売においては、みずほ銀行とみずほ証券との間で、顧客類型の差等に基づく差別化を図っていくのでしょうか。これまでのみずほは、銀行と証券の統合(いわゆる銀証統合)を推進してきたのですが、取組方針において、顧客の利益を第一とする姿勢を明確にしていけば、自然と顧客類型ごとの精緻な対応も必要になってくるはずで、ならば、銀証統合にも、見直しの必要がでてきはしないのでしょうか。

さらに、海外の資産運用会社の買収戦略も明確にしてほしかった。実際、みずほでは、米国の会社の買収を決めていますが、運用能力の高度化を急ぐならば、より積極的な買収政策が必要だろうと思われます。

最後に、第一生命のフィデューシャリー・デューティーに関する取組方針は、どうなっているのでしょうか。みずほの新運用会社は、第一生命が大株主となります。一方の株主が取組方針を公表しているのに、他方の株主が公表しないのは、少しおかしいような気もします。もっとも、これは、みずほの問題ではないのですが。

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長。三井生命(現大樹生命)のファンドマネジャーを経て、1990 年1 月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。 2002 年11 月、HC アセットマネジメントを設立、全世界の投資機会を発掘し、専門家に運用委託するという、新しいタイプの資産運用事業を始める。東京大学文学部哲学科卒。

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