企業年金の資産は、専らに、受益者、即ち、従業員や年金受給者の利益のために、運用されなくてはなりません。企業年金は、自身によって資産運用を行うのではなく、専門の運用機関に運用委託することとされていますので、専らに受益者の利益のために、最善の運用機関を選び、選ばれた運用機関は、専らに受益者の利益のために、運用を行わねばなりません。これは法律の要請ですが、さて、現実はどうか。

「確定給付企業年金法」

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多くの企業には、従業員処遇制度の一環として、規定に従い、退職一時金、および退職一時金相当額を原資とした年金を支給する制度があります。この給付は、雇用契約に基づく対価の支払いを後払いにしたものとみなされて、法律上の保護を受けます。

この保護の実効性を確保するためには、給付原資を事前に積立てておいて、その積立資産を、企業破綻等から隔離する必要があります。この要請に基づき制定されているのが「確定給付企業年金法」で、企業年金とは、この法律によって設定された資産管理の制度であって、その保有する積立金の運用については、法律の主旨に従った規制を受けています。

企業年金の忠実義務の意義

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ここで、規制とは、いわゆる善管注意義務と忠実義務のことです。

医師を例にとりましょう。医師は、医療行為の技術的な面において、専門家としての高度な責任を負います。それが、善管注意義務です。同時に、医師は、専らに患者の利益のために行為すべき責任を負います。それが、忠実義務です。

企業年金の資産運用には、医療と同じように、高度に専門的かつ技術的な要素が含まれます。故に、善管注意義務は、受益者の利益を守るために、非常に重要なものです。同時に、企業年金の資産運用は、単なる資産運用ではなく、受益者の老後生活資金を支える高度な社会的使命をもつものですから、専らに受益者の利益のためになされること、即ち、忠実義務が徹底されることは、極めて重要です。

特に、忠実義務に関連して決定的に重要なことは、「確定給付企業年金法」の目的からして、企業年金の資産管理は、受益者に対してのみ忠実になされるべきこと、即ち、母体企業から完全に独立してなされるべきことです。

この目的のためには、母体企業の経営状態の変動とは無関係に、常に、必要な給付をなすに足るものとして科学的に計測された金額以上の資産額を、母体企業の支配の及び得ないかたちで、確保しておく必要があります。「確定給付企業年金法」は、簡単にいえば、この目的の実現のための細則を定めたものです。

企業年金の資産運用の仕組み

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では、企業年金の資産運用の仕組みは、どうなっているのか。まず、企業年金自体の仕組みから始めましょう。企業年金には、規約型と基金型という二種類があります。

規約型というのは、企業年金資産を企業自身の資産から分離独立させただけのもので、資産管理者が企業自身となっているものです。この場合は、資産を分離させる仕組みが必要になります。

基金型は、企業年金基金という独立した法人を設立することで、資産を分離させるものです。基金には、経営機関として、理事が置かれています。

法律では、企業年金の資産運用は、企業年金自身が行うのではなくて、外部の専門の運用機関に委託しなければならないとされています。

規約型においては、資産管理運用機関に委託しなければなりません。資産管理運用機関となり得るのは、信託銀行と生命保険会社等に限定されています。ただし、信託銀行との資産管理運用契約においては、投資運用業者に運用を一任する契約をすることもできるとされています。

ここで、資産管理運用機関が信託銀行と生命保険会社等に限定されているのは、信託の契約と保険の契約によって、年金資産の母体企業からの法律的な分離が達成されると考えられているからです。

基金型の場合は、基金の設立自体において、資産の法律的な分離がなされてはいるのですが、基金資産運用契約の相手方として、信託銀行、生命保険会社等、投資運用業者の三業態が特定されているので、実際には、規約型と同じことになっています。

法律における忠実義務の規定

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では、忠実義務は、どのように規定されているのか。規約型と基金型では、規定の方法が異なっています。

規約型については、第六十九条において、事業主(即ち、母体企業)の加入者等(即ち、受益者)に対する忠実義務を定め、また、「自己又は加入者等以外の第三者の利益を図る目的をもって、資産管理運用契約を締結すること」を禁じています。

これを受けて、第七十一条では、資産管理運用機関と投資運用業者の加入員等に対する忠実義務を定めています。ここで注意しなければならないのは、規約型においては、運用機関は、直接に受益者に対して忠実義務を負っているのであって、母体企業に対して負っているのではないことです。

これに対して、基金型では、忠実義務は、第一に、基金の理事が基金に対して負う忠実義務、第二に、運用機関が基金に対して負う忠実義務と、構造的に、二段階になります。

第七十条は、基金の理事の基金に対する忠実義務を定め、また、「自己又は当該基金以外の第三者の利益を図る目的をもって」、基金資産運用契約を締結することを禁じています。そして、第七十二条では、基金資産運用契約の相手方の基金に対する忠実義務を定めています。

基金に関する規定で、母体企業が出てこないのは、基金が独立法人として設立されているからですが、受益者が出てこないのは、なぜか。

これは、おそらくは、基金の性格が、受益者の共同組織的なものであるが故に、基金が受益者に対して責任を負うという論理が成り立たず、あくまでも、経営を委ねられた理事が、個人責任において、基金(即ち受益者)に対して責任を負うという構造になるためだと思われます。

制度改善の努力をしない行政の怠慢

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こうして、少なくとも忠実義務に関する限りは、規約型のほうが、受益者の利益が厚く保護されるような仕組みになっています。

規約型では、母体企業と運用機関が、共に、直接的に、受益者に対して忠実義務を負うのに対して、基金型では、理事の個人責任の比重が大きくなってしまうのは、金銭的な賠償負担能力をとってみても、問題なしとしないでしょう。もちろん、企業年金の制度設計を、忠実義務の視点からのみ、考えることもできませんが、検討の余地はありそうです。

何よりも、歴史的な背景として、「確定給付企業年金法」は、厚生年金基金の受け皿として制定されたことに遡らねばなりません。厚生年金基金が法人として存在していたために、それを継承するために、法人としての基金型が作られたのであり、同時に、当時の適格年金も取り込むために、規約型が作られたのです。

こうした古い過去の歴史的背景を今日に至るまで温存させ、忠実義務の実効性を確保するために、将来を見据えた改革を行ってこなかったのは、明らかに、監督官庁である厚生労働省の怠慢です。

母体企業と運用機関の関係

ところで、母体企業からの独立性の確保という点では、法律上の忠実義務は、どうなっているのか。規約型では、第六十九条にいう「自己」に、基金型では、第七十条にいう「第三者」に、母体企業が該当する場合に、深刻な忠実義務違反が生じます。これらの場合は、運用機関の選択が、母体企業の利益になるようになされているということです。

では、具体的に、どのような場合でしょうか。

厚生労働省の2002年3月29日の通知に、「確定給付企業年金に係る資産運用関係者の役割及び責任に関するガイドラインについて」というものがあります。これは、監督官庁の立場から、「現行法における「善管注意義務」や「忠実義務」の概念」を、「具体的な行動指針として記述した」ものです。

そこには、「忠実義務違反のおそれ」として、企業年金の運用機関に、母体企業と緊密な関係にあるものが選ばれている場合があげられています。

具体的に考えられるのは、大株主の生命保険会社、その系列の投資運用業者、大株主の銀行の系列の投資運用業者、借入先の銀行の系列の投資運用業者、借入先の信託銀行、幹事証券の系列の投資運用業者などです。

「忠実義務違反のおそれ」を放置する行政の怠慢

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実は、このような「忠実義務違反のおそれ」は、至る所に、蔓延しています。

「忠実義務違反のおそれ」が事実としての忠実義務違反になるためには、運用機関の選択に際して、母体企業の親密先だという理由以外に合理的な理由がない、不当に運用機関に有利な契約になっているなどの事実の立証が必要です。このことは、「ガイドライン」にも触れられています。

ところが、忠実義務違反の事実の立証など、現実には、ほぼ不可能です。故に、「忠実義務違反のおそれ」は放置され、結果的に、広範に、潜在的な忠実義務違反の事実が許容されているのです。ここにも、厚生労働省の怠慢行政が顕著です。

ならば、運用機関が負う忠実義務の方面から、問題を提起できるのではないか。

規約型においては、運用機関と母体企業は、ともに受益者に対して忠実義務を負うので、母体企業側における「忠実義務違反のおそれ」の存在を承知で契約を締結することは、運用機関にも責任の連帯性を発生させるでしょう。

同様に、基金型においては、運用機関と基金の理事は、ともに基金に対して忠実義務を負うので、基金の理事における「忠実義務違反のおそれ」の存在を承知で契約を締結することは、運用機関にも責任の連帯性を発生させるでしょう。

金融規制からの接近

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運用機関は、金融庁の監督下にありますから、金融行政の立場から、異なる帰結を導けるかもしれません。

第一に、金融庁は、重点施策に「資産運用の高度化」を掲げて、そのなかで、英米法の忠実義務に当たるフィデューシャリー・デューティーという理念を強調しています。それは、フィデューシャリー・デューティーのほうが、日本の忠実義務よりも、顧客利益の保護に厚いと考えられているからです。

厚生労働省が、あくまでも、旧来型の忠実義務にとどまっているなかで、金融庁が、企業年金の運用機関について、フィデューシャリー・デューティーを適用すれば、答えは違ってくるかもしれません。

第二に、根本的な論点として、「忠実義務違反のおそれ」の蔓延が、多くの場合、金融機関による優越的地位の濫用を推測させるような事態に、起因していると考えられることがあります。

つまり、金融機関が、大株主としての地位、債権者としての地位など、企業に対する優越的な地位を利用して、その企業の企業年金の運用受託について、自己、もしくは自己の系列の投資運用業者の契約を得ている可能性を否定できないということです。これは、金融庁からすれば、許容し得ない事態です。

優越的地位の濫用の推定

いずれにしても、最終的には、「忠実義務違反のおそれ」が事実として立証できないという点が問題になります。

この問題は、「忠実義務違反のおそれ」のある一定の事象について、当事者において反対の事実を立証できない限り、直ちに忠実義務違反の事実を推認できる推定規定を導入する以外には、解決できません。実際、英米法のフィデューシャリー・デューティーも、そうした仕組みになっているので、実効性があるのです。

例えば、ある企業において、ある生命保険会社が筆頭株主となっていて、その企業の企業年金の運用機関をみると、その生命保険会社と子会社の投資運用業者の合計の受託割合が高い場合には、大株主としての地位以外には合理的な理由なくして、運用機関が選択されていると推定され、合理的理由の存在を当事者が挙証できないならば、忠実義務に違反している、そう認定できる規定を導入すればいいのです。

こう認定されれば、金融庁においても、優越的な地位の濫用の可能性と、フィデューシャリー・デューティー違反を問題にすることができるはずです。また、怠慢な厚生労働省において、そうした措置をとらないなら、金融庁において、企業年金の運用機関を規制する立場で、独自の推定規定をおくことは、十分に可能だと思われます。