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投資信託の分配金は顧客のためか

森本紀行HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長

投資信託の売れ筋は、その多くが、分配金を毎月支払うものです。もしも、長期的な資産形成を目指すのならば、毎月の分配金は必要ではありません。では、毎月の分配金というのは、どのような「顧客ニーズ」を背景にしたものなのでしょうか。

年金の補完としての「顧客ニーズ」

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金融庁は、重点施策の第一番として、金融機関に対して、「顧客ニーズに応える経営」を求めています。そこで、投資信託の分配金の現在のあり方について、真の「顧客ニーズ」に適ったものかどうか、検討してみようと思います。

まず、最初に明らかにしておかないといけないことは、毎月、分配金を支払うこと自体が問題なのではないということです。むしろ、純然たる金利生活者、即ち、一定の財産をもち、その財産の運用から生じる収益だけで生計を立てている人を想定するとき、毎月、現金で投資収益を回収することは、投資の本来の目的なのです。

年金生活者についても、同じことがいえます。毎月の分配金は、年金給付と同等の意味があるのです。国の年金は、偶数月に、ニケ月分、まとめて給付されています。ですから、奇数月には、給付がないのです。仮に、国の年金で、生計費の半分程度を賄っている人がいるとしましょう。この人にとって、奇数月に、二か月ごとの年金給付額と同じくらいの金額の分配金があれば、非常に都合がいい。

もしも、投資信託の分配金が、このような合理的な理由をもつのならば、まさに「顧客ニーズ」に適ったものとなります。奇数月分配金というのは、いささか奇策のようでもありますから、年金の補完という「顧客ニーズ」に応えるために、毎月の分配にする、こういうことならば、何ら問題があるはずもありません。

実際、日本では、年金受給者は、投資信託の大きな顧客層を形成しているわけです。毎月分配型の投資信託が広く普及している背景に、年金の補完という「顧客ニーズ」があることは、否定できないでしょう。

安定分配のための技巧

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ところで、年金の補完という機能ですと、同じ金額が安定的に支払われないといけません。しかし、分配金というのが、投資収益の分配のことだとすると、そういうわけにもいきません。

実は、分配金の問題性は、毎月分配ということにあるのではなくて、毎月の分配金の額を、できるだけ高い水準に、安定させようとする動機に発する技巧にあるのです。さて、この技巧において、更に、何が問題であるかというと、投資信託の計理基準によって定まる分配可能額と、実際の運用成果によって定まる投資収益とは、異なるものになるということです。

収益以上の分配金

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理の当然として、投資収益というのは、投資を終了したときに回収される金額から、投資を開始したときに投入した金額を差し引いたものに、投資期間中に受領した分配金の合計を加えたものです。これを、「トータルリターン」といいます。

分配金額の累積額と「トータルリターン」が一致するのは、投資時に投入した金額と、投資終了時に回収した金額が一致しているとき、そのような稀なときのみです。

もしも、投資終了時に回収した額に投資期間中の分配金の累計額を加えたとき、投資時に投入した額より小さいときは、当たり前ですが、投資家は損をしています。いいかえれば、マイナスの「トータルリターン」になっているのです。ならば、このとき、分配金とは何であったかというと、実は、投資収益の分配なのではなくて、投資時に投入した金額の部分回収にすぎなかったということです。

なお、投資を継続しているときも、「トータルリターン」は、定期的に計測することができます。測定期間の期末の時価から、期初の時価を差し引き、期間中の分配金の累計額を加えたものが、その期間の「トータルリターン」です。このとき、分配金の累積額と「トータルリターン」が一致するのは、期初と期末の間の時価変動がないという稀なときのみです。

「トータルリターン」

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そこで、分配金のことを、投資収益だと錯覚している投資家も、少なくないと思われます。実は、この懸念は、以前からあったのです。2012年3月に金融審議会に設けられた「投資信託及び投資法人法制の見直しに関するワーキング・グループ」は、この問題も取り上げています。そして、同年12月7日に、金融庁は、この「ワーキング・グループ」の最終報告書を公表しますが、そこには、以下のように書かれていました。

「現在、投資家は、各期の投資信託に係る分配金等が記載された取引残高報告書を証券会社等から交付されているが、投資信託購入時点から現在までの投資期間全体における分配金の額は自ら計算する必要がある。適切な投資判断のための環境を整える観点から、受益者が自分の保有する投資信託に係る投資期間全体の累積分配金を含む累積損益を把握しやすくすることは重要である」

この「投資期間全体の累積分配金を含む累積損益」というのが、「トータルリターン」のことです。投資家が自分で「トータルリターン」を計算しないといけないのであれば、面倒な計算をしない投資家も多いでしょうから、「トータルリターン」のほうが分配金累積額よりも小さいときにも、気付かない可能性が大きい。それでは、投資家の「適切な投資判断」も、覚束ないということです。

そして、この報告書からでてきたのが、「トータルリターン通知制度」です。日本証券業協会は、この報告書を受けて、2013年6月28日に、「トータルリターン」を、定期的(年一回以上)に、投資家に通知する制度を、自主規制として、導入します。その新制度の施行日が、2014年12月1日であったということです。

安定配当のための計理の工夫

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そもそもの問題として、分配金額が「トータルリターン」を上回る事態というのは、投資収益以上の分配がなされているということですが、なぜ、制度的に、そのようなことが可能なのか。

投資信託の制度設計は、それぞれの国で、それぞれの事情を反映して、様々に異なります。日本の投資信託の現行の計理基準の背景にも、それなりの歴史的経緯と事情があったのでしょう。

もしも、日本において、実現損益と評価損益を合計して計算された収益のみを、即ち、「トータルリターン」のみを、分配額の上限とするような制度設計にしてあったのならば、分配金をめぐる何らの誤解も錯覚もなく、極めてわかりやすいものになったでしょう。

しかし、そのような設計にしてしまうと、毎月の「トータルリターン」は大きく変動し、しばしばマイナスにもなるわけですから、毎月の安定分配は不可能になります。安定分配を優先させれば、「トータルリターン」とは異なるところで、分配可能額を定義するほかなくなります。日本は、後のほうの選択をしたのです。

「追加信託差益」

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つまり、投資収益の分配ではない分配金があるということですが、投資収益の分配ではない分配金というのは、理論的にも、実質的にも、投資家自身が払い込んだ金額の一部払い戻しです。それは、元本の償還ですから、そこに課税されることは不合理です。故に、このような分配金は、税務上、課税されないように区分されていて、「特別分配金」と呼ばれています。

「特別分配金」は、「追加信託差益」と呼ばれるものを原資としています。少し、面倒ですが、大切なことなので、以下に、解説しましょう。

日本では、新しく投資信託を設定するときは、一口1万円にしていますので、最初の基準価格も、1万円です。その後、運用が始まれば、投資対象の時価は変動していきますから、基準価格もそれに応じて変動していきます。普通の投資信託は、追加型といって、運用開始後も、新たな投資家を受け入れますが、そのときの一口あたりの払込金額は、当然ですが、そのときの基準価格になります。

では、基準価格1万2000円で、新たな投資家の資金が入ったとします。そのとき、元本に組み入れられるのは、1万円だけであって、残りの2000円は、「追加信託差益」という科目に入れられます。なぜそうするかというと、既存の投資家の分配可能利益額の希薄化を避けるためなのです。

基準価格が1万2000円になっているということは、2000円の収益が生まれているからで、それは、既存の投資家にとっての分配原資です。ところが、新しい投資家を受け入れた後では、この原資は、新しい投資家も含めた全体で、分け合うことになり、希薄化が生じます。

この希薄化を避けるためには、新しい投資家にも、最初から、同額の分配可能原資を作ればいいのです。そこで、1万2000円のうちの利益相当の2000円を、「追加信託差益」に繰り入れ、即時に分配可能な原資にするのです。

制度の濫用

制度の主旨は、既存の投資家の分配原資の希薄化を避けるためであっても、現実には、分配原資を簡単に捻出するためにも、濫用され得ます。おそらくは、投資信託の現状では、毎月の安定分配を維持するために、「追加信託差益」を濫用気味に使っているのです。

ここで、注意すべきは、「追加信託差益」を作り出すためには、基準価格は、1万円より上で推移していなくてはならないことです。そこで、もしも、市場要因で、基準価格が1万円を下回ってしまったら、その投資信託を事実上の売り止めにして、新たに1万円で新規の投資信託を設定する、当然に、そのような誘因が、業界内に、働きます。新しい投資信託が次々に設定され、数が増えていく現状の背景には、こうした事情も、影響を与えているはずです。

無条件で分配原資となる利息配当金

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もう一つの問題は、分配可能原資を確保するために、高い利息配当金を求めることです。利息や配当金は、確定した収益として、無条件で、その全額が分配可能な原資となるからです。無条件という意味は、売買差損や評価損があっても、相殺されないということです。

例えば、利息5%の債券に投資していていれば、一年間に、5%の利息が生じます。その間、その債券の価格が5%下落して、評価損が発生しているとします。このとき、総合的な収益は、ゼロですが、5%の利息は、分配可能なのです。

従いまして、毎月の安定分配を維持するためには、総合収益のうち、利息や配当金の比重の高い運用戦略が選好されることになります。投資信託の現状において、ハイイールド債券、不動産(リート)、優先株などを投資対象にするものが多く、株式でも、配当利回りの高い銘柄中心に組み入れる戦略が多いのは、明らかに、こうした事情を背景にしているのです。

更に問題だと思われるのは、投資信託の商品企画において、本質的な投資戦略としての合理性よりも、表面的な利息や配当金の高さが重視されるようになっている現状です。表面的な利息や配当金の高さは、決して、総合的な収益の高さを示すものではありません。投資戦略の設計としては、総合的な収益が基準にされなくてはならないのに、そこに、安定配当を強く意識することで、大きな歪みが生じている可能性を否定できないのです。

「売り易さ」のための安定分配

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さて、結論として、毎月の分配金は、顧客のためか。

毎月の分配金は、年金受給者等の顧客類型については、「顧客ニーズ」の一つの側面に適っていることを否定できません。しかし、安定的な資産形成を目指す投資家にとっては、不要です。また、毎月の分配金は、明らかに、投資信託という事業の構造を歪めてしまっています。その弊害は、極めて大きなものであって、結果的に、顧客の利益を損ねているでしょう。

総合的に評価すれば、毎月の分配金は、顧客のためというよりも、より多く、業界の「売り易さ」のためです。投資信託計理のあり方にも踏み込んで、業界を抜本的に改革することは、絶対に必要であり、しかも、緊急に必要です。

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長。三井生命(現大樹生命)のファンドマネジャーを経て、1990 年1 月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。 2002 年11 月、HC アセットマネジメントを設立、全世界の投資機会を発掘し、専門家に運用委託するという、新しいタイプの資産運用事業を始める。東京大学文学部哲学科卒。

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