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東京電力は資金調達できるか

森本紀行HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長

東京電力は、福島の事故から3年半が経ち、全く新しい経営の段階に入っています。世界最大級の総合エネルギー企業に成長していく、それが新しい使命なのです。賠償や廃炉などの事故処理にかかわる責任の完遂に要する巨額な費用は、東京電力が生み出す新たな企業価値によってしか、賄い得ないからです。では、その成長戦略の実現へ向けた投資の原資は、どこから調達するのか。

実質的には巨額な債務超過

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東京電力は、現状、非常に特異な状況にあるのです。金融の常識からすれば、新規の資金調達は不可能な状態にあるといってもいいでしょう。

特に大きな問題は、原子力損害賠償債務です。これは、今のところ、原子力損害賠償・廃炉等支援機構を通じて、政府が実質的に肩代わりしているので、何とかなっているのです。しかし、東京電力は、政府が支援した金額を、将来的に、機構に対する特別負担金の支払いにより、弁済しなければなりません。

この将来の特別負担金支払いを、仮に債務認識するだけで、東京電力は債務超過になる、それも、歴史上、例を見ないような途方もなく大きな債務超過となります。

また、事故を起こした原子力発電所の廃止措置(いわゆる廃炉です)も、それに要する費用は、現段階では、見積もれないほどに大きいものです。その他の原子力発電所についても、原子力政策の方向によっては、安全基準の高度化に伴う維持費の高騰、あるいは早期廃炉に伴う負担増(特に施設価値の減損や除却損失の計上)も見込まれます。

これら原子力発電所にかかわる費用は、現時点では、多くは、見積もることができないものなので、見積もられていない、つまり、会計的には、認識されていないのです。しかし、仮に会計認識するならば、巨額になることは自明で、東京電力の債務超過は、一段と悪化します。

不可能にみえる資金調達

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東京電力は、想像を遥かに超えた規模において、実質的な債務超過なのです。では、資金調達は不可能であるということになるのでしょうか。

念のためですが、実質的に債務超過であるのと、本当に債務超過であるのとは、全く異なることに留意しなくてはなりません。東京電力は、実質的に債務超過でも、現実には債務超過ではないのです。故に、既存の社債や銀行等からの融資については、全く正常な債権としての取り扱いがなされています。

逆に、政府は、電気事業の継続にとって、既存の債権を保護することが絶対的な要件であったからこそ、原子力損害賠償・廃炉等支援機構を通じて、東京電力の債務超過を回避させるべく、経済的支援のための諸施策を工夫したのです。

問題は、既存債権の保護と、その上に新規の融資等を追加することとは、次元が異なるということです。政府の経済的支援の効果は、その射程として、既存債権の保護までであって、新規の融資等の創造には及び得ない、それが金融の常識的見解だと思われるのです。

組織再編と資金調達

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しかし、東京電力が成長企業として世界に雄飛していくためには、どうしても巨額な資金の調達が必要です。では、その方策は、あるのか。

安倍政権にとっては、方策があるかどうかは問題ではなく、方策を創造的に作り出すことだけが問題なので、そこは、どうとでも工夫すればいいことですし、事実、政府は、多少強引でも、突破口を開こうとしています。強引というのは、事実上の国有化のもとで行われようとしている東京電力の組織再編のことです。

事実上の国有化は、民主党政権のときになされたもので、当時、私は暴挙と呼んで批判したものです。しかし、安倍政権は、異なる視点から、それを建設的に継承し、東京電力の成長戦略に活かそうとしています。東京電力の組織再編などは、国有化されているからこそ、短い時間で実現できるわけで、国有化は、それを断行した民主党政権の意図が何であれ、結果的に、非常に有効に機能しているといえます。

組織再編というのは、新たに持株会社を創出し、その下に、垂直統合されている現行の電気事業を分割して、発電、送配電、小売りの三つの事業会社に分属せしめるというものです。もちろん、これは、政府が推進する電気事業の構造改革の流れに沿ったものなのですが、背景には、新生東京電力の資金調達の道を開くことも意図されています。

新しい資産は新しい器へ

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大雑把にいえば、新たなる成長分野を切り離して、そこに新たなる金融の仕組みを工夫する、要は、そういうことです。

東京電力の新規の設備投資は、新しい箱を設けて行う、そして、新しい資金は、その新しい箱へ入れる、こうすることで、成長へ向けた資金調達への道を開こうとしているのです。

例えば、新しい発電所(国内であれ、国外であれ)を建設するとして、その発電所を一つの企業、特定目的会社、ファンド、組合、パートナーシップ、トラスト、その他、名称の如何を問わず、とにかく独立したものとして構成できれば、東京電力が抱える諸難問とは隔離された形で、資金調達が可能になるということです。

新しい資金調達の仕組み

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このような手法は、東京電力が抱える問題の解決のために特別に工夫されたというよりも、海外では、普通に使われてきた金融手法です。電気事業改革と同様に、これも、福島の事故とは直接には関係のないことで、事故を契機とした東京電力の国有化が、金融面での電気事業の革新も可能にしたというだけのことです。

実は、日本に限らず、電気事業改革は、金融的には、二重に難しい問題を引き起こすのです。第一に、既存の規制により保護されていた事業者は、競争に曝されることで、収益性が低下し、資金調達が難しくなっていき、第二に、新規参入事業者は、新規参入であるというだけで、資金調達が困難なのです。ところが、資金調達が進まなければ、電気事業改革も達成できない、そこで、金融技法の高度化が求められるわけです。

政府は、こうした規制改革に伴う金融面の問題をよく理解しているのです。ですから、ある意味、東京電力を実験場として、将来へ向けた施策を展開しているのです。

不確実性の遮断

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東京電力の事例が今後の一つの原型を提供するとして、それでも、東京電力固有の難問には、特殊な配慮がいります。

東京電力の事例には、一方で、将来に対する先行的な原型としての一般性と、他方で、原子力事故に起因する特殊性との二つの側面があり、それらを区別して考えることが重要です。

東京電力の特殊性は、原子力事故に起因する巨大な不確定債務と不確定費用の存在です。不確定とはいっても、不確定なのは、支払いの時期と正確な金額だけであって、それらの金額が、想像もつかないほど巨額であることは、確実なのです。この不確定性あるいは不確実性を分離しない限り、新規の資金調達は困難だと考えられるのです。

ここで分離という意味は、新たな資金調達に伴って生じる債権者等の利害関係者の地位が、将来の不確実性によって、影響を受けないように、何らかの法律的な遮断効果を工夫するということです。

持株会社移行の金融面での難問

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持株会社と事業子会社の分割も、そうした不確実性の分離を一つの理由としているます。もちろん、持株会社の創出は、電気事業の分割が主目的でしょうが、金融面の配慮から不確実性を分離するという側面も、併せて検討されたはずなのです。

福島の事故以前の債権者等の権利は、持株会社へ継承される見込みです。そして、これらの旧債権者等は、事故以前からの利害関係者ですから、事故後の不確実性を継承することもまた、自然なことです。もちろん、政府による支援によって、権利が保護されるという限りにおいてですが。

さて、そうしますと、理屈上は、事故後の不確実性を持株会社へ全て寄せることができれば、事業子会社は、不確実性から隔離されることになります。

ところが、ここに、大きな問題があります。東京電力が現在保有する資産は、ほとんど全てが事業用資産であって、事業子会社の分離に伴い、事業子会社へ移転させなければならないことです。これは、電気事業の分割を実効性のあるものにするためには、おそらくは、必須の要件と考えられるのです。

さて、持株会社から、資産がなくなってしまうと、旧債権者等の権利は、東京電力の保有する全資産を裏付けとしていたと考えられるので、弱められる、強い表現を用いれば、毀損させられる可能性があります。これは、法律的に問題があるので、そうならないように、高度な工夫をしなければなりません。

要は、一方で、旧債権者等のためには、持株会社が、間接的にでも、子会社資産に対して、ある種の権利を留保するのでなければならず、他方で、新しい資金調達は、事業子会社の資産を担保とするものになると考えられるので、新債権者等のためには、持株会社の権利を遮断するしかないのです。

こうした難しい条件を充足させるには、相当に高度かつ緻密な法律上の工夫がいります。まさに、今、東京電力では、隘路を突破すべく、複雑で難解な検討が、真剣に、かつ大急ぎで、行われているはずなのです。

新資産の分離

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子会社が新たに作る施設等の新しい資産は、持株会社創出の時点での旧資産から、明確に分離させることができ、それによって、金融も分離した仕組みにできます。

そのためには、子会社のなかで、更に、旧資産と新資産が明確に分離されなければなりません。ところが、送配電事業の場合、資産は、全体的結合のなかでのみ、利用価値をもつと思われ、分離は難しいでしょう。ただし、送配電事業は、収益の確実性が極めて高く、金融面での取り組みが容易な面もあり、何とか工夫できそうです。

発電事業の場合は、発電施設の独立性がありますから、新施設を旧施設群から分離することは、十分に可能です。新しい施設は、発電事業会社のもとに特定目的会社等の何らかの独立した器を作り、そこに帰属させて、新規資金にかかわる権利も、そこに集中させればいいのです。

資本の不足を補う提携

どのような資金調達も、資本構成の工夫が必要ですが、東京電力の新しい資金調達の場合、負債調達はともかく、資本の部分は、どうしたらいいのでしょうか。東京電力の持株会社等が出すのでしょうか。

実は、東京電力には、資本の余裕はないのです。故に、新しい事業に、資本金を出すことはできないでしょう。ですから、ここには、外部の企業との連携が必要になるはずです。報道等では、中部電力との連携が有力視されていますが、その背景に、新発電所の建設等のための資金調達の問題があることは、間違いありません。

複雑な仕組みを理解してもらう努力

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いずれにしても、かなり複雑な仕組みになりますが、それで、新しい投資家や債権者の理解を得られるでしょうか。これが大きな問題です。理解を得られなければ、資金調達ができないということですから、理解されるような仕組みを工夫しなければならないということです。

特に、東京電力は海外事業での成長に賭けていくしかないのですから、海外からの資金の導入は不可欠です。しかし、海外調達は、よほど上手に工夫して、法律的に強固な仕組みにしない限り、不可能だと思われるのです。難易度は高い。しかし、いかに困難でも、やり遂げるほかに、道はないのです。

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長。三井生命(現大樹生命)のファンドマネジャーを経て、1990 年1 月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。 2002 年11 月、HC アセットマネジメントを設立、全世界の投資機会を発掘し、専門家に運用委託するという、新しいタイプの資産運用事業を始める。東京大学文学部哲学科卒。

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