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東京電力の国有化は正しかったか

森本紀行HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長

東京電力は、2012年7月、当時の原子力損害賠償支援機構に対して、第三者割当により、総額1兆円相当の二種類の優先株式を発行しました。潜在的な議決権においては、事実上、ほぼ完全な国有化が実行されたのです。はたして、この国有化は、「原子力損害の賠償に関する法律」に規定する政府支援として、正当化され得るものなのか。

『福島原子力事故の責任-法律の正義と社会的公正-』

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私は、東京電力について、福島第一原子力発電所の事故直後から、毎週、事態の進展に合わせて、政府の対応を厳しく批判する論考を発表し続けました。しかし、その異常な熱意も、2012年7月の東京電力の事実上の国有化までです。その後は、原子力政策批判を熱心に行いましたが、東京電力については、数編を発表したにすぎません。

『福島原子力事故の責任』(日本電気協会新聞部)という本は、それらの一連の論考をまとめて、2012年9月に刊行したものです。ですから、事故の発生から国有化まで、本の副題につけたように、「法律の正義と社会的公正」という視点で、東京電力問題を論じた成果は、全て、ここに集約されているのです。

東京電力国有化という暴挙

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本の第四章の表題は、「東京電力国有化という暴挙」となっています。私は、今でも、国有化は民主党政権が行った暴挙であると考えています。しかし、安倍政権発足後は、民主党の暴挙の上に、正しい電気事業のあり方を実現できれば、それでいいのではないかとも考えています。国有化という暴挙の更生は、正しい再民営化のなかで実現すればいいことですし、逆に、それしか、現実的な方法もないでしょう。

原子力損害賠償支援機構の機能

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国有化とは、正確にいえば、原子力損害賠償支援機構(現在では、改組されて、原子力損害賠償・廃炉等支援機構)が、潜在的に、東京電力の株式の議決権のほとんど全てを握るに至った事態のことです。この機構は、その名の通り、東京電力が負う原子力損害賠償債務の履行を支援するために、特別な立法によって作られた法人で、政府が株式の全てを保有する会社です。

なぜ、政府が東京電力を支援するのかといえば、それは、「原子力損害の賠償に関する法律」第十六条に政府の支援義務が明定されているからです。政府の東京電力の経営への介入は、全て、この第十六条の支援義務に根拠があり、また、第十六条の根拠に基づかない介入は、法律上、あり得ないのです。

実際、機構の設立根拠法である旧「原子力損害賠償支援機構法」は、その第一条で、「原子力事業者が損害を賠償するために必要な資金の交付その他の業務を行うことにより、原子力損害の賠償の迅速かつ適切な実施及び電気の安定供給その他の原子炉の運転等に係る事業の円滑な運営の確保を図り、もって国民生活の安定向上及び国民経済の健全な発展に資することを目的とする」と、目的を定めています。

なお、同法を引用したついでに、第二条も掲げておきますと、そこには、はっきりと、「国は、これまで原子力政策を推進してきたことに伴う社会的な責任を負っていることに鑑み、原子力損害賠償支援機構が前条の目的を達することができるよう、万全の措置を講ずるものとする」と書かれてあるのです。

さて、そこで、論点は、当時の原子力損害賠償支援機構にとって、支援の遂行上、必ずしも、国有化は必要ではなかったのではないか、ということなのです。

政府支援の目的では、国有化の必要はなかった

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法律にも、「必要な資金の交付」を冒頭に掲げてあるように、問題の全ては、賠償資金の調達にあるわけです。政府支援というのは、金融面での支援に尽きているのです。東京電力の優先株式の発行は、あくまでも、東京電力の資金調達に関する支援だけを目的としたものであったはずです。

このとき、優先株式であれ、株式の形態をとらざるを得なかったのは、資本の増強が必要だったからです。負債が増大すれば、それを支えるために、資本も増強しなければならないのは、金融の仕組みからして、当然と考えられたのです。故に、結果的に、政府が潜在的な議決権を取得してしまったのです。

しかし、本当に、資本の増強が必要だったかどうかには、疑問があります。なぜなら、原子力損害賠償にかかわる負債は、事実上、政府が肩代わりしているので、その限りでは、東京電力の負債は増大しないはずだからです。

政府による肩代わり

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東京電力が原子力損害賠償を行っているとはいっても、その原資は原子力損害賠償・廃炉等支援機構から交付されたものですから、実質的には、機構が賠償を行っているわけで、東京電力は、資金が通過する窓口の立場にあるのです。従って、この政府支援の仕組みでは、東京電力の負債は増大しません。逆に、政府は、東京電力の負債を増大させないために、この仕組みを工夫したのです。

出世払いの仕組み

常識的に考えれば、機構から交付された資金は、弁済しなければならないのですから、その金額は、東京電力の機構に対する負債になると思われます。しかし、実際には、常識を超えて、法律的にも、会計的にも、負債にならないように制度設計されています。ここに、政府の非常に巧妙な工夫があります。実質的には負債性があることは間違いないのですが、それを、法律的にも、会計的にも、負債でないようにするために、出世払いにしてあるのです。

つまり、債務性があっても、期日と金額が確定していなければ、債務ではないということです。現段階では、東京電力が機構に対して弁済すべき金額は、期日も金額も確定されていません。債務としての確定が生じるのは、将来において、機構が、特別負担金として算出された金額を、東京電力に請求したときであって、その日までは、債務ではないのです。

しかも、機構は、東京電力の収支の状況に照らして、特別負担金を請求することとされています。要は、東京電力は、弁済能力のあるときに、弁済能力の範囲内で、弁済するわけですから、まさに、出世払いとなっているのです。

政策の転換

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つまり、特別負担金の制度のもとでは、原子力損害賠償債務は、実質的に、債務認識されず、債務認識されるときには、弁済原資が確保されているので、自己資本の増強は、必要ないということです。逆にいえば、政府は、自己資本の増強を必要としないように、特別負担金の制度を工夫したはずなのです。

従いまして、政府の当初の計画には、東京電力の国有化など、含まれていなかったに違いないのです。それなのに、なぜ、資本増強を名目とした国有化がなされたのか。

国有化案が浮上したのは、政府支援開始から、半年ほど経た頃です。その間に、大きく政府方針を転換させた事情があったのです。

電気事業改革への布石

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政府支援の前提として、東京電力に対して、事故収束、損害賠償、廃止措置(事故を起こした発電所の廃炉)、安定供給という経営課題の完遂を求めたことは、政府として、当然極まりないことでした。しかし、政府は、その後、急速に、電気事業改革の推進へと、関心を移していきます。そして、国有化断行の時点で、東京電力に対して、電気事業改革への取り組みという新たな経営課題を突き付けるのです。

もちろん、背景として、東京電力を頂点とした強力極まりない電気事業連合会体制のもとでは、電気事業改革の断行は困難であるとの政府認識があったのです。そして、その旧体制解体のためには、東京電力の国有化が必須と考えられたわけです。

私は、この政策転換について、東京電力の国有化に反対する論考のなかで、その不当性を厳しく批判したのです。法律的に、政府支援の目的と範囲は原子力損害賠償に限られるはずなので、電気事業改革の遂行と、その手段としての国有化は、法律的に許容される範囲を逸脱すると主張したわけです。

安倍政権の発足

安倍政権の発足のより、電気事業改革は、加速してきています。電気事業は、発電、送配電、小売りへと分割される方向へ、大きく、前進しました。その改革の象徴が、東京電力の持株会社への組織転換です。東京電力は、新たに持株会社を創出し、そのもとに分離された各事業が属する形態へと、移行するのです。

このような改革を可能にし、しかも速やかにしているのは、東京電力が国有化されているからです。確かに、その限りでは、民主党政権の暴挙は、建設的に、安倍政権に継承されたのです。今となれば、私といえども、その結果についてだけは、反対し得ないし、反対する気もありません。

東京電力の成長戦略

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さらには、東京電力には、成長戦略すら、求められているのです。あれほど東京電力解体が叫ばれ、法的整理論が猖獗を極めたのに、いまや、政府主導で、東京電力を世界最大級の総合エネルギー企業へと成長させることが目論まれているのですから、あまりの激変に、驚かざるを得ません。

三年半という月日は、国民感情を根本的に変えてしまうのか、どこかで、大切なものも風化していないのか、少し、心配です。

しかし、東京電力が成長しない限り、巨額に累積していく損害賠償費用や廃炉までの完全な事故収束に要する費用は、賄えないのも事実ですから、政府が、日本全体の成長戦略のなかで、東京電力の位置づけを見直し、日本の外での事業機会に注目したことは、当然のことなのです。

日本のなかでは、電気需要の増大は見込めません。そのような展望のなかで、損害賠償と事故収束に要する費用は、国内事業の将来収益のなかでは、吸収し得ない可能性が大きいのです。故に、海外で稼ぐしかないのです。

とにかく、東京電力は、福島の事故の責任を完全に果たすためには、世界最大級の総合エネルギー企業を目指し、成長していかなければならないのです。それが、今の東京電力に課せられた最大の責務なのでしょう。結局、お金がなければ、損害賠償も、事故収束もできないからです。

国有化の真の実益

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では、結果的に、東京電力の国有化は、正しかったでしょうか。法律的な公正性を精緻に議論してきた立場からすれば、結果的に正しかったとは、どうしても、いえません。やはり、手続きにおける法律上の瑕疵は、結果の妥当性によっては、更生し得ないと信じます。しかし、過去の事実の形成を覆すことに、何らの実益もありません。

東京電力の国有化は間違っていたが、大きな実益はあったということでしょう。政府にとっての最大の実益は、政府が保有する東京電力の優先株式の価値です。国有化時点の企業価値が二倍になるだけで、政府は、1兆円儲けるのです。ここに、国有化の真の目的があったのかどうか、私には、わかりません。ただし、もはや、法律的公正などという視点を超越していることだけは、間違いないようです。

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長。三井生命(現大樹生命)のファンドマネジャーを経て、1990 年1 月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。 2002 年11 月、HC アセットマネジメントを設立、全世界の投資機会を発掘し、専門家に運用委託するという、新しいタイプの資産運用事業を始める。東京大学文学部哲学科卒。

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