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人への報酬は先払いか、今払いか、後払いか

森本紀行HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長

サービス産業では、どの時点で代金を徴収するかは、極めて重要な問題です。財務的には先に貰うほうがいいですが、品質保証という意味で筋が通るのは、後で貰うことです。さて、雇用契約も、一種のサービス提供契約ですから、理屈上は、給与等の報酬の支払い時期について、同様な問題があるはずです。

今払い報酬と費用人材

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給与等の報酬が、何らかの具体的な成果に対する対価ならば、それは、成果と報酬の同時的な交換になるのではないでしょうか。実際、日雇い労働というのは、そういうものです。日雇いを週決めにし、あるいは月極めにしても、支払い事務の手間の合理化にすぎず、成果と報酬の同時的交換という意味では、時間的には、先払いでも後払いでもなく、いわば今払いということです。

しかし、こうした今払いが可能なのは、まさに日雇い労働がそうであるように、単純作業的な領域だけです。単純という意味は、成果の確認が容易という意味です。ただし、成果の確認が容易なだけでは、対価としての報酬の算定はできません。重要なことは、むしろ、仕事の対価といいますか、要は、仕事の値段が世間相場として客観的に決まっていることです。まさに、日雇い労働とは、そういうものです。

実のところ、客観的な価格が存在する仕事は、日雇い労働や単純作業の請負に限らず、知的作業である専門職分野など、非常に多くあるのです。仕事に貴賤はないのですから、仕事の価格が明瞭に決まる限りは、成果と報酬の同時的交換としての今払いが普通に行われるということです。実際に、企業の人事制度にも、専門職制度などの形で取り入れられています。

私は、このような処遇制度のもとで働く人のことを、費用人材と名付けています。会計的に、今払いほど明確に費用性のあるものはないからです。念のためですが、仕事に貴賤はなく、仕事の価格もピンからキリまでですから、時給800円の作業員も、年収1億円の一流専門家も、費用人材であることに変わりはありません。

成果への報酬と資産人材

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しかし、企業人事で問題となるのは、仕事の価格が明確でない場合です。費用人材は、人事の問題というよりも、財務の問題です。人事の問題となるのは、私が資産人材と名付ける人材です。資産という意味は、会計上の概念と同じで、人材への処遇の対価となる成果が、時間軸上に展開して実現してくるような人材のことです。普通、企業で人材といっているのは、こういう資産人材のことです。ですから、人材を資産と見做して、人財などというのです。

ただし、資産人材といえども、単年度のなかで、何らかの成果の測定は行われないわけにはいきませんから、企業人事の取り組みとして、仕事の明確な値付けの努力がなされてきたことは事実でしょう。成果主義などといわれたものは、良くも悪くも、そうした努力の現れです。成果に報いるということは、要は、成果に値段をつけることにほかなりません。

しかしながら、企業業績との関係で成果に値段をつけることは可能であっても、仕事と成果の関係を明確に定義することは容易ではありませんから、仕事の値段をつけることにならない場合が多いのです。実は、仕事の価格の相場が決まっているような標準化された作業でも、決まっているのは仕事の値段であって、その仕事の価格相応の成果がでているかどうかは、別問題なのです。

成果につながったもののみが仕事

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そこで、企業人事の課題は、成果と報酬の関係から、仕事と成果の関係へ移っていくわけです。この流れのなかに、確かに、一つの革新が生じたのだと思われます。即ち、成果につながる仕事という考え方です。仕事が成果につながるという「仕事先にありき」の発想から、成果につながったものを仕事として定義していく方向性への転換、いわば「成果先にありき」への転換が生じたのです。

しかしながら、今度は、また別の難問が生じてきます。最終的には、成果とは、企業業績との関係で定義されなければならないとしても、多数の人材の多数の仕事が、長短様々な時間軸の上で複雑な連鎖を経て成果につながるのですから、その連鎖を緻密に解析し、各仕事を定義し、その価格を算定することは、理論的には可能でも、明らかに実務的には不可能なのです。

もっとも、問題なのは、分析の厳密性ではなく、働く人と企業との間の合意というか、企業側の説明の論理と働く側の納得なのですから、成果と仕事との関係に筋が通っているならば、それでいいわけです。その限り、現在の企業人事の科学的水準としては、緩やかな仕事の定義を行い、そうして定義された仕事と成果との関係に一定の経験に裏打ちされた仮説を置くことで、合理的な処遇制度の体系ができているということだと思われます。

仕事をしていない人

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いずれにしても、仕事の定義が成果につながるものに純化されると、定義上、仕事をしていない人が大勢いる可能性がでてきます。まさに、この論点こそが、現在の企業人事における革命的発見であったのでしょう、つまり、懸命に必死に仕事をしても残念ながら成果につながらない人などというものは、定義により、あり得なくなるのです。それは、端的に仕事をしていないということです。しかしながら、どう考えても、仕事をしていなくても、何かを懸命に必死にやっているはずです。

では、何をやっているのか。何をやっているかわかりませんので、それを一般的に行動と呼んでおきます。そうしますと、成果につながる行動が仕事で、成果につながらない仕事は何でもないということになります。

深刻な問題は成果につながらない行動のようですが、人事は人間関係の問題ですから、何事も上手に表現しないといけません。そういう意味で、悪いほうではなくて、良いほうを先にすべきです。成果につながらない行動よりも、成果につながる行動のほうに着目すべきなのです。報酬の問題に戻れば、結局、成果に対する報酬は、成果につながる仕事に対する報酬へと展開し、そして更に、成果につながる行動への報酬へと進んできたのです。

成果につながる行動への報酬

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成果につながる行動へ着目し、そのような行動をとる人材を登用し、適切に処遇することで、結果的に企業業績が改善するならば、それはそれでいいわけでしょうし、成果につながらない行動様式の人材については、自然に淘汰されていくとして、それに対する報酬は、不良債権の償却と同様に、不可避の費用と看做せばいいとも考えられます。実際、資産人材としては不良債権化しても、費用人材としてならば、どうとでも活用の道はあるわけです。

しかしながら、おそらくは、日本の企業では、そこまで割り切ることはできないでしょう。ですから、どうしても、生真面目さと誠実さをもって、成果につながらない行動をしている人の行動様式の改革ということをやらざるを得なくなる。しかし、企業人事の限界として、人の内面には関与できません。できることは、登用時の選抜において、行動様式を重視することと、報酬と環境設定の両方を含む総合的な処遇のあり方を工夫して、本人に自律的な自己変革を促すことだけです。

先払いか、今払いか、後払いか

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ところで、表題の、先払いか、今払いか、後払いか、という問題はどうなったのか。私の長年の関心事は、成果につながる行動への報酬というのは、先払いか、今払いか、後払いか、どれなのだということでした。

企業人事の最大の課題は、成果につながる行動のできる人、即ち、企業の中核人材への処遇にあるわけですから、そこに関心を集中させることは当然であるわけですが、そのなかでも、私は、支払い時期に特殊な関心をもってきたのです。これは、金融というのが、現金の受け取り時期と現金の支払い時期との時間的ずれを埋める機能なのですから、金融の専門家として人事制度を考察するときの当然の視点であったのです。

さて、成果につながる行動というのは、人事の科学の問題として、成果につながる蓋然性の高いものとして定義されなければならない以上、成果につながる行動に対する報酬というのは、成果を前提とした今払いのようにみえます。しかし、成果につながる蓋然性が高いとしても、時間の問題はまた別で、実際の成果が生じることに先んじた報酬として、先払いであることに変わりはないでしょう。

私は、ここで、資産人材を二つに分けます。企業が定義した成果を期待されている人材が債務人材で、企業の想定範囲を超えた成果を実現するのが資本人材です。債務人材の報酬には、具体的な業績との関連における成果期待が織り込まれますが、資本人材の報酬には、そうした具体的な期待を織り込めません。故に、資本人材の報酬設計においては、成果実現後の後払いの要素を織り込む必要があります。この資本人材の後払いの設計に、私は、非常に大きな関心をもってきました。まさに、その設計こそが、企業の革新的成長の鍵だろうと思うのです。

また、債務人材にしても資本人材にしても、企業にとって、中核人材は辞められたら困ります。故に、人事制度上、引き止め機能を設計しておかなくてはなりません。それは、後払いになります。代表的なものは、年俸や賞与の一部を退職時まで繰り延べて支払う制度です。要は、退職金制度ですが、この退職金、伝統的な退職金とは全く異なります。全く異なった思想のもとで、企業の人事戦略の重要な機能を担ったものです。

他方、成果につながっていない行動への処遇というのは、企業の立場からいえば、まさか、正面切って、避けられない無駄として位置付けるわけにはいかないわけで、将来の行動様式改革への期待に対する報酬とするほかありません。ならば、それは、先払いです。先払いですから、これらの人材は、債務人材です。

債務人材のなかでも、成果につながる行動のできる債務人材の場合は、先払いの回収確率が高いのに対し、成果につながる行動のできていない債務人材の場合は、先払いが不良債権化する可能性があります。そこが、本質的に異なるのです。

賞与の性格規定

ところで、賞与の性格規定については、どう考えるべきか。ここで賞与というのは、年俸を例えば18分にして、3月分を年2回の賞与として支給するというような雇用慣行上のものではなく、本当の意味での特別成果等に対する賞与のことです。

費用人材については、賞与という概念を入れる余地はないでしょう。債務人材のうち、成果につながる行動のできる人も、先に期待において処遇されているので、期待通りの成果を実現するのが当然ですから、やはり、賞与という概念を入れる余地はないでしょう。こういう人材において、年俸制が普及する理論的根拠です。

なお、債務人材については、期待以上の成果を生んだときは、賞与があり得るとも思われますが、賞与ではなく、期待報酬を引き上げることで対応するのが合理的ですし、それが普通ではないでしょうか。

債務人材のうち、成果につながる行動のできていない人材については、そもそも最初から、賞与の余地はないでしょうが、行動様式の改善を促す目的での賞与はあり得ると思われます。この賞与は、明らかに、先払い報酬です。

資本人材の成果に対する報酬は、明確に後払いであり、また同時に、最も賞与らしい性格を帯びているようですが、金額的にも、人事戦略的にも、伝統的な賞与の概念を超越するような設計になるはずです。先ほどもいいましたように、私は、その設計に非常に大きな興味をもっているのですが、その話は、別の機会にしましょう。

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長。三井生命(現大樹生命)のファンドマネジャーを経て、1990 年1 月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。 2002 年11 月、HC アセットマネジメントを設立、全世界の投資機会を発掘し、専門家に運用委託するという、新しいタイプの資産運用事業を始める。東京大学文学部哲学科卒。

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