安倍政権は、1月11日に、「日本経済再生に向けた緊急経済対策」を閣議決定しました。そこで示されたのは、「大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資」を喚起する成長戦略の「三本の矢」によって、「成長と富の創出の好循環」へと転換させ、「強い経済」を取り戻すことです。

そのなかで、なぜか「官民ファンド」ということが報道で大きくとり上げられました。「官民ファンド」とは何だ、ファンドという資本主義の権化のようなものが、なぜ官に結びつくのだ、資本主義体制下では、あるまじきことではないのか、そのような疑問は誰しも抱くところです。

実のところ、「官民ファンド」は、日本経済再生の切り札なのか、逆に資本主義の精神を腐敗させて経済を衰退させる危険なものなのか、よくよく考えてみようと思います。

「官民ファンド」とは何か

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「官民ファンド」という言葉は、安倍政権の新政策のひとつの柱のように報道されていますが、この緊急経済対策のなかでは、「耐震・環境性能を有する良質な不動産形成のための官民ファンド創設」というところに、一度使われているだけのようですね。これは、「国際競争力強化等に資するインフラ整備等」のなかの「民間主体のまちづくりの支援」として掲げられているもので、PFIと並んで「民間資金を活用したインフラ整備」の一環を形成しています。

この経済対策は全体として伝統的な公共工事を中核とした土建国家的なものを髣髴させるので、新政権は、旧態依然とは違うということを示すために、住生活環境の再整備については、「民間主体」を打ち出すと同時に、資金面でも民間資本の導入を目論んだものでしょう。少なくとも、ここでは、「官民ファンド」という言葉に新鮮味をもたせようとしたのではないでしょうか。

他にも、「官民ファンド」として、色々なものが報道されています。この「国際競争力強化等に資するインフラ整備等」というのは、三つの矢の一つである「民間投資の喚起による成長力強化」という大きな項目中の第三の施策として挙げられているもので、第二の施策は、実は、「研究開発、イノベーション推進」であって、そこには、「イノベーション基盤の強化」のひとつの施策として、「ベンチャー企業等や先端技術の事業化のためのリスクマネー供給」と、「イノベーション強化のための日本政策投資銀行におけるファンドの創設」とが掲げられています。

このうち、後者は、明確に「ファンドの創設」といっている二つの事例のもう一つです。また、前者の事業主体は産業革新機構であって、同機構は、民主党政権時代の設立ですが、代表的な「官製ファンド」とみなされています。

その他、「官民ファンド」として報道されているものは、石油天然ガス・金属鉱物資源機構を通じた「海外資源権益確保のためのリスクマネー供給」、「企業再生支援機構を抜本的に改組」して「地域経済活性化支援機構」とすること、農林漁業成長産業化支援機構を通じた「農林漁業成長産業化ファンドの拡充」、「国際協力銀行出資による海外展開支援のためのファシリティ(「海外展開支援出資ファシリティ」)の創設」です。

目新しくない「官民ファンド」の構想

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要は、「官民ファンド」というのは、政府が政府機関を通じて産業界に直接投資することで、「民間投資の喚起」を図るということです。これは、政府による投資といえば直ちに土建国家の旧弊に陥りやすいため、事業主体を民間にして政府機能を投資にとどめる方式へ転換し、さらには、そこに民間資本をも呼び込もうという施策なのです。こうした考え方は、安倍新政権の着眼ではなくて、どちらかといえば、土建国家からの脱皮を目指した民主党政権時代に強まったものです。

これらの各種機構、政策投資銀行、国際協力銀行も、その機能も、もともとあるものですし、企業再生支援機構、産業革新機構、農林漁業成長産業化支援機構は、旧民主党政権時代の仕事です。この「官民ファンド」の構想自体には、安倍政権ならではの特段の新奇性はないのです。

では、どこが目新しいのでしょうか。なぜ、「官民ファンド」が注目されるのでしょうか。よくわかりませんね。特に予算規模が大きいということもないようですし、投資分野も、農業、先端技術、資源の例のように、内外の政治経済環境認識から当然にでてきそうなものです。ただ、もしかすると、「リスクマネー供給」と何度もいっているところが新奇なのかもしれません。

なぜ、政府が「リスクマネー供給」をしなければならないのか

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しかしながら、「リスクマネー供給」は、資本主義の原点であり、民の象徴です。そこに政府が介入するというのでしょうか。どこか、おかしい感じがしますね。「官民ファンド」に対して批判的論調があるのも、よくわかります。

では、本当におかしいのか。そもそも、「リスクマネー供給」という言葉によって、安倍政権は何を意味しているのでしょうか。経済対策の全体から理解する限り、それは、「民間投資の喚起」を目的としたものでなければなりません。つまり、あくまでも民間投資が経済の根幹であるとの前提のもとに、政府が呼び水を出すということなのです。

事実、緊急経済対策のなかで、はっきりと、「政策金融などによるリスクマネーを呼び水として供給し、民間投資を活発化させる」と表現されています。さすがの政府も、資本主義の原点が民間投資にあること、民間が危険を冒して投資をしていく創造の現場こそが成長の源であり、経済の根源であることは理解しているのです。

だとしますと、安倍政権の問題意識としては、民間投資の低迷が経済低迷の主因であること、故に、その活性化こそが経済対策の柱になること、そのためには、政府が呼び水を出す必要があること、これに尽きるのでしょう。では、問題は更に絞り込まれて、政府の意図する呼び水は必要なのか、その効果は本当にあるのか、ここに帰着します。

原理的には、成長の機会、即ち投資の機会を見つけること、そして、それに賭けていくこと、これが資本主義の根源の生命的力であるわけですから、民間が政府の呼び水(呼び水というのは一種の誘因でしょうから)を必要とすることもなければ、そのような呼び水に乗るようなことは企業家精神にも反するということです。

ゆえに、投資低迷が経済低迷の原因ではなくて、逆に、経済低迷のなかで投資機会を発見できなかったことが投資低迷の原因であることになります。もちろん、鶏が先でも卵が先でも、性質の悪い悪循環があることには違いありませんが、原理としては、そういう順番です。なのに、なぜ、政策として投資から始めるのか。おそらくは、ここに、「官民ファンド」反対論の基礎があるのでしょう。

しかしながら、純粋な民間の企業家精神の発露だけで経済成長が達成されるということでもありません。特に一度陥った悪循環を断ち切るためには、政治の力が必要なのでしょう。事実、程度の差こそあれ、どこの国でも、政策主導の側面はないわけではないのです。とりわけ、奇跡の復興といわれた日本の高度経済成長などは、政策的に傾斜をかけた資源配分(金融をも含めた)の賜物であったといっていいでしょう。

ですから、安倍政権が日本を取り戻すというとき、政策主導で経済成長を取り戻すことを意図するのは当然です。呼び水というのは資金面における一種の傾斜資源配分であるのは間違いなく、政府が政策意図をもってつけた傾斜にそって民間資本の流れが加速するならば、それは立派な経済政策というべきでしょう。

政府にしかできない「リスクマネー供給」があり得るか

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「官民ファンド」は、民間で負担できる「リスクマネー供給」に限界があることを前提にしているのでしょう。つまり、民間の力だけでは賭け得ない危険、大きすぎる危険に対して、政府が「リスクマネー供給」をすることで危険を制御し、民間資本を流れ易くする、これが「官民ファンド」の政策意図なのですね。

当たり前ですが、民間企業にとって、政策的に傾斜のかかる先に投資することは、投資の危険を小さくできるので、都合がいいのです。ですから、明確な産業政策のもとでは、民間投資は誘発され易いはずです。これが、安倍政権の経済対策の目論見でしょう。確かに、政策としての理屈は通っているのです。

もっとも、そうならば、呼び水は技術的な工夫にすぎないのですから、呼び水を打つ前に、水の流れの大きな設計を示すことが必要だと思うのです。実は、その大きな政策は、まだ見えていないのです。あくまでも強く期待を籠める意味で安倍政権に好意的に論じますと、大きな絵の欠落こそが緊急経済対策の緊急たる所以なのでしょう。

「官民ファンド」の導入が予定されている領域は、街作り、先端技術の事業化、海外資源権益、地域経済、農林漁業、産業の国際化などですが、日本の置かれた環境からするとき、無難といいますか、当然のような重点成長分野ですね。

なかには、産業の国際化のように、純粋に民間の力でまわっているのではないかと思われるものもありますが、他方では、先端技術、海外資源権益、地域経済、農林漁業のように、政策主導がないと民間だけでは難しそうな分野に重点が置かれているのも事実でしょう。

しかし、外交的に海外資源権益とTPPが結び付き、TPPのもとでの農林漁業の再構築というように、裏側には高度に政治的な難問があります。こうした政治的な不透明性は、民間の立場からすると、管理不能な事業の不確実性ですから、「官民ファンド」といわれても、民間としては取り組みにくい。先決問題として、できるだけ早く大きな政策を示してほしいというのが実感ではないでしょうか。

国策的決断か資本主義の精神か

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つまり、「官民ファンド」は、政治にしかできない国策的決断を前提にして始めて、民間資本の活性化の起爆剤になるということです。政治主導の大きな将来産業構想を、安倍政権に期待することになるのでしょう。しかし、本当にそれでいいのかという意見は、根強くありそうです。

資本主義の原理からすれば、民間の力こそが主役で、政府の役割は、民間の構想の実現を阻害する障害物(そのなかには政府自身の規制や政府機関の過剰な機能が含まれる)の除去にあるという見解があり得ます。「官民ファンド」反対論者からすると、「官民ファンド」というのは、逆に、政府の過剰介入として、新たなる障害物を増やすものということになるはずです。

また、呼び水といういい方にも多少の問題がありますが、まさか政府投資は補助金ではないのですから、投資回収の合理的予測可能性が絶対に必要です。これは、金融規律の問題です。安易な「官民ファンド」は、金融で一番大切な規律を壊してしまわないだろうか。反対論者は、そうした懸念を強くもっています。

さて、ここは思案の難しいところです。しかし、日本経済は、もはや原理原則論を唱えているような状況でもなく、とにかく再成長軌道に乗せるという結果をだすことが急務ですから、民主導か官主導かというような議論は止めて、官民(民の立場としては民官といいたいが)の対等な連携として、「官民ファンド」を成功に導く努力をすることが大切なのではないでしょうか。