「とかち酒文化再現プロジェクト」

画像

産業金融の王道を語るに例をもってするとすれば、やはり、これだ、というのが、帯広信用金庫が事務局となって立ち上げた「とかち酒文化再現プロジェクト」なのです。まさに、農商工・産学官金融の連携の模範である。

このプロジェクトについては、帯広信用金庫のウェブサイトを見ていただくのが、手っ取り早い。私は、かねてより、帯広信用金庫の地域経済振興の取り組みについて、深い敬意の念を抱いております。こ自社のウェブサイトでも、帯広信用金庫「地域シンクタンク機能の強化と創業支援融資」として、帯広信用金庫地域経済振興部の活動を紹介したことがあります。この「とかち酒文化再現プロジェクト」は、同部の活動の代表事例であるわけです。

このプロジェクト、簡単にいってしまえば、かつては十勝でも行われていた日本酒の醸造を復活させようではないか、ということですが、どうして、それが産業金融の王道の見本になるのか。本件に関する帯広信用金庫の戦略は、もちろん、私にはわかりませんが、もしも、直接的な信用金庫の事業につなげるとすれば、新設の醸造会社に対する融資の実行ということになるのだと思われます。なにしろ、新規事業には創業資金が必要ですからね。ところが、新規事業を始める目的で作られた新設企業へ融資するなどということは、信用金庫にとっては、極めて難しいことです。それはそうでしょう、新規事業は失敗確率が高く、融資の元利回収の確かな見通しもたたないのですから。

一方、難しいから融資しないでは、地域社会に密着した信用金庫の社会的責任が果たせない。地域経済成長のためには、事業の創出は重要な要素なのです。故に、大変な努力をして難しさを克服し、立派な融資案件に仕上げなくてはならない。その地道な努力こそが、まさに産業金融の王道であるわけです。

ここで、産業金融の王道というからには、そこには、心意気でどんと貸す、というようなことではなくて、経験に裏打ちされた科学的な手法の実践がある、ということです。それは、金融機関の社会的責任とか、地域貢献とか、耳触りのいい言葉を並べることではありません。精神論では金融にならないし、社会を変えることもできません。社会的に意味のある事業は、当然に正当な収益を生むのですから、そこに資金を提供する金融機関の事業としても、収益性が確保されるわけです。逆に、金融機関の事業としての科学的な論理が通るものは、金融の技術と経験とによって収益性を裏付けることのできるものであり、社会的にも意味があるものです。

その経験的に形成された金融の手法を整理するとして、少なくとも、二つの点を挙げることはできます。ひとつは、地域内の産業連関の構築を行ったうえで、重層的な資金需要を創出していくこと、もうひとつは、徹底した現実主義と保守主義です。

産業連関あるいは産業クラスター

画像

産業クラスターというのは、葡萄の房(英語でクラスター)のような有機的に結合した個体の集積をいうのです。葡萄の房はつながっているから房であるわけで、一粒ごとに切り離されたものの集合ではないのです。産業連関や産業クラスターというのは、一つの地域のなかの多数の産業の有機的結合と雇用の集積をいうのです。

話は飛びますが、私の自宅のあるところは、茨城県南部、関東平野の豊穣なる田園地帯の真ん中であり、利根川水系の舟運と結びついた非常に長い農工商業の歴史のある土地です。日本全国に無数にある繁栄の歴史の名残をとどめる典型的な地方村落だったところなのです。

古い町の中心は旧街道に面し、そこには、大きな造り酒屋の歴史的建造物が残っていて、今も現役で醸造を行っています。米作りと水があるから酒造りがあり、酒粕と野菜があるから名産の奈良漬けがある、というふうに産業結合していたのです。そして、おそらくは、奈良漬けをつまみに、お酒を飲む文化もあったのでしょうし、また、街道と利根川水系舟運の中核として、産品流通と文化交流の要衝としても栄えたのでしょう。このような歴史的な地域社会の構成を再興することを、現代風に産業連関や産業クラスターなどというのです。

「とかち酒文化再現プロジェクト」が、酒文化を謳っているのは、もちろん、日本酒醸造を中核とした産業連関の広がりを、日本酒を中核とした食文化の広がりに有機的に結び付けようとしているからです。そこには、十勝の地方経済の安定的成長基盤を構築するために、表層的な経済の次元からではなく、根底的な文化の次元にまで遡って行くという、極めて回りくどいですが、それだけに着実な方法がとられているのです。

最初に確認しておかなければならないのは、歴史的には、十勝でも日本酒の醸造が行われていたということです。ところが、順次廃業となり、昭和の末年のころには、全ての蔵元が消滅してしまいました。ですから、十勝産の日本酒を「再現」するプロジェクトなのです。

しかし、単なる再現ではないのです。昔の十勝の酒造りは、原材料を本州からもってきたのです。そもそも、醸造に使う酒米など、当時の十勝では作れなかったでしょう。今回再現された日本酒は、米も水も、原材料が全て十勝産です。その限り、再現というよりも、純正十勝酒の新規創出ですね。このように、原材料という川上をとり込むことで、既に、昔の日本酒醸造よりも産業連関の広がりが大きくなっています。

ちなみに、酒米は「彗星」という品種で、十勝産です。この「彗星」は、最近では、北海道の酒米として有名のようですね。仕込み水は、十勝で採取した大雪山系の深層地下水「大雪な水」(という商品名)です。もちろん、酒米も名水も立派な商品であって、十勝のお酒のためだけではなく、十勝の外、北海道内外に広い潜在的市場があります。十勝のお酒の生産による安定需要ができれば、それ以外の市場開拓にも有効でしょう。

また、川下への展開についても、酒粕などの副産物を利用した新食品の開発については、地元からたくさんの案が寄せられて、小さな商品化の試みが続けられているようです。何よりも、観光との関係は重要でしょうね。何しろ、おいしい食べ物が豊富な十勝のことです。十勝の食材に合わせて十勝のお酒、十勝のお酒に合う料理、これは、もう決まりですね。

十勝の日本酒「十勝晴れ」の誕生

画像

このプロジェクトの成果は、今年から、「十勝晴れ」という名前で、出荷されています。私も試しましたが、これはおいしい。しかし、もう飲めませんよ。少量生産だから、すぐに完売して、なくなってしまった。ですから、今年は、酒米の作付面積を二倍にして、増産を図っています。来年も楽しみです。

ところが、醸造元の会社は、まだできていないのです。ここが、私が注目している堅実で厳格な保守主義なのです。普通の発想では、先に思い付きから日本酒醸造会社を作ってしまって、それから資金調達して、製造を開始して、同時に販路の開拓に必死になる、というようなことになるでしょうね。これでは、危険が多すぎます。到底、信用金庫の立場では、資金調達の需要に対して、融資の実行で応じるわけにはいきません。

ところが、今回とられている起業の手法は、全く異なるものです。特定の個人による起業や、他業種の企業による新規事業参入という形ではないのです。帯広信用金庫が事務局となり十勝の産業界の有志で運営されている「とかち酒文化再現プロジェクト」が、実は、事業主体なのです。そして、肝心の醸造は、小樽にある田中酒造という大手の会社に委託して生産しているのです。つまり、日本酒醸造を起業する前の周到極まりない準備工程が、このプロジェクトなのです。

起業での最大の危険は、需要を読み間違うことです。ほとんどの起業家は、自信満々に、自分の供給するサービスや製品の需要を見込むものです。そこに罠があるのです。ところが、この十勝産日本酒の場合、先に需要を試験的に作っておいて、安定的に形成された需要を前提にして、本格生産に踏み切るのだと思います。そのとき、十勝に、地元の産業界有志の資本によって、醸造会社が作られるのでしょう。そこへ、帯広信用金庫が融資をするとして、これほど優良な融資はないでしょう。これこそが、優良な融資を作り出し、結果的に地域産業の成長に貢献し、地域の成長が更なる融資案件を創出していくという、産業金融の王道なのです。

日本酒の文化に裏打ちされた「十勝晴れ」の安定需要と保守主義の原則

画像

当然ですが、十勝にも、他のどの地域とも同じように、日本酒の文化があります。ただし、多くの地域では、その土地の産の地酒があるのですが、十勝にはなかったのです。ですから、十勝産の「十勝晴れ」を出荷すれば、日本酒需要が一定でも、つまり新規需要を創出するまでもなく、他地域から移入されてくる日本酒を代替するだけで、安定需要が形成されるのです。

このことは、観光や仕事の関係で、十勝、なかでも中心の帯広(帯広の駅前には、どうしてこんなにたくさんと驚くほど、ホテルが林立しています)を訪れる人の需要を考えれば、明らかでしょう。外から来る人は、当然に、地元産のお酒が飲みたいわけです。

現に、第一次の出荷は、大変に好評でした。その好評ぶりを確認して、今年は増産するのです。その増産分も消化できるということが確認できたら、遠からず、委託生産を止めて、十勝域内での生産に移行するのでしょう。そこに、新企業が生まれ、新規融資が生まれる。設立当初から順調に経営されている企業に対する融資は、当然に優良な融資です。このような堅実な融資創造の方法が、現実主義と保守主義の原則という産業金融の王道の第二の要素であるわけです。

ところで、地域内の安定需要の確保というのは、新規需要の創出を見込まないで、地域外への需要の流出を代替するから、安定なのであって、十勝という地域内ではいいですが、日本全体についていえば、少しも成長戦略にならないのではないのか、という問題があり得ます。

私の観察(というよりも帯広訪問時の実践)では、十勝で一番多く消費されている日本酒は、北海道の他地域で作られているもののようです。もしも、「十勝晴れ」が成功する(もしも、ではなく、間違いなく、だとは思うのですが)と、その成功分だけ域外からの日本酒の移入は減少し、それだけ十勝域内経済の成長につながる一方で、移入元の他地域の経済は、それだけ縮むのか、という問題です。

表面的な算数としては、その通りのように思えます。しかし、生きている産業の現実の動態からは、決して、そうはならないでしょう。市場を失った生産者は、「十勝晴れ」の圧倒的差別優位に負けたのです。敗北を認めて、そのまま引き下がるような経営者では、日本の成長に貢献できない。「十勝晴れ」の成功に学び、自己の商品の差別優位を確立する戦略に転じれば、それでいい。それが真の競争です。

そうした個性的な差別優位に基づく競争が全国の各地域の醸造元で拡大していけば、日本の日本酒産業が、全体として、日本国の内と外に新規需要を創造しつつ成長していくことにつながるのです。この論点は、改めて、「日本の明るい未来」のほうで主題として取り上げていきますが、私は、仮説として、差別優位の競争ではなくて、価格の競争という正しくない競争が規制緩和の名のもとで強行されてきたことが、地方独自色を消滅させ、地方経済を衰退させ、日本経済の低迷に帰結したのではないのか、との意見をもっています。ここに、地域再生の鍵があるのではないでしょうか。

「とかち酒文化再現プロジェクト」と、そこから生まれた「十勝晴れ」は、産業金融の王道の見本であるばかりでなく、日本の明るい未来のためにも、多くの示唆に富むものなのです。だからこそ、私は心より敬意を表したい。「十勝晴れ」がたくさん出荷されるようになったら、読者の皆さん、飲んでくださいね。おいしさは保証します。