「自分のような者に政治を左右する力はない」と考える人が少ない地域の生きやすさとは

2010年、岡檀ら(当時;慶應義塾大学大学院)は、自殺で亡くなる人がもっとも少ない地域のひとつ徳島県旧海部町と、その町と風土の似ている自殺で亡くなる人の多かった地域とを比較する調査を行い、自殺予防因子に関する考察を発表しました。その調査方法やコンセプトはとても質の高いものとして、高い評価を得ています(第一回日本社会精神医学会優秀論文賞 受賞)。

《いくつかの予防因子のひとつ、「意欲的な政治参画」》

岡らの書いた論文によると、その質問のひとつに「自分のような者に政治を左右する力はない」と思うか?というものがありました。自殺で亡くなる人の多い地域に比べると、自殺希少地域では、政治を左右する力がないと思う人が、少ないという結果でした。

調査結果を受け、私は、旧海部町も含めたいくつかの自殺希少地域で、その予防因子を感じるためのフィールドワークを行いました。確かに、町や村の人々は、政治のことをよく考え、自分たちが政治を変えられると実感しているように感じました。

《その一つ、青森県旧平舘村》

村だった頃の村長さんは、村のためによく奔走し、村人目線で政治を行ったという噂が残っていました。実際に、その村に行くと(現在は合併して町になっている)、本人目線の仕組みがいくつも残っていました。たとえばその地域では、町営バスがゆっくり動いていて、バス停はなく、どこからでも乗っていい仕組みになっていました。運転手さんが、「おとしよりが多いから」と言っていました。誰がバスに乗るのかをよく分かっている運営方針だったのですが、それは、町民の考えが政治にしっかりと反映されていたからでした(近隣ではこの町のみ)。

《東北地方のある別の小さな地域の変化》

東日本大震災の後、いくつもの地域で、行政の職員さんたちは心身ともにくたくたになっていました。このような状況の中で、住民たちからは、「行政は何もしない」と怒られていました。職員さんたちは一生懸命動いていたのですが、そう言われることが多かったので、「住民は甘えている」「避難所生活での上げ膳据え膳に慣れてしまった」「ボランティアに慣れてしまった」と、職員さん側もつらそうに話しているのをよく聞きました。

ところが、そのうちのいくつかの地域では、この地域の職員さんが行ったような行動に出て、大きな変化を生み出しました。

その地域の職員さんたちは元来とても現場目線の人たちだったので、あるとき、このままじゃだめだと思い、住民の本音を聴こうと、住民のもとへ行くことにしました。 すると、住民と職員さんの絆が深まっていきました。

これまでは、行政職員さんが一生懸命動いて意思決定をし、その結果を住民に下ろして役割分担を依頼する流れがありました。住民からすれば、行政が勝手に決めて仕事を押し付けていると感じる形になっていましたし、職員さんからすれば、住民のために必要だと思って実行していると感じる形になっていました。住民は、行政からの説明がぜんぜんないと感じ、一方で行政側は、よく説明をしていると感じる行き違いを生じる構造になっていたわけです。

こうして、職員さんたちが意思決定をする前に住民に意見を聞く態度を持ってからは、意思決定の場のいくつかが住民に移るようになったので、住民が、地域のことを主体的に考えるようになりました。今では行政職員さんたちからは、住民のことをとても尊敬しているという発言を多く聞くようになりました。

《ある高齢者の自殺で亡くなる人がとても少ない町の調査》

その町は、貧しい地域でした。その近隣の町は豊かでした。けれどもその町は、近隣の町に比べると高齢者の自殺で亡くなる人がとても少なかったので、あるとき、その理由を調べるべく調査が行われました。当初の仮説は、うつ病が原因だ考え、「うつ病有病率」に差があるといったものでした。ところが、両方の町のうつ病有病率に差はありませんでした。そこで調査者たちは町に入り、その理由を調べました。

理由そのものを明らかにすることは難しいことでしたが、老人ひとりひとりが、将来のことを自分たちで考え、話し合い、動いているかどうかの違いがあることがわかってきました。豊かな隣町では、老人たちは、役割がないために居場所を失っていました。一方で、貧しい隣町では、老人たちの将来についてを老人たちが主体となって考えていたために、老人たちに役割があり居場所がありました。たとえば、老人たちは、自分たちの将来を心配してよく話し合いをし、老人用の施設誘致に成功していました。

(※地名を特定させる書き方ができないことをご了承ください)

《国別の幸福度の検討》

いくつもの幸福度に関する調査があるのですが、そのランキングの高い地域は、投票率がとても高い傾向にあります(※一部低い国もあります)。幸福度に関する調査は、何を指標にして幸福を測定するのかによって変わるため、一概に結論を言うことはできませんが、国民一人一人が政治に関心を持ち、政治に口出しできる地域ほど、主観的な幸福感が高い人が多い傾向があるのは確かそうに思います。

《もしも、ひとりひとり、ほとんどの人が選挙に行く地域があったとしたら?(※強制ではなく)》

自分のとても小さな一票のために、貴重な時間を費やして選挙に行くなんて、なんと無駄なことだと思う人も少なくないかもしれません。しかし、その小さな1票だと思うけれども行くと考える人が増えたとしたらどうでしょうか。貴重な時間を費やすのだから、よく政治に関心を持ち、誰が何を考えているかを吟味してから、その一票を入れる人が増える。

今、「政治も」、巨大な金の力にひっぱられているのだと思います。グローバル企業は、金を生み出す場所に集中的に投資をします。たとえば、もっとも消費をする年代は40歳代後半から60歳までの間と言われているので、その年代が少ないか今後減ると予測される地域には投資が行われなくなると言われています。少子化は海外の資金が日本に入ってこないか、日本の資本が海外に向かうことを意味します。

そしてまた、金のある人に意思決定力も情報も偏ることになります。それゆえに、金のある人のために政治が動くのは必然となります。つまり、一人一人が政治に無関心になればなるほど、金をもつ人のために政治が動くので、その考え方は画一的になってしまいます。

今、住む、その地域が、地方が、国が、どんな風になっていて、どこに向かうのかに関心を持つ人が増えれば、その地域は、将来のことをよく考える地域に変わるかもしれません。上記にあげた例は、たとえば毎年1兆円ずつ増える社会保障費を激減させる希望につながります。行政主体で考えていたある地域は、地域に施設をたくさん作ろうとしていましたが、住民主体で考えていた地域は、地域の見守り方法の話し合いをはじめました。同じ現象を、金や箱だけで解決するのか、地域のひとりひとりが考え始めるのかで、大きな違いが生まれています。

本来、地域とは、政治家や行政職員が作るものではなく、住民ひとりひとりの考えが結集して作られるものです。違った意見をたくさん交わらせながら、住みやすい地域を作っていく。選挙は、その大切な機会の一つなのだと思います。

もしも、これまで選挙に関心がなかったけれども、少し関心をもったと思っていただく方がありましたら、まずは、地元の行政機関やNGO,NPO、様々な民間組織のホームページをのぞくことから始めてみてください。そして、地元の候補者の主張を探してみてください。何よりも大切なことは、誰が議員になったとしても、地域を住みやすいものに変えていくのは、議員ではなく自分たちだと思えるようになることだと思っています。そのとき始めて、地域の代表が議員になるはずです。