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人という脆弱性を利用するマルウェア感染、あなたも気をつけないと…

森井昌克神戸大学大学院工学研究科 特命教授・名誉教授
マルウェア感染(写真:アフロ)

福井県池田町は4日、同町議会事務局のパソコン(PC)が遠隔操作により乗っ取られ、議会関連のデータが抜き取られたとみられると発表した。情報流出の被害が判明し次第、被害届を提出する。

出典:町職員PC遠隔操作で情報流出か 町議名簿など議会関連データ【福井新聞】

町議会事務局の業務用パソコンでアダルトサイトを閲覧し、その最中に「パソコンがマルウェアに感染しています。〇〇に電話してください」との表示が出て、その番号に電話をかけた上に、その電話での指示に従ってパソコンを操作し、本当にマルウェアに感染、遠隔操作され、議会関係の資料等を流出させられるという事件が発覚しました。ほぼ1年前の日本年金機構の情報流出のように、自治体や学校、企業のパソコンがマルウェアに感染し、情報が流出することは珍しいことではありません。

今回話題になっているのは、マルウェアに感染して遠隔操作させられたことではなく、また業務用のパソコンでアダルトサイトを見ていたことでもありません。パソコンで表示された「マルウェアに感染しています」を信じて、しかもその詐欺に当たる表示に示された電話番号に電話をして、さらにその電話の相手の指示に従ってパソコンを操作し、マルウェアに感染させられ、結果的に遠隔操作されて情報流出したという点です。

新聞記事等を引用して、この事件を扱った掲示板やブログ等では、「こんな手に引っかかる人がいるなんて信じられない」、「こんな人に業務用のパソコンに触れさせるなんて」という厳しい批判が数多く聞かれます。しかし、通常の精神状態では考えられないことを行ってしまうのです。これは、相手の精神状態を追い詰めて判断力を鈍らせる詐欺の常道、そして狼狽させ、パニック状態にすることによって言うがままに操ろうとする振り込め詐欺と同様です。振り込め詐欺がなくならないのと同様、誰でも同じような手口に引っかかる可能性があるのです。

この情報漏えいを起こした張本人は55歳の事務局長だそうです。彼は業務用のパソコンでアダルトサイトを見ている際に、「マルウェアに感染しています」というパソコンの表示を見て狼狽したと想像されます。アダルトサイトを見ているという多少なりとの罪悪感の中で、さらにマルウェアに感染してしまった責任を取らされるという失望で、さぞ混乱に陥ったことでしょう。その中で正常な判断力が失われ、藁をもすがる思いで、電話をかけてしまったと考えられます。対応した電話の先の相手は、手ぐすねを引いて待っていた詐欺師のプロであるわけですから、動揺して平常心を失っている人を騙して、思うように操るのは容易です。

サイバーテロ、そして企業や自治体の情報を盗もうとするサイバー犯罪等では、まずソーシャルエンジニアリングといって、ゴミ箱あさりや社内の会話、書類等を盗み見ることによって、パソコンにアクセスするためのヒントや、脆弱性を発見するための情報を得るという、極めてサイバーとは縁遠い作業を行うことによって周到に準備することが一般的です。パソコンやネットワーク自体が堅牢化している現在、それらに入り込むために、準備だけでなく、侵入するための直接的方法としても、最大かつ永遠の脆弱性である人間を利用する(操る)ことが増えていくのでしょう。

神戸大学大学院工学研究科 特命教授・名誉教授

1989年大阪大学大学院工学研究科博士後期課程通信工学専攻修了、工学博士。同年、京都工芸繊維大学助手、愛媛大学助教授を経て、1995年徳島大学工学部教授、2005年神戸大学大学院工学研究科教授。情報セキュリティ大学院大学客員教授。情報通信工学、特にサイバーセキュリティ、インターネット、情報理論、暗号理論等の研究、教育に従事。加えて、インターネットの文化的社会的側面についての研究、社会活動にも従事。内閣府等各種政府系委員会の座長、委員を歴任。2018年情報化促進貢献個人表彰経済産業大臣賞受賞。 2019年総務省情報通信功績賞受賞。2020年情報セキュリティ文化賞受賞。電子情報通信学会フェロー。

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