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なぜ情報漏えいが起こるのか?(情報の価値編)

森井昌克神戸大学大学院工学研究科 教授
情報漏えい

ネット社会の到来は情報漏えいの問題を顕在化しました。「いつでも、どこでも、誰(何)とでも」情報にアクセス、さらに共有する社会であるからこそ、その影の部分として情報漏えいがあるのです。なぜ情報漏えいが起こるのか、その背景と原因について2回にわけて論じます。

情報に対する意識

情報漏えいの問題は人が社会としての営みを始める時代から大きな問題となっていました。特に、この数年大きく取り上げられるのはネット社会が名実共に到来していることによるのです。「いつでも、どこでも、誰(何)とでも」情報にアクセス、さらに共有する社会であるからこそ、その影の部分として情報漏えいがあるのです。光あるところには、影を生じる可能性があります。如何にして影を作らないか、また不可避ならば、その影を如何にして封じるかが情報漏えい対策になります。光は照らすものがあってこその光であり、その対象が情報です。そして、その光によって情報の享受に与るものが人間です。影を封じるためには、光も重要ですが、その対象である情報と人間、そしてその関係について考える必要があるのです。

セキュリティとは情報の流れのコントロールです。そのコントロールの方針がセキュリティ対策なのです。しかしながら、セキュリティどころか情報に対する意識すら旧態依然たるままであり、ネット社会に対応していません。逆に末端で情報を扱う個人においては、情報の洪水におぼれ、意識の低下すら引き起こしています。セキュリティ意識どころか、情報に対する意識自体が低く、変革されていないのです。

情報の価値と情報漏えい

情報漏えいの原因の一つが、セキュリティ意識以前の情報に対する意識、特にその価値に対する意識の低さです。我々は生まれてからの社会教育によって、もの(物体)の価値に関しての判断方法については十分な学習がなされており、その価値については直観によって判断できるようになっています。もちろん、物体そのものの価値、例えば絵画や彫刻といった芸術品では理解できないかもしれませんが、それが厳重な警備の上で、華美な額や台座に収められている状況を見て、価値の大きさが判断できるようになっているのです。しかし残念なことに、現在の大部分の世代においては、こと情報に関しては、その価値を判断する社会教育がなされていません。とっさに情報の価値の判断をすることは難しい問題なのです。

ネット社会到来以前は、個人情報に関わらず情報を収集することに対して多額のコストを要し、その整理分析にもコストを要することから、その管理において少なからず意識を持って対処を行っていました。組織における一昔前の情報というイメージは、その収集の労苦はもとより、管理においても、分厚いファイリング資料や大型コンピュータで扱う、アルミ缶に入った大きなテープ巻であり、その重要さを五感で意識することができたのです。しかしながらコンピュータやネットワークの利用が一般化することによって、様々な情報の収集もWebを用いて、半自動的に行い、その整理分析も自動化され、その管理においての意識も非常に低くなってきました。どのような情報も権限さえ与えられれば、目の前のパソコンに表示できるようになったのです。旅先での車内でもスマートフォンに表示することも可能になりました。また収集分析された情報も莫大な量(大きさ、重さ)の資料やテープ媒体であったものが、現在では数千万件の詳細な情報ですら、小さく薄く軽いDVD1枚に収まるのです。それどころか、日本国民全員の詳細な個人情報を、小指の先にも乗るようなマイクロSDカードに収めることが可能です。驚くべきことには、そのマイクロSDカードも高々数百円なのです。極めて機密性の高い情報が、物理的には指先のゴミのような物体に等価であり、重要性の意識において、五感としてのズレが生じています。セキュリティ意識以前に、情報の価値に対する再認識が必要となっているのです。

神戸大学大学院工学研究科 教授

1989年大阪大学大学院工学研究科博士後期課程通信工学専攻修了、工学博士。同年、京都工芸繊維大学助手、愛媛大学助教授を経て、1995年徳島大学工学部教授、現在、神戸大学大学院工学研究科教授。情報セキュリティ大学院大学客員教授。情報通信工学、特にサイバーセキュリティ、インターネット、情報理論、暗号理論等の研究、教育に従事。加えて、インターネットの文化的社会的側面についての研究、社会活動にも従事。内閣府等各種政府系委員会の座長、委員を歴任。2018年情報化促進貢献個人表彰経済産業大臣賞受賞。 2019年総務省情報通信功績賞受賞。2020年情報セキュリティ文化賞受賞。電子情報通信学会フェロー。

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