「自粛警察をぶっ飛ばせ!」窮屈な社会に抵抗する痛快ドラマ「あまちゃん」メンバーが制作(ネタバレ注意)

NHK総合で7月23日放送の「不要不急の銀河」PR配信(筆者がスクショ)

コロナ禍での「窮屈な生活」を描いたドラマ!

 結論から言うと、NHK総合で7月23日(木)夜に放送された、ドラマ&ドキュメント「不要不急の銀河」はコロナ禍でモヤモヤしている日本人の心を久しぶりにスカッと晴らしてくれる痛快な番組だった。

 芥川賞作家・又吉直樹のオリジナル脚本

 冒頭から又吉本人が劇中人物として登場して小説原稿の形で「スナック銀河のこと」という文章を朗読している。

 この文章からドラマの舞台になっているスナック「銀河」とそこに関係する主な登場人物がどんな人なのか分かる仕掛けだ。

 高校を卒業した千代(片桐はいり)は会社に就職したが、長続きせず、1968年に24歳でスナック「銀河」を開業。客の八郎(小林勝也)と恋仲になって結婚する。八郎もスナックを手伝っていたが、ここ数年は体調を悪くして店には出ていない。

 息子の満(リリー・フランキー)はそんな両親を見ながら成長した。スナック「銀河」の常連客だった秋(夏帆)は次第に満と惹かれ合い、結婚。2人はスナック「銀河」を引き継いだ。

 2020年2月頃から新型コロナの危機が迫り、3月になると夜の街から人が減ったが常連客らは店に顔を出していた。

 だが…

(安倍晋三首相)

「特別措置法第32条に基づき、緊急事態宣言を発出することにいたします」

 4月に東京に緊急事態宣言が発表されるともはや営業できる雰囲気ではなくなった。

 ここまで又吉はスナックの中で本を朗読し続ける。

 しかし、マスクをして店の外へと出る。するとそこはまだセットを組み立てている途中のスタジオだ。

 ここからフィクションの世界から急に現実的な世界の様相を呈してきて、ドキュメンタリー部分が始まる。又吉がその中を歩き続けると、急に「リアル」な世界、ドラマ制作の現場が映し出される。そこでは大道具さんも音声マンもスタッフはみなマスクを身につけている。そこでタイトルが入る。「不要不急の銀河」と。ドラッグストアの前でトラメガを抱えた男性が訴えている。

「みなさん、コロナウイルスの感染拡大により、全国的に不要不急の外出については自粛をお願いしているところです」

 このあたりから、ドキュメンタリー部分が始まるのだが、それはニュースやいろいろな番組で見慣れたマスク姿での会話やリモートでのやととりなどの光景が繰り広げられる。そうした「テレビ」に辟易していた目から見ると「既視感」が漂う映像ばかりしばらく続いて、見ていて辟易させられる。

ドキュメンタリー部分はとても「ツマラナイ」ように見えた…

 予めこうお伝えするとネタばらしになるが、NHKスタッフ間の内輪での「感染防止の方法」をめぐる話し合いなど舞台裏ばかりが続く。

 その場面が長いので視聴者は「おいおい!これは何を見せられているんだ?」という気になってくる。「ドラマは今回放送されないのか?それともこれは長い長い番宣なのか?」という疑念がわいてくる。

 おそらく多くの視聴者はこの「ドキュメンタリー部分」でチャンネルを切り替えてしまったに違いない。

 ところが、もしチャンネルを替えてしまった人は、この後で番組に「どんでん返し」が待っていることを知らないままに視聴を終えてしまうのでもったいないことになってしまう。

 どんな「どんでん返し」が待っているのかが後述するとして、ここではこのツマラナイ「ドキュメンタリー部分」の流れを紹介していく。

 誰もいない空のテレビスタジオで「2020年5月」という字幕が浮かび上がる。

(ナレーション) 

「あの頃、世界中でドラマや映画の撮影が止まりました」

 「今 ドラマを作ることはできるのか?」という字幕が浮かぶ。

 そして「5月15日 リモート医療会議 」という字幕。

 家富未央プロデューサー(代表作:「真田丸」「いだてん」)が北九州市の医療の専門家にリモートで問いかける、

 緊急時に働く人の健康を守るスペシャリストたちに話を聞くこと。 

 監督を務める井上剛ディレクター(代表作「あまちゃん」「いだてん」)がリモートで専門家に話を聞いている。

 井上剛ディレクターはNHKのドラマ部門を代表するエースと言える存在だ。「あまちゃん」も「いだてん」も時代を超えた人間たちの生き様を見せてくれた。必ずしも高視聴率にはつながらないが、ドラマ通に絶賛される作品ばかり彼が監督するのではあればきっと最後は何かあるに違いない。きっと今の時代を捉えたドラマを見せてくれるはず…。そう期待しながらチャンネルを替えなかった筆者のような視聴者も少なからずいただると思う。

 とはいえ、ここからおじさん、おばさんらの「内輪トーク」がしばらく続く。これはやはりなかなか興味がわきにくい内容だった。

(井上剛ディレクター)

「この時期、ドラマとか撮っていていんですか? ドラマ、見たかったりしますか?」

(産業医科大学 森晃爾さん)

「私ですか? 私きわめてドラマっ子なので、嫁さんにもですね。絶対、この仕事はがんばって、あなたやりなさいと…」

 井上ディレクターの「えっ、そうなの?」という反応。森医師の「本当、ドラマっ子なんです」というノンビリした声。

 「何なんだ? この内輪の話みたいなやりとりは?」と、あまりのユルさに次第に腹が立ってくる。

 俳優、監督、撮影、音声、記録、メイク、持道具…というドラマ制作にかかわるスタッフの説明図が現れた後でナレーションが入る。

(ナレーション)

「一つのドラマを作るためにはたくさんのスタッフが集まります。多いときには200人以上になることも…」

 なんだか、NHKのPR番組「どーも、NHK」を見せられている気分になってくる。

 字幕で「なぜこの時期にドラマを撮るのか?」という言葉が浮かび上がる。

 井上ディレクターがまた登場し、「なんでこの時期にドラマを撮るのかというと、一番三密なんですよ。ドラマの現場って、今の流れと思い切り矛盾していて…」

(小池百合子・東京都知事)

「密閉、密集、密接、この3つを避ける『ノー!3密行動』が極めて重要なんです」

(井上剛ディレクター)

「人の距離感とか離れたり近づいたりするのがドラマの中の核になっている」

(構成協力=劇団主宰・岩井秀人)

不要不急って言われたら、黙っちゃうような立ち位置だったりするので、本当にドラマが必要なのかと、番組としてもドラマがなぜ必要かを問われた時に答えられるようなものになればいいと思うし…」

スタッフや医師らとの打ち合わせ→「感染防止」対策ばかりでニュースみたいな「既視感」が高まる

 この後、5月25日に緊急事態宣言の解除のニュースを見る家富未央プロデューサーの様子が登場して、どんどん内輪ネタの雰囲気になってくる。宣言解除を受けて、NHKの内外からスタッフが集まるシーンが映し出される。まだ肝心のドラマがどんなものか見せられてもいないのに…メイキング映像を見せられているような違和感が募ってくる。

 ただ、こうした部分を見ていると衣装などドラマにかかわっている人たちがどういう気持ちで新型コロナ流行の状況に望んでいるのかはよく分かる。この後は実際に感染予防の専門家を招いて、出演する俳優のメイクの仕方などのプロセスをチェックしてもらっていた。副調整室でスタッフ間にアクリル板を立てることや居間でのシーンの芝居のリハーサルの様子を見て専門家の医師がアドバイスする。

(医師・宮本俊明さん)

「感染者がいた馬合の濃厚接触の定義は今ですけど1メートルの距離で15分なんですね.この芝居を15分やるとこの辺がアウトっていう間隔を考えると15分以内に1回出ていって換気するとか」

 リモートで参加していた医師たちのアドバイスも「リスクの増分」などという考えが示されて、実際の対応はかなり難しいことが伝わってくる。

 「東京アラート」が解除された後の6月15日、撮影本番まで2週間というタイミングでキャストの初顔合わせがリモート会議で行われる。

 ここでスナック「」を経営する一家の長男の慧(鈴木福)とそのガールフレンドである夕香(茅島みずき)のファーストキスが重要なテーマになっていることが明かされる。新人の茅島みずきは2日にオーディションで合格したばかり。

 衣装のベテラン女性が勧める老舗スナックにも「取材」として話を聞きに行く。営業を再開し始めたなかりのマスク姿のスナックのママに監督の井上剛ディレクターがマスク姿で話を聞いている。

(ママ)

「昨日もお客さんが来てくれて、カラオケ歌って、もう涙がでちゃいました」

(井上ディレクター)

「本当に?」

(ママ)

「久々すぎちゃって…」

(井上ディレクター)

「人の歌声を聞いたという?」

(ママ)

「ああ、もう。それがもう日常だから。それがパタンと止まっちゃって」

カラオケって、すごいんですよね。不思議な…。歌ってすごいっていうか。うまく言えないんだけど、いきなりその人の生身を見ちゃうって感じ? カラオケって本当にそうだから。いきなり丸裸見ちゃったみたいな感じでうれしい」

(井上)

「お客さんとはコロナの話とかします?」

(ママ)

「しかしてない」

(井上)

「しかしてない!?」

(ママ)

「でも、このままじゃやばいなっていう感じだし。みんななんか息抜きしたいって言うんですよね。きのうも久々こんな声出したよって。それがダメと言われちゃうとどうしたらいいのって感じだし」

 こうしてスナックのママに現状を聞いているだけのやりとりが続く。

 会話だけ聞いている限りはごくありふれたやりとりだ。これを長々と流している。内心で「もうチャンネル替えるぞ!」とテレビに文句を言いながら我慢して見続ける。

 こうした「退屈な前置き」はこの後に続くドラマの「伏線」になっていたことに最初に見た時には気がつかなかった。

 6月25日、NHKのスタジオでの収録がようやく行われた。

 実際の収録に先立って、感染対策。リリー・フランキーや鈴木福ら出演者たちにも手などの消毒の指導が徹底的に行われる。片桐はいりがマスクの口側を指して「なんでここ触っちゃいけないの?」とスタッフに尋ねる。「ここがもう要は汚染されている」からだと説明を受けて苦笑する場面がある。役者たちは皆、マスクを上にフェイスガードをつけてテスト(リハーサル)をしている。茶の間で家族がちゃぶ台の囲んでいるシーンも実際には一人ひとりの俳優の前には透明なアクリル板がある。それを後からVFX処理で消してみせる。

 モニターを見つめる監督もその周りをビニールやアクリル板が取り囲み、顔にはマスクだけでなく、ゴーグルも着用している。

 テストでは役者もマスクをしているので、口元の芝居が分からない。それを確認できるのは役者がマスクを外して演技する本番のみ。こうしたことで制作スタッフにとっても今まで経験したことがなかった。

(井上剛ディレクター)

「リリーさんが『ねじれた感じ』って言っていたけど、そんな不思議な感じがしますね」

 この後もなかなかドラマは始まらない。実物のスナックを訪れたリリー・フランキーや夏帆とママとの雑談のような会話がユルく続いていく。「スナックのよさは?」と取材スタッフに尋ねられてビニールのシートがぶら下がった店内でママと俳優たちとのまるで酒飲み話の延長のようなトーンのやりとりが続いていく。

(スナックのママ)

「たくさん、いろんな人とお話しができること。だって、見ず知らずの人と話ができるのよ。私、呼んでなくても入ってくるのよ」

(リリー・フランキー)

「日本はコンビニの数より、スナックの方が多いし、コンビニのない街にもスナックがあるんですよ。これは何なのってことをもう一回考えると、不要不急ではないんですよ。決して。生きるために必要で行っている人もたくさんいるんです。そこに行かないと誰と話すこともないとか。そこがなければ自分の命を閉じちゃう人を止めているものがスナックだったりもしているんです。あれは必要でこっちは不要だろうって本当に無礼だと思う

(夏帆が訪れたスナックのママ)

「一人で生きていけないっていうか。家族かなあ」

(夏帆)

「ああ…」(と頷く)

(井上ディレクター)

お客さんは家族ってセリフありますもんね。本当かな…

(ママ)

「本当です。本当です。それは本当です

 7月2日、いよいよドラマの撮影開始。

 北九州市から感染予防に詳しい2人の医師たちが駆けつけ、換気などの状況をチェックしながら、いよいよ撮影が始まった。

 緊急宣言の下で企画を立ち上げて2か月して本番を迎えることができたドラマ撮影だった。

 番組が始まって36分近く。視聴者は、1時間10分あまりの番組のうち、半分近くも「前置き」となるドキュメンタリー部分を見終えてようやく、完成したドラマそのものを視聴できる流れになっていた。

 「いくらなんでも長い!」

 「きっと大半の視聴者は他局に逃げてしまったぞ!」

 そうした心の声が聞こえる中で「ドラマ部分」が始まった。

ドラマの主軸は「あまちゃん」「いだてん」の黄金コンビ!

 ようやく始まったドラマ。直前までタイトルも決まっていないという場面も出てきたが、ドラマのタイトルは「不要不急の銀河」。

 スナック「銀河」を舞台に、不要不急の営みを自粛することのストレスが大きなテーマになっている。

 監督は井上剛ディレクター。音楽は大友良英。朝ドラ「あまちゃん」(2013)、大河ドラマ「いだてん」(2019)でコンビを組んだ、テレビドラマ界のゴールデンコンビとも言える組み合わせだ。他にも日本のドラマや映画などを代表するような大物スタッフがかかわっていた。

 そうしたトップ・クリエィターたちによって制作されたドラマ部分の出来はどうだったのか?

 ドラマだけだと正味35分程度のドラマだ。

最後にしみじみと「感動」が広がるドラマだった

 

 結論を書いてしまうと、じんわりと感動が広がるドラマだった。

 「自粛要請」の後でも、スナック「銀河」では常連だけ店に入れて営業していたが、店のドアの外に苦情の紙が貼られているのを店を切り盛りする秋(夏帆)が見つける。手書きではなく、白い用紙にパソコンで印字した言葉が大きく印刷されていた。

「まだ営業するなら通報します。近隣住民総意」

 次第に自粛ムードが強まる中で、自粛要請に応じない人を取り締まるかのように振る舞う「自粛警察」だ。

 それを見た秋は店をたたむことを真剣に考えていた。マスターの満(リリー・フランキー)にはまだ話していなかったが、家族が揃った夕食で打ち明ける。

(満)

「店閉めるったってお前、無理だろう?家賃とか生活費はどうするんだ?」 

(秋)

「貯金、崩すしかないでしょう?」

(満)

「貯金なんかねえだろう?」

(秋)

「もう開けてられないでしょう。あんな貼り紙を貼られたら。恥ずかしくて」

(満)

「近所のゴルフの練習ばっかりやっているあのオッサンだろう」

(秋)

「たぶんね…」

 千代=おばあちゃん(片桐はいり)と八郎=おじいちゃん(小林勝也)の夫婦。秋=スナックのママ(夏帆)と満=マスター(リリー・フランキー)の夫婦。その子どもの年頃男子高校生の慧(鈴木福)と小学生の妹の唄(りり花)の3世代が同居しながら会話の絶えない家族だ。

 近所の人からケチつけられたからもう店は開けられないという秋。「じゃあ、俺たちの生活はどうなる?」と反発する満。

 夫婦の会話に「給付金」「3密」「換気」「不要不急」などの単語が飛び交う。

 老夫婦である八郎と千代が別の寝室で、八郎は「なあ、俺たちの人生は不要不急だったのかなあ?」と問いかける。

 「不要不急」は長いことスナックを経営してきたこの家族から社会の中の居場所を奪いつつあった。

 現在のスナックの経営をめぐっての秋と満の夫婦の会話もなかなか味わい深い。

 満は「営業時間を短縮して家賃分くらいでも稼がないと生活できない」と店の再開を主張する。

 秋は「店開けて近所の人に噂されて恥ずかしい思いをするのは私だけじゃない。子どもたちだって恥ずかしい思いをする」と反対する。

(満)

「会社員だってな、休めない人は出社して働いているんだから、それと一緒だろうよ」

(秋)

「一緒じゃないないよ。ここスナックでしょう? 会社じゃないでしょう?」

(満)

「おんなじ仕事だろうよ」

(秋)

「違うよ。飲食業とか接客業は感染する危険があるからダメなんだって」

(満)

「あれは・・・・満員電車やバスはどうなんだ?」

(秋)

「会社員が満員電車に乗るのは経済を回さなきゃいけないかた仕方ないの。繰り返しテレビで言っているでしょう?」

 会話の果てに満はとうとう「なんでそんな差別するかね…」と捨てゼリフを吐く。

(満)

「それじゃあ、スナックなんて閉店してしまえ、と言っているようなもんじゃねえか!」

 「世間の目」を強く意識する秋。

 年頃の息子である慧はまもなく誕生日を迎えると18歳になってしまう。しかし、17歳のうちにガールフレンドの夕香と初のキスを果たしたいという妄想にふけっている。何かと夕香の赤い唇がなまめかしく感じられる。「ソーシャルディスタンス」を常識と考える夕香に対して、「リモート上のキス」や「ラップ越しのキス」をトライしてはあえなく失敗する。

 こうした笑いの要素も交えて、ドラマは進んでいく。古い常連客が千代のことを「フェニックス」と呼んでいると感じた小学生の唄は、両親が生活のことで口論する様子を目にし、絵日記帳に不死鳥の絵をクレヨンで描く。その下に「かぞくをふじみにしてください」と願いを記す。

 満はパソコンを使って「リモート居酒屋」を居間から開始する。そんな中で、突然、カラオケの歌が大きく響く。

 千代が古い馴染み客である吾郎(でんでん)の誕生祝いのために店を開いてカラオケで山口百恵の曲を大音量にして歌い出したのだ。

「バカにしないでよ!そっちのせいよ」

 千代はいつもしょぼくれたおばあちゃんの姿ではなく、金髪のウィッグをしてワンピースの上に毛羽立った真っ赤なストールを上半身に巻き付けている。

 「母さんは常連さんの誕生日は欠かしたことないから」と満が秋に告げるが、秋は怒ってカラオケのリモコンで曲を止めてしまう。

 しかし、満は「今日は店から中継します」とパソコンの向こうのリモートの客たちに告げて、中島みゆきの「ファイト!」を大声で歌い始める。

 店のドアを開けて苦情を言いに来た近所の人たちに秋は「すみません、すみません」と謝りながら夫を止めようとするが止まらない。

(満)

「みんな、分かっていると思うけど、スナック『銀河』の十八番というかママの十八番のナンバーです。じゃあ、ママいく?」

 そう言った満に対して、怒りに満ちた目を向ける秋。

(秋)

「いかないから!怒られるって!」

 その時、カウンターの中にいた初代ママの千代が秋に向かってこうささやいた。

「私の人生、怒られっぱなし…」

 そう言った後で秋に笑顔を見せた。

 唖然として千代を見つめる秋。間奏の間に娘の唄まで「ママ、ファイトだよ」と語りかける。

 意を決したようにマイクを握る秋。

 小さな声で「私の敵は…私…」と歌の一節をつぶやく。

 吹っ切れたように自分への応援歌として秋は次第にしっかりと声を張って歌い出す。

 「ファイト!」と、大きな声で唄や吾郎らと歌う秋。

 迷いがなくなった状態で歌う秋。

 そこに突然、ドアが開いて真っ赤なドレスを着た八郎が登場する。吾郎が「フェニックス!」と叫ぶ。

 八郎は顔にはフェイスカードをしたままで着ていた赤いドレスは、ウィングケープと呼べばいいのだろうか、その昔、ジュディ・オングが「魅せられて」で着ていた感じの「羽根」がついたものだ。両手の羽根を上下に羽ばたきながら踊っていた。

 千代がマイクを握って紹介する。

(千代)

「みなさまに怒られ、立たされ、罵倒され、励まされ、苦楽を歩んで参りました。今夜、不要不急の『銀河』に呼んでもいないのにフェニックスがよみがえりました」

 思わぬ展開に店の外から中の様子を覗いていた慧と夕香も互いに唇を近づけ合う。念願の初キスは…?

 「ファイト!」とその場の人たちが合唱するように叫んでドラマはクライマックスを迎える。

 フェニックスは夢だったかのように空の彼方に消えていった。

 「ファイト!」の声が残響として残った。

 痛快だった。「自粛警察」など、他人のことを過剰に監視する窮屈な社会に対して一矢を報いるドラマだった。

 「自粛警察、くそくらえ!」というメッセージが言外に伝わってきた。

 翌朝、朝食での満と秋、千代、慧、唄ら家族は昨夜の出来事を思い出して思わず笑顔をこぼしていた。

 店のドアの外には大きな手書きで「ウイルス撒き散らすスナックを我々は絶対に許さない。くたばれ!」と書いた紙が貼られていた。

 満はその紙を破り捨てる。その後、青空を見上げる満の背中に「ファイト!」の歌が大きく流れる。

 

 その後も今回のドラマ制作までのメイキング写真に合わせて「ファイト!」の歌声が響いた。「ファイト」という歌詞だけ時々、いろいろな人たちの声が混じる。この歌を歌っていたのは女性だが一体誰なのか。それが気になっていた。作詞作曲した中島みゆきの声ではないし、劇中で歌っていた夏帆とも違う声だ。負けるものかという決意を込めた力強い歌声。私は闘うぞという意志がみなぎる声だ。

 最後にスタッフやキャストのクレジットが出て、歌声の主が判明した。

 「音楽 大友良英」に続くクレジットは「うた・演奏  のん+大友良英スペシャルバンド」。

 歌っていたのは「のん」だった。

 「あまちゃん」コンビ。さすがに粋なことをするなと思った。 

 「あまちゃん」の黄金時期にその主要なメンバーの一翼を担っていた人がここで意外な形でかかわっていたのだ。

 「あまちゃん」の大ブレイク当時は能年玲奈だった彼女がたどったその後の困難を思い起こした。

 窮屈な社会に知らず知らずになってしまっている今の日本。彼女ほど「ファイト!」と誰かに声援を送るのにふさわしい歌い手はいないだろう。

 彼女の歌が終わった頃には静かな感動に包まれて読後感がとてもいいドラマだった。

 「あまちゃん」んお劇中で歌っていた時の彼女の表情が浮かび上がって、なんだか元気がわいてくる。

「ツマラナイ」と思われたドキュメンタリー部分がドラマ部分にしっかりと回収される仕掛けになっていた!

 この原稿で、前半の「ドキュメンタリー部分がツマラナイ」という一文を綴った。

 だが、最後まで見てよく分かった。

 「ドラマ部分」を見終わってから、前半のドキュメンタリー部分を改めて見直してみると、スナックのママらが語っていたことが実に説得力を持って心に響いてくる。一見、既視感があるようなママたちの語りなどのドキュメンタリー部分は、ドラマを見終わるとよく分かる仕掛けになっていた。あくまであのツマラナサも、後のドラマ部分で回収される「伏線」だったのだ。

 そして、この番組はスナックなどの水商売で働く人たちへの応援歌になっているだけでなく、フリーなどの立場で映画や芝居やドラマの制作にかかわっている人たち。つまりは「不要不急」と見なされている仕事に汗水垂らす人たち「すべて」に対する一種の応援歌なのだ。

 これからも大変な思いをするかもしれないとしても、自分たちはドラマを作り続けるぞ、という井上剛ディレクターを初めとする制作陣の覚悟と決意を示す番組だった。

  

「こんなときにこそ、ドラマをつくりたい」 

 NHKのSNSでの番組PRにある言葉だ。

 番組を見終わって、スタッフクレジットで制作にかかわったたくさんの人たちの名前を見た時、「不要不急」という同調圧力に負けないで、いいドラマをつくろうと汗をかいている人たちにこそエールを送りたいと感じた。良いドラマだった。ありがとう!

 ぜひ再放送してほしい。受信料契約をしている人なら「NHKプラス」で7月30日までは見逃し配信サービスも視聴が可能だ。

 見逃した人は、もし見ないままだったらきっと人生で大切な問題を考える機会を失うことになってしまいますよ。

 そう言いたくなるような番組の終わりだった。

 制作にかかわったすべての人に感謝を込めて。

「ファイト!」