ドキュメント「シリア難民からのSOS」の衝撃(1)「難民の子が誘拐されて臓器を摘出されて死んでいた」

7月12日放送「レバノンからのSOS」で兄の誘拐を語るシェイマ(画面を筆者撮影)

シリア難民たちが生活苦の果てに自分の「臓器」を売っている!

 中東のレバノンに内戦が続く隣国シリアから逃れた難民たちが臓器売買で急場をしのいでいるという。

 腹部に大きな切り痕が残る年配の女性が証言する。

「約14万円もらった」

 角膜を売ったという若い女性が手術跡の眼球を指で開きながら話す。

「生活のために腎臓か角膜を売るしかなかった」

 シリア難民の間で「角膜」や「腎臓」の売買が行われているというショッキングな事実が示される。

 さらにショッキングなのは…。

難民の子どもが「臓器目的」でさらわれて殺されている!

 難民の臓器を狙って子どもの誘拐事件まで起きている現実がある。子どもがさらわれてゴミ捨て場で遺体が見つかった時には腹部をえぐられた痕があったという。

 子どもを抱える母親が満足な仕事がなく、売春で生活費を稼ぎ、父親が分からない子どもを妊娠して流産している実態も示される。

 極限状況の中で9人家族の大黒柱だった父親が追いつめられて焼身自殺するという悲劇も起きた。

 そんなシリア難民たちの今を描いたドキュメンタリーが放送された。

 7月12日(日)、NHK・BS1スペシャルで放送された

「レバノンからのSOS~コロナ禍 追いつめられるシリア難民~」

 筆者にとってはこの数年間に見たシリア難民をめぐる報道番組の中で、もっとも切実な実態に迫った衝撃的な番組だった。長期取材で難民たちの生活の中に入り込んで撮影された映像はこれまでニュースなどで放送された表面的な映像をはるかにしのぐ迫真力を持っていた。その内容をぜひ多くの人に知っていただきたいと思う。 

舞台になっているのは中東の小さな国レバノン。ゴーン被告の逃亡先だ

 日本でニュースになることは滅多にない国だ。

 最近では、日産自動車の元社長兼CEOのカルロス・ゴーン被告が保釈中に密出国して逃げ込んだ国としてしばらくニュースになった。

 古くは1970年代、重信房子が率いる日本赤軍がベカー高原を根城に軍事訓練を行っていた場所として報道された。

 政情不安や汚職の蔓延が経済危機を招いている。3月には「事実上のデフォルト(債務不履行)」を発表した。

 シリアの西隣に位置するレバノンは面積が日本の岐阜県とほぼ同じくらい。そこにトルコに次いで多いシリア難民が推定120万~150万人ほど暮らしている。レバノンでは人口の4人に1人がシリア難民と言われている。シリア国境に近いベカー県では3700か所にビニールを張った作りの「難民キャンプ」が点在している。だが、この難民キャンプ。他の国で考えられるようなものとは違う。レバノンは難民条約を批准していないため、政府が保護する公式な難民キャンプが存在していない。難民たちは自ら土地代や光熱費を支払う「非公式キャンプ」だ。

 レバノン当局は新型コロナウイルスの感染が広がると同時に、人々が密集して暮らすキャンプがクラスターになりうると見て消毒液を撒くなど警戒してきた。だが、キャンプでは日々の飲料水も不足する状況で衛生状態も劣悪だ。

 そんな中でカメラはシリア難民たちのショッキングな境遇を次々に映し出していく。

 父親と2人で暮らす22歳の青年は日雇いの仕事もなくなって、生活苦のために腎臓を10万で売った。手術後に体調を崩し、精神的にも不安定になって部屋にひきこもるようになった。腎臓が一つしかないことを悲観してコロナウイルスへの恐怖を募らせ、自傷を繰り返すなど自暴自棄になっていた。

シェイマ一家を襲った悲劇

 11歳の少女シェイマ(仮名)は子どもたちだけで8人という一家で暮らしていた。ただ兄弟姉妹の中で唯一の男手で、事実上の稼ぎ頭になっていた1歳年上の兄がある日、家の空き地で遊んでいる間に行方が分からなくなってしまった。

 家族が近所を探したものの見つからないま。しばらくしてフェスブック上の投稿写真の中から兄の遺体を映した写真が見つかった。ゴミ捨て場に捨てられた状態だった。シャツが上にまくられてズボンが下げられ、腹部には長く切った痕があり、縫われた形跡があったという。

 この事件の後、妹たちはその後、お漏らしをしたり、夜中に「お兄ちゃん」と叫ぶなど心に変調が見られる。

 シェイマは語る。

「お兄ちゃんがかわいそう。心臓も肝臓もとられたかも。目も。目はとても高く売れるんだって。心臓もとても高く売れる」

 この少女レバノン人は兄の命を奪った誘拐犯へ憤りとともに一般のレバノン人が見せた差別的な反応にも怒りを感じていた。

「ここには誘拐する人がいて慈悲はまったくない。容赦なく誘拐してしまう。私たちがシリア人だから。誰かが言っていた。『誘拐されたのはシリア人?レバノン人?シリア人なら別にいいや」って。私はその人に言った。『同じ体と血じゃないの? シリア人もレバノン人も同じ人間でしょ?』」

 一家の生活を支えていた兄の死が確かなものになったことで、一家の暮らしは11歳のシェイマにかかってくる。

「私が家族を支えなくちゃ。お母さんもとても疲れているから助けたいの。本当は働きたくないけど私が働かないと」

 シェイマは母親と一緒に近所のレバノン人の家で家事手伝いとして働いている。2人で1日働いて700円程度。

母親の他に父親も健在で以前は日雇い仕事をしていたが、今は1日中路上に立ちっぱなしで探しても仕事は見つからない。「このままでは死んでしまうかもしれない」と語る口調はどこか諦めたようなトーンが響く。

 殺された兄は工場や農家で働く、一番の稼ぎ手だった。兄の死で家族の生活は厳しさを増していた。

 シェイマは1つ年下の妹と共に農繁期のキャベツの収穫の手伝いをして働くようになった。朝から夕方まで働いて2人合わせて400円ほど。学校に通うこともなく、収穫期には毎日畑で働いている。

 シリア難民の子どもの誘拐はたびたび発生していた。防犯カメラに記録されていた誘拐のケースでは容疑者の姿は女装した男で睡眠薬入りのジュースを子どもに飲ませる手口だった。シェイマの兄に限らず、ゴミ捨て場などで遺体で見つかってフェイスブックに写真が投稿されるケースも少なくない。

 レバノンでは経済の破綻で失業率は37%。加えて政府が難民の雇用規制を厳しくしたため、難民の中には解雇されて仕事がまったくない人や路上で過ごす人も増えていた。

 困窮の果てに追いつめられ、自らの臓器を売る難民たちが現れていた。

非合法の「臓器売買」の現場を撮影した!

 臓器売買の現場が映像で登場する。

 15年以上人工透析を続けていて、ドナーを待ったものの腎臓移植の機会がなかったレバノン人女性を取材した。彼女は腎臓を売ってくれる相手を探していた。セバノンで臓器売買は禁じられているが、親族から無償で臓器提供を受けることは認められている。兄弟の身分証明書を持って行けば移植手術を受けられる。女性を取材している間に「腎臓を売りたい」とシリア難民の少女がやってきた。年齢は13歳。本人は問題はないと言い張ったが、女性は若すぎるということで少女の臓器提供を拒んでいた。少女は他の買い手を探すと話した。

 非合法の臓器売買を仲介している業者の男性にも話を聞いた。仲介料は7万円。チュニジアやトルコから来る医師がアパートを借りて準備し、臓器を取り出す手術を行い、取り出した臓器はクーラーボックスに入れて運び去る。両親が子どもの腎臓を売るケース。売春婦が子どもの腎臓を売るケース。子ども専門の仲介人も存在している。そんな実態が赤裸々に語られていた。

 こうした話の後で、この男性自身も実はシリア難民なのだと明かされる。男性はこの仕事を「汚い仕事」だと言い切った。

 臓器売買による違法な手術は、細菌による感染症を起こしやすく死につながる場合もあって危険だと医師も警鐘を鳴らしていた。

 医療的な経過観察が必要なのに、違法な移植手術では腎臓を売った側も買った側もそれができないため両方の側の命が危険にさらされている。

難民たちへの「差別」が新型コロナで強まった!

 3月末、レバノンで非常事態宣言が延長された、

 兄を誘拐されて殺されてしまったシェイマの一家を再び訪ねると、家事手伝いをしていた母親の仕事はまったくなくなり、近くの人に金を借りながら生活していた。難民キャンプの自宅で座って過ごすだけの母親は塞ぎ込むようになり、失った息子のことばかり考えるようになってシェイマの顔も曇りがちだ。

(シェイマ)

「こんな状況でとてもとても悲しい。コロナがあってこの貧しさ。今、想像以上にひどい貧しさなの。どうすればいいか私たちには何もできない」

 レバノン政府はコロナの感染拡大で自粛に応じない者には罰則を科すようになった。シリア難民に対して、日中の外出を制限する自治体が増えていた。過密な状況で暮らす難民キャンプで暮らす難民に対して、差別と排斥の空気が広がった。

 3月下旬、難民キャンプが襲撃される事件が起きた。襲ったのはキャンプ近くに住むレバノン人の20代の若者たち。

襲われた難民たちは石や棒で頭を殴られていた。取材を進めていくと襲った側も最初はささいな口論だったのが次第にエスカレートしてしまったという。襲撃したレバノン人の若者たちを集めて話を聞くと「シリア人のせいで仕事がなくなった」「病気を持ち込まれるのは我慢できない。彼らは病気の源だ」などと話し、反省も様子は見られない。

 こうしたシリア難民への差別や排斥の動きは幼い子どもたちの世界にも影響を及ぼし始めていた。

 シェイマの妹がレバノン人の子どもたちに取り囲まれるという事件も起きていた。

 幼い妹を抱いていた年長の妹がレバノン人の子どもたちに殴られたという。

 シェイマが通りかかって妹たちを助けることができたが、シェイマの体験談には思わず暗澹たる気分にさせられる。

(シェイマ)

「その子たちは私たちを『ばい菌』だって。『ゴキブリのようだ』とも言われた。『ゴキブリ』。『ゴキブリ』よ。私たちは『アリ』や『ゴキブリ』、『排水口から出る虫』のようだと」

 これらの言葉でとても傷ついて最低な気持ちにさせられた、と語るシェイマ。

 彼女は泣く時にはまぶたを上から指で強く押さえつけて涙が流れるのを堪えるような仕草をする。ドキュメンタリーの前半で1歳年上の兄の死について語っている時もこの独特の仕草をしていた(記事冒頭の写真)。悲しみのあまり涙がこぼれそうになるとシェイマはこの仕草をするようだ。「ゴキブリ」などと言われた時はよほど悲しかったのだろう。

  ただシェイマはお姉さんらしい言葉でこうした出来事を母親には黙っていた。

(シェイマ)

「つらいけどお母さんを悲しませたくないから言わないの」

 「ゴキブリ」という表現は、民族差別や人種差別での常套句だ。

 第2次大戦中、ナチスドイツがユダヤ人を強制収容所に送った時も生存者が「収容所ではゴキブリや南京虫のように扱われた」と証言している。

 1994年、ツチ族など100万人以上の住民が大量虐殺で命を奪われたルワンダ虐殺のケースでは、虐殺を煽動したとされる「千の丘ラジオ」が「ゴキブリを殺せ」という放送を繰り返した。人を誰もが嫌う虫にたとえる民族差別や人種差別は単なる「差別」というだけでなく、暴力による攻撃で命まで奪う「殺人」に発展するケースも少なくない。

 日本でもヘイトスピートやヘイトデモなどで民族差別のひどいケースで相手を「ゴキブリ」「虫けら」などという表現で表現することが増えている。相手を同じ人間だと認めない時に使われる言葉だ。このドキュメンタリーではシリア難民たちも戦火の中から隣国レバノンの逃れたはずなのにその地で体験しているこうした差別や迫害の本質に迫る取材をしている。こんな取材は誰にでもできるものではない。

 映像取材の数少ない名手だからこそ出来たすぐれた場面だった。

 何度か訪れたであろうシェイマの一家にとっては取材者はまるで身内の人間であるかのように本音を引き出して自然な形でインタビューしている。

 素人から見れば簡単なことのように思われるかもしれないが、取材者として「手練れ(でだれ)」というレベルだ。もし通訳を通して取材しているとすれば何年も国際的な取材経験があるとしても神業とも言えるほど、取材対象であるシェイマ一家の信頼を取り付けて信頼関係の中で取材していることが映像から伝わってくる。見事というほかない。

 

ディレクターは名手・金本麻理子さん

 このドキュメンタリーを取材したのは金本麻理子さん。難民ものなど戦争がからむ国際取材では日本でこの人にかなう者はいないと言われるドキュメンタリーの名手だ。テレビ関係者でも知る人ぞ知る作り手だ。

 その金本さんが自ら撮影し、自ら編集している。

 彼女は小さなテレビ制作会社を経営する、いわばフリーランスの部類に入るディレクター、主にNHKのBSでドキュメンタリーをたまに制作していて文化庁芸術祭優秀賞や放送文化基金ドキュメンタリー部門最優秀賞など、大きな賞も数多く獲っている。

 すぐれたドキュメンタリー制作者は、その人が制作にかかわるとなぜか独特の「色」がつく。金本さんの場合もそうした色が色濃く出てしまう作家性の強い制作者だ。

 その「作家性」はいくつかあるがその大きな特徴の一つは、難民生活や戦争など厳しい人生体経験をした人が抱えている苦悩や壮絶な体験を引き出すことがとてもうまいことだ。

 うまいという表現は何かテクニックを指しているような表現は必ずしも適切ではないかもしれない。シェイマ一家の取材でもそうだが、金本さんの場合はまるで世間話をしているような感じで相手側が本当は話すことも苦痛かもしれないような話を「自然な形で」話をさせている。

 まるで呼吸するように自然に。

 しかも撮影しているのも金本さん自身だ。ドキュメンタリー制作としては「神業」のレベルだと言っていい。

 この「レバノンからのSOS~コロナ禍 追いつめられるシリア難民~」は7月12日にNHKのBS1スペシャルの枠で前編・後編に分けて放送されて、7月18日に再放送された。

 そんな神がかった制作者が撮影したあまり知られていないシリア難民の実態をお伝えしていきたい。

(以下、続く)