サンジャポ太田光が“テンピン”に疑義「賭け麻雀のレートは許容範囲?」野次馬的好奇心からの問題提起

TBS『サンデー・ジャポン』賭け麻雀の説明(24日・筆者が画面を撮影)

時にはゲスっぽい野次馬的な好奇心で物事の本音を探るバラエティー番組。

 そんなバラエティー番組が思わぬ「報道的な価値」を発揮する時がある。

 時には政治ネタでかつて議員だったというだけで笑いの取れる杉村太蔵氏や宮崎健介氏らをいじりながら話を聞く。

 そんな中で時にはほんのちょっとだけ真面目に政治や自分たちメディアの役割を考えさせてくれる。

 そんなバラエティー番組らしいスタンスで、様々な芸能ニュースも政治ニュースも「笑い」を交えて伝えている生放送のバラエティー番組がTBS『サンデー・ジャポン』だ。

 この番組にはそうした「報道的な価値」を発揮する瞬間があって見過ごせない。

 5月24日(日)も下世話で野次馬的な好奇心を発揮して、見事にやってくれた。

 報道番組として視聴しても「興味深い視点」が示されていたのだ。

検事長が行った賭け麻雀の「レート」が低いのかどうか

 番組ホームページには以下の言葉が踊っていた。 

賭け麻雀辞任の黒川氏…常習でも“低レート”でセーフ?退職金6000万円超!? 

「石投げたら山が少し動いた」黒川検察長が賭け麻雀で辞任!常習でもレート“テンピン”でセーフに!?退職金6000万円超!?色んな部分に非難の嵐!

出典:TBS『サンデー・ジャポン』5月24日放送内容

 番組のVTRでは実はニュース番組や情報番組ではほとんど放送されていない映像が登場した。

 5月22日(金)の衆議院法務委員会での黒川検事長の賭け麻雀をめぐって法務省側の説明している映像だ。

(川原隆司・法務省刑事局長)

「レートはいわゆる“テンピン“。

これは具体的に申し上げますと麻雀の点の1000点を100円と換算するものでございまして、もちろん賭け麻雀は許されるものではございませんが、社会の実情を見ましたところ、必ずしも高額とまではいえないレートでやったと」

 前述したようにこの映像は賭け麻雀のレートの細かい話で新聞の記事にはなっているが、筆者は全国放送のテレビのニュース番組でこの答弁の映像を地上波のテレビ局では見ていなかった。

 答弁の後で国民の間でSNSなどで反発が上がっているとしてVTRは終わったが、それをスタジオで受けた司会の爆笑問題・太田光が以下のように相方の田中裕二に話し出した。

(太田光)

「この“テンピン”というレートは、僕はよく田中君から聞いているレートですが」

(田中裕二)

「聞いていない。そんな話をお前としたことないだろう!」

(太田)

「これ、どのくらいの?」(スタジオ笑)

(田中)

「だから今言ったでしょう?(モニターを指して)今言った通り…(スタジオ笑)と認識して、おります」

(太田)

「でも、田中さん、これ、僕は田中君からよく聞くんですけども、

『一発賞』

『裏ドラ賞』

『差しウマ』

あるいは

『割目(われめ)』。

“テンピン”が社会通念上高くないっていう言い分は、それだけでは済まないですよね?いくらでも“インフレ麻雀”…」

(田中)

「それはあるんじゃないですかね。きっとね…。(太田が自分の麻雀問題を追及したことで)敵は本当に身内にいるからね(スタジオ爆笑)」

 太田が言いたかったことは、“テンピン”だといっても、実際にはその都度その都度でインフレ麻雀のローカルルールを設定して、結果的に大きな金額が動くことがあるということだ。「一発賞」はリーチ一発で上がった時に、「裏ドラ賞」は裏ドラがあったときに、本来の役の点数とは別に点数を加算するものだ。「差しウマ」というのは対局が終了した時に下位の者が上位の者に点数を支払いを取り決めておくもの。「割目」もサイコロの出によって、勝ち負けでの獲得点や支払い点を倍増させる取り決めである。

 当然、こういう取り決めをすると、仮に比較的安い“テンピン”の点数を設定していても、勝ち負けで大きな差がつきやすいので結果的に法務省の調査で言っている「1回1,2万円」というのはありえないことになる。

 2人のやりとりを聞いていると、田中がかなり麻雀好きらしく、太田はそれをいじりながら自説を展開したようだ。

 法務省の国会答弁の説明で“テンピン”だからといって、「必ずしも高額とまではいえないレート」と言えないのではないかという太田流の“突っ込み”を入れた場面だった。

 確かに新聞報道などを見ても、“テンピン”の中身まで突っ込んだ記事はない。月に2-3回もやるほど麻雀好きで常習性があるなら、そういう取り決めがあったとしてもおかしくない。本当に一度に動いた金は1、2万円なのか。徹夜麻雀をしてその額だけというのはにわかに信じられないが、麻雀好きの田中を身近に見ている太田が抱いた素朴な疑問だった。

【国民の怒り】「“テンピン”なら逮捕されない!?」「退職金6000万円超問題」

 番組内では、黒川氏を処分した法務省が免職から戒告まで4種類の懲戒処分ではなく、「訓告」という指導・監督の軽い措置にしたのか、それで退職金は満額払うことでいいのかなどの議論が行われた。

(テリー伊藤)

軽すぎる。今これだけ注目されている方で、その方がこういうことをするなら、国民の意識としてはなんでこの方に6000万円も払わなきゃいけないんだというふうに思いますよね」

(細野敦弁護士・元東京高裁判事)

「対象は賭博罪なので捜査はすべき。最終的は不起訴処分にはなるだろうが。現行犯でもない限りは逮捕はない。一般的には常習的だとされるケースだが(刑法上は)常習賭博罪は懲役刑まで科せられるので常習賭博罪までは認めづらいのかなと思う」

 

 筆者は、テレビ局で「テレビ報道」つまり、報道局が所管するニュース番組やドキュメンタリー番組ばかり携わってきた人間だが、そうした報道番組以外のジャンル、たとえば情報番組と呼ばれるワイドショーや『サンジャポ』のようなバラエティー番組に属する番組がゲリラ的な意味で「視聴者を考えさせてくれる」価値=公共的な価値があることを認めている。もちろんいつも、というわけではないが、時にそういう場面があって存在意義を発揮してくれる。この日の『サンジャポ』がそうだった。

【国民の怒り】「検察と新聞記者ズブズブ問題」

 『サンジャポ』は爆笑問題の太田光を中心とした出演者の「語り」が魅力の番組だ。

 その「語り」は番組を放送しているテレビというメディアのあり方もこれでいいのかと疑問を投げかける。

 『サンジャポ』らしさが発揮されたのは、この検察と新聞記者のズブズブ問題だった。

(岸博幸・元経産官僚)

「保守系の産経新聞とリベラル系の朝日新聞。立場の違う記者さんたちとズブズブの関係でこういうことをやっていたのかと。本来、メディアの役割というのは権力の監視なんですよね。保守、リベラル、立場は違ってもそれぞれの立場から権力を監視してほしかったのに、こういうズブズブのことをやっていたら、これらの新聞がいくら立派なことを言っても信頼できなくなってしまいますので非常に残念だなと思います」

(太田光)

「俺、一番不思議なのは渦中の人物が、しかもコロナの真っ最中になんでこんなに大胆なことをできるのか。本当に不思議でしょ。やっぱり、『脇が甘すぎる』という意見もあるけれど、その理由として自分は絶対に大丈夫だって確信があったとするならば、自分は検事長という立場で、しかも麻雀した相手が全然違う、お互いが監視し合うような(関係)。その両方を共犯者にして、つまり自分とマスコミを全部を共犯者にしていれば、今このタイミングで(麻雀を)やっても(報道が)出ないだろうと確信がそこにあったとするならば、これはとっても問題なことで、しかも何年間もやっていたということで暗黙の了解が記者たちの間にあったとすれば、これは朝日、産経以外の読売、毎日の他社の記者たちもずっとこれを知らなかったのかどうか。この問題は見て見ぬふりはきっとできないし、これはもしみんな暗黙の了解だったら、誰がこの事件を追及するのか。つまり警察の下の何かの忖度で検事長を追及できないとすれば、安倍さんへの忖度もいろいろ言われているけど、それ以外の忖度がその周辺にいっぱいあった。それはマスコミのテレビの報道も含めて、こういう番組も含めて、どこまで誰が知っていたのかを、果たして週刊文春以外に誰が報道、追及できるのか。そうすると、全部、信じられなくなる

(壇蜜)

「罪に問われる(可能性のある)接待、今回はそうだったようですけれども、接待という名前だといろいろなところで発生していると思うんですね。それで気になるのはやはりいつ、互いに接待する、されるということで、お互いにうまみがありますね、っていう、『スクープもらえる』という『変なことを報じない』という、お互いにうまみが生まれますね、というふうに接触した、誰が接触して、どういう関係で、どういう状況でこの結びつきができたのか。それがすごい気になって。おそらくなんですけど、こうやってバレなければ、そのうまみをお互いに共有し合えるうちは、もう絶対に止めどきが分からない。『これをもう止めにしましょう』『もうなかったことにしましょう』とは発生した以上は絶対にできないと思うんですよ。もしかしたら、探せばまだまだ、記者さんと政治家(や官僚)さんとが懇意の関係にあったというのを昔聞いたことがあるので、どこかでそういう『集落』みたいな、『忖度集落』みたいな、『うまみ集落』みたいなものが、まだまだ生まれていそうな気がするなって」

 壇蜜は今回のズブズブの関係で明るみに出た既存メディアと権力との関係を「うまみ」でつながった関係=「うまみ集落」と独特の言語感覚で表現した。さすがの言語感覚だと思う。

 このズブズブの関係についてはネットなどでも叩かれていて、メディア不信が相当生まれているのに、既存メディアの側は全然感じていないような対応を見せている。

 この点を太田が指摘した。

(太田光)

「産経新聞は社説で、情報源の秘匿というのが絶対に原則だから、それは絶対に死守する、と言っているんだけど、『あなた、当事者ですよ』ということはみんな思うと思う」

 筆者も太田とまったく同感だ。

 23日の朝日新聞の朝刊も、賭け麻雀に参加した朝日新聞の元記者について法務省が「記者C」として説明したことについて「編集部門を離れている」「法務省には伝えました」と言い訳がましく書いている。

 それを読んで筆者は、だから既存メディアはダメだと思われるのだと感じた。筆者もかつて記者だったのでそう感じるが、一度でも記者だった人間はその仕事を離れても「記者」としての意識は残っているものだ。

 黒川氏のような渦中の人と接触する時に、もしもその元記者が編集部門の誰にも伝えずに麻雀していたのだとしたら、朝日新聞という会社は報道機関としての体を成していないことになる。

 いつ、どのように、黒川氏がどんな言葉を漏らしたのか。

 直接的に記事を書くことはできないとしても、黒川氏自身の動向が今後の政治情勢の焦点だっただけに、必ず情報を伝えているはずだ。それを「元記者」だという形式ばかりにこだわる朝日新聞社の体質には本当に呆れるばかりだ。

 オールドメディアとか既存メディアとか呼ばれる大手新聞やテレビ局が体質をいかに変えるのかにかかっているように感じている。

 今回は、このニュースを伝えるにあたって伝えていたキャスターや出演者らで「私のあり方も問われる」と発言した人がいたが、もっと本質的なところから変えていく必要があると思う。

 この日、『サンジャポ』でデーブ・スペクターの発言が欧米と比較した場合の日本のメディアの現状のありようを正確に言い当てているように思う。

(デーブ・スペクター=TVプロデューサー)

「産経新聞と朝日新聞が(社の主張は真逆なのに)よくも一緒にいた、とか、一緒にいて面白いという意見があるんですが、逆にそれが大問題で、やはり(日本の場合は)サラリーマン記者なんですよ。スクープなんて、やっていないんですよ。ほとんどの新聞。情報源(の秘匿)とか言いながらも結局、(権力側が)発表してほしいことを発表していることが多いんですよね。本来ならば大手新聞があれだけの取材力があるのに、週刊文春や週刊新潮のようなスクープをしょっちゅうやっているべきなんですが、やっていない。欧米だとジャーナリズムを大学などで勉強してから新聞社に入って、(権力との)距離の正しい置き方など学ぶわけです。それがなくて、日本の場合ですと、実習見習いみたいな形で先輩がこうしろというふうにやっていくだけなんですよね。これは読者側もそうですけど、大手新聞が社会の番犬みたいな役割を果たしているという期待もないですね。だから、ああいうふうに平気でいられる、というのは別の問題としてある」

 残念ながら、報道番組の中ではキャスターらが「反省」を示すことがあっても、せいぜいその程度で終わってしまい、このデーブの言葉のように、日本の報道機関の問題点がどこにあってどう改善すればいいのかという話はまったくと言っていいほど聞かれない。

 今回の賭け麻雀報道は、すべての新聞社もすべてのテレビ局も、週刊文春にやられてしまったのである。

 新聞にもテレビにもプライドがないのかと思う。

 悔しくはないのか。

 「スクープをやっていない」というデーブの言葉はその通りなのだ。

 今回の“文春砲”では安倍政権が法解釈まで変えて、検事総長に就任させようとしていた人物の人事を週刊誌の報道が流してしまったのだ。

 テレビ局も新聞社も「張り込み」取材を根気よくしていれば撮れたはずのスクープだった。

 でもテレビも新聞もそんな取材をまったくやっていなかった。

 「野次馬的な好奇心」「下世話な好奇心」は時に政治や社会を変えることがある。 

 バラエティー番組である『サンジャポ』からこうした本質的な提言を聞くことができるので、バラエティーだからといってバカにはできないのだ。