「メルケル首相はお母さん的」コロナ禍の政治リーダーの条件 作家・多和田葉子さんがドイツから語った言葉

12日、NHK『ニュースウォッチ9』の多和田葉子氏インタビュー(筆者が画面撮影)

世界中の人々がウイルスという目に見えない相手と格闘している

 新型コロナウイルスについての医学や感染予防の観点のニュースや経済的な観点のニュース、政治的な観点からニュースが日々アップデートされる。

 ニュース番組の中で「キャスター」はそうした個々のニュースを「交通整理」して、個々のニュースの意味を伝えていく役割がある。

 それだけではない。筆者はニュース番組の「キャスター」が持つ、特別な役割にも注目している。

「ニュースキャスター」の中でもすぐれた人が発揮する「座標軸」を示す役割だ

 「私たちは今どんな社会にいるのか」「どんな時代に時代に生きているのか」

 そんなことをじっくりと考えさせてくれる。

 「私たちはどう生きていけばいいのか」

 さらにそんなことを自問させるきっかけを「ニュース番組」が与えてくれることがある。

「座標軸」を示すためにニュース番組がよく使う手法が「文化人インタビュー」である

 映画監督、音楽家、作家、研究者など様々な人たちが登場するコーナーだが、テレビ報道の歴史でいえば1985年開始のテレビ朝日『ニュースステーション』(久米宏がメインキャスター)や89年スタートのTBS『筑紫哲也NWS23』という2つの番組がかなり意識的に取り入れた手法だ。

 NHK『ニュースウォッチ9』(5月12日放送)で有馬嘉男キャスターが伝えた作家・多和田葉子さんのインタビューがまさにそうだった。

 多和田葉子さんはドイツ在住。芥川賞作家でドイツ語の著書も多数出していて「ノーベル賞候補の一人」とも言われている女性だ。

 日本とドイツという2つの国を冷静に見つめている人物だが、新型コロナでドイツやヨーロッパ社会の現状を聞いていた。

 放送時間にすれば、10分あまりの放送だったが、「作家」へのインタビューだからか、「言葉」を字幕では「ことば」とひらがなにして強調し、文学や政治の「言葉」の大切さを伝える内容だった。

(有馬嘉男キャスター・スタジオ部分)

「『新型コロナウイルスは全世界に課せられたテストだ。』こう語るのは、作家の多和田葉子さんです。ドイツを拠点に30年以上にわたって活動を続け、境界や分断をテーマに数々の作品を送り出してきました。作家・多和田さんはどんな“言葉”で今の世界を切り取るのでしょうか?」

 冒頭は世間話のような質問から入った。

 多和田さんはドイツからテレビ電話を使ったリモート・インタビューだ。

(有馬キャスター)

「まず、やっぱり聞きたいのは今、ドイツ、どんな様子なのか。ベルリンの街は今どんな雰囲気なんでしょうか?」

(多和田葉子さん・ドイツ在住)

「今は過渡期ですね。これまで外出制限があって、お店も全部閉まっていた状態から、少しずつお店も開き出して、3月と比べるとね、かなり普通な感じになってきましたけどね」

(有馬キャスター)

「ドイツのみなさんの心持ちはどうなんでしょうか? やはり明るい方向に向き始めているんでしょうか?」

(多和田さん)

「そうね。まあ、大変な人は大変ですけれどもね。ストレスがかかって、もうだんだん我慢できないところにきているだろうし、決して楽観視はできないけれど、ちょっと日本とは雰囲気が違う感じがするんですよ。

日本は“自粛”というじゃないですか。

そうすると自分でうつむいて、自分で自分を縛って、非常に暗く生きなきゃいけないみたいな語感“自粛”にはありますよね。

でもドイツの場合、“自粛”というのはありえない。規則をまず決めて、規則を破ったら罰金と、非常にカラッとしている」

 インタビューの冒頭は「今のドイツ」の一般的な雰囲気を尋ねた有馬キャスター。

 だが、同じように国民が外出制限を強いられている境遇であっても、日本とドイツとの間で「違い」が存在することを多和田さんから聞き出していた。

 日本でいう“自粛”はドイツでは「ありえない」という。私たち日本人は全世界が一緒なのだと思いがちだが、「自分で自分を縛る」というのは日本独特なのだと気づかされる指摘だった。

 ドイツではスペインやイギリスなどに比べれば少ないとはいえ、感染者17万人超、死者7500人以上という犠牲が出ている。

 それでも世論調査では国民の8割以上が「メルケル首相の仕事ぶりを評価する」という結果になっている。

 それがなぜなのか?番組ではメルケル首相の「言葉」に注目してドイツで暮らしている多和田さんにその評価を聞いてみた。

(メルケル首相)

「私たちは思いやりと理性を持って行動し、命を救っていくことを示していかなければいけない。

例外なくすべての人々、私たち一人一人が試されている。

みなさん自身と大切な人の健康に気をつけてください」

 メルケル首相の言葉は、様々な言葉に翻訳されてネット上でも評判になっている。

 その「言葉」の力に有馬キャスターが注目した。

(有馬キャスター)

「なぜ彼女の言葉は人々の心に響くのでしょうか」

(多和田葉子さん)

「何かを発表する場合、どうしてそういう結果になったかというのは常に科学者の意見を尊重してて全部透明感があって、どうして彼女がそう決めたかがはっきりわかる。

演説の中にはヒューマニズムみたいなものが非常にこもってると思うんですよね。

人間が大切で、そのためには科学が大切である、という人間重視かな」

 メルケル氏が元々は旧東ドイツの科学者出身であることはよく知られている。派手さはない非常に地味な政治家だ。2011年に日本で福島第一原発事故が発生した後にドイツ政府は「脱原発」に向けて舵を切ったが、主導したのは保守政党の党首でもあったメルケル首相。その当時も国民の理性に向かって静かに語りかけるような姿勢が印象的だったが、コロナ禍にあってもその姿勢は変わらないようだ。

(有馬キャスター)

「この危機において国家のリーダーたちは時に声を荒げて声高に、時に拳を握ってメッセージを送るリーダーたちが多いと思うんですよね。

メルケルさんはすごく落ち着いた理知的な声で、静かに国民に語りかけていく。僕はそれがすごく印象的で。それが一番ドイツ人に伝わる話し方なんですかね?」

(多和田葉子さん)

「そうですね。やっはりドイツはカリスマ性みたいなものに対して非常に懐疑的なんです。それは当然ながらヒトラーとかナチスの歴史があるので。特にコロナ危機みたいなときに戦時中みたいな言葉を使ったりして話す政治家は誰も信用しない。

むしろ危機が、本当の危機があらわれたときにお母さん的な話し方ですよね。

しかも、ただ心が温かいだけのお母さんじゃなく、科学に基づき“これはこうなんだよ”とちゃんと説明してくれて、“だから、こうするのが今一番いいんじゃないか”と家族で決めて“みんなでそうしようね”みたいなね。そこに信用するんでしょうね。

全然信用できないお父さんが威張って変なことを演説している大統領も多い世の中で、あの大国のね。(それと違って)お母さんはいいなとは思った」

 コロナ危機で様々な国の「リーダー」の違いが可視化されるようになった。

 国民に向けて演説するときも、官僚が作った答弁をプロンプターで読み上げるリーダーもいる。

 それと比べて、科学を理解してちゃんと説明してくれる「お母さん」のようなリーダーがメルケル首相だという解説だが非常に分かりやすい。有馬キャスターの個人的な印象を交えた質問の仕方もよかったと思う。

 コロナ危機にあって、それぞれの国の国民がそれぞれのリーダーの値踏みをしている。ドイツにおいてはドイツの国民がそうしたリーダーを支持しているということだろう。

 私たち日本人はどのようにして政治リーダーを選んでるのだろう。そういえば、日本で登場する政治家たちは圧倒的に男性ばかりで政治はマッチョな世界だ。「お母さん的」で「科学についても説明できる」政治家なんて誰がいただろうか?そんなことを自問させられる話だった。

 番組は多和田さんが、世界の今の状況をこんな“ことば”で表現した、と紹介した。

(多和田さん)

非常に厳しい“コロナテスト”をすべての国が受けていると思うんですよね、今」

(有馬キャスター)

試されている?

(多和田さん)

「うん。いろいろな国の能力が見えてきているじゃないですか。コロナ危機が来る前から、次に何か必ず来ると準備していた国と、まったくそんなこと関係なく、ただ一つのお金儲けの手段としての医療しか考えていなかった国との間にはすごい差が出るだろうし。

それから、これを機会に政府がなんでも勝手に決められる制度に、みんなが気づかないうちに移っていこうと、そのチャンスを狙っているようにしか見えない国もヨーロッパの中にもある。

世界中がある意味では課せられた課題というかテストなので今回は。

テストですよ。日本も頑張ってほしい」

 厳しい“コロナテスト”をすべての国が受けている、という言葉。

 さすが言葉の達人というか、この表現はとても深いと思う。

 この言葉を聞いて、筆者は個人的に日本の現状が頭をよぎった。

 多和田さんが言及した「これを機会に政府がなんでも勝手に決められる制度に、みんなが気づかないうちに移っていこうと、そのチャンスを狙っているようにしか見えない国」というのには日本も該当するのではないか?と考えた人は筆者の他にもいたはずだ。検察官の定年延長をめぐる法案審議が多くの国民に反対されながらも政府与党が強行採決しようとしている現在の日本の国会の姿が筆者の頭に浮かんだ。

 検察官の定年延長についてはツイッターなどで有名人らも数多く反対する。中には、コロナ危機で改めてこの国の政府のありようを見つめてみたという人も少なからずいたのではないかと筆者は見ている。

 もちろん多和田さんはそんな特定の問題を意識して発言したわけではないだろう。

 だが、“コロナテスト”で、それぞれの国で政治家や官僚システム、専門的な研究、さらには医療制度や社会保障制度などのあり方が問われている。さらにそれはそれぞれの国で政府や議員などを選ぶ「国民の質」も問われているということでもある。

 だが、作家が語る言葉をどう読み取るかは視聴者に委ねて、このコーナー自体は「羅針盤」を示すことに徹したのか深追いはしなかった。その方がかえって多くの視聴者にとって考えさせるものとして伝わるはずだ。このコーナーの肝ともいえる語りだった。 

(有馬キャスター) 

「そんな世界で今、文学が語るべき“ことば”とは何なのでしょうか?」

(多和田さん)

「コロナウイルスに関しては自然科学がすごく重要じゃないですか。でも自然科学というのは個々のファクトについてしか語ることができない。私たちはそこから『自分がどういうふうに生きていきたいのか』を引き出すことはできない。でもそういういくつもの事実を紡ぎ合わせて一つの物語を作っていく。

でも、そのときにフェイクになってはいけない。ひと言では説明できない非常に難しい問題だと思うんですけど、でも、それを承知の上ではっきり言うとフェイクでなはくてフィクションを作る

(有馬キャスター)

フェイクではなくてフィクション…。うーん」

(多和田さん)

「人間が絶対必要とするものだと思う。もし、文学。よいフィクションがなければ、人はフィクションとも言えないような変な物語にみんな踊らされてしまう。または、だまされてしまう」

(有馬キャスター)

「そうですね。真実の物語で、そこからやっぱり自分の人生とか考えたいし、自分の価値観と照らし合わせたいし。

ウソの、フェイクと照らし合わせられないですからね」

 多和田さんの語る、「文学」あるいは「フィクション」と「フェイク」は違うという説明。これは多和田さんの文学論にもからむものなので正直、わかりにくい。

 それを有馬キャスターは質問する形で「真実の物語」と言い換えて表現した。

 作家が骨身を削って紡ぎ出す「真実の物語=フィクション」と、「フェイク=変な物語」とは違うのだと理解を示したものだ。

 この点は有馬キャスターが見識を示したといえる場面だった。

 

 インタビューの最後に有馬キャスターは、コロナに影響されて不自由な「今」を意識して、前を向くための“ことば”を多和田さんに聞いていた。

(多和田葉子さん)

シンプルな生活に戻ってみる。この機会に。

本を読んだり。これがもう限りなく楽しい。シンプルライフの豊かさを味わう時期として。

それから“今こういうことができたらいいのになあ”と思うことがあるなら思い描いて楽しむこと。

たとえば今5人ぐらい友だちで集まって食事できたら楽しいと思うことがあるんですけど、そういうことが楽しいんだということを改めて味わうというか。人生にはそういう楽しいことがあるんだなと改めて実感するという形で楽しむ」

 インタビューのVTRが終わった後のスタジオで有馬キャスターは感想を語った。

(有馬キャスター)

不自由だからこそ楽しみに気づく、というのは面白いなと思いました。

多和田さん、『ドイツが理想的だとは決して思いません。日本の方がすぐれている点も多い』とも話していました。でもちょっと羨ましいなあと感じたのは、『文学や演劇、音楽など、芸術がとっても大事にされていて、人々がものを考える上で大きな役割を果たしているんだ』と話されていた点です。社会問題でも、アーティストが自由に作品を通じて、メッセージを出して自由な議論を呼ぶことができるということです。そんな、おおらかな心の持ちようが『今』を乗り切るために大事なのかなと感じました」

 ここには、コロナ禍にある「今」をどう乗り切っていけばいいのか、という人生のヒントを作家から伝えられた実感が込められていた。

 多和田さんが話した多義的な、内容はいろいろなことを「考えさせる」きっかけになるものだ。

 最後に有馬キャスターが語った「アーティスト」の話は、こうした事態で休業する状況に追い込まれている日本での「文化産業」の問題や「あいちトリエンナーレ」での「表現の不自由展」、あるいは歌手や俳優の政治的問題への発信などについても示唆を与えてくれるものだ。スタジオでこの部分にあえて言及したのは有馬キャスターの「キャスター力」のなせる業だろう。

 

 筆者が注目する「座標軸」を示す報道。

 コロナ危機にあって多くの人たちが今、自分の生活、家族や仕事のあり方、さらには政治リーダーの選び方や経済、医療の仕組みなどをいやおうなく見つめ直すことを迫られている。

 そうした中で、この夜の『ニュースウォッチ9』での有馬キャスターによる多和田葉子さんのインタビューは、ニュース番組の大切な役割として、視聴者にこの時代をどう生きればいいのかという「座標軸」を示すものだったと評価したい。

 ニュースキャスターの力量次第で、良いインタビューになる。テレビ報道ではあまり注目されていない分野だが、コロナ危機で今後は非常に大事になるジャンルだと思う。今後はこの点にも注目してニュース番組を見ていきたい。