「避難所でのレイプ」災害時の性暴力に光を当てたドキュメンタリーの教訓(反響追記あり)

3月1日放送の「埋もれた声 25年の真実~災害時の性暴力~」(画面を筆者撮影)

「性暴力」をめぐる報道が少しずつ増えている

 女性に対する「性暴力」の被害の実態がいろいろな形で明らかになっている。

 #MeToo運動の広がりなどでこれまで被害を受けても口をつぐんできた被害女性たちが少しずつ声をあげ始めたからだ。

 とはいえ、まだまだ被害にあった当事者の「自己責任」や「本人にも非が」などと被害者を責める風潮は今もこの国には根強い。

 特に震災などの「非常時」になると、とりわけそうした傾向が強くなってしまう。被災者がいる避難所や仮設住宅などで子どもや女性がレイプなどの性暴力被害にあうケースはこれまでごく一部の関係者にしか知られてこなかった。

 被災者であるという”弱み”。周囲の善意に依存せざるをえない弱み。避難所などは被災者全員が不自由や苦労を共有することで苦情や抗議、権利主張をするのをはばかる空気などで「声」をあげられない構図。そんな背景があるからだろうか。

「災害時の性暴力」の本格的なドキュメンタリーをNHKが放送した

 3月1日(日)の午前中に放送された「明日へつなげよう 証言記録『埋もれた声 25年の真実~災害時の性暴力~』」

 48分の長編ドキュメンタリーだ。 

 被災地で子どもや女性たちにこうした問題が起きているらしいことは、2011年に東日本大震災が起きた直後、筆者も取材で訪れた避難所などで耳にしたことがあった。しかし関係者も固く口を閉ざし、当時は取材を進めることはできなかった。

 テレビでは非常にデリケートすぎて扱うことが難しかったこの問題をNHKは今回、取りあげた。そこに紹介されたケースは被害者の壮絶な体験談がベースになっている。

 「被災地の性暴力」についてNPOや研究者などの協力を得て隠されてきた実態を掘り起こしたすぐれた報道番組だ。かなり長い文章になるが内容をくわしく紹介したい。その上で今回の報道が持つ意義について論考したい。 

 まず、この番組は性暴力などの被害を受けた当事者から支援団体や研究者らが1年がかりで聞き取った膨大なデータを基にしている。つまり、番組の中核は、番組制作者が当事者にインタビューしたのではなく、支援者や研究者が行った聞き取り調査結果そのものなのだ。結果はぶ厚い書類になっているが、その一つひとつの事案は悲痛なものだ。

避難所のリーダーに、「(夫を亡くして)大変だね。タオルや食べ物をあげるから、夜◯◯に取りに来て」と言われ、取りに行くと、あからさまに性行為を強要されました。(震災で夫を亡くした女性)

仮設住宅にいる男性がだんだんおかしくなって、女の人を捕まえては暗い場所で裸にする。周りの人も、“若いから仕方がないね”と、見て見ぬふりをして助けてくれませんでした。(20代女性)

複数の男性に暴行を受けました。騒いで殺されても、海に流され津波のせいにされる恐怖があり、その後、誰にも言えませんでした・・・。(避難所で性暴力を受けた女性)

出典:NHK「クローズアップ現代+」番組ホームページ

 同じような被害体験は2011年の東日本大震災をきっかけにスタートした24時間対応の電話相談窓口「よりそいホットライン DV・性暴力相談」にも寄せている。電話は24時間ずっと鳴りっぱなしで半分以上が性被害。相談件数は年間5万件に上るという。

「レイプ」「極限」「打ち明けたい」「苦しい」「怖い」「悲しい」

 画面には相談員が記した手書きのメモが映し出される。文字が生々しい。

被災地の性暴力の問題が浮かび上がったのは25年前の阪神淡路大震災

 阪神淡路大震災で被災した神戸などの被災地で性暴力のケースが報告されていた。避難所や仮設住宅などで女性や子どもたちが様々な性暴力のリスクにさらされていた。番組では、この頃からそうした声に耳を傾けてきたNPO法人「うぃめんずネット・こうべ」代表の正井禮子(まさい・れいこ)さんの活動を軸にして実態を描いていく。

 正井さんが直面したのは、被災で仕事が思うようにいかない夫からはけ口のようにドメスティック・バイオレンス(DV)を受けていても、周りは焼け野原で家から出て行っても他で暮らすことができないと泣き崩れる女性たち。被災した女性が近所の男性に「抱かせろ」と言われて性暴力の被害にあった話を聞かされた時もすごくショックを受けた。その場にいた支援者の女性が「あなた、それ警察にすぐ届けたの?」と詰問するように言ったという。

 被害者の女性はそれに対し、

「そこでしか生きていけない時に誰にそれを語れというんですか?」

と答え、ツーっと一滴の涙をこぼしたという。

「今度、もし大きな災害が起きた時には二度と同じようなことが起きないように発信しなければならない。」

 正井さんはそう決意したと話す。性暴力の被害を訴える声は正井さん以外の支援者にも届いていたが、ほとんどの被害者が警察には届け出ずに泣き寝入りしたという。

(正井禮子さん)

「たぶん当事者は声をあげられないと思った。そしたら、性暴力は許さないんだと私たちが声をあげるべきだと思ったの。」

 神戸市に性暴力の調査をして欲しいとお願いに行っても、調査する予算も何か実態があった場合に対応する予算もないと言われた。そこで正井さんは阪神淡路大震災の翌年から「被災地での性暴力」の問題をアピールして街頭でのデモ行進をするなどの活動を始めた。

週刊誌メディアで「レイプ多発」というセンセーショナルな形で報道された

 それでも実態を伝える流れだったのが、しばらくすると報道の流れが正反対の流れになった。

 「レイプ多発」がデマだという週刊誌報道が増えたのだ。

被害の証拠はない、「レイプ多発」は“虚報”、などと真逆の報道が増えていった

 さらに性暴力被害を伝えることが当事者への「セカンドレイプになっている」「なかったことにした方が当事者のためだ」と正井さんたちが批判の矢面に立たされるようになったという。

 1996年当時のことだが、この2,3年の間に日本社会で起きた財務省事務次官によるテレビ朝日女性記者へのセクハラや元TBSワシントン支局長による伊藤詩織さんへの性暴力のケースを見ても、結果的に被害を告発した側を攻撃して黙らせるような圧力はその後の時代にもなくなっていない。

正井さんも災害時の性暴力について口を閉ざすようになった

 しかし2004年のスマトラ島沖巨大地震が正井さんにとって転機になった。

 この時にも被災地で性暴力の被害が深刻化したが、スリランカの女性団体が避難所の性暴力の問題に立ち上がった。そのニュースを伝える小さな新聞記事を見つけたのだ。女性団体は自主的に実態調査を行って国に対策を求めたという。

 この頃から世界各国で性暴力撲滅を求める声が高まって勢いを増していた。国連総会でも女性に対する暴力の撤廃に関する宣言がグローバルな課題として採択された。

女性たちが声をあげて災害時の性暴力被害の解消を国などに訴える運動が世界で広がっていた

(正井禮子さん)

「女性たちはきちんとそのことを調査して国にまで持って行った。それを見て私はものすごく勇気づけられて、私たちも(阪神淡路大震災から)ちょうど10年経つのでこれまでの災害を女性の視点から検証することをやらないかと声をかけたら、みんなやろうやろうとなった。」

正井さんは再び声をあげ始めた

 正井さんは女性や地域の防災をテーマにした集会などに参加し、再発防止や支援の必要性を積極的に発言するようになった。

2011年3月、東日本大震災の被災地でも性暴力などのリスクを察知する人たちがいた

 東日本大震災の直後には日本中で47万人が避難所生活を余儀なくされた。福島県で最大の避難所のひとつ、福島県産産業交流館「ビッグパレットふくしま」で県職員として避難所運営責任者を務めていた天野和彦さんは3000人の避難者がごった返す生活の中で女性たちが恐怖を募らせていることを認識していた。酒を飲んだ男性が若い女性の隣にごろんと横になったり、女性がトイレに行く時に後をついて行く男性もいたという。

 福島県だけでなく岩手県でも性暴力被害のケースがあった。もりおか女性センター長だった田端八重子(たばた・やえこ)さんは東日本大震災前に正井さんの講演を聞いていたことから、かつての神戸と同じことがこの震災でも起きるのではいかと危惧していた。

 避難所などに支援物資を届けながら、女性たちの相談に応じているうちに女子高生から学校の帰りに車が横付けになって2人の男に車に引きずりこまれそうになったという友人がいるという話を聞いた。たまたま自転車で通り掛かった男性がいたため、拉致は未遂で終わったという。震災後、新聞記事には被災地の女性が性暴力やDVを受ける事件が相次いでいた。

 番組が映し出した記事の映像では「避難所倉庫で」「強姦致傷」「強盗」「ナイフで脅して乱暴」「停電に乗じ乱暴」「仮設で縛られ」「内縁の妻死亡」「監禁致傷」などの見出しが映し出される。

(田端八重子さん)

「正井さんが言ってらっしゃったことはここまで起こるかと。震災と性暴力というのは(関係)あるんだということを思っておかなくてはいけないということがはっきりした。」

 田端さんは国の暴力防止を推進する担当部署に電話した。担当部署である内閣府男女共同参画局の暴力対策推進室長だった原典久さんは「我々としてはあまり考えたことがなかったといいますか、私自身は深く認識した事はなかったです。」と正直に話す。

(原典久・内閣府暴力対策推進室長=当時)

「これは大変なことになるといろいろな声を聞いて、そこで気付かされてとにかく早めに動こうと。」

 内閣府は緊急の電話相談事業の立ち上げを決定して予算を捻出した。

デリケートな相談をしにくい避難所の問題点

 原さんは田端さんの誘いで避難所を視察した時に目にした光景に驚かされた。大勢の人たちが隣り合って電話を掛け合い、プライバシーというものがない。電話器が置かれていても周囲に大勢の人がいるので性被害などの相談電話をかけられるような状況にはなっていなかった。

 被災地の現場では支援者たちがそれぞれ状況の改善に取り組んでいた。

 宮城県で長年、性暴力やDVの問題に取り組んでいるNPO法人「ハーティ仙台」代表の八幡悦子さんは、女性が避難所などで男性に気圧されてなかなか声をあげにくい状況を把握して、一策を講じたという。女性向けの支援物資の中に相談窓口の連絡先を記したカードを忍ばせたのだ。特に女性の下着などとセットにして女性だけの手に渡るように工夫を凝らした。

 また福島県で最大の避難所だった「ビッグパレットふくしま」でも運営責任者の天野和彦さんが女性の被災者のために心を砕いていた。赴任して数日後に女性たち5、6人が責任者に会いたい、とやってきて「私たち、毎日が恥ずかしいんです」と言ったという。「私たちには着替える場所がない」と言う。

女性だけの専用スペース

 女性が安心して過ごせる場所が必要だと感じた天野さんは女性専用のスペースの設置を決定した。一部の男性からは不公平だという反対の声もあったが押し切った。倉庫に使っていた場所を活用して「女性専用スペース」をつくった。日本で初めての取り組みだった。着替えや授乳だけでなく、悩み事や相談の場としても活用されていった。地元で女性の支援活動に取り組んできたベテラン相談員が常駐するようになった。介護や子育てなどの悩みも腹蔵なく話せる空間になって「女性の専用スペース」は「女性たちの人権を守る砦」(天野氏の言葉)になっていった。

くわしい対応策が描かれたドキュメンタリー

 このドキュメンタリーが優れている点は、この天野さんや八幡さんが女性のために工夫した点などのディテールがきちんと描かれているところだ。当時の映像があるわけではない。あるのは本人のインタビューと当時の写真だけ。それでも状況は伝わる。内閣府の官僚や自治体、NPOなど様々な関係者が知恵を絞って「女性たちが居心地のいい避難所」や「プライバシーを守れる相談場所」に心を配っていたことがわかる。

 「神は細部に宿る」というのは特にドキュメンタリーの制作において鉄則と言ってもいい掟だが、こうしたディテールを番組で描くことで当時の関係者の思いや動きが手に取るようにわかる。すぐれたシーンだと評価できる。

 内閣府が予算化した電話相談事業は、岩手、宮城、福島と順繰りにスタートし、臨時の受付拠点は11か所となった。様々な場所からアクセスできる体制をつくった。内閣府もスーパーの建物の中に相談室を設けたり、「相談しやすい環境づくりに心を砕いた」(内閣府の原さんの言葉)。

 その頃、神戸市のNPO法人「ウィメンズネット・こうべ」代表の正井禮子さんの元にミシガン大学教授の吉浜美恵子さんから電話が入った。本格的な調査を行い、国に対策を求めるべきだと助言する電話だった。

「東日本大震災で阪神淡路大震災と同じようなことが起きると思うから、今度は本当に流言飛語と言われない、本当に信ぴょう性のあるデータを集めようよ。」

 女性たちにとって社会がよりよいものになるための調査をしよう。社会を変えるために協力してほしい。正井さんたちのそんな呼びかけに全国の支援団体や研究者らが賛同していった。

 このドキュメンタリーがさらにすぐれているのは、この問題が単に女性の人権を侵害する性被害が深刻だという捉え方だけにあるのではない。この問題が「防災」にとっても重要だという捉え方をしている点だ。

「性暴力の抑止」が防災につながる

 番組に登場する支援団体の人たちや研究者、さらに制作しているNHKの番組制作者たちもこうした考えで一致している印象だった。よくよく考えてみれば、大きな災害が起きるたびに女性たちの安全が守られず、そのつど人権が侵害されて人として尊重されず時に自殺を考えるような苦しい状況に追い込まれる事態が起きるのであれば、防災上でも解決すべき課題だということができる。この「防災」という視点は新鮮だった。

「防災」の観点からの大がかりな全国的な実態調査

 シングルマザーの問題に取り組んできたNPO法人「しんぐるまざーず・ふぉーらむ」などの支援団体がかかわった。日本で早くからDV(ドメスティックバイオレンス)の全国調査に取り組んだ経験がある湯前知子(ゆのまえ・ともこ)さんもこの調査メンバーに加わった。

(湯前知子さん)

「日本ではそれまでこのような調査がほとんどなかった。

最初の調査になりうるので今度の防災というものに活かしていきたいという私たちの気持ちはありました。」

 内外の災害現場を歩いて防災の体制を研究してきた静岡大学教授の池田恵子さんも実態調査が必要だと考えてチームに加わったという。

(静岡大学教授・池田恵子さん)

「相談窓口に出てくるものは本当に氷山の一角だと思うんです。数を論じるよりも、どんな事件がどういう場所のどういう状況で起こっているのかを詳細に知ることによって具体的な対策に結びつけやすい。」

 調査は避難所への立ち入りを許された現地の支援団体や医療関係者らの協力で進められた。信ぴょう性を高めるため、被害の内容や相手の人数、時間帯、加害者の属性など聞き取る質問は37項目。1年がかりで調査が行われたという。

 日本で初めての「災害時における子どもや女性に対する暴力の実態調査」が行われた。こうして2013年12月に「東日本大震災『災害・復興時における女性と子どもへの暴力』に関する調査報告書」がまとめられた。その紙の分量だけでも分厚いもので膨大な調査報告書であることが見てとれる。

 その内容についてはNHK「クローズアップ現代+」のホームページに以下のように記されている。

調査結果では、10代から60代までの女性や子どもたちが、さまざまな場所で、DVや性暴力の被害を受けていたことが明らかになりました。さらに、関係者が注目したのは「対価型(見返り要求型)の暴力」です。震災や津波などで夫や家族を亡くす、失業する、家財を失うなど、弱い立場の女性に支援をする対価として、性行為を要求するという事例が複数報告されたのです。

出典:NHK「クローズアップ現代+」番組ホームページ

 震災によって電灯もつかなくなった暗闇で、力のない女性たちが近くにいる男性からの性暴力に遭っていた実態が浮かび上がってきた。

(避難所で性暴力を受けた女性)

「複数の男性から暴行を受けました。

騒いで殺されても海に流され津波のせいにされる恐怖があり、その後も誰にも言えませんでした。」

 メンバーがとりわけ衝撃を受けた事例がある、と番組は紹介する。

 生活必需品などの物資や避難場所を提供する見返りに、女性たちに性暴力をふるうという「対価型」「地位利用型」の暴力が複数あった。加害の相手は裁量権のある避難所のリーダー格の男性だったという。

(調査メンバー・湯前知子さん)

「その調査票を読んだ時には手が震えてしまったんです。

単身の女性とかも結構被害にあっているんです。日頃からそれほど強くない立場の人が災害にあうということで脆弱性が増してくるわけですね。

それでそういう被害にあうということがこの調査では明らかになっています。」

(調査メンバー・正井禮子さん)

「帰る家がない。食料もないという状態で本当に深刻だったんだと思うんです。

そういう中で物をあげる、住む家をあげるという中で、そうしないと生きていけないと思った時に対価型ハラスメントもやっぱり起きたのだと思いました。」

(調査メンバー・池田恵子さん)

「たとえば働くってことを考えると、パート労働、非正規雇用は女性の方が圧倒的に多いわけですから、すぐに解雇されるのはまず女性。介護とか子育てということを考えても女性にしわ寄せがくる部分が多いんです。

そうなってくると頼らざるをえない。誰かに依存しないと生き延びていけない。立場の弱さという格差が暴力につながる余地を生んでいる。」

 報告書には国に対する提言も盛りこまれている。

 同じような被害が繰り返されないために。調査チームがまとめた報告書には、次のような具体的な対策案や提言が盛り込まれ、国へ届けられました。

災害直後からの暴力防止の啓発・相談支援の充実

避難所の改善(プライバシーの確保等)

被害者への支援・連携体制づくり(行政・警察・医療・女性支援センターなど)

防災・災害対策における女性の参画と男性との協働(意思決定の場の男女平等)

出典:NHK「クローズアップ現代+」番組ホームページ

「被害者が登場しない」というドキュメンタリー

 筆者はテレビドキュメンタリーの制作者だった時期が長く、ドキュメンタリーを研究対象にもしている。

 そういう立場でこの番組を評すると、非常に珍しいタイプのドキュメンタリーだと言うことができる。

 最大の理由は、性犯罪の被害を訴えるドキュメンタリーなのに、被害者本人がただ一人さえ登場しない点だ。

 テレビドキュメンタリーの場合、こうした被害者本人、言い換えれば「当事者」が一人も出てこないという番組は。通常は「肝心のパートを欠いた状態」だとみなされることが多い。被害者当人がたとえ一人であっても出てきて証言することで、取材そのものが「事実に裏打ちされたもの」として「真実性」が担保されると解釈されるからだ。

 それなのに「当事者」が一人も出てこない。

「当事者がいなくてドキュメンタリーとして成立するのか?」

 おそらく制作者たちはこの番組を制作するにあたって、それなりの議論を重ねたに違いないだろうと想像できる。

 インタビューなどで登場するのは支援者や研究者ばかり。いくら性暴力の被害というものが羞恥を伴うために当事者の声を出すのが難しいとはいえ、最近では性暴力の被害者の中にも自分の顔を出して体験を語る人たちも出始めている。ましてや顔を出さないとしても声だけのインタビュー、さらには音声を変換した形の放送などいくらでも可能なはずではないか。

 一次的な当事者とは言えない支援者や研究者たちが語っていることだけでは説得力がないのではないか? 見ている側もリアリティーを持って受け止めてくれないのではないか? そんな議論はあったはずである。

結論から述べると、当事者が登場しないことはこの番組のドキュメンタリーとしての価値を損ねていない

 むしろ、当事者が出てくることになれば、「その人たちの物語」としての完結性を求めることになってしまう。登場した人たちがどのように傷ついてどのような人生を送ったのか、という人間の物語として完結させなければならなくなってしまう。

 もちろん、そういうドキュメンタリーもあっていい。だが、この被災地の性暴力という問題は「その人たちの物語」、つまり性暴力を経験した被害者だけの物語ではなく、被災した後で子どもたちや女性が傷つかないような防災体制について考えるドキュメンタリーなのだ。つまりは「私たちの物語」でもあるのだ、という視点を意識したのだろうと思う。

 その意味では、個々の性暴力被害者たちの証言に頼ることをあえて放棄して、むしろ、支援団体や研究者らが集めた膨大な調査データを番組のキモの部分に据えたのだ。

NPOや研究者らの本格的な調査に着眼したドキュメンタリー

 このドキュメンタリーが他の番組よりもすぐれている点は、圧倒的な調査データに裏打ちされている報道だということだ。

 つまり伝えている事実はすべてエビデンス(証拠)がある。後から“虚報”などと言われる恐れもない。女性たちの相談などの支援活動を行っているNPOや大学の研究者などが力を合わせた、かつてない調査結果という記録をベースにしている。

 長く性暴力などの被害者相談にあたって来た人たち、つまり「その道のプロ」の人たちが相手だからこそ、性暴力の被害者たちも心を開いてかなり細かい調査に協力して丁寧に答えている。これは報道機関だけでやろうとしてもとてもやれるレベルのものではない。やったとしてもこれほど細かい質問項目について各地でデリケートな事情を聞き取ることは不可能だったに違いない。

 NHK取材班は、この番組をまとめるにあたって、調査データこそを「主役」として位置づけて伝えることにしたのだと推察する。

社会を変えるチカラも持つ

 証拠に裏打ちされた報道は、何よりも説得力があり、実際に行政や社会を変えていく力も持っている。

 被害がどこでどのように行われたかをチェックすることで、避難所の場所の区分の仕方や支援物資の管理や受け渡しの意思決定に恣意的な力関係が働いた可能性も見えてきたはずだ。それが「性暴力」につながる芽になっているとしたら、その芽を事前に摘み取っておく。そうすることが「防災」という観点から見ても望ましい。 

 番組で紹介された調査報告書は国や自治体などにも届けられ、その後、様々な形で参照されて、国の防災基本計画などに女性の参画、つまり女性の視点や女性の意見を取り入れて避難計画などをつくる動きが進んでいるという。

 NHKの取材班が記したホームページには以下の記述がある。

その後、国の防災基本計画や、内閣府の「防災・復興取組指針等」にも、災害時の安全性の確保や、復興過程における女性の参画を促進することが明記されました。熊本地震発生後は、災害直後からDVや性暴力防止の啓発活動が進められたほか、女性の意見や視点を取り入れた防災計画や避難所運営の見直し、女性の防災リーダーの育成に力を入れる自治体も現れています。

出典:NHK「クローズアップ現代+」番組ホームページ

 まだまだいろいろな部分で女性の参加が遅れている日本社会。

 もしも「女性の意見」や「女性の視点」がもっと取り入れられていればもっと柔軟でやさしい政策や政治的な決断、対応などができるはずなのに、と思うような事例は震災以外にもある。 

 震災と同じような社会の危機として「非常事態宣言」などが現在取り沙汰されている新型コロナ問題。

 政治家のトップダウンで唐突に物事が決められて後手後手に回ってしまった感染防止対策だ。

 もし「女性の視点」が活かされていればもっと違った展開になったのではないか。子育てなどをする当事者の母親の声を聞くこともなく「全校一斉休校」などが一方的に決められた。結果として、阪神淡路大震災や東日本大震災の頃と同様に、非常時のしわ寄せが女性たちに向かってしまう構図は変わらない。

 女性への性暴力の実態を把握し、悲劇が起きないように「防災」として考えていこうという発想をもつ人々の問題意識から制作された今回のドキュメンタリー。休日の昼間に一度きりの放送ではもったいない。ぜひ再放送してほしい。3月1日からNHKが放送する番組はネット上でも視聴できるサービス「NHKプラス」が始まっているが、この番組はまだ見逃し視聴の対象ではないらしく視聴することはできない。こちらもぜひ見られるように工夫してほしい。「災害時の性暴力被害」を少しでもなくしていくため、報道の「公共性」を果たしてほしいと願う。それこそNHKが「公共放送」から「公共メディア」に脱皮していくために必要な条件だと思う。

性暴力被害をめぐるやりとりはネットで続いている

 最後に、今回の番組を制作した「災害時の性暴力取材班」のプロデューサーが放送の後で番組ホームページにコメントを寄せた人たちへのお礼として書いた文章がとても柔らかくて素敵な文章なので少し長いがそのままお伝えする。

みなさん、コメントをありがとうございます。支援者への共感の声、加害者や暴力への怒り、対策を求める意見など、こうした声こそが、勇気を振り絞って証言してくださった方々にとって大きな力になると思います。

災害時の人道支援に関する国際的な「スフィア基準」では、避難所の場所や物資の確保等について「最低限の基準」を定めています。さらに、女性や子ども、障害者など、声をあげにくい人たちの意見の尊重や、性暴力・DVの防止と支援についても明文化。支援者が暴力に加担しない、見過ごすことも許さないなど、暴力を根絶する強い姿勢を求めています。現在、国内の自治体でも、地域の「防災計画」を見直し、女性たちの意見や参画を促進する取り組みが少しずつ進められています。皆さんが住む町の防災計画に、そうした視点が欠けていると感じたら、ぜひ声をあげてみてください。

「災害時には、平常的の社会的構造の問題が顕在化する」と言われています。男女格差、いじめや虐待、貧困など・・・。さまざまなひずみが、より弱い立場にある人たちへと向かっていく。「災害に強い社会」を作っていくためにも、私たちが日頃からこの問題と向き合っていくことが不可欠だと痛感しました。

これからも皆さんとともに考えていきたいと思いますので、よろしくお願いします。

出典:NHK「クーズアップ現代+」番組ホームページ

「災害時には、平常時の社会的構造の問題が顕在化する」

 そんな意識を持って現地を取材し、番組を制作したテレビの関係者がいる。

 まだまだ日本のメディアの人たちも捨てたもんじゃない。テレビを含めて報道のメディアが曲がり角に来ている今、この言葉に私は少し勇気をもらった。これからもぜひこういう姿勢で番組をつくってほしい。

災害時の性暴力を考えることは大事な「防災」なのだ

 防災といえば、どうしても最新設備などの技術的なシステムや避難のことばかり頭に浮かびがちだが、この番組が教えてくれた「性暴力を防止する」という視点は私たちも忘れないようにしたい。  

 性暴力の実態を明るみに出して再発を防ぐための報道。

 それは立派な「防災報道」なのだ。

反響の追記(3月9日)

 この記事についてはFBのメッセージなどで様々な人たちから反響があった。

 その中でも全国紙でかつて働いていた女性記者から届いた体験談が心に残ったので追記しておきたい。

 この女性記者は今回のNHKと同じように番組に登場した正井禮子さんを中心に取材を進めて記事の掲載を計画していたところ、上司から「待った」がかかったという経験を書き送ってくれた。

 上司が記事の掲載に「待った」をかけたのは、避難所での性暴力被害者に直接取材した「一次情報」がないという理由だった。正井さんら支援者が当事者から実態を聞き取って証言しても、それは「二次情報」にあたるのでダメだという理屈だ。避難所での性暴力被害を当事者が訴えにくい弱みにつけこむような、雑誌記事による正井さんらへの「バッシング」。正井さんらが沈黙を強いられたのと同じような構図で、新聞報道の世界でもバッシングを恐れて沈黙を強いるような空気が強かったというのだ。

 これは筆者の想像だが、今回、この番組がNHKの総合テレビで放送できたのは「フラワーデモ」などの流れが背景にあったからだと思う。

 一方でこの番組が「NHK+」での見逃し配信の対象になっていない背景には、上記の全国紙と同様に「二次情報」への軽視やバッシングを恐れるような空気が関係しているのだと思う。

 報道機関は今もまだ男性が圧倒的な優位の構図で意思決定が行われる世界である。

 社会が変わっていくためにはまだまだ時間が必要なのかもしれない。

 自分が働いていた全国紙では記事の掲載が思うように出来なかった女性記者の言葉は次のように締めくくられていた。

大切なのは、たとえ公に口にする人がいなくても「なかったこと」には決してしないこと

 「なかったこと」にはしない。そんな女性たちの決意が少しずつでも広がってことが大切なのだと思う。