川崎殺傷事件で浮かび上がった「8050問題」の深刻さ

5月28日川崎市多摩区登戸新町の路上で事件の対応に当たる消防と警察の関係者(写真:REX/アフロ)

「8050問題」

 

 この1、2年で注目されるようになった言葉だ。

 NHKの福祉情報総合サイト「ハートネット」では以下のように説明されている。

「8050問題」という言葉をご存知でしょうか。「80」代の親が「50」代の子どもの生活を支えるという問題です。背景にあるのは子どもの「ひきこもり」です。ひきこもりという言葉が社会にではじめるようになった1980年代~90年代は若者の問題とされていましたが、約30年が経ち、当時の若者が40代から50代、その親が70代から80代となり、長期高齢化。こうした親子が社会的に孤立し、生活が立ち行かなくなる深刻なケースが目立ちはじめています。

出典:NHKハートネット(福祉情報総合サイト)『8050問題とは? 求められる多様な支援』

 川崎市が今日(5月29日・水曜)、記者会見で明らかにしたところによると、登校する途中の子どもたちを包丁で次々に刺した容疑者は、「80代のおじおばと同居」していて、「引きこもり」の傾向にあったという。親族が川崎市に相談し、おじおばの介護のために介護ヘルパーを自宅に入れることで同居する岩崎容疑者の対応について相談していたことが明らかになった。

「80代の高齢者と同居」「50代の引きこもりの男」

 福祉関係者であれば、この状況を聞いてピンと来る人が多いに違いない。岩崎容疑者の場合は、同居相手が親ではなかったが、「引きこもりの50代」が80代の高齢者の家にパラサイトするという点では親の場合と変わりはない。

典型的な「8050問題」なのである。

 朝日新聞のキーワード解説は「引きこもり」について、「厚生労働省は、仕事や学校にいかず、家族以外の人とほとんど交流せず、6カ月以上続けて自宅に閉じこもっている状態を『引きこもり』と定義」していると解説する。

 「引きこもり」といえば、比較的若い時期の「不登校」など、10代あるいは20代くらいの問題というのが多くの人たちのイメージだろう。しかし、この「引きこもり」の状態が30代、40代、さらに50代にまで「長期化」するケースが日本国内では増えている。同居する親らが高齢化して80代になっても定職がなく、生活困窮や社会的な孤立に陥ってしまう問題が、80代の親世代と50代の子ども世代とが同居するために「8050問題」(ハチマルゴーマル問題)と呼ばれるようになって、深刻な社会問題になっている。

 

 昨年、札幌で起きた母親と娘の孤立死事件が注目された。前述の「NHKハートネット」がこの事件について記事にしている。

 今年1月、札幌市のアパートの一室で、82歳の母親と52歳の娘の遺体が発見されました。検針に来たガス業者が、電気がついているのに応答がないことを不審に思い、事態が発覚。死後数週間が経っていました。警察によると、2人の死因は栄養失調による衰弱死。母親が先に亡くなり、娘がしばらくあとに死亡していたことがわかりました。

近所の人によると、娘は10年以上ひきこもりの状態で、買い物や食事の世話は母親がしながら、地域とのつながりも避けるように暮らしていたと言います。医療や福祉の支援も受けていなかったとみられています。

出典:NHKハートネット(福祉情報総合サイト)『8050問題とは? 求められる多様な支援』

 

 この問題について早くから注目して報道していたのが朝日新聞の清川卓史記者(編集委員)だった。清川記者は生活保護や介護保険、年金など社会保障や貧困問題の専門記者として記事を書いている。

 長男は47歳。ひきこもりはバブル経済さなかの1989(平成元)年から続き、29年目になる。「あと3~4年の命でしょうが、ひきこもりの解決を考えることが使命。できるだけのことをしてあの世にいこうと思っています」

深刻さを増すひきこもりの長期・高年齢化。

 長男が心に変調をきたしたのは大学受験がきっかけだ。第1志望の国立大に不合格となり、不本意ながら別の大学に進んだものの、すぐ実家に戻った。以来、バブルの崩壊やIT社会の到来、大震災など、世の中が揺れ動くなか、社会との接点をほとんど持たずに生きた。アルバイトも続かなかった。

 男性の退職金も底をつき、「このままでは親子とも破綻(はたん)する」と思い詰めた。意を決し、4年前、息子を残し賃貸の高齢者住宅に妻(82)と転居。今夏から息子は1人で生活保護を受けて暮らす。

 男性と妻はいまも、受験時の親としての助言がよくなかったのではと悔い、息子の将来に胸を痛める。気をもむのは生活保護切り下げのニュースだ。「40代後半で経験もなければ企業も雇うはずがない。生活保護を打ち切られたら本当に行き場がない」

出典:朝日新聞デジタル(2017年12月30日)ひきこもり29年目 親子の孤立「このままでは共倒れ」

 昨年、貧困報道についてのシンポジウムで清川記者と筆者は一緒に登壇する機会があったが、その時にも清川記者は「8050問題」の深刻さや複雑さをしきりに強調していた。

「本当に生活がどん詰まりに陥ってしまうんです。先の展望がない。孤立して周囲からの支援も受けられない」

 

清川記者は「8050問題」を自分の記事の中で以下のように定義している。

 

「老老」でも「独居」でもない親子の深い孤立。80代の親と50代の子の世帯の困難という意味で、「8050(はちまるごーまる)問題」と呼ばれる。

出典:朝日新聞デジタル(2017年12月30日)ひきこもり29年目 親子の孤立「このままでは共倒れ」

 清川記者が書いた「困難」は、生活苦などもあるだろうが、その他に場合によって「暴力」「病気」「介護」「認知症」など、様々なケースが考えられる。

 清川記者は「8050問題」を平成という時代との関連で以下のように書いている。

「8050問題の背景には、明らかな社会構造の変化がある。その深刻化は、家族と雇用の標準形が崩れていった平成という時代を投影している。自己責任と切り捨てられる課題ではない」

「ポスト平成に向けて、8050問題の実態をまずは正確につかむこと。そして家族問題という私的領域から社会で対応する公的な課題に引き上げていく議論が求められる」

(朝日新聞社「Journalism」2018年4月号 清川卓史「『8050問題』という危機 家族の『標準』崩れた平成」)

 8050問題は、「親子」の問題に限らない。今回の岩崎容疑者の場合、どのような経緯でおじ夫婦の家に同居するようになったのか今後明らかになってくるだろうが、必ずしも「親子の同居」というパターンだけと言えないのではないか。

 さらにいえば介護や生活困窮の問題が深刻になってきて、「引きこもり」の後ろめたさもあって周囲から孤立してますます支援を求めにくくなる負の連鎖が進んでしまう構図があるのではないか。

 今回、事件を起こした岩崎容疑者に対して川崎市が間接的に接触しようとしたところ、「引きこもり」という言葉に本人が反発したため断念したという報道もある。川崎の事件については、容疑者の住んでいた家に対して、福祉や医療などの観点からの「支援」がどの程度行われていたのか、何が可能だったのか、今後検証する必要がある。

 もちろん、容疑者の生活の背景に日本で広がる「8050問題」が横たわっていると言ったからといっても、それだけで今回の無慈悲な犯行の説明にはならないし今回の犯罪を正当化することになるわけでも同様の問題の解決や防止につながるわけでもないことは明らかだ。

 とはいえ、こうした残虐事件が起きるたびに犯人憎しだけだとともすれば軽視されがちなこうした「社会問題」についても私たちは目を背けることなく正視していく必要がある。

 「引きこもり」の数は、全国で54万人(2016年内閣府調査)いるとされるが、これは39歳までの数で40歳以上はカウントされていない。上記に引用したNHKハートネットによると、自治体の調査では「40代以上の引きこもり」が半数以上、あるいは7割に及んでいる自治体もあるという。専門家は全国的な傾向だと断言する。

長期高年齢化というのは全国的な傾向にあるのではないかと思います。

出典:NHKハートネット 「8050問題」とは? 求められる多様な支援

そうだとすれば、少なく見積もっても40代以上の引きこもりを含めると54万人の倍以上、おそらく100万人以上の引きこもりが日本国内に存在する可能性がある。

 こうした人々の社会的な孤立にどうやって対処するのか。

 清川記者が指摘するように、この問題は「平成」という時代に顕在化した。そして「令和」という時代に入ってますます深刻化しているのである。だとすれば、いったい全国に何人の「長期化した引きこもりの人」が存在するのか。その人たちは今、どのような環境で生活しているのか。その実態を把握することが急務ではないか。

「8050問題」への対応が必要性を増していることを今回の事件は物語っている。

 「令和」という時代に入って、間もないタイミングで「8050問題」を背景として事件が起きてしまったことを、メディアも行政も政治も真剣に向き合っていく必要がある。

岩崎容疑者の生活状況がどのようなものだったのかはこれから次第に明らかになっていくはずだが、彼と同じように40代、50代になっても高齢者の家にパラサイトするしかなくて、孤立している「引きこもり」の人たちが大勢いるのだから。

テレビで報道される岩崎容疑者の顔写真は、中学時代のままだ。同じように周囲への「対外的な記憶」は中学時代のままで家に閉じこもった状態の人たちについて、緊急に調査をすべきだ。