「児童虐待」を模倣させないため テレビでの伝え方を真剣に考えてほしい

3月14日「news zero」で女児の両手両足を縛って水風呂に入れる再現CG

虐待の「行為」をくわしく「再現」するニュース番組

 冒頭の画像は、相次ぐ児童虐待事件の一つとして、日本テレビ「news zero」が3月14日に放送した、両親が8歳女児の両手両足を縛って水風呂に入れた行為によって殺人未遂の容疑で逮捕されるに至ったニュースで、虐待の様子を再現したCGの画像だ。虐待を「実際にどういうふうにやったのか」のくわしく伝える報道のやり方である。

 筆者は、テレビ報道の研究者として、最近起きた千葉県野田市の栗原心愛さんが父親から過酷な虐待を受けて死亡した事件以降のテレビ各社の報道をチェックしてみた。そこで気がついたのが前述の「news zero」のように、虐待の「やり口」をくわしく再現したり、虐待の様子を動画で見せるニュース報道が増えている現状だ。たとえば、同じく「news zero」で心愛さんの虐待死で逮捕された父親の再逮捕を続報した3月8日、別の虐待事件についても動画で報道した。床に横たわった6歳の男児を母親が怒鳴りながら何度も蹴りつける。その様子を13歳の兄がスマホで隠し撮りした動画がSNSに流れて拡散されたという。

 相次ぐ虐待についてのテレビニュースは、現代の日本においては親による虐待で時に子どもが命を落とすことがけっして稀なことではなく、氷山の一角に過ぎないことを物語っている。

 他方で、テレビでこのようにくわしく伝えることは果たして、虐待を止める要因になっているのか、それとも逆に虐待を増やしているのかを考えていくと、テレビ報道での「くわしい伝え方」が虐待を増加させる要因になっているように思われる。

「お父さんにぼう力を受けています。先生、どうにかできませんか」

(10歳で死亡した野田市の栗原心愛さん)

 こういうSOSを通っていた中学校の先生に向けて発していたのに虐待の末に命を落とした心愛さんの場合、虐待の様子を両親が動画で撮影していたという。

「news zero」が報じた水風呂で虐待されて死にかかったという女児のケースでも両親は水風呂に入れたわが子の様子を動画撮影していたという。

 あまり想像したくないことだが、わが子への残虐行為を楽しんでいたのだろうか。だとすれば虐待の手口を詳細に伝えたこうした報道は、犯罪の抑止どころか逆に誘発させかねない危険性を伴うものではないだろうか。なぜなら、子どもをすでに何度か虐待している親に対してそうした虐待の方法があることを教えることになってしまうからだ。そうした方法を「試してみる」という誘因になってしまいかねない。

 新たに残酷な手口の虐待事件があった場合でも、テレビはこうした反応も考慮してもっと抑制的に報道すべきだと考える。

模倣を防ぐために、「行為」をくわしく報じないという自殺報道のルール

 実は報道すべき行為をどこまでくわしく伝えるべきかについては前例がある。自殺のニュース報道で、誰かの自殺を伝えることやその詳細な行為(たとえば、学校の屋上から塀を乗り越えて飛び降りた、とか、ホームに入ってきた列車に飛び込んだ、公園の木の枝にロープを吊るして首をつったなど)、くわしく情報で伝えたり、CG映像などで再現して伝える行為は、WHO(世界保健機関)のガイドラインで原則として禁じられている。統計上、くわしい自殺報道を目にした人が模倣するというデータがあるからだ。

 厚生労働省のホームページにあるWHOの「自殺予防 メディア関係者のための手引き」の要点に以下の要素も掲げられている。

●自殺既遂や未遂に用いられた手段を詳しく伝えない。

出典:厚生労働省 公式ホームページ「WHO 自殺予防 メディア関係者のための手引き(2008年改訂版日本語版)」

 これと同様に、ピエール瀧容疑者の逮捕以来、一気に増えたコカインについての報道も「どういうふうに入手」するかや「どういうふうに吸うのか」といった「くわしい内容」は、模倣を招きかねないことや犯罪を強調しすぎることで治療可能だという側面が伝わりにくくなること、薬物依存症を治療中の患者や家族が報道によって強い影響を受ける可能性があることなどで慎重な報道を求める声が各方面から上がっている。

薬物報道のあり方については、2017年に荻上チキらによってガイドラインが提案されている。これはTBSラジオ『荻上チキ・Session-22』で放送された「薬物報道ガイドラインを作ろう!」という企画から生まれたもので、松本俊彦(国立精神・神経医療研究センター)、上岡陽江(ダルク女性ハウス代表)、田中紀子(ギャンブル依存症問題を考える会代表)との議論を経て作られた。

荻上チキ氏らが「薬物報道ガイドライン」を提唱している。

出典:CINRA.NET「ピエール瀧が麻薬取締法違反で逮捕。著名人薬物報道のあるべき姿は」

 これと同様に、児童虐待についての報道も、どのように虐待行為をしたのか、というくわしい行為ばかりに集中するような報道については、報道する前にもっと慎重になるべきだと考える。

 筆者自身も児童相談所や児童養護施設を比較的長く取材した経験がある。虐待される子どもの心がとてもデリケートである一方、虐待行為をしてしまう親自身の心のケアをきちんとしない限り、根本的な解決を見出すことはできない。非常に難しい分野だと思う。このため、テレビで放送されるドラマであっても場合によっては表現は慎重であるべきだと、これまで筆者は主張してきた。

一番守らねばならない「施設の子どもたち」への「想像力」を失い、彼らを傷つけているのだとしたら、それはどんなに良い放送をしても意味がない。

出典:ヤフーニュース個人「日テレのドラマ『明日、ママがいない』への抗議問題。施設の子どもに対する『想像力の欠如』と『加害性』」

「もうおねがい ゆるして ゆるしてください」

(5歳で死亡した東京・目黒区の船戸結愛ちゃん)

 苛酷な虐待を受けた子らが救いを求めて書いた文字の筆跡が少女たちの顔写真とともにテレビで放映されるたびに胸が痛むのは筆者だけではないだろう。

 テレビのニュース番組では、そうした実態を伝えるたび、読み上げるキャスターたちも声を湿らせて、同様のことを繰り返してはならない、と強い決意を込めて伝えているように見える。しかし、残念なことにニュースの実態は根本的な解決策を伝えるのとは程遠い状況になっているように思う。やはりテレビでは虐待の「くわしい行為」ばかりを集中して報道する傾向が強いからだと言える。

 

 テレビ報道が児童虐待で伝えるべきことは何だろう。当然ながら、父親による虐待を疑い一時保護までしたのに、女児を父親の元に返す判断をしてしまった児童相談所という役所の実態を映像で伝えることだ。

 日頃の仕事はどんな様子か。職員の労働量は? 権限は十分か。親とのやりとりや個々の意思決定を誰がどうチェックするのか。専門家のサポートは適当なのか。現場で働く職員たちの声を拾い集め、改善策を示していく報道である。 

 国会での首相答弁に倣うまでもなく、件数が増え続けて死者が相次ぐ児童虐待は、今この国が何よりも優先して取り組むべき課題のはず。それなのに多くのテレビニュースからは記者や制作者の「本気」が伝わってこない。   

  最大の鍵を握っている児童相談所(児相)の現場をろくに取材していないのだ。児相の現状を明るみに出し、相次ぐ問題解決のために行政、学校や警察、周辺住民はどうすべきか。問題を整理すべきなのに表面しか報道していない。

 新愛さんの虐待死では偏執的な虐待を主導した父親と阻止しなかった母親が逮捕されたが、なぜ児相が介入して彼女を保護できなかったのか。刑事事件として警察、検察や児相、学校、自治体である県や市、一家が以前住んだ場所の自治体、政府や国会など取材すべき関係機関が多いとしても、鍵を握る児童相談所の仕事が日常的にどうかという肝心な点がおざなりだ。

 児童虐待について、警察庁の集計で児相が児童虐待を疑って家庭への調査や子どもの保護で警察に対応を要請した件数が過去最多と発表されたのが2月上旬。以後も児童虐待をめぐるニュースは散発的に続いている。先に挙げた日テレ「news zero」は児童虐待について介入や支援の要である児童相談所を訪れて取材して報道することはしていない。

児童虐待で「児童相談所」を取材しないテレビニュース

 児童福祉の世界は筆者の経験では専門的な知識の蓄積が必要で、しかもデリケートな個人情報の厳重な管理を求められる非常に難しい取材対象だといえる。児童虐待をめぐる報道で児相の現場に踏み込む報道が少ないのは難しいテーマを避け、視聴者の好奇心を引きやすい「行為」そのものに集中しすぎるせいではないかと見ている。

 こうしたなか、TBSの「報道特集」(3月23日)は静岡県内の児相を実際に取材して児童虐待の対応の難しさをテレビで報道した数少ない報道だった。職員たちは児相に次々にかかってくる電話応対に追われていた。

3月23日放送のTBS「報道特集」 静岡県内の児童相談所の一時保護所を案内する所長
3月23日放送のTBS「報道特集」 静岡県内の児童相談所の一時保護所を案内する所長

 相談にあたる児童福祉司は親から暴力的に威嚇されることも少なくないと赤裸々に証言した。

 虐待が疑われる子どもを預かる一時保護所も放映。児相の他にも、虐待を受けた子どもだけでなく虐待した親の心をアフターケアするNPOのサポート活動も紹介し、多角的に伝えて出色だった。

 とはいえ、テレビ全体では児童福祉について無知ともいえる報道が目立った。2月25 日に東京で児童養護施設の施設長が元入所者の男に殺害される事件が発生した際は続報も含めて、児童福祉の課題を指摘する報道は皆無だった。児童養護施設は「社会的養護」と呼ばれるが、親が養育できずにこの施設に入所する子どもは大半が虐待の被害者だ。児童相談所も児童養護施設も予算と人員の不足が慢性化していて、退所後のケアの不足など様々な歪みがあることは児童福祉の関係者の間では半ば常識ともいえる。  

 新聞では児相の課題として、現在、児相で対応にあたる職員が持っている児童福祉士という資格だけでいいのか。それに替わる児童虐待を専門にする国家資格創設が制度的に必要ではないかという議論を紹介する報道があった(3月25日の朝日新聞)。

現行の任用要件は不十分として、児童福祉司のあり方を抜本的に見直し、子どもと家庭福祉についての専門職を児童福祉司に任用するべきだという意見が、専門家たちから出ています。

出典:朝日新聞デジタル(2019年3月25日)「人手不足、問われる質 児童福祉司に必要な専門性とは?」

 一方でテレビでは、制度や資格面まで踏み込んだくわしい報道や児童福祉全体を見渡して背景を深掘りするような報道はほとんど見られなかった。新聞には児童福祉の問題を20年以上取材している朝日新聞社の大久保真紀記者のような専門記者がいるが、テレビにはそれに匹敵する人がほとんど見当たらないせいだろう。

 だとすれば、いまテレビに求められることは児童福祉をきちんと理解する専門記者や制作者を育てることである。災害報道でも原発報道でも指摘されてきた記者の専門性の欠如がテレビニュースを必要以上に情緒的で下世話なものにしてしまっている。

 一向になくならない虐待事件の報道。そこには専門記者の視点が必要であることは言うまでもない。

 テレビ報道でも大久保真紀さんのような報道者を育てることが急務なのだ。