LGBTのレギュラー出演者が民放ニュースで初登場! 有働由美子の”攻める”「news zero」 

10月4日「news zero」での有働由美子アナと日テレ社員の谷生俊美さん

あっ、”谷生くん”・・・!?

 10 月4日(木)の「news zero」を冒頭部分を見ていて仰天した。有働由美子キャスターがゲストを紹介した時、横に座っていたのは筆者のかつての記者仲間の”谷生くん”だった。筆者の知る”谷生くん”は行動力あふれるハンサムな”男性記者”だ。この日、スタジオで有働さんの隣りにいたのは、亜麻色の長い髪を束ね、化粧をしてイヤリングをつけてワンピース姿の”女性”だった。かつてを知る者としては、そのギャップはいささか衝撃だった。

 冒頭の紹介のトークを振り返ってみよう。

10月4日の「news zero」でコメントする谷生俊美さん
10月4日の「news zero」でコメントする谷生俊美さん

(有働)「今夜のゲストを紹介します。日本テレビ「金曜ロードSHOW!」プロデューサーの谷生さんです」

(谷生)「谷生俊美です。日本テレビでは男性として入社しました。現在はトランスジェンダー女性として、映画と向き合って7年になります」

(有働)「谷生さんは日本テレビの一社員でいらっしゃるんですけど、きょうは我々がお願いして来ていただいているんですけど、よろしくお願いします」

(谷生)「出演することに、視聴者の方からどういう反応があるのかといった正直、不安もあるんですが、たとえば自分にしかない物事の見方があると信じて、会話のきっかけを作っていければと考えています」

 そうだったのか・・・。筆者が日本テレビに在職中、仕事を共にした「谷生くん」はとても優秀な記者だった。カイロ支局長としても活躍していた。その後にトランスジェンダーとしてカミングアウトしていたことをこの夜の放送まで知らなかった、名字は同じでも下の名前は前は男の名前だったが変えたようだ。

コメンテーターとしての「谷生俊美さん」の言葉に注目してみよう

 

 大阪・富田林警察書から逃走して「日本一周中」と掲げて自転車で逃げていて逮捕された樋田淳也容疑者のニュースについてはー

(有働)「谷生さんは警視庁担当の記者をやってらしゃいましたが、この事件をどう見ていますか」

(谷生)「まるで悪い映画を見ているような事件ですよね。でもそれは起こってしまった。恐怖ですね。特に女性の立場からすると(自分の胸を押さえて)、ますます恐ろしいなと思います。

(有働)「逃亡劇の方に、ともするとどういう経路で(逃げたのか)という興味本位になっちゃうんですけど、いちばんは、性犯罪の容疑者である、ということですね」

(谷生)

「こわいですね。警察の捜査をかいくぐるような形で非常に狡猾だという気がします」

 「狡猾」という表現の的確さ。他局のニュース番組でほとんど強調されていない点だ。あの容疑者がいろいろな人たちにスマホなどで写真を撮らせながら自転車旅行をしていたということを各局が放送しているが、ともすればそのコミカルさばかりが伝えられている。実は性犯罪の容疑者で、逃走が続けばさらなる性犯罪の犠牲者を生む可能生があったことはニュース番組で強調すべきポイントだろう。

キャスターの有働さんもコメンテーターの谷生さんも「女性の視点」で実感のこもったコメントだった

10月4日「news zero」での有働由美子キャスターと谷生俊美さん
10月4日「news zero」での有働由美子キャスターと谷生俊美さん

 東京都のLGBT への差別禁止の条例案を都議会の委員回で可決されたというニュースが続いた。都道府県で初めての条例が明日にも成立する見通しだという。その後で谷生さんがLGBT当事者らしい実感をこめて解説した。

(有働)「これ、当事者としては谷生さん、どのようにこのニュースを見ますか?」

(谷生)「私は(LGBT)当事者の代表ではないんですけど、こうした条例が可決されると安心感はあると思う」

(有働)「安心感というのは?」

(谷生)「一気に広がるには時間がかかるかもしれないですけれど、何かきっかけになるかなという気はします」

(有働)「きっかけ?」

(谷生)「たとえば私も経験がありますけど、繁華街を歩いていて酔っ払いの男性グループからすごく暴力的な言葉を投げかけられるということはあると思うんですよ。こういったもの(条例)があると少しは抑止力になるかなという気がします。学校のいじめと似ていて、完全になくすことは難しい。それでも学校でいじめはやめましょうと宣言されているのと、ないのとでは対応が違ってくる。こういう条例がきっかけでみんなの意識が広がって、みんなが物事を考えて、この問題を考えていけば・・・」

 お天気キャスターから「お肌のケアは?」と尋ねられてた際、谷生さんは「ストレスためない!」「洗顔しっかり!」「保湿たっぷり!」と女性らしい(?)回答をしていた。

 テレビ局を退職後、筆者は大学に拠点を移し、主にテレビの報道などについて評論したり、研究したりするなど、距離を置いて各社の番組を眺めるようになったが、日本では現場のジャーナリストで、性的マイノリティーであることを公表した人はほとんどいなかった。

 報道では、東京新聞・中日新聞の特別報道部デスクの田原牧(たはら・まき)さんがそうした数少ない一人だ。

 昨年、筆者が放送批評誌「GALAC」の取材でインタビューした時には、田原さんは日本社会でLGBTなどの多様な個性に対する理解がまだまだ「他人事」のレベルにとどまっているとし、もし「自分の身内がそうなったら・・・」という本音のレベルでは進んでいないとして、以下のように語っている。

 卑近な例で言うと、マツコ・デラックスさんがたくさんテレビに出ることによって、言い換えればLGBTの人たちがメディアを通じて可視化されることで、多様性が促進される面はあると思います。それは基本的にいいことだと思うんです。ただ、マツコさんがテレビで活躍しているのを見て「多様性っていいよね」と思っている人が、はたして自分の身内にああいう人がいるとなったときに同じ反応をするのかというと、やはり懐疑的になってしまいます。

 ひとごとだからこそ、「マツコはいいよね」という評価ができるし、多様な社会になってほしいという話ができるんでしょうけれど、実際に自分の子どもがそうだとなったときに、泰然と構えられるかというと、そういう人はまだ少ないでしょう。

出典:東洋経済オンライン「GALAC」からの転載記事

 田原牧さんはトランスジェンダーという、LGBTの当事者であることをカミングアウトした希有な存在だが、マスコミ業界を全体的に眺めてみても、他にそうした人はほとんど見当たらない。田原さんは新聞記者だが、テレビの世界でそうした人がいるかというと、これまでほとんどいない。職員の数が多くて、障害や病気を持った職員など、いろいろな多様性をもったスタッフを抱えているNHKでさえ、中にはいるのかもしれないが、カミングアウトして社会的に公表している人はいない。

 LGBTの人の割合は12人に1人といわれ、NHKの職員数約1万人だから800人以上のLGBTの当事者がいてもおかしくないのに、この現状なのだ。

 だからこそ、筆者の知る「谷生くん」が、テレビのニュース番組でカミングアウトしたことは、メディアの歴史においても画期的な出来事だったといっていい。

少なくともテレビ界では初めてのカミングアウトだった

 自民党の杉田水脈議員による「LGBTは生産性がない」「LGBTへの支援が度が過ぎる」などの”LGBT批判”の論文を掲載した新潮45の例をみても、その後にその杉田論文を擁護するために「痴漢の権利」を認めろというような暴論を掲載して休刊に追い込まれたが、LGBTに対してどんなスタンスを取るのかは、そのメディアの存続に直結するほど、真価を問われる問題にもなっている。

 そうしたデリケートなテーマについて、日本テレビの「news zero」は「カミングアウトした社員をコメンテーターに使う」という、テレビのニュース番組でかつてどの局もやっていない挑戦に取り組んだのだ。このことは高く評価してもいいと思う。

 上述したように東京新聞にはそうした記者はいるが、全国紙ではいない。また、NHKにもいない。他の民放にもいない。新潮45でメディア全体がLGBTをめぐって大きく揺れているときに、果敢な「攻め」の姿勢を示したといえるだろう。

10月4日の「news zero」で「がん患者」を取材する鈴木美穂記者
10月4日の「news zero」で「がん患者」を取材する鈴木美穂記者

 この夜、「news zero」では、ノーベル生理学・医学賞に決まった京都大学の本庶 佑特別教授の研究が、がんの免疫療法の治療薬の開発につながったものの、他方で免疫療法の治療薬がすべてがんに効くわけではなく、注意していないとトラブルになるケースもあるというニュースも放送していた。このニュースで女性のがん患者のインタビューを担当していたのが、鈴木美穂記者だった。鈴木さんは入社後に乳がんを発症した元患者だ。鈴木記者は自分が乳がん患者だったという当事者としての経験を生かして、他の記者にはできないような乳がん患者の取材をいくつもこなして、これまでにドキュメンタリーも何本か制作している。乳がんになると乳房を切除する手術をするケースもあるため、女性患者にとっては他人の目が気になって温泉などに入れないという悩みを抱えるケースも少なくない。鈴木さんは当事者として、乳がんの患者たちと一緒に入浴するなど、彼女にしかできない取材をしてニュースや番組にしたり、さらには会社の仕事とは別にがん患者のためのNPOを立ち上げたりと幅広く活躍している。

 そうした「当事者」だけが語ることができる言葉を持ったジャーナリストたちが活躍しているのは実に頼もしいことだと思う。

 繰り返すが、谷生さんと鈴木さんに共通するのは「当事者」であるということだ。

 新聞もテレビも雑誌も、既存メディアが次第にネットメディアに押し出されていくなかで、報道機関の生き残りのカギの一つが「当事者性」にあるように筆者は考えている。 

 鈴木さんはこれまでもこの「news zero」で特集を放送するなど活躍してきたが、谷生さんも加わって「news zero」は他局にはない「当事者だからこそ伝えられる報道」へとますます傾斜しているように感じる。そうした報道に傾いていくことは、少なくとも新潮45のように偏見や暴論などで間違えないようにするためにも大事な要素だと思う。

 10月4日の「news zero」では、番組のラストに視聴者から寄せられた声に対して、谷生さんが答える場面があった。

 いろいろな種類のマイノリティーがいるなかで、なぜLGBTだけ優遇するのか 

 LGBTへの反感を匂わせるこの質問に対して、谷生さんの回答が当事者でなければできない秀逸なものだった。

「(LGBTは)優遇を求めている、というより、普通の扱いを求めているということだと思う。ひとつの個性として受けとめていただければ、と思う」

こうした視聴者との双方向のやりとりは有働さんがNHK時代にやっていた「あさイチ」でも、お約束のようにやっていた視聴者ファックスの読み上げに通じるものだ。「子どもの貧困」や「沖縄の基地問題」「震災からの復興」など、ともすれば意見が分かれがちなテーマについて、番組側の姿勢とは違う意見のファックスを読み上げて、有働さんとイノッチこと井ノ原快彦さんが伝わりにくいニュアンスを理解してもらおうと番組の最後に毎回のように説明していたこととタブる新しいやり方だ。有働さんは自分の脇汗についてのクレームめいた声もよく読みあげては謝っていたが、スタッフにとっては面倒ではあっても視聴者からすればより丁寧な報道になってくる。

10月4日の「news zero」で視聴者の質問に答える谷生俊美さん
10月4日の「news zero」で視聴者の質問に答える谷生俊美さん

 有働由美子キャスターが中心になった「news zero」は今までなかった新しい形の番組をつくっていこうという「攻め」の姿勢がいろいろなところから見える。

 ゲストの人選も「魔法使い」と呼ばれて研究者や実業家など様々な顔を持つ落合陽一さんや北海道地震から1ヶ月で道産子の人気タレント大泉洋さんを招くなど、工夫しているのが感じられる。

 その中でも筆者がいちばん期待しているのは、やはり「news zero」ならではの「LGBTの社員コメンテーター」である。まだこれから毎週登場します、などというアナウンスはなかったけれども、谷生さんに対する他の出演者からの親しげな言葉を聞いている限りは、この夜だけの一回きりの出演とは考えにくい。これからたぶんレギュラーのコメンテーターとして頻繁に登場するだろう。

 テレビのニュース番組で初めてのこの試みと有働さんの等身大のトークがうまく組み合わされてくると、深夜のニュース番組の視聴者を「考えさせる」ような放送が増えていくはずだ。

 有働さんの「news zero」は当事者だからこそ話せる言葉を集めながら、これまでのニュース番組のあり方を根本的に変えていくのかもしれない。