ドラマ「ケンカツ」、低視聴率でも支援者から好評のわけ

関西テレビ「健康で文化的な最低限度の生活」のHP

 民放のゴールデンタイムの連続ドラマとしてはかつてない試みだった。

 

 「ケンカツ」と略されたドラマ「健康で文化的な最低限度の生活」

 火曜日の21時からフジテレビ系で放送していたドラマ「健康で文化的な最低限度の生活」では、主人公は生活保護のケースワーカーたち。生活保護を受給している人たちを支援する自治体職員のことで、貧困の現場に向き合うのが役割だ。

 人を支援する仕事でもある一方、規則や煩雑な事務手続きなどに縛られる職業でもあり、ちょっとした対応がきっかけとなって生活困窮者を自殺に追い込んだり、餓死などに追いやってしまうこともある責任の重い仕事でもある。

 その最終話が先週終わった。

 残念ながら視聴率的にはふるわなかった。関東では5%台を行き来していた。

最終回の視聴率は5.8%。だが、制作した関西テレビで放送された関西地区では10.2%の視聴率をマークしている。これは大阪府、大阪市の人口1000人あたりの生活保護受給者(保護率)が全国の中でかなり高いほうだという事実と関係あるのかもしれない。

出典:excite ニュース

 とはいえ、2012年にお笑い芸人の河本準一さんの母親が生活保護を受給していたことで河本さんが謝罪の記者会見を開いた後の情報番組に数多かったように、生活保護については報道する側も制度をよく理解しないままに報道することが多く、それを連続ドラマで扱うというのは非常に難しいテーマにチャレンジした試みだった。

 

 

 デリケートな分野をドラマで不用意に扱い、関係団体の批判を集めた例としては、2014年の日本テレビの「明日、ママがいない」のケースがある。

 児童養護施設や里親制度などをテーマにしながら、ドラマそのものが虐待された子どもたちのトラウマを再発しかねないようなものなっていた。全国児童養護施設協議会や全国里親会などが日本テレビに抗議し、番組の提供スポンサーは表示されなくなり、スポットCMでも企業のコマーシャルが流れないという事態にまで至った。

 

 

日テレのドラマ「明日、ママがいない」への声 第2弾 番組見て恐怖の記憶が甦り、リストカットした若者も

出典:ヤフーニュース個人

 ドラマというフィクションであっても、デリケートなテーマを扱う時には見ている側への影響を考えながら番組制作を行うべきことは言うまでもない。

 「明日ママ」の時には筆者もかつて児童虐待などの現場を取材した報道経験を元に「取材不足」を指摘して発言した。

 

2014年のテレビを振り返る(4)── 取材不足が露見した「明日ママ」問題 水島宏明

出典:THE PAGE (2014.12.30)

「明日ママ」のケースは悪い見本ではあったが、それに比べると今回の「ケンカツ」は貧困問題に取り組んでいる支援団体などからの評価は高い。

 市民団体・反貧困ネットワークが選考している貧困ジャーナリズム大賞でも、大賞に次ぐ、特別賞に選ばれている。

貧困ジャーナズム特別賞

・関西テレビ 米田孝、女優 吉岡里帆 ドラマ『健康で文化的な最低限度の生活』

 多くの人々が視聴する時間帯の連続ドラマで、「生活保護のケースワーカー」が仕事の自治体職員が直面する貧困問題をリアルに描いた番組だ。主演の吉岡里帆も悩みながらも当事者に寄り添うワーカー役を好演している。生活保護を受けている母子家庭の高校生がバイト代を申告しなかった不正受給の問題などを、けっして上から目線でなく、当事者の思いや事情もあることに理解を示しながら共感をもって描いている。受給者に多い自死の問題、識字障害やアルコール依存症など、社会的に理解が広がっているとは言いがたい貧困にまつわる障害や病気などの問題についてもよく整理して伝えている。生活保護からの脱却=役所でいうところの「自立」を言葉で促すことは簡単だが、実際には個々のケースに一筋縄ではいかない難しさが伴うことを、ドラマだからこそ描写可能な表現で丁寧に描いている。原作の素晴らしさに加えて、脚本や制作スタッフ、俳優陣が現場の問題を十分に勉強していればこその秀逸な作品だといえる。

出典:反貧困ネットワークHP 「貧困ジャーナリズム大賞2018」

 このドラマの特徴は、原作がしっかりしていることだ。

漫画「健康で文化的な最低限度の生活」(柏木ハルコ・ビッグコミックス)のHP写真
漫画「健康で文化的な最低限度の生活」(柏木ハルコ・ビッグコミックス)のHP写真

 原作になった漫画「健康で文化的な最低限度の生活」は、作者の柏木ハルコ氏が様々な現場を細かく取材した上で丁寧に描いていた。生活保護の受給にいたる事情も様々あって、背景にはその人の生育環境や病気や障害などの問題もあることが描かれていた。

 ドラマの監修もきちんとしていた。

 毎回、番組最後のエンドクレジットに「ケースワーカー監修 衛藤晃(公的扶助研究会)」と表記されていた。

 この団体は、筆者が知る限りで生活保護ケースワーカーたちが集まった唯一の専門的な団体だといってよい。

 公的扶助研究会は生活保護ケースワーカーなどの自主的な研究会で長い歴史がある。この団体のHPを見ると、関西テレビのドラマに全面協力して毎回の放送に注目していることがわかる。現場をよく知っている現役の専門家が監修したので、「明日ママ」で起きたような「ありえない場面」で関係者を傷つけるというようなことがないよう、入念に配慮していた。

 

 監修にかかわった全国公的扶助研究会は自らのホームページに以下のように記している。

2018年9月24日 ドラマ「健康で文化的な最低限度の生活」放映終了!

「誰かのために、汗かく、夏」をキャッチコピーに毎週火曜日に放映されたドラマ『健康で文化的な最低限度の生活』が9月18日(火)に全10話を終えました。

全国公的扶助研究会は「ケースワーク監修」としてこのドラマに協力してきました。

最終回を終え、会にも絶賛する声が届いています。

「生活保護ケースワーカーがこんなに大変な仕事だと思わなかった。」

「リアルすぎて胃が痛くなるシーンもあったけど、毎週楽しみだった。」

「生活保護制度や利用者への正しい理解が深まる内容だと思った。」

「確かに視聴率は取れなかったかもしれないが、ケースワークの現場を世に知らしめた意義はとても大きい。」

「最終回を涙なしに見ることはできなかった。世の中に幅広く問題提起をされたこと。この意義は計り知れないものがあったと思う。」

ドラマ化にあたり、勇気をもって製作に挑み、勇気をもって出演を決め、演じた皆さんの志を引き継いでいくのが、私たちの役割と考えています。

まだ番組公式ホームページでは、俳優の井浦新さん演じるベテランケースワーカーのモデルにもなっている、監修担当の当会副会長の衛藤(番組ラストに少しだけ出演も!)の話題を見ることができます。また、番組公式Twitterには、多くの人からのドラマの感想が寄せられています。

番組公式HP「トピックス」ケースワーカーの持ち物には工夫がいっぱい!

番組公式HP「トピックス」相手に合わせ声のトーンも変える究極のコミュニケーション!

番組公式HP「トピックス」吉岡里帆さん演じるケースワーカーとは?

番組公式HP「インタビュー」井浦 新さん

番組公式Twitter

全国公的扶助研究会では、ドラマ「健康で文化的な最低限度の生活」放映記念のシンポジウムを開催予定です。(2018年11月9日(金))

現時点で、米田番組プロデューサー、脚本家・矢島弘一さん、ビッグコミックスピリッツの浜本副編集長の登場が決まっています。どうぞ多くの方のご参加をお待ちしています。(参加申込み受付中です。)

出典:全国公的扶助研究会HP

 

 生活保護という福祉制度については、特に民放のテレビでは不正受給を取り上げるケースが非常に多いことから、一般国民の中にも制度について誤解や偏見を持つ人は少なくない。生活困窮者が福祉事務所にいって生活保護制度を利用しようとしても、職員が申請用紙さえ渡すことをせずに事実上諦めてさせてしまう「水際作戦」が最大の問題だとも言われている。筆者もテレビ報道の現場にいた頃にこの「水際作戦」について、何度かドキュメンタリーを制作した経験がある。

 こうした「水際作戦」などで生活困窮者の相談にのって、生活保護問題対策全国会議という団体が改善を求める活動を続けている。

 その事務局長を務めている小久保哲郎弁護士にこのドラマの感想を聞いた。

 まず、生活保護という取り上げにくいテーマをゴールデンタイムで取り上げたこと、それも世論迎合的な興味本位でなく真面目に正面から描いたこと自体に、当事者も支援者も皆、心から歓迎、感謝、応援するという人がほとんどだと思います。

 これだけ生活保護に対する偏見が振りまかれているなかで、ゴールデンでこの配役でドラマ化なさった勇気と心意気に、励まされ、力づけられた当事者、支援者は私自身を含めてとても多いと思いますし、企画者、出演者には心からの敬意と感謝を表したいと思います。

 視聴率が低かったとしても、それでも見た人の数は、私たちがチマチマ発信する情報の受け手の数からすればけた違いに大きく、生活保護や利用者に対する偏見を実際に解消する効果も大きかったはずです。政府が生活保護をはじめとする社会保障に関する教育、啓発、広報を行わず、むしろ、国会議員が率先して偏見を煽るような今の日本社会において、このような番組がつくられる意義深さは強調しても、し過ぎることはありません。

 私は最終回を含む2話分録画しそこなって見れてないのですが、内容についても、短い限られた時間の中で、本題の本質をとらえて描いた良質のドラマだったと思います(そういう評価が大半という印象です)。公的扶助研究会の衛藤さんが現場で監修に入っていただけあって、「え?」というような間違いはなかったと思います。

 ただ、当事者、支援者の中には、違和感を口にする人もいました。特に当事者からは、こんないいCW(ケースワーカー)がいるはずがない的な感想はいくつか聞きました。それは実際そうですが(子どもを心配して夜に職場全体が協力し合う場面では私も「こんな福祉事務所どこにあるんか?」とテレビに突っ込みました)、ただ、偏見に満ちたCWを描くのは偏見を助長するので絶対にやめたほうがいいし、一種に理想型を描いたということで私はそれで良かったと思っています。

ここからは私の本当に個人的な感想ですが、前半は、全体に制作側や役者さんの「戸惑い」や「恐る恐る感」が伝わってきて、ゴールデンタイムだから仕方がないのかもしれませんが、妙に明るく楽しい場面をつくろうとする点が残念でした。後半に行くほど、そういうものが消えてドラマとしても面白くなってきたと思います。吉岡里帆さん演じる主人公のえみるや井浦新さん演じる半田さんなど支援者側が優等生的過ぎるのも食い足りない感があり、昔のNHKの「夢千代日記」とか「事件」とか「男たちの旅路」的にがっぷり四つに組んだ社会派人間ドラマ的にした方がかえって感情移入できたのではないかと思います(素人考えですが)。でも後半は、だんだん雰囲気が良くなってきていたので、内場勝則さん扮する石橋さんの葛藤や活躍の回などぜひ続編があればいいのに、と思います。

 大阪の西成区釜ヶ崎地区を中心に野宿者の支援活動を続けているの野宿者ネットワークの生田武志さんにも感想を聞いた。

 「健康で文化的な最低限度の生活」は、放送されてるのは全部録画してますが、「怖くて見られない」状態が続いてて、しばらくしてから、知り合いのKさん、Hくんと第1話、それと9月4日放送のアルコール依存問題の回をうちで一緒に見ました。

 初回については

「担当の人が自殺して、ケース会議しないの?」

「認知症のお年寄りと小学生2人で放置するのは児童虐待だろ!」

「認知症の人がそんな簡単に良くなる?」

 など3人で言ってました。(みんな、相談歴が長いので…) 

 内容全体として、「未熟なケースワーカーの成長物語」が一つの軸になるのですが、「生活保護利用者がケースワーカーの成長に材料にされるのはなあ」というところもあり、3人で微妙な空気になってました。

 アルコール依存問題の回については、依存を個人の意志の問題にせず、自助組織や病院につなぐ姿勢はいいのですが、後半に主人公が担当者の手を繋いで説得し、一緒に一喜一憂しながらの支援については、「これはアルコール依存から対人依存を招くなあ」とみんなで言ってました。女性ケースワーカーが単身男性の部屋に一人で訪問すること自体、役所として止めて、2人で訪問すべきだと思います。もちろん、こうした生活保護をテーマとしてドラマがゴールデンタイムに放送されることの意義は画期的だと思います。ただ、いろいろな問題が目に付いてしまって、一度見たら気力を使い果たし、しばらくは見られない、という感じになります。また気力が出たら残りも見てみます。

 生田武志さんのように「一度見ると気力を使い果たす」という人は少なくなかった。あるいはケースワーカー経験者でも「あまりに生々しいので見ることができなかった」という人もいた。自身がケースワーカーだったり、支援の現場でどっぷりと福祉事務所のケースワーカーらと向き合ってきた人ほど、「あるべき理想」と「実際の現実」とのギャップに違和感をもったのかもしれない。

 今、ケースワーカーの世界も、自治体の正職員という身分の人ばかりでなく、非正規で低賃金という立場の人がどんどん増えている問題もある。

 生活困窮者に支払われる生活保護費の額そのものが国の方針でどんどん減額され、生活保護費だけで生活をやりくりすることがかなり難しくなってきている現状もある。

 そういったことを熟知している関係者からすれば、必要以上に偏見や誤解をあおるような表現はなかったとはいえ、ゴールデンタイムの連続ドラマという枠の中では「あるべき理想」のきれいごとばかりが描かれているような違和感が少なからずあったのだろう。

 ただ生活保護受給者の自宅を自転車で訪問する新人ケースワーカー役を、吉岡里帆という人気女優が演じたことの意味は少なくないと思う。

 吉岡里帆は放送批評誌「GALAC」の2018年9月号で「父はボランティア活動に熱心で、小さいころから生きていくのは大変なんだ、助けが必要な人がいるんだと教えられました」と自分の人生と今回の役との接点を話している。

http://www.houkon.jp/galac/backnumber.html

 その上で「今、悩んでいる人、苦しんでいる人、その背中を押せるような作品にしたい」とも語っていた。

 最終話は、小学生の娘を長くネグレクトしていた母親がそれまでの自己を反省して娘との生活をやり直していく様を吉岡演じる義経えみるたちが見守っていくという場面で終わるが、吉岡自身も様々な事情や弱さを抱えた人たちに伴走するという役を演じきったと言ってもいいだろう。

 貧困問題にかかわっている関係者が注目したドラマは完結したが、ドラマというジャンルでもリアルな社会問題にもっと切りこんでいくためにも、テレビの制作者たちはこの教訓を今後に生かしてほしい。