「全戸停電でもスマホが使える社会」を目指すべき!?北海道地震の教訓

電気が復活してテレビで見ることができたライフライン情報(9月7日、筆者撮影)

大地震で考えさせられた「メディアの公共性」の問題

 9月6日未明の午前3時すぎに最大震度7を記録した北海道での大地震。

 その直後に起きた大規模な停電を体験してみて、「メディア」の今後の課題についてつくづく考えさせられた。

 なかでも、最近テレビの将来について専門家や放送関係者などがよく議論する「メディアの公共性」や「公共メディア」などの言葉がキーワードになる。

テレビの限界。ラジオの活躍

 今回の北海道の大停電で起きた状況を「メディア」という観点から考えてみよう。9月6日未明の地震発生直後は電気がついていたから、その間だけ北海道の住民はテレビを見ることができたが、数分後に電力の「ブラックアウト」が起きた。全世帯が停電になってしまうとテレビ局がいくら緊急特番を放送しても住民たちは見ることができない。その間、道内の大半の住宅で停電が続いた9月6日夜もしくは7日朝までの間、テレビは住民にとってはまったく役に立たなかった。

 かわって聞いたのが、乾電池で動く携帯型のラジオである。私のように手動で充電できる防災ラジオを利用した人も少なくなかったに違いない。

 ー今、空いているコンビニはあるのか?

 ーガソリンスタンドはどこが空いている?

 ー電池を買える電気屋はどこ?

 ー水や食料を買えるスーパーやコンビニは?

 ー使える公衆トイレはどこ?

 ー自宅は停電と断水でトイレも使えないが、避難所はどこにあるのか?

 ー給水車はいつどこに来るのか?

 

 こうした生活にかかわる情報を「ライフライン情報」と呼ぶが、停電が続く間、道民たちにライフライン情報を届けていたのがラジオである。STV、HBCなどの地元民放のラジオやNHKもラジオでライフライン情報を頻繁に流し続けていた。

筆者が使った防災ラジオ
筆者が使った防災ラジオ

 世の中はいったいどういう状況なのか。そんな情報に飢えていた。

 ラジオから流される情報をメインにして、家の外の様子を見に出かけた。案の定、店はコンビニも含めてやっていない。

札幌のコンビニに貼られた紙(9月6日筆者撮影)
札幌のコンビニに貼られた紙(9月6日筆者撮影)

スマホが「圏外」。スマホの充電切れ!ネットも通話も不能に!!

 地震が起きて数時間はスマートフォンでネットにもアクセスすることができた。スマホでの通話は通じにくくなっていたが、ネット機能は生きていたので近所のどこの店が開いているかなどを確認しながら、外出することもできた。実際に近所のどこの店が何時から開いているのか閉まっているのか、などピンポイントの情報はラジオでもなかなかわからないので、ネットが使えることは助かった。また関東にいる家族らとLINEやメッセンジャーでやりとりして安否確認の情報を送ることもできた。 

 ところが次第にスマホの充電が残り20%、残り10%と次第に少なくなってくる。スマホ用の予備のバッテリーもまだ残っているが、だんだん心細くなってくる。

 聞いているラジオから「市役所でスマホの充電サービスを行っています」とか「STV(札幌の民放テレビ・ラジオ局)の本社前でもスマホの充電ができます」などという情報が伝えられる。よく考えてみれば、放送局というメディアの会社がスマートフォンという別のメディアの利用を手助けするというこれまでなかった状況が生まれていた。それだけ、スマホの利用が住民にとって死活問題だということを放送局が認識しているからこその対応だ。

 一方で、それぞれ時間制限があるため、必ずしも十分に充電できないままに交替を余儀なくされるという話も伝わってくる。

 そんな状態でスマホの電源を一度に消費しないように注意しながら、使っていたが、6日の昼過ぎにはスマホが「圏外」の表示になり、それ以降はスマホからネットも見られなくなってしまった。予備電源で動いていたスマホの基地局が停電で機能しなくなってしまったのだろう。

 こうなると、スマホはまったく使えない。

 ラジオから世耕経済産業相が「数時間での停電解消」を北海道電力に働きかけているというニュースが入る。

 現代人の生活は、テレビやラジオ、ネットなど、様々なメディアから情報を受けることで成り立っている。電気がない状況で利用できるメディアが限られるという状況になると、とたんに困ることは多い。

 早く復旧してほしい、と願いながらラジオを聞いていた。

電気が戻って、テレビが復旧した

 6日の深夜、突然、電気が回復した。テレビも見ることができた。後から振り返れば、停電してテレビが見られなかったのは20時間程度だったが、視覚的に情報が入るというのはなんとありがたいことだろうか。

 テレビをつけたら、NHKも民放も災害報道用に画面をL字の形で切ってその余白でライフライン情報などを流す「L字画面」放送をやっていた。

UHB北海道文化放送によるL字画面(筆者撮影)
UHB北海道文化放送によるL字画面(筆者撮影)

 一方、自分の家の停電が復旧した後もスマホの「圏外」の状態はその後もしばらく続き、通話ができない、ネットを使えないという状況はその後丸1日以上続いた。ライフラインについて、細かい情報を確認することができないのでこれはこれで不便だった。

 もちろん、テレビやラジオのライフライン情報はすごくありがたいし、災害時には貴重なものだ。しかし、「放送」というメディアは基本的に送る側から送られる側へと「一方通行」の情報経路になってしまう。他方でインターネットは受け手側が「いま知りたい」と考えた情報を調べて探すことができる「双方向」の情報経路になる。

 筆者が実際に探したように、「札幌市〇〇区の△△地区のガソリンスタンド」などのピンポイントの情報を自ら探すことができる。こうした「双方向」にふだん慣れてしまっている現代の生活者は「一方通行」の情報だけになってしまうととてもストレスを感じてしまう。

 

既存メディアでこの「メディア」の問題を伝えているのはわずか

 ここまで、たまたま北海道の大地震に遭遇して、その直後の「メディア」状況を味わうことになった筆者の経験談を記してきた。

 ところが地震から一週間以上が経過したというのに、こうしたメディアの問題や課題については新聞もテレビもほとんどといっていいほど報道していない。伝えているのは、今も続く地元の人々の避難生活の苦境、あるいは北海道の地震による影響で地元観光に大打撃、という話、食料生産地である北海道からの出荷が滞っているため、その影響が本州の市場にも出ている、という話だ。それがどれも切実で大事なテーマであることに疑いはない。だが、他方で今回の北海道の全域で起きたブラックアウトによる停電とメディアの課題について検証することも報道機関の大事な役割のはずだ。

牧場主がテレビで訴えた「携帯の開発に取り組んでほしい」という言葉。

 この問題に触れた数少ない番組が9月14日のTBSテレビの「ひるおび!」だ。

 この日、今回の地震の震源に近い北海道・厚真町の酪農の牧場から生中継していた。同番組によると、全国の生乳の生産シェアが53%を誇る北海道で一時的な停電や断水に見舞われたことによる酪農家が抱える苦悩を伝えるというものだった。

 牧場主とスタジオを生中継で結んで、電気や水によって厳密な健康管理や品質管理が必要な酪農の実態を伝えて、今回の地震や停電などで牛に乳房炎などが広がっている実態を伝えた後でキャスターの恵俊彰が「いま、必要なものは?」と牧場主に尋ねた。

 「携帯の重要性を認識した。どんな状況下でもアンテナが2本ほど立つ、高性能の携帯電話をぜひ開発してほしい」

 「情報が入ってこないというのもあるし、家屋の下敷きになってもGPSとか連絡ツールにもなる。町内でも通話が途中で途絶えるということがたくさんある」

 牧場主はこういう内容を話したのだが、切実さが伝わってきた。

 この会話を受けて、スタジオにいた八代英輝弁護士が以下のようにコメントした。 

いざとなると、携帯がつながるだろう、ネットで検索できるだろうと思うけれど、今回のようなブラックアウトになってしまうと、基地局のアンテナがだめになってしまう。考えてみると、電気がなくなっても、最低限、基地局が24時間動かせるとかしてもらえると、連絡系統やインターネット環境は残る。その携帯環境が電力と一緒にダウンしてしまうという状況は脆弱すぎる。インフラとしていろいろな課題がみえてくる。

 現代の日本人においては、災害などで仮にしばらく停電したとしても、その後も丸1日以上は携帯電話で通話ができることやインターネットで検索などができるという環境の整備が、「最低限のインフラ」だという八代氏の提言に筆者も賛成する。そのことで救われる命もあるはずし、被災した人たちの苦境を少なくすることにつながるはずだ。

放送改革でテレビ各社が主張した「公共性」。果たして・・・?

 いささか長くなってしまうので、くわしいことはまた別の機会に譲りたいが、現在、テレビの今後、ラジオの今後、「放送」の今後をめぐって、放送業界や専門家、監督官庁や政治家らもかかわって実は大きなテーマになっている。放送局が使っている電波という公共資源を将来的にどう活用するのか、放送局の公共的な役割とは何なのか、携帯電話でも使われる電波という資源が共通するだけに議論が活発化しているのだ。放送局や携帯電話会社などの関係者の他にはあまり関心を持たれてはいないテーマでもある。

 そこで頻繁に出てくるのが「メディアの公共性」「放送の公共性」あるいは「公共メディア」という言葉だ。

 くわしいことはさておくが、電波という限りある公共財を使っている以上、放送も通信も「公共性」が不可欠だが、NHKは公共放送として電波を使っているし、公共放送だけでなく、インターネットにも番組を同時送信して「公共メディア」に変革しようと模索している。一方で、一部政治家らが民放から電波を取り上げてしまって民放そのものをなくしてしまえ、という議論を出しているのに対して、民放局の経営者らは「民放も公共的な役割を果たしている」と反論。NHKも民放局も「公共性」がどこまであるのか、という議論にもなっている。公共性というのは今回の北海道地震のように住民の命にかかわる災害時にこそ問われるものだ。携帯電話の問題も考えると、上記の「ひるおび!」での牧場主が問題提起したのもこの「公共性」につながってくる。

 全戸停電という事態になっても、スマホがしばらくは使える社会を目指すべき、というこの提言には十分に説得力がある。

 北海道で起きた地震は、災害時の放送局の役割について、そして携帯電話の役割、それぞれのメディアが担っている公共性につながってくる。大事な問題だからこそその時々の「政治」状況などに左右されることなく、冷静に議論を進めてほしい。その際には今回のように災害で「公共性」が問われる時の経験こそ大事にしてほしいと願っている。