調査報道NPOが初の貧困ジャーナリズム大賞

貧困ジャーナリズム大賞を受けたワセダクロニクルの渡辺周編集長

 9月18日夕方、東京都内で表彰式が行われた「貧困ジャーナリズム大賞2018」。社会に潜む「貧困」をテーマにした報道作品の中から優れたものを選んで表彰する同賞は今年で11回目になる。

 市民団体である反貧困ネットワークが主催し、筆者も運営などを頼まれて手伝っているが、今年は貧困ジャーナリズム大賞3作品、貧困ジャーナリズム特別賞2作品、貧困ジャーナリズム賞8作品と、計13のテレビや新聞、書籍、ネットなどの報道活動が受賞対象になった。

 そのなかで特徴的なのは、大賞を受賞した中に、日本ではまだなじみが薄い「調査報道NPO」であるワセダクロニクルの記者が入ったことだ。

 受賞したのは、

ワセダクロニクル 渡辺周編集長ら「強制不妊」取材班 

 受賞対象は、

ワセダクロニクル「精神病患者や障害者等への強制不妊手術」についてのキャンペーン報道

 ワセダクロニクルは、旧優生保護法の下で精神病患者や障害者らが強制的に不妊手術を受けさせられていた問題について、今年8月までに26回にわたってキャンペーン的に報道し続けている。http://www.wasedachronicle.org/importance-of-life/

 「強制不妊」は、精神病の患者や身体障害、知的障害などの子どもたちに対して、行政や周囲が強制的に不妊手術を行っていたという残酷な行為である。ワセダクロニクルの連載を読むと、こうした障害や精神病ばかりではなく、障害や病気の実態がなく、貧困ゆえに学習が遅れていた少女たちまで強制不妊手術の対象になっていたことがわかる。重大な人権侵害という他はない。

 この問題については、新聞社がやはりキャンペーン報道を行ったり、テレビ局がドキュメンタリーを制作している。

 だが、ワセダクロニクルの一連の報道が優れていたのは、旧優生保護法を普及させるべく、強制不妊手術を推し進める側に、行政だけでなく、新聞社や放送局な当時のマスコミ自身がかなり積極的な役割を果たしていたことを明るみに出した点だ。以下の記事は、強制不妊手術を後押しした毎日新聞、河北新報、読売新聞の記事について批判的に記している。

「愛の十万人運動」が始まるきっかけは、「精神薄弱児」の施設「亀亭園」が火事で焼失したことだった。第4話 で報じた通りだ。 火事から2日後の1956年12月13日。毎日新聞は宮城版に記事を載せた。

「収容施設の強化が必要 放置されている精薄児」

そんな見出しの記事。「精神薄弱児」の危険性を訴え、施設収容の必要性を求める県関係者の声で組み立てられている記事だ。

いったい「精神薄弱児」の何が危険なのか。毎日新聞の記事は、その根拠として、5人の事例を挙げていた。

7歳の男児のケース:火遊びを覚え、人のすきをみてはたき火などをワラぶき屋根に放り投げた。母は再三「精神薄弱児」施設に入れてもらいたいと訴えているが、まだ収容されていない。

8歳の女児のケース:性格が乱暴で、弟をいろりの中に突き落とす。近所の子どもを小川に突き落として、溺れさせようとしたことがある。やむなく医療扶助で精神病院に入れた。

中学1年の男子生徒のケース:近くの小学校の便所内で女児に暴行未遂。数年前からこの傾向があり、保護の時期が遅すぎた。

5歳の男児のケース: 乱暴で、家の建具や器物を壊す。家人は食事も落ち着いてできない。このため、祖父母と父母の間に争いが絶えず、一家は離散の危機にあり、家人はその子の死ぬことを願っている。

中学3年の女子生徒のケース:同級生が旅行(修学旅行)に出ることを恨み、校舎に放火。学力は小学校1年生程度。異常発作があって学校では目が離せない。施設にも入れられず、「特殊学級」(現在の特別支援学級)もなく、本人は学校に通学しているが、この子のために教育に支障を来している――。

これら5件の例は、すべて宮城県の青少年問題協議会がまとめた資料を使っている。この資料は宮城県民政労働部母子課長の菅原敏雄が編集した書籍(*4)として、母子課と協議会から発行された。

毎日新聞は、県の主張をそのまま報じていたのである。当時の子どもたちへの行政の調査がいかにずさんだったのかは、第3話「福祉事務所の報告」でも報じた通りだ。淳子は身に覚えのないことを県の機関に報告され、問題のある児童に仕立てられていた。それが強制不妊手術へとつながった。

毎日新聞の記事から約1ヶ月後の1957年1月22日。今度は、当時県内で7割の世帯普及率を誇った(*5)地元紙の河北新報に記事が出た。「愛の十万人運動」を推進した福祉協会の結成に向けた準備委員会について報じた記事だ。県内に3万人の「精薄児童」がいるとし、福祉協会の役割について次のように紹介した。

「精薄児をふやさないよう県衛生部と協力して優生保護思想の徹底にも一役買うことになっている」

河北新報社の会長で創業家出身の一力次郎が、福祉協会の顧問に就いている(*6)。自社の幹部が役員として加わる組織のことを、一般記事の体裁で掲載した。

この日は読売新聞も宮城県版で報じた。

「十万人の百円カンパ 精薄児を救う県民運動計画」

記事では、「県母子課が中心となって精薄児福祉協会を設立、別名『愛の十万人県民運動』を全県下にくりひろげようとしている」と、県が運動を主導していることを明かし、その上で「愛の十万人運動」の意義を読者に伝えた。

「この運動は県下三万名の精薄児に県民が一丸となって物心両面から積極的な愛の手をさしのべようというもの」

「愛の万人県民運動(ママ)はこうしたヒューマニズムから出発している」

出典:ワセダクロニクル マスコミは「見方」だったのか【連載レポート】強制不妊(10)

「愛の十万人運動」という、善意が強制不妊手術を促進させていた実態。次の回では、朝日新聞の記事もこうした列に加わっていたことや河北新報・NHKの幹部も強制不妊手術の徹底を推し進める運動を後押ししていた実態が暴かれている。

当時のマスコミは、強制不妊手術の「徹底」を掲げる「愛の十万人運動」を、こぞって応援し続けていたのである。

NHKは、経営委員の岩本正樹が「愛の十万人運動」を主導した福祉協会の副会長を務め、少なくとも2人の仙台中央放送局長が顧問になった。第5話「オール宮城で『優生手術の徹底』、NHK・河北新報の幹部も顧問に」と第6話「NHK経営委員と『優生手術の徹底』」の通りだ。

出典:ワセダクロニクル 新聞記事で「精薄児を徹底的に絶やす」【連載レポート】強制不妊(11)

 ワセダクロニクルは、このように旧優生保護法の立場で「強制不妊」を推進する役割を果たした毎日新聞や朝日新聞、読売新聞、河北新報、NHKなどマスコミの罪についてキャンペーンで繰り返し指摘している。

 

 ところで、この強制不妊の問題では、不妊手術を強制された人たちが自治体などを提訴する動きに合わせ、全国紙や地方紙、NHK、民放などのマスコミも熱心に報道している。

 そのなかの一つである毎日新聞のキャンペーン報道は、2018年度の新聞協会賞に選ばれている。

 新聞協会賞は、新聞社や放送局にとっては、アメリカのピューリッツァー賞に匹敵する、国内では報道に関してもっとも権威ある賞といってもいい。

キャンペーン報道「旧優生保護法を問う」

毎日新聞社

「旧優生保護法を問う」取材班

(代表)仙台支局  遠藤 大志

授賞理由

毎日新聞社は、旧優生保護法の下で知的障害を理由に不妊手術を強制された女性が初の国家賠償請求訴訟を起こす方針であることを平成29年12月3日付朝刊1面で特報。30年6月11日までに476本にわたる記事で障害者らへの人権侵害の実態を明らかにした。

資料の発掘を通じて負の歴史を検証し、被害者・家族の悲しみや医師の悔恨など、数々の証言を引き出し多角的に報じた一連の報道は、各メディアがこの問題を取り上げる中で先導的役割を果たし、救済制度実現への動きにつなげた。

全国の取材網を駆使して国家による差別の実態を伝えた広がりのある優れたキャンペーン報道として高く評価され、新聞協会賞に値する。

出典:日本新聞協会 2018年度新聞協会賞 編集部門

 ワセダクロニクルが暴いたように、強制不妊の問題で新聞協会賞に輝いた毎日新聞をはじめ、多くのマスコミも国や自治体などと一緒に人権侵害を後押ししていた実態がある。毎日新聞の一連のキャンペーン報道では自らが強制不妊で旗振り役をしていた事実は報道されておらず、マスコミの自己反省は十分とはいえない。そんななかでの毎日新聞への新聞協会賞の贈賞は同じマスコミ同士の採点を甘さを露呈したものだということができる。なんとも皮肉な贈賞である。

 それに比べると、メディア各社の関与についてもきちんと記したワセダクロニクル。その一連の連載を貧困ジャーナリズム大賞に選んだ選評は以下のように書かれている。

旧優生保護法によって精神や身体に病気や障害を持った人たちなどが戦後の長い間、強制的に不妊手術を受けさせられていた実態。1948年制定の優生保護法によって国策として各地で行われ、1996年まで法律上は実施可能だった。最近になって当事者が声を上げて裁判に訴えるケースも出始め、新聞やテレビなどでもたびたび報道されるようになった。一連の報道の中で18年2月に先鞭をつけたのが、インターネットで発信するワセダクロニクルだ。日本で最初の本格的な調査報道NPOである同団体は、「探査ジャーナリズム」をうたい、広告収入や購読料に頼ることなく、読者の寄付だけで運営されている。ワセダクロニクルは2017年から情報公開請求などで集めた文書資料を元に探査を進め、18年8月末までに26回にわたって強制不妊に関する記事を公開した。相模原市での障害者殺傷事件で逮捕された被告が示した優生思想は関係者に大きな衝撃を与えたが、実は「強制不妊」をめぐっては国家や地方自治体、医師やマスコミなどが率先して優生思想を元に「不良な子孫の出生を防止する」ことに邁進する実態があったことを一連の記事は露見させた。なかには精神疾患も障害もないのに、貧困ゆえに勉強が遅れた少女が不妊手術を強いられていたケースを発掘した記事まである。「忌まわしい過去」を直視しない社会のありようが再び同じ過ちを繰り返してしまう教訓も伝えている。強制不妊に伴って数々の人権侵害や当事者の無念を歴史に遡って暴き出した報道の価値は、ジャーナリズムの歴史の中でも傑出している。「強制不妊」のキャンペーンは現在も継続中だ。調査報道NPOは米国ではピューリッツァー賞を受賞するなどメジャーな存在になっているのに比べると、日本ではまだ多くの人が知る存在とはいえない実態がある。その社会的な認知が高まることを願い、ここに大賞を贈る。

 

 ワセダクロニクルは、日本ではまだ数少ない本格的な調査報道NPOだ。「探査ジャーナリズム」を掲げている。 

 一体どういう団体なのか。

 

ワセダクロニクルは日本初の本格的な調査報道NPO・NGO

 ワセダクロニクルは、2017年2月に早稲田大学ジャーナリズム研究所のプロジェクトを発足させて、その後、ジャーナリズムを掲げるNGOとして活動している。「市民が支えるニュース組織」を目指し、「既成メディアではできないジャーナリズム活動を展開」していくと宣言している。編集長は渡辺周氏で朝日新聞特別報道部の敏腕記者として知られた人物だ。

 前述の「選評」にもあったが、日本ではこれまでワセダクロニクルのような調査報道NPOがジャーナリズムで表彰の対象になるケースはほとんどなかった。日本国内の団体が本格的に選んだものとしては皆無だったといってよい。

 これに対して、アメリカでは調査報道を専門として活動するNPOが、最も権威が高いピューリッツァー賞にたびたび選ばれるなどメジャーなものになっている。たとえば、以下のProPublica(プロパブリカ)は有名だ。

毎年1000万ドルの寄付をもとに調査報道をおこなうNPOメディア「ProPublica(プロパブリカ)」。2010年にオンラインメディアとして初となるピューリッツァー賞を受賞し、翌年も同賞を受賞するなど、非営利メディアというだけでなく、オンラインメディアの存在感という意味でも重要な立ち位置のメディアです。

出典:HUFFPOST 月間50万PVで社会を変えるNPOメディア「プロパブリカ」――その手法とは?

 オンラインジャーナリズムにくわしいブロガーの島田範正氏も2013年の段階で、「NPO報道機関、4年連続でピューリッツァー賞に輝く!」という原稿を発表している。

それはともかく、このブログでも何度も取り上げましたが、米国では2009年前後から、インターネットを舞台にしたNPO報道機関が次々に誕生しました。そして、その資金力やスタッフの質量で先頭に立っていたProPublicaが2010年、NPO報道機関としては初の受賞に輝いたのは私には衝撃でした。(調査報道部門)

翌2011年も、ProPublicaが「国内報道部門」で、連続受賞、昨年は、ニューヨーク・タイムズに負けないほどのアクセスを誇るHuffingtonPostが、同じく「国内報道部門」で受賞。そして15日に公表された今年のピュリッツァー賞。InsideClimate NewsというNPO報道機関が、またまた「国内報道部門」で受賞したのです。なんと4年連続の快挙です。なのに、相変わらず、日本のメディアは無視。

このInsideClimate Newsというのは、初めて知りましたが、サイトを覗くとなかなかしっかりした団体のようです。専属のジャーナリスト7人と寄稿者のネットワークだそうですが、発行人、編集長ともなかなかのキャリア。特に編集長のSusan Whiteさんは、2008年にスタートしたProPublicaの最初のsenior editorで、2011年まで在籍し、2010年のピュリッツァー賞受賞作の編集者だったそうです。

出典:島田範正のIT徒然 デジタル社会の落ち穂拾い

 アメリカでは調査報道NPOが人々の寄付によって支えられて、潤沢な資金で調査報道を行っている。その報道が次々にピューリッツァー賞を受賞するなど、社会的に認知度は高まっているのと比べると、まだまだ日本において調査報道NPOの存在そのものや認知が脆弱といわざるをえない実態がある。

 そうしたなかで、市民団体による、ささやかな賞とはいえ、日本国内で初めて調査報道NPOであるワセダクロニクルが今回、大賞を受賞したことの意義が少なくない。

 既存のマスコミの業界内で褒め合っている印象がある日本新聞協会賞と比べると、今回、市民団体である反貧困ネットワークは、ワセダクロニクルがメディア自身の罪や問題点も率直に認めて批判的な報道をした点を高く評価している。

 今回の受賞で、既存のメディアではできない調査報道について、日本においてももっと幅広く認知されることを願っている。