千葉・女児殺害事件の容疑者報道 速報・映像でTBSが圧勝 

TBS記者が撮影した任意同行される渋谷恭正容疑者(TBS「ビビット」から

4月14日に渋谷恭正容疑者が逮捕されて決着を見た「千葉県のベトナム人女児・殺害遺体遺棄事件」。

この日は熊本地震から1年とあって多くの報道番組や情報番組がメインキャスターらが熊本から中継体制を整えていた。

あるいは北朝鮮が故金日成主席の生誕祭を前になんらかの挑発行為を行うという見方が強まっていて北朝鮮について特集していた。

そういう環境の中で、千葉の女児殺害事件が「はじけ」た。

報道現場では、強制捜査など急展開に入るフェーズへの移行を「事件がはじける」と表現する。

事件がはじけた時、その瞬間やその日一日の報道がどうなっていくかで各社の差が出る。それぞれメディアとして互いに競争している以上、「勝った」「負けた」という勝敗の構図もはっきりしてくる。

(1)テレビの場合には、逮捕などについて、どこの社がいち早く、正確に速報を入れるか、という競争がある。

速報スーパーを入れるのが一番早かったのが、TBSだった。

これは後述するように映像で判明するが、任意同行で警察の車両に乗り込む瞬間の様子を撮っていたからだ。現場にいたのだから、当然、速報も早くなる。

●TBS「ビビット」

8時24分 速報スーパー「千葉県我孫子市の女児殺害事件で警察は自宅近くに住む男を任意同行」

8時43分 スタジオ「速報・我孫子市殺害事件 自宅近くに住む40代男に逮捕状」

9時38分 スタジオ→我孫子署前から中継「自宅近くに住む46歳男を逮捕」

*任意同行時の映像が入っていた。 

TBSが放映した渋谷容疑者の任意同行の映像
TBSが放映した渋谷容疑者の任意同行の映像

この段階でTBSは我孫子警察署の前に中継車を置いて、中継レポートの体制が出来上がっていたことは注目に値する。

当然ながら、任意同行の車は我孫子警察署に到着する。その移動の途中で「逮捕」になる場合も多い。

TBSは「ひるおび」でも我孫子警察署前から記者の中継レポートを入れた。また「ひるおび」の中では4月3日に保護者らが近所をパトロールする際の同容疑者の様子も放映している。これは住民がパトロールする機会をつかまえて、関係者の顔を撮っておいたと思われる。

TBSが放映した渋谷容疑者のパトロール映像
TBSが放映した渋谷容疑者のパトロール映像

また、殺害されたリンさんの両親がベトナムと行き来するための旅費を賄おうと募金集めをする呼びかけを行っていたこともいち早く報道している。これは総合的には圧勝と言っていい。

渋谷容疑者が警察に任意同行を求められて、自宅マンションを出て外の駐車場に停めてあった警察の車に乗る込む様子をTBSは記者が家庭用の小型ビデオカメラで撮影していた。また警察車両の真正面に停めてあった車の中からもプロ仕様の大きなカメラで撮影していた。

だが、撮影していたのはTBSだけではない。容疑者が警察の車に乗り込んでいく時、TBSの記者が撮った映像には同じように小型カメラで撮影する記者が数人いる様子が映っている。

TBSとほぼ同じ速さで速報スーパーを出したのがNHKだ。

●NHK 「あさイチ」    

8時25分 速報スーパー「千葉女児殺害 近所の男に逮捕状 遺留物のDNA型が一致 警察」

8時26分 ニュースセンターのスタジオ

8時29分 千葉・我孫子警察署前から中継

8時51分 速報スーパー「近所の40代男逮捕 遺体を遺棄した疑い 警察」

●11時の「ニュース」ではTBS同様に任意同行される容疑者が車に乗り込む映像がある。これはTBSと同じようにマンション横の駐車場で記者が小型のビデオカメラで撮影した映像だ。また保護者会の会長だという情報も出てくる。

●21時の「ニュースウォッチ9」では、保護者会の代表として入学式で挨拶する映像や容疑者に関して他の保護者が感じていた違和感などが登場する。

NHKはTBSよりわずかに遅れたものの、我孫子警察署とも中継体制を結んでいて記者が中継していた。

続いて速報スーパーが早かったのは日本テレビだ。

注目されるのは、最初に速報を出した時点で、日テレは「任意同行」でも「逮捕状」でもなく、「逮捕」となっていたことだ。

確認された正確な情報だったのなら、他の社よりも一歩先んじていたことになる。

●日本テレビ「スッキリ!!」

8時28分 速報スーパー「ベトナム国籍の小3女児殺人・死体遺棄事件 女児宅の近所に住む40代男を逮捕~千葉県警~」」

8時54分 ズタジオ「我孫子女児殺害で40代の男を逮捕

TBSやNHKと違って情報番組の段階では警察署からの生映像はなかった。通常こうした緊急ニュースでは情報番組の中でも警察署前から記者が生中継のレポートを伝えることが多い。それがなかったのは中継車が到着していなかったのだろう。

●NNNストレイトニュース 11時30分「小学校のPTA会長46歳男を逮捕」

昼ニュースと呼ばれる「NNNストレイトニュースでは中継車が間に合ったらしく、記者が我孫子署前から生中継している。だが、日テレの記者は、渋谷容疑者が松戸市六美第2小学校では保護者の組織を他の学校で多い「PTA」とは呼ばず、「保護者会」と呼んでいることに気づかなかったらしい。昼ニュースのタイトルの表記でも「PTA会長」にしていた。これは厳密さを欠いた報道になってしまった。

(2)容疑者の素材をどこまで事前に蓄積するかが勝負の分かれ目。

現在も人命がどうなるかわからない重大な凶悪事件だと、事前に警察が記者クラブに対して捜査の進展情報を明らかにする代わりに、事前に報じることをやめさせる「報道協定」を結ぶことがある。子どもが身代金目的で誘拐された時などが典型だ。そうでなくとも夜回りなどを熱心にやっていれば各社とも「警察がターゲットにしようとしている人物」は次第に絞られてくる。とはいえ、そういう人物にむやみに記者が接触して警戒感を持たれて逃亡や自殺、証拠隠滅などにつながってしまうと「捜査妨害」として以後の警察取材ができなくなってしまうおそれがある。このため、各社ともに「この人物の素材はあったほうが後で使えるかもしれない」というケースでは機会をとらえて、さりげなさを装って「一般的な形」で取材するのが常套手段だ。

渋谷容疑者の逮捕を伝えた15 日朝刊の朝日新聞で、渋谷容疑者に逮捕前日に保護者会会長としてのインタビューを試みたごく短いやりとりが掲載されている。

渋谷容疑者は逮捕前日の13日午後、現場周辺で取材していた朝日新聞記者の質問に、自宅のインターホン越しに応じていた。主なやり取りは次の通り。

「子煩悩」な容疑者、入学式で来賓祝辞 千葉・女児殺害

ベトナム人女児殺害、近所の40代男逮捕 死体遺棄容疑

――六実第二小学校の女児が殺害された事件について取材している。

うん。

――間もなく発生から1カ月。事件について受け止めを聴かせていただきたい。

答えることがないんで。

――学校関係の役員もされている、とうかがいました。

答える義務ってあるんですか。

――関係者の声をうかがえればと思いまして。

言いましたよね。答える気はないって。

出典:朝日新聞デジタル(4月14日)

新聞だとギリギリでこうしたやりとりを行う場合が多いが、テレビなど映像メディアだと、逮捕された時に容疑者本人の顔がわかる映像が必要になってくる。

 しっかり撮影していていたのが、TBSと日本テレビだ。

日本テレビが『NNNストレイトニュース』で放送した容疑者の映像
日本テレビが『NNNストレイトニュース』で放送した容疑者の映像
日本テレビが『NNNストレイトニュース』で放送した容疑者の映像
日本テレビが『NNNストレイトニュース』で放送した容疑者の映像

注目されるのが、4月5日に容疑者が防犯パトロールする映像だ。この時の映像は隠し撮りなど、容疑者の映像・画像を以前の撮影で撮ったものが放送されたことだ。この映像の撮り方はかなり意図的に渋谷容疑者をマークして、いざ逮捕という事態に備えて顔が見える映像を撮りためていたことがわかる。

映像は各社の中では日テレの映像が一番明確で、しっかりと容疑者の事前の映像を撮っている。このうち歩いている渋谷容疑者の映像は車の中から撮影したものだろう。

各局には、フロントガラスなどをスモーク状にして、外からは中でカメラが撮影していることが外からは気づかれないような仕様をしている乗用車が存在する。主に、こうした事件での張り込み用に使うのだが、張り込み取材はいつ動くかわからない相手をずっと待っているので骨が折れるものだ。こうした映像を日テレは事前にうまく撮っていたといえる。

(3)中継体制でも出遅れ、自前では容疑者の映像を撮影できなかったフジテレビ

●フジテレビ「とくダネ!」

8時29分 速報スーパー「千葉・松戸市のベトナム人女児殺害事件で死体遺棄容疑で近所の男に逮捕状 千葉県警」

8時44分 スタジオ「速報 リンさん殺害 近所の男を逮捕」スタジオコメントで「40代の男」と言及。

9時25分 スタジオ 「逮捕された40代の男の映像が入ってきました」と我孫子警察署に入る容疑者の映像(当日9時すぎ)を放送。だが容疑者の顔が見えない映像だった。

●「FNNスペーク」

11時30分 「リンさん遺棄容疑で保護者会会長を逮捕」

我孫子警察署前から中継レポート。「逮捕の保護者会長 人物像は」などのタイトルが出るものの、肝心の渋谷容疑者の顔が見える映像は出てこない。

「とくダネ!」の段階ではTBSやNHKと違って、我孫子警察署からの生映像はなかった。それがなかったのはやはり日テレと同様に中継車が到着していなかったのだろう。昼ニュースである「FNNスピーク」では到着していた。ただ、渋谷容疑者の顔が見える映像を自社で撮っていないことはフジテレビとしては痛恨の出来事だったのだろう。13時45分からの「直撃LIVE グッデイ!」では、なんと系列関係にない「朝日新聞社・提供」というクレジットがついた画像を使っていた。通常は自分の局になければ系列新聞社からもらうものだが、おそらく産経新聞にはなかったのだろう。背に腹は替えられず、お金を払ってでも必要だったに違いない。朝日新聞社が撮影してフジが使用した画像は、任意同行の朝、自宅マンションから出てきた時の様子を撮影したもので数枚あった。焦点や構図がしっかりしていたので、おそらくは記者ではなく、撮影を本業とするカメラマンが撮ったものと思われる。フジテレビは悔しかったはずだ。各社が持っている容疑者の顔が自社にないのだから。

ちなみに16時50分からの「みんなのニュース」以降は、フジテレビは保護者がホームビデオで撮影したと思われる4 月11日の入学式での渋谷容疑者の映像を使用した。

(4)テレビ朝日も独自の容疑者映像がなかった。

●テレビ朝日「モーニングショー」

8時30分 スタジオ「速報40代の男に逮捕状」

8時42分 スタジオ「速報40代の男を逮捕」

日テレ、フジと同様にTBSやNHKと違い、「モーニングショー」の段階では我孫子警察署の生映像はなかった。やはり中継車が到着していなかったのだろう。

10時25分から放送の「ワイド!スクランブル」では、容疑者の自宅前からの中継レポートと我孫子警察署前からの中継レポートが間に合っている。

しかし、日テレ同様に「千葉女児殺害事件 PTA会長を逮捕」として間違った情報を放送してしまった。

テレビ朝日は、容疑者を移送する警察の車を空撮で撮影しているものの、その際に容疑者の顔がわかるようには撮影できていない。

このため、テレ朝の番組はしばらく逮捕された容疑者の顔が出てこないという”失態”が続いた。

「ワイド!スクランブル」で渋谷容疑者の顔は初めて登場するのは午前11時01分。動画ではなく、静止画で「提供・朝日新聞」というクレジットが入っていた。

けっきょく自前では映像を入手できず、系列とはいえ新聞社に頼る形になってしまった。

これも「報道に強い」と自任するテレビ朝日の報道局にとっては屈辱だったろうと想像する。

こうした事件報道では、容疑者逮捕の瞬間の撮影やその直後の報道に備えて、容疑者(となりうる人物や住居など)を特定し、その映像や写真、音声を集めておいたり、いざはじけた時に使える素材をストックしておくことはテレビや新聞の報道現場ではこうした注目事件の場合には必須になる。

今回の報道はどうだったのだろうか。

●任意同行の瞬間・・・撮影したTBS

TBSは容疑者が自宅前から出てきて警察車両に乗り込む映像を記者がカメラで撮影し、それを放送した。

『NEWS23』では、「カメラが捉えた 任意同行の一部始終」という字幕を出してこの映像を放送している。

●容疑者の逮捕前の映像は・・・しっかり撮影していた日テレ

●容疑者の人物像でも・・・一歩先の情報があった日テレ

日テレの「NEWS ZERO」が容疑者の「元アルバイト先の店長」にインタビューして「いわゆるロリコン」で「とにかく若ければいい」という性癖を報道していた。「若い子好き」という点は他の社も報道した番組はあったが、直接、渋谷容疑者から聞いた話ではなく、「…と聞いた」というような間接情報で、直接情報が原則で伝聞は伝えないという報道原則に照らすなら、いくら緊急時といっても報道として放送して良いかかなり微妙な情報だった。

個々のVTRの質的な充実でいえば、日本テレビの取材はかなり深いものになっている。

●リンちゃんの両親の取材は?

リンさんの両親は現在ベトナム・フンイエン省にいるのだが、各社のニュースに個別に登場、特に父親だけが登場する。どうもその自宅取材は各社の記者らが群がっているらしい。日テレはリンさんの祭壇の前にいる父親の声を放送。テレ朝も同様。NHKは母親がフェイスブックに載せたメッセージやリンさんの生前の動画を放送で使っているが、母親に直接取材をした動画や音声などはまったく出てこない。おそらく母親とは蜜にコンタクトした上で取材してほしくないという強い要請があったのだろうと想像できる。

そんななか、なぜかフジ「ユアタイム」だけが母親のインタビューを音声で放送している。これはフジテレビだけが母親と特別な関係があって許されているのか、なぜなのかはわからない。

警察情報を得たり、容疑者の人物像を逮捕の前に集めて取材しておく、というのは取材競争で勝つための鉄則である。各社ともそれを入念に行って取材したのだろうと思う。

その意味では速さでは、TBS、内容では日本テレビ、総合的に手堅いNHKの健闘が光る報道になった。フジとテレ朝は容疑者の顔がしばらく出てこないという失態が大きく響いた。

●テレビ局の管理職が心配するもう一つの問題とは?

ところで今回の報道にタイミングを合わせるかのように、記者たちの「働き方」に関して「長時間労働をやめよう」という動きが各テレビ局でいま急速に進んでいることはあまり知られていない。

昨年、電通の高橋まつりさんの過労自殺事件の影響で当時の電通社長が辞任したことで大きな衝撃を与えた「長時間労働」や「働き方改革」が各社で緊急課題になり、進められているのだ。長時間労働が恒常的に蔓延する各テレビ局の現場では、「電通の次はわが社では?」という疑心暗鬼も広がる。政府が「働き方改革」に本腰を入れて「一罰百戒」の強気で臨んでいるのが背景だ。

事件報道では当然のように行われる警察の幹部らへの夜回り取材も。実は去年暮れあたりから、非常にやりにくくなっている、と現場の記者たちは口をそろえる。社によっては「夜回り禁止」を部下に指示したところまで出ている。「休日出勤が続いたら強制的にでも代休を取らせろ!」「残業が増えるなら夜回りは禁止!」などという「長時間労働」対策に過敏な対応をし始めているという。

「いざという時に記者たちの代休のことばかり考えるようになっては報道機関としてのあり方からいって本末転倒では?」という声も少なくないが、過労の末の死という重大な危険がある以上はそれをなくしていく必要が会社や行政にはある。今回いわば国策として「働き方改革」が進められている中で異を唱えることは難しい。それだけに今回の千葉・女児殺害事件の報道はいろいろな役割の記者やスタッフの長時間労働の末に行われたものと想像される。各社の管理職たちにとっては、記者やカメラマンなどの勤務管理での試金石になったはずだ。

良い映像や証言を取るために「警察への地道な夜回り」は欠かせない。

 それだけに今回の逮捕当日の放送で分かれた各社の明暗が、「働き方改革」とどのような関係があったのか。

それもまた気になるところだ。