日テレに学会が問いかけた「セクシーラグビー動画」の倫理

日本テレビがHPにアップしていた動画のスクリーンショット

 2016年も残りわずかになった。

 筆者が常々ウォッチする「テレビ」でも様々な事件が続いた1年だった。

 硬派なキャスターたちの相次ぐ降板・退場やSMAP解散、SNS連動でのドラマ「逃げ恥」の大健闘と録画視聴率への注目、キー局にも飛び火した「ステマ手法」番組など、ネットに侵食されつつあるテレビの「今」を映し出す出来事が目白押しだ。

 そうしたなか世間であまり大きく報道されることもなかったテレビの出来事について書き残しておきたい。

  

 名付けるなら「日本テレビ・セクシーラグビールール動画事件」というべきものだ。

 内容は、特に女性の立場から見ると眉をひそめて呆れるような品のないものだが、この事件にはネット時代におけるテレビ局のありかたがどうあるべきかという大きな問題が含まれている。年が替わる前に書いておくことにする。

 事件の経過は以下のようになる。

 日本テレビが2015年8月に「ラグビーワールドカップ」の関連番組宣伝の自社ホームページに、女性のセクシーな映像を売り物にする動画を載せた。スポーツブラで胸の谷間が露な女性たちの胸元やショートパンツの股間を極端に強調するものだった。これを大学教授ら研究者たちが所属する2つの学会が問題視して公開質問した、という事件である。学会による質問や日本テレビ側の説明は2015年に行われたが、2016年7月に開催された学会の記念大会でもこの「事件」が主たる検証対象として議論された。

 この動画は学会でも大きなテーマになった

 大学の研究者が集まる学会で、1つのテレビ局の動画が主要なテーマで報告や議論が行われる、というのはかつてないことである。

 それなのにこの事件は、テレビはおろか新聞や週刊誌でもほとんど報道されていない。

 もし、この動画が放送されていたなら、放送局の自律的なチェック機関であるBPO「放送倫理・番組検証機構」で審議されるなどして、「放送倫理違反」などと指摘された可能性が高いと思われる。だか、結果として動画はネット上だけで公開され、「放送」はされていない。

 このためBPOにも持ち込まれることがなかったのである。テレビ局がつくるコンテンツが「放送」だけにとどまらずにが「ネット配信」へと拡大しつつあるなか、テレビ局がネットだけに配信した動画の放送倫理はどうあるべきかという議論はまだ本格的には行われていない。

 

 この「セクシー・ラグビールール」映像は放送とネット配信をめぐる「倫理」や「ルール」の試金石としても注目すべきものだった。

 どういう内容だったのか。

●日本テレビの「セクシー・ラグビールール」動画

発端は2015年8月20日だった。日本テレビは自社ホームページ内の

「ラグビーワールドカップ2015」のページに『セクシー・ラグビールール』と名付けた2本の動画を公開した。

 そのうち1本の動画は以下のようなものだった。

 冒頭でスポーツブラと短パン姿の若い女性8人が「セクシー・ラグビー・ルール!」と声を揃えて叫んだ後で、ラグビーボールを持つ女性1人の静止画に「日本テレビ『次世代アイドル発掘バラエティ人気者になろう!』のメンバーがラグビーの基本ルールを説明します」という字幕が出る。

「セクシー・ラグビールール」動画の冒頭(顔が見えないよう筆者がサイズを加工済み)
「セクシー・ラグビールール」動画の冒頭(顔が見えないよう筆者がサイズを加工済み)

 つまり番組連動企画であることがわかる。この後はこの8人の女性たちが腕組みする映像に「プレイヤーは1チーム15人」という字幕が流れる。

 再び、女性1人の静止画になり、「ラグビーはボールを相手側に進めていくゲーム」という字幕が出る。

 この後、動画になるのだが、女性が大きな胸元を揺らせる部分のアップを強調する。これが冒頭のカットだ。この女性が胸元を揺らせながらボールを持って走る映像が流れて「ボールを持って走る」という字幕が流れる。

「ボールを持って走る」
「ボールを持って走る」

この後「パスをする」「キックをする」という動作が紹介される。

「パスをする」
「パスをする」

 「キックをする」では、キックをする女性の股間がアップにされている。再び静止画に「得点はトライとキックであげることができる!」というルールについての字幕が入った後はトライについての説明動画だ。

「キックをする」
「キックをする」

 胸が大きい女性がカメラの方に向かってジャンプする。

 そこに「トライ 相手側のゴールラインを越えてボールを地面につければ5点」という説明の字幕が入る。

 その時の動画をスクリーンショットでキャプチャーしたものが以下だ。

「トライ」
「トライ」

このスクリーンショットを見れば、この動画の作者の意図が果たしてラグビーのルールの説明にあったのか、それともラグビーのルール説明というのはあくまで建前にすぎなかったのは明らかであろう。

 このほか、「コンバーションゴール トライのあとに与えられるキックが決まれば2点追加」という字幕は、キックする女性の股間のアップの動画にかぶせられている。

「コンバージョンゴール」
「コンバージョンゴール」

 このあとで登場する「ドロップゴール プレー中 地面にボールをドロップさせてキックしたボールがポストを越えれば3点」や「ペナルティゴール 相手の反則で得たペナルティキックを決めれば3点」など女性の股間や胸元をアップしたサイズの動画にかぶせられている。

 この動画には公開直後からネット上で批判が集中し、有名ラグビー選手も問題視したことから15年8月23日には削除された

●日本テレビが削除した理由

 その理由を説明する日本テレビの「お知らせ」がホームページ上に残っている。

8月20日に公開した動画に関して

ラグビーのルールを初心者の方にも分かりやすく解説するべく作成した動画でしたが、 「不快な表現」であるとのご指摘を多数いただいたため、ホームページから削除いたしました。

多くのラグビーファンにご迷惑をおかけし、大変申し訳ありませんでした。

出典:日本テレビのラグビーワールドカップEngland2015公式HP

 

しかし、そもそも一体どういう基準や社内手続きを経てこのような動画が公開されるにいたったのか。あるいは削除されるにいたったのか。電波を通じて「放送」される番組とネットで「配信」される番組では基準や審査する部署が違うのか。こうした点に研究者たちが関心を持った。そこで日本体育学会と日本スポーツとジェンダー学会は連名で日本テレビに対して公開質問状を送った。どちらも学会の「会長名」である。学会のトップの名前でテレビ局に質問状が送られることは滅多にないことだといっていい。15年9月7日のことだ。

●2つの学会が公開質問状

日本では、2019年ラグビー・ワールドカップ、2020年東京オリンピック・パラリンピック大会など国際的なスポーツ大会の開催が予定され、今後ますます、スポーツへの関心が高まると同時に、スポーツがあらゆる人にとって公平・公正で人権侵害のない身体文化であることが求められています。このようなスポーツ文化の醸成には、スポーツを市民に伝えるメディアの力は欠かせない要素であることは言うまでもありません。

こうした社会状況に鑑み、日本スポーツとジェンダー学会は今回の件に関して学術的観点からも検証を行う必要があると考え、(一社)日本体育学会と共同で日本テレビに公開質問状を送付しました。

出典:日本スポーツとジェンダー学会ホームページ

 公開質問状は日本スポーツとジェンダー学会のサイトからダウンロードできる。

http://jssgs.org/jssgshpblog/wp-content/uploads/2015/09/open_letter_20150907.pdf

●学会が重視した民放連の「放送基準」

 大事な点は、この2つの学会が今回の動画を「民間放送局の公式サイトに掲載された動画であるため、放送された番組に準ずるものとして質問内容を作成しております」と断って質問している点だ。

 民間放送局が加盟する日本民間放送連盟(民放連)には「放送基準」がある。

 これにも抵触しているのではないか、というのが学会側の問題提起だった。

日本民間放送連盟 放送基準

前文

1章 人  権

2章 法と政治

3章 児童および青少年への配慮

4章 家庭と社会

5章 教育・教養の向上

6章 報道の責任

7章 宗  教

8章 表現上の配慮

9章 暴力表現

10章 犯罪表現

11章 性表現

(この後は省略)

出典:日本民間放送連盟のホームページ

  これに抵触するのではないかと疑問視し、番組審議会でも審議対象にしないのかと質問している。

 学会はこの内容を公開にすると通告して、すぐにネットでも公開して文字通りの公開質問状の形式にしている。

●日本テレビ回答「『放送基準』は適用されません」

 学会からの公開質問状に対して、日本テレビ側が答えた回答が以下のものである。

 これも学会のサイトから読むことができる。

http://jssgs.org/jssgshpblog/wp-content/uploads/2015/10/response20150924_openletter20150907.pdf

 

  日本テレビの回答は、一般にこうした質問に対する会社側の回答にありがちな抽象的なものでほとんど細部を明らかにはしていない。

 それでも注目すべき点がある。

 

 弊社ホームページ上に公開しました動画につきましては、放送された番組ではありませんので、原則として、一般社団法人日本民間放送連名の「放送基準」などが適用されるとは考えておりません。しかしながら、ホームページ上の動画に関しての責任は弊社にあることは言うまでもありません。

 「『放送基準』などが適用されるとは考えておりません」

 こう説明し、ネット上の動画に関しては民放連の「放送基準」などは適用されないとの考えを明確にしている。その後で言い訳めいた文章で「『不快な表現』であるとのご指摘を多数いただいたため」削除したと返答している。

 放送局が制作したコンテンツであってもネットで配信されるものについては民放連の「放送基準」は「適用されない」という姿勢を打ち出したことは注目点といえる。テレビの番組コンテンツが電波を使った「放送」からネットでの「配信」に軸足を移しつつある時代に、「配信」には「放送」の縛りがかからないので原則自由だという見解を示しているのだ。

 

 ただ、この見解をそのまま適用するなら、地上波や衛星波の「放送」では到底許されないポルノコンテンツの公開であっても、テレビ局側がその気になれば「ネット配信」という形をとって公開することができると居直っているのに等しいともいえる。

 

 学会側は2015年11月16日付で2回目の質問状を送付している。「チェック体制」の見直しは進んでいるのかを尋ねる内容だ。

http://www.jssgs.org/jssgshpblog/wp-content/uploads/2015/12/openletter2_20

151116.pdf

●日本テレビ再回答「ネット動画も放送に準じる」

 2回目の質問に対する日本テレビ側の再回答も学会はHP上にアップしている。

http://www.jssgs.org/jssgshpblog/wp-content/uploads/2015/12/response20151202_openletter2nd20151116.pdf

 これを読むと、日本テレビはそのなかで「放送基準は適用されない」としていた従来の姿勢を少し変えたことがわかる。

弊社は、ホームページで公開した動画を削除するに至った経緯を踏まえ、ネット動画についても放送に準じたチェックを行うこととして、再犯防止の体制を整えました。

出典:日本スポーツとジェンダー学会のホームページに掲載された日本テレビの回答

 「ネット動画についても放送に準じたチェック」を行うとしているのだ。

 ただし、その詳細は外部に公表しないとしている。

 このセクシー・ラグビールール動画事件は、ネットニュースやスポーツ新聞のごく一部で報道されたものの、一般紙やテレビニュースになることもなく、時が過ぎた。

●学会が年1度の大会で主題に

 

 ところが、学会は今年、年に一度の記念大会という大きな舞台で俎上に載せたのである。

 日本スポーツとジェンダー学会は2016年7月2日~3日に第15回記念大会を東京・国立市の東京女子体育大学を会場として開催した。

 学会の記念大会のテーマは「メディアにおけるスポーツ身体の表象」で開催要領にはこう書かれている。

メディアにおけるスポーツ身体の表象の問題点として、性的な関心に偏った映像、「絵になる」選手偏重など、スポーツ選手の人格を傷つける点がこれまでに批判されてきています。特に昨年、日本テレビのホームページ上に掲載された「セクシーラグビールール」は、メディアにおけるスポーツ表象の問題点を浮き彫りにするものでした。本学会は、日本テレビに「公開質問状」を送り、動画作成の経緯と意図を明らかにすることを要請するとともに、改めてメディアにおけるスポーツ身体の表象の提起する課題に取り組むことといたしました。

http://jssgs.org/jssgshpblog/wp-content/uploads/2016/04/JSSGS_15th_youkou.pdf

 学会大会では「セクシー・ラグビールール」をどう考えるべきかについて、スポーツ学やジェンダー論、メディア論などの研究者が活発な議論を交わして盛り上がった。

 一民間放送局の動画コンテンツが、その分野の大学教員が勢揃いする学会の記念大会で主なテーマになる。それはかつてなかった事態だ。

  大会では学会の中で「セクシー・ラグビールール」について検証してきた中京大学の來田享子教授が経過を報告した。その後で、会場の参加者(ほとんどが学会に所属する研究者)を交えて議論を行った。

 やりとりを聞く限り、けっして日本テレビだけをやり玉に挙げた印象はなく、今後、2019年のラグビーワールドカップ東京大会、2020年の東京オリンピック・パラリンピックを控える日本社会全体の問題として伝え方はどうあるべきかという建設的な議論になっていたように思う。

●事件が問いかけるもの

 学会ではスポーツ競技について伝える上で、性的な差異に関連する表現をどうすべきなのかという大きな問題をテーマにしていた。

 だが、メディア論の立場でみれば、テレビ局が今後「放送」と「ネット」へと両方のメディアに向けたコンテンツ制作を行っていくうえでルールや倫理規範はどうあるべきかという別のテーマが浮上してくる。

 おりしもNHKを含めてテレビ局がネット配信する時にどんな問題があるのか、どういうルールや基準が適用されるのか総務省などを中心に議論している。テレビ局を縛る放送法の改正も検討されているのだ。

 DeNAの情報サイト問題に端を発して、ネットニュースのルールや基準のあり方が議論になっている。だが、ネットと放送の境界線がどんどん曖昧になるなかで、放送局にとってもネットで配信する際のルールや基準は対応を誤れば致命傷になりかねない重要な問題である。

 そうしたなかで起きていた日本テレビの「セクシー・ラグビールール」動画問題。

 その後の検証のあり方も含めて、2017年以降も波紋を投げかけそうである。